天野勇二

……入院させよう。
あの病院を使うしかあるまい。


 宮元は驚いて尋ねた。

宮元泰明

入院って……
柏田をですか?
柏田を入院させるんですか?

天野勇二

そうだ。俺様のコネがある病院を使うぞ。
最高の部屋を手配しよう。

 

 指先をパチリと鳴らし、天野は気障ったらしい笑みを浮かべた。

 

天野勇二

敵は柏田の自宅マンション前で待ち伏せしていた。
なぜか知らないが、柏田の個人情報が漏れている可能性が高い。
それはつまり

『アイケープロが持つ情報が漏れている』

ということに等しい。
事務所のアジトは危険だ。体調不良という理由があれば、入院も不自然なことではないだろう。


 病院、という言葉を聞いて涼太は気づいた。
 天野は切り札を使うつもりだ。

佐伯涼太

あの病院を使うの?
いいの?

天野勇二

それが一番確実だ。
気乗りはしないが仕方あるまい。

佐伯涼太

あそこなら確かに安全だ……。
勇二、本気だね。

 

 宮元は不安気に2人の顔を見つめる。

 

宮元泰明

あ、あの、どこの病院に入院させるんですか?

天野勇二

都内にある病院だ。
VIP室に入院させる。
一般人が利用することは少なく、セキュリティも完備されている。
こちらも護衛し易い。

宮元泰明

その病院の中に、柏田をかくまうことができるんですか?

天野勇二

できる。
握手会の当日は病室で過ごしてもらおう。

宮元泰明

本日はどうしましょう?
仕事もキャンセルして病院に直行させますか?

 

 少し思案しながら、ベッドにいる涼太に尋ねる。

 

天野勇二

涼太よ、もう動けるか?

佐伯涼太

大丈夫だよ。
そんなに痛みも熱もない。

天野勇二

涼太が動けるのであれば、柏田はいつも通り仕事に専念してもらおう。
ボディガードは手配できたか?

宮元泰明

もちろんです。
柏田と前島に1人ずつ手配しております。

 

 天野は舌打ちしながら呟いた。

 

天野勇二

少ないな。

宮元泰明

す、すみません。
あまりに急だったので。

天野勇二

……いや、人数が少ないほうが指揮を取りやすく好都合かもしれん。
3人で護衛しよう。

 

 涼太はベッドから起き上がり、すぐに着替え始めた。

 

佐伯涼太

今日もまきりんに会えるんだね。楽しみだなぁ。

天野勇二

脳天気な奴だ。
今度は散弾銃で狙われても助けないからな。

佐伯涼太

それじゃ、僕の華麗な足技で何とかするしかないね。


 着替えを終えて病院を出る。
 天野たちは宮元の車に乗り込み、柏田のスケジュールを確認した。

宮元泰明

今日は19時までテレビ番組の収録。
20時から21時までは雑誌のインタビュー。
21時半から23時までラジオの収録となります。

天野勇二

まったく忙しいな。
宮元よ、悪いが大学に寄ってくれ。
俺は単位が足りないんだ。
そのため教授から受け取るものがある。
すぐに終わるから頼めるか?

宮元泰明

はい、大丈夫です。

 

 一旦大学に立ち寄ると、天野は大きな鞄を抱えて戻って来た。

 

佐伯涼太

随分と荷物が多いね。

天野勇二

ああ、教授の野郎、色々と押し付けやがって……。
宮元すまない、急ごう。


 車がテレビ局に到着した。
 宮元は関係者用のパスを天野たちに手渡し、専用の裏口から中に入った。
 真っ直ぐタレントの控え室へ向かう。
 そこには青ざめた柏田と、前島のマネージャーである川口の姿があった。

 川口は天野の姿を見つけると、即座に頭を下げた。


川口由紀恵

ああ、天野様に涼太様……。
昨日は本当にありがとうございました……。

 

 柏田も隣に立ち、黙って頭を下げる。

 2人共、顔色が悪い。

 襲撃されたショックから立ち直っていないのだ。

  

天野勇二

(無理もない。一歩間違えれば死んでいたんだ)

 

 天野はひとつ咳払いすると、柏田に気障ったらしく語りかけた。

 

天野勇二

柏田よ、今日から俺と涼太が君を護衛する。
君を必ず守ると約束しよう。
安心してくれ。

 

 柏田は潤んだ瞳で天野たちを見上げた。

 

柏田麻紀

天野さん、涼太さん。
ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いいたします。
涼太さんには怪我をさせてしまったのに、本当に申し訳なく思います……。

佐伯涼太

気にしないでよ。
こんな怪我、舐めておけばすぐ治るよ。
まきりんが舐めてくれると、もっと早く治ると思うけど。

 

 軽口を叩く涼太を、天野は呆れながら見つめた。

 

天野勇二

お前はすぐ調子に乗りやがる。
あの時、撃ち殺されてしまえば良かったのにな。

佐伯涼太

酷いことを言うなぁ。
僕ちゃんはまきりんのテンションを上げようと必死なワケよ。

天野勇二

柏田よ、こんな軽薄な馬鹿はアテにならないが、それなりに頑丈だ。
撃たれそうになったら盾にして逃げろ。

佐伯涼太

そうそう、
僕ちゃんを盾に……って、ちょっと!
それじゃ僕がマジで撃ち殺されちゃうじゃん!

天野勇二

じゃあ、柏田が死ねばいいのか?
薄情な奴だな。

佐伯涼太

そうじゃないよぉ。
撃たれる前に何とかしようよぉ。

 

 涼太が困惑しながら体をクネクネと揺らせている。

 柏田はそのコミカルな姿に安堵の笑みを浮かべた。

 

 散弾銃で撃たれるほどの危険な目にあっているのに、2人は自分を守ってくれると宣言し、どこか不思議な自信に満ちている。

 

 柏田はこの変わった男たちを信じた。

 

宮元泰明

それでは、お仕事に行きましょう。
もう大丈夫かな?

 

 宮元が優しく尋ねると、柏田は無垢な笑みを浮かべた。

 

柏田麻紀

もう大丈夫です。
頑張ります!


 そのまま天野たちはスタジオまで向かった。
 今はアイドルグループによるバラエティ番組の収録中だ。
 グループのメインメンバーが勢揃いしている。

 笑顔で収録に参加する柏田に、メンバーたちは心配そうに声をかけていた。

天野勇二

撃ち殺されそうになっても、翌日には何事もなかったかのように笑顔でアイドルか。
芸能界ってのは過酷なもんだな。

 

 同情したように天野は眺めているが、涼太は興奮を隠しきれない。

 

佐伯涼太

うっほぉ……。

グフ、グフフフ……。

たまんないねぇ。
アイドルだらけだよ。
みんな可愛いなぁ。

天野勇二

お前は物知りだな。
俺は誰1人知らないぞ。

佐伯涼太

もったいないなぁ。
コンサートで見たでしょ。

天野勇二

そう言われると、何人か見覚えがあるな。


 柏田はもうアイドルスマイルを浮かべて収録に参加している。
 なかなか度胸のあるアイドルだ。
 どんな困難でも乗り越えようとする力強さを、天野は感じた。


 収録の様子を眺めていると、宮元が天野たちの下にやって来た。
 1人の大柄な男を連れている。

宮元泰明

天野さん、こちらが柏田の護衛を務める佐久間さくまさんです。


 佐久間と呼ばれた男は、スーツに身を包んだ屈強な筋肉の持ち主だった。
 身長は180センチを超えている。
 耳が餃子のように丸い。
 柔道の有段者ということが伺えた。

佐久間

佐久間と申します。
宜しくお願いします。

天野勇二

天野だ。
こっちは佐伯涼太。
宜しく頼む。

宮元泰明

佐久間さんは過去に、芸能人や政治家のSPを務めたことがございます。
経験豊富で頼れる方ですので、何かあればお尋ねください。

天野勇二

それは頼りになるな。
佐久間とやら、今回は俺様の指示に従ってもらう。
構わないな?


 天野は偉そうな態度を崩さない。
 別に年長者を軽んじる性格ではないのだが、このボディガードのリーダーは自分だ、という立場を示す必要があるからだ。

 佐久間はちょっと訝しげに生意気な若者を眺めた。

宮元泰明

佐久間さん。
大丈夫です。
今回は天野さんの指示でお願いします。

 

 宮元が助け舟を出すと、佐久間は納得したように頷いた。

 

宮元泰明

あと皆さんの無線機を用意しました。
これを使ってください。

天野勇二

それは助かるな。
チャンネルを合わせよう。

 

 小型の無線機を装着して、アイケープロのジャンパーを着込む。

 それぞれ連絡が取れるように準備した上で、スタジオの収録を見守った。

 


 収録は何事もなく終わった。
 アイドルたちが楽しそうにスタジオから出てくる。

前島悠子

……あれ? 師匠だ!
師匠じゃないですか!


 前島が嬉しそうに駆け寄って来た。
 メンバーの娘が前島に尋ねる。

メンバー

ゆうこちゃん、
この人が噂の師匠?

前島悠子

そうだよ!
噂の天才クソ野郎だよ!
カッコイイでしょ!

 

 天野は前島を見ると少し嬉しそうに笑った。

 

天野勇二

悪いが、
今日は柏田の護衛だ。

前島悠子

まきりんいいなぁ。
師匠、私の護衛もしてくださいよ。

天野勇二

お前にもプロのボディガードをつけてもらうように頼んである。安心しろ。

前島悠子

わぁ、師匠ってば優しい!
あっ、まきりーん!
こっちだよ!

 

 前島に呼ばれて柏田もやって来た。

 そのまま一緒に楽屋まで向かう。

 ここに天野という珍しい顔があるためなのか、前島はとても上機嫌だ。

 

前島悠子

お着替えがあるんで、師匠は楽屋に入っちゃ駄目ですよ。

天野勇二

わかってる。
……ああ、そうだ。
マユコ様ってのは誰だ?

前島悠子

マユコさんですか?
ちょっと待ってください。
マユコさーん!

 

 前島がマユコ様を呼んで連れて来た。

 

天野勇二

柏田のボディガードを務める天野というものだ。
君がマユコ様か?

 

 マユコ様は不安気に天野を見つめる。

 

マユコ様

はい。
あの、私に何か……?

 

 その姿を見て、天野は熱心なファンが応援したい理由を何となく察した。

 

 長身の八頭身でスタイルが良く、小顔で目鼻の整った美人だ。

 確かにモデルでも通用するだろう。

 前島も柏田も可愛いらしいアイドルだが、マユコ様はそれよりも頭ひとつ抜き出ている。

 

 天野は周囲からマユコ様を遠ざけ、耳元で囁いた。

 

天野勇二

君は恐らくSNSなどをやっているだろう。
そこに明日まで

『センターになりたい』

という発言を加えて欲しい。
できれば何度もだ。

マユコ様

えっ? でも……。

 

 マユコ様は眉をひそめた。

 

マユコ様

私、センターにはあまり興味がありません。

天野勇二

そうなのか?
君もアイドルなのだから、センターに憧れるものじゃないのか?

マユコ様

今はまきりんがいますし、私は年上過ぎます。
正直なところ、グループのためには、私よりも若い子がなるべきと考えているんです。


 謙虛な発言だ。
 天野は簡単な嘘をすぐに見破ってしまうが、マユコ様には嘘を吐いている様子が見られない。
 グループの発展のためには、自分よりも若手がセンターに立つべき、という考えの持ち主だ。

天野勇二

(なるほど。本人にはセンターを目指す気がないのか……。だからこそ、バカなファンが凶行に走る、ってことか……)


 天野はため息を吐きながら言った。

天野勇二

君の考えはわかった。
だがこれは必要なことなんだ。
意図は理解できないと思うが、柏田を救うための布石になる。
そう信じてくれないか?

マユコ様

その発言が、まきりんを救うんですか?

天野勇二

そうなる。頼む。

マユコ様

まきりんのためなら……。
はい、わかりました。


 困惑しながらも健気に頷いた。

 柏田が襲撃されたニュースはマユコ様も知っている。
 この男は新聞で報じられたSPの男だ。
 柏田を救うのであれば、その程度の頼みはお安い御用だった。

天野勇二

そしてこれは、君と俺だけの秘密にしてくれ。
誰にも言うな。

マユコ様

わ、わかりました。


 マユコ様が神妙に頷いていると、前島が頬を膨らませ、スネたように割り込んできた。

前島悠子

師匠!
マユコさんと仲良しです!
師匠はマユコさんが推しメンなんですか?

天野勇二

なんだ?
その『推しメン』というのは?

前島悠子

師匠はマユコさんが好きか、ってことですよ!


 マユコ様は苦笑しながら前島を見つめた。
 ほっぺたに嫉妬がつまり、ぷっくりとフグのように膨らんでいる。
 こんな前島の顔を見るのは初めてだ。

マユコ様

ゆうこちゃん、お師匠様とそんな話はしてないのよ。
ゆうこちゃんのお師匠様を取らないから、安心しなさい。

前島悠子

そうですか?
師匠はちゃんと私を推してくださいね!

 

 前島はそう言って、マユコ様と一緒に楽屋に入って行く。

 その様子を眺めていた涼太が呟いた。

 

佐伯涼太

……ねぇ、前島さん、間違いなく勇二に惚れてるじゃん。
あれ好感度マックスだよ。
いつの間にここまで仲が進展してたのさ。

天野勇二

そうか?
アイツはただの弟子だぜ。
師弟愛じゃないのか。

佐伯涼太

勇二は前島さんのことになると、随分と鈍くなるね。

天野勇二

まぁ、興味がないからな。

佐伯涼太

ファンが聞いたら泣いて嫉妬するよ。

 
 そのまま廊下で柏田を待ち続け、20時前になると、一緒にテレビ局にある会議室へと向かった。
 雑誌のインタビューを受けるのだ。
 柏田の他にも、前島を始めとした何人かのアイドルメンバーの姿もある。

前島悠子

えへへ。
今日は師匠と一緒にお仕事ですね。
弟子の晴れ姿をしっかり見ていてくださいね。

 

 とにかく前島は上機嫌だ。

 真の純真無垢な笑顔を浮かべる姿を見て、柏田が嬉しそうに言った。

 

柏田麻紀

なんだか天野さんといると、いつものゆうこちゃんじゃないみたいです。

天野勇二

そうなのか?
こいつはいつもこんな感じだぞ。

柏田麻紀

ゆうこちゃん、いつもどこか無愛想なんですよ。
本番以外じゃ笑わないことで有名なんです。

前島悠子

ま、まきりん!
それ言っちゃダメ!
それは内緒にして!

天野勇二

ほう……。

 

 天野は嫌らしい笑みを浮かべた。

 

天野勇二

弟子はいつも無愛想なのか。
それは知らなかった。
俺様の前では猫をかぶっていやがるな。

前島悠子

ち、違いますよ!
弟子である私が、本当の私です!

天野勇二

それはどうかな。
お前はクソ女なんだ。
信用できんな。

前島悠子

し、師匠ぉー!
本当ですってばぁ!


 顔を真っ赤にして慌てる前島の表情は、アイドルメンバーにとって本当に初めて見る姿だった。

 いつも前島はどこか疲れたような顔を浮かべており、誰に対しても無愛想で近づきがたいオーラを放っている。

 それが天野の前では、無邪気で元気な少女そのものだ。


(ああ、これは、惚れてるな)


 天野以外の全員は、そう思っていた。

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つばこ

なんだかほのぼのラブコメしてるけど、大丈夫なんだろうな! 天野くん大丈夫なんだろうな! 敵は武装している組織だぞ! 
「俺様のメスは銃弾ごときスパンスパン斬れるのだ。あとレーザービームも出るぞ(バシュゥン」
とか言い出してくれよ! 頼むぞ天野くん!
 
さて、随分と登場人物が増えてきましたね。
一度おさらいします。
 
*登場人物紹介*
 
<柏田麻紀(まきりん)>
なぜか命を狙われているアイドル。前島とは仲良し。
 
<宮元>
まきりんのマネージャー。余談ですが挿絵のモデルは綾○剛さん。
 
<川口>
前島のマネージャー。メガネ。
 
<マユコ様>
短髪美人のアイドル。前島より4つ年上。
  
<佐久間>
宮元が連れてきたプロのSP。柔道4段。挿絵を紹介できないのが悔しい。
 
<長髪の男(テコンドー野郎)>
天野くんをテコンドーで翻弄した謎の強敵。再戦の機会は訪れるのか?

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コメント 222件

  • だいたろう

    満場一致の意見に唯一気付かない天野君であつたww

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  • rtkyusgt

    乙女になってるな、ゆうこ( ̄∇ ̄)

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  • えいじ

    前島かわいい

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  • いつも無愛想と言うと、前島ちゃんの闇も深そうだ。

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  • 沙理奈

    メスからレーザービーム(バシュウウン
    に大草原不可避

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