宮元は冷や汗を流しながら車を操り、急いで柏田の自宅マンションへ向かった。

 実のところ、天野が取り押さえるストーカー役、その場面を写真に撮って記事にするマスコミの人間、全て手配してスタンバイしているのだ。

 まさかそこまで天野があっさり読んでしまうとは、川口も宮元も想定していなかった。

佐伯涼太

いやぁ、僕はまきりんが推しメンなんだよ。
ヨロシクね。

 

 車内で上機嫌なのは涼太だけだ。

 柏田は天野の殺気に怯えながらも、涼太に頭を下げた。

 

柏田麻紀

そうなんですか。
ありがとうございます……。

佐伯涼太

握手をお願いしてもいいかな。

柏田麻紀

は、はい……。

佐伯涼太

ついでにサインも貰ってもいいかな。

柏田麻紀

構いませんけど……。

佐伯涼太

いやぁ、今日は人生最高の日だよ。天才クソ野郎の相棒で良かったねぇ。


 この柏田麻紀という娘は、前島が所属するアイドルグループの人気ナンバーツーだ。
 前島がグループを卒業するため、今後は彼女がセンターを務めることになる。

 愛称は『まきりん』。
 売りは黒髪で清楚なルックス。
 キレのあるダンスパフォーマンス。
 そしてグラビアイドルにも引けをとらない抜群のプロポーションが人気だ。


 車が柏田のマンションに到着した。
 天野は宮元と打ち合わせに入った。


天野勇二

それで、具体的にはどうすればいいんだ?

宮元泰明

柏田の住居にストーカーを演じる男が現れます。
それを撃退していただきたいのです。


 マンションの見取り図を広げながら説明を続ける。

宮元泰明

茂みの中にカメラマンが隠れております。
マンションのエントランス前の中央、ここでストーカー役を取り押さえてください。


 マンションの前には少し開けたスペースがある。
 その中央に柏田が立った時、ストーカー役が現れて襲いかかるのだ。

天野勇二

取り押さえる方法はどうする? 投げて組み伏せればいいのか?

宮元泰明

それが理想ですね。
相手を取り押さえた後、しばらく動かずにそのままの体勢でお願いいたします。

天野勇二

そこで写真を撮るのか。
涼太はどうするんだ?

 

 少し思案すると、宮元は車内からスタッフジャンパーを取り出した。

 

宮元泰明

このジャンパーを着て、ストーカー役の足元に立っていただけますか?


 背中にアイケープロの名前がある。
 あえて背中を撮影させ、事務所の関係者であることを証明するのだ。

宮元泰明

男を取り押さえた後、顔はしばらく上げたままでお願いします。

天野勇二

俺様の顔を確実に撮影するためか……。
やれやれ、また俺の顔が全国誌に載るのか。

 

 途中から会話を眺めていた涼太が、残念そうに声を出した。

 

佐伯涼太

これじゃ、僕の華麗な足技の出番はなさそうだね。

天野勇二

そうだな。
俺が払い腰で投げて脇を固める。

佐伯涼太

僕は背中が映るだけか。
いいなぁ、
勇二は美味しい役で。

天野勇二

どこか美味しいんだよ。
ふざけた芝居だぜ。


 車がマンションのエントランスに停車すると、天野と涼太はアイケープロのジャンパーを着こんでスタンバイした。
 
 川口はカメラマンらしき男と携帯電話で打ち合わせしている。

川口由紀恵

……では、今から始めます。
麻紀ちゃん、お願いね。
こんなことを頼んで本当にごめんね。

柏田麻紀

大丈夫です。
悠子ちゃんのためですから。


 柏田は 無垢むくに微笑んだ。

 これはそもそも、前島のスキャンダルを返上するための芝居だ。
 柏田にとって、前島はグループの仲間であり、友人でもある。
 この程度の芝居は安いものだった。

 前島は嬉しそうに友人の手を握った。

前島悠子

まきりん、ありがとう。
今度なにかご馳走するね。

柏田麻紀

気にしないで。
私のスキャンダルの時はよろしくね。

 

 そこに涼太が割り込む。

 

佐伯涼太

僕はまきりんのためなら、本当にボディガードを務めても構わないよ。

天野勇二

調子のいいことを言うな。
行くぞ。

 

 柏田がゆっくりバンから降り、マンションに向かって歩き出した。

 その数メートル後方から天野と涼太が追いかける。

 

佐伯涼太

いやぁ、まきりんは後姿も綺麗だね。
もう僕ちゃんの理想そのものなんだよねぇ。

天野勇二

お前の好みなんてどうでもいい。
あれか、敵が来たぞ。


 前方からストーカー役の男が現れた。
 柏田は指定のポイントで立ち止まる。

ストーカー役

まきりん! 待ってたよ!

 

 ストーカー役が奇声をあげながら動いた瞬間、天野が駆け出した。

 

天野勇二

おらぁ!


 柏田の横を走って通り過ぎると、その勢いで顔面に飛び膝蹴りを叩きこむ。
 着地と同時に左の掌底。
 右手で奥襟を掴み、払い腰で豪快に地面に叩きつけた。
 そのまま脇固めで男を捕獲し、正面を睨みつける。

 視界の右側から数回フラッシュがたかれた。

 その間、涼太は男の足元に立ってカメラに背を向けていたが、異変に気づいて叫んだ。

佐伯涼太

あれっ!? 勇二!
もう1人来たけど!?

天野勇二

なんだと?

 

 後方の物陰から刃物を持った覆面姿の男が現れた。

 ちょうど涼太の真正面だ。

 

天野勇二

よくわからんが……
ぶちのめせ!

佐伯涼太

オッケー!


 覆面男が柏田に近づく前に、涼太は自慢の足技を繰り出した。
 鋭い三日月蹴りが男の持っていた刃物を高く弾き飛ばす。
 そのまま流れるように左顔面へハイキックを叩きこんだ。

覆面男

ぎゃっ

 

 流れるように中段への回し蹴り。

 膝への関節蹴り。

 太腿への前蹴り。

 顔面への足刀蹴りを打ち込む。

 どれも鋭く威力のある蹴り技だ。

 生半可な威力ではない。

 

覆面男

ひぃっ!


 覆面男は呆気なく戦意を喪失した。
 悲鳴を上げて逃げ去る姿を、涼太は構えながら見送った。

佐伯涼太

決まったね!
まきりん!
僕の足技、見た?
イケてた?

 

 柏田は不思議そうに首を捻った。

 

柏田麻紀

お、おかしいですね。
ストーカー役は1人のはず、なんですけど……。

佐伯涼太

えっ? そうなの?

 

 天野はそれを聞くと、組み敷いている男に尋ねた。

 

天野勇二

おい、ストーカー役は何人いるんだ?

ストーカー役

へぇ? 僕だけですけど?


 男がのんびり声を出した瞬間、天野の左脇にある茂みの中から、もう1人覆面を被った男が飛び出した。


 その姿を見て、さすがの天野も血の気が引いた。


 猟銃らしき散弾銃を持っている。


 銃口の先にあるのは、柏田の姿だ。



天野勇二

涼太!
後ろだ!!!




 天野は叫びながらストーカー役の手を放し、散弾銃を持った覆面男に飛びかかった。

 涼太は振り返って銃口を確認すると、とっさに柏田を抱いて真横に飛んだ。

 天野が銃口を僅かに逸らした瞬間、散弾銃が火を吹いた。



 乾いた発砲音がマンションの前に響き渡る。

天野勇二

くそっ!

 

 天野は銃を持つ男の指を掴み、即座に折り曲げてへし折った。

 

散弾銃を持った覆面男

ぎゃあ!


 そのまま散弾銃を取り上げ、覆面男の鼻柱に何度も銃底を叩きつける。
 1発、2発、3発。
 怯んだ隙に鳩尾への膝蹴り。
 最後は前蹴りで吹き飛ばした。

天野勇二

涼太! 大丈夫か!?


 涼太は柏田をかばい倒れこんでいた。

佐伯涼太

いてて……。
い、生きてるよぉ……。


 肩に跳弾ちょうだんを受けて負傷していたが、それほど酷い怪我ではない。
 散弾がスタッフジャンパーを切り裂き、微かに出血している程度だ。

天野勇二

ど、どうなってんだ!
柏田!
怪我はないか!?

柏田麻紀

は、はい。
私は大丈夫です……。

 

 銃声を聴いて、バンから慌てて宮元と川口が飛び出して来る。

 天野は堪らず叫んだ。

 

天野勇二

おい! これもシナリオの内なのか!?

 

 宮元は青褪めて首を振った。

 

宮元泰明

ち、違います。
こんなこと、
予定には……。

天野勇二

くそっ!

 

 天野は背後を振り返り、散弾銃を持っていた覆面男を睨んだ。

 男はよろけながらも必死に逃げ出そうとしている。

 

天野勇二

宮元! 柏田をマンションの中に入れろ!
川口はこれを持って警察と救急車を呼べ!


 散弾銃を川口に押し付け、天野は覆面男を追いかけた。
 覆面男は敷地の出口に向かってよろけながら走っている。

天野勇二

待て!
逃げられると思うな!

 

 追いかける天野を遮るように、1人の体格の良い長髪の男が立ちはだかった。

 

天野勇二

なっ?
誰だ、お前は?


 長髪の男は質問に答えず、ボクシングの構えで天野を睨みつける。
 殺気に満ちた鋭い瞳だ。
 挑発的な笑みを浮かべている。

天野勇二

お前は何者だ?
邪魔をしたいのか?

 

 かなり体格の良い長身の男だ。

 天野よりも頭ひとつ高い。

 190cmは超えているだろう。

 おまけにはち切れそうなヘビー級の筋肉の持ち主。

 それがボクシングの構えで立ちはだかっている。

 

天野勇二

(なんだこいつは。まずい相手じゃねぇか)


 体格だけ見れば天野より上だ。
 この男がボクシングを習得していれば、殴り合っても勝ち目はないだろう。
 もし総合格闘技などを学んでいれば、組み合うことも避けたい。

天野勇二

返事がないな。
さては貴様、
話すほどの知能が……

 

 言葉の代わりに高速の左ジャブが襲いかかった。

 合気道を習得している天野は手首を掴み、捻り上げて投げることを得意としているが、この拳はあまりにも速すぎる。

 避けるだけで精一杯だ。

 

 後退する天野の左足に、長髪の男が鋭いローキックを放つ。

 

天野勇二

(チッ。こいつ、ボクシングだけじゃねぇ)


 蹴りが重く鋭い。
 この一撃だけで左足が麻痺するかのようだ。
 相手は何かの格闘技に精通している。

 長髪の男は間合いを詰めず、天野の動きを注視している。
 無闇に攻め込んで来ない。
 天野を倒すことが目的ではなく、ここに足止めして時間を稼ぐつもりなのだ。
 散弾銃を持っていた覆面男の背中がどんどん小さくなっていく。

 天野としてはタックルを仕掛け、得意の関節技で瞬殺したい。
 だが、相手はその動きも読んでいる可能性が高い。

 お互いが警戒しながら、じりじりと間合いを詰めていく。

天野勇二

(仕方ない。こちらから仕掛けるしかないのか)


 天野は覚悟を決めた。
 前のめりに倒れこみながら前進し、間合いを一気に詰める。
 低い姿勢からの高速タックル。
 長髪の男を両足を刈りに行く。

 天野を迎撃するため、長髪の男が膝蹴りを放った。
 しかし天野は即座に反転して避け、鳩尾に肘を打ち込んだ。

天野勇二

(チッ。外したか)


 肘打ちは僅かに急所を外した。
 筋肉の分厚い壁に阻まれる。
 それでも鋭い肘の一撃だ。
 素人であれば 昏倒こんとうしてもおかしくない威力に、長髪の男は驚きの表情を浮かべた。

天野勇二

(まるで手応えがない。なんて筋肉だ)


 肘を滑らせながら反転。
 左右からの掌底を脇腹へ打ち込む。
 肝臓と肋骨を破壊する攻撃だが、長髪の男は怯まない。

 天野は相手のガードが下がった隙を狙い、かち上げるような掌底を放った。

天野勇二

ぐはっ!


 掌底は僅かに避けられた。
 逆に男の左ストレートが天野の顔面に命中していた。

天野勇二

クソが……。
この俺様の顔を殴りやがったな……。


 堪らず距離を取って離れる。
 鋭く重い拳だ。
 飛びそうな意識を必死に引き戻す。

長髪の男

おまえ、やるな。
若い。
でも、いい動きだ。

 

 長髪の男が不敵に笑い、見たことのない構えをとった。

 

天野勇二

(この発音は日本人じゃねぇな。どこの人間だ? そして、その構えはなんだ?)


 そう天野が思った瞬間だった。
 長髪の男が跳躍した。
 右足を垂直に振り上げている。
 間合いを一気に跳躍して詰め、踵落としで叩き潰すつもりだ。

天野勇二

うおおっ!


 ガードする余裕なんてなかった。
 紙一重で避ける。
 転がるように逃げ回る。
 そこにも鋭い回し蹴りが飛んでくる。
 竜巻のような蹴りのラッシュだ。
 あらゆる角度から飛んでくる。
 空手の有段者である天野が見たこともないような蹴り技だ。

 転がるように逃げ回る体を、長髪の男のソバットが撃ち抜いた。

天野勇二

ごほっ。


 天野の体が軽く吹き飛ばされた。
 恐ろしいほどの威力だ。
 肋骨が折れて肺に突き刺さったんじゃないか、と錯覚するほどの威力だ。

天野勇二

な、なんて蹴りだ……。


 苦しげに息を吐く天野を見て、満足気に長髪の男は蹴りのラッシュを止める。

 天野はすかさず前方に転がると、体を捻って地面を這うような蹴りを放った。

長髪の男

グッ。


 長髪の男が小さく呻いて後退した。
 苦し紛れの水面蹴りだ。
 しかし天野は靴に鉄板を仕込んでいる。
 スネにでも当たれば威力は大きい。

天野勇二

得意技は『テコンドー』か……。
お前、素人じゃないな。


 そう言いながら立ち上がって呼吸を整え、素早くローキックを放った。
 長髪の男は靴に何か仕込まれていると察し、ガードせずに後退して避ける。

天野勇二

(くそっ、ラチがあかねぇぞ……。こいつは間違いなく 殺人者プロだ。拳でも蹴りでも勝ち目はない。関節を取れる隙はない。どうすればいい……)


 互いが少しずつ間合いを詰めた時、長髪の男の後方に白いワンボックスが猛スピードでやって来た。
 急停止し、けたたましくクラクションを鳴らす。
 もう散弾銃を持っていた覆面男の姿は消えていた。

 長髪の男は後方を確認すると、天野に向かって微笑んだ。

長髪の男

命拾い、したな。
また、会おう。

天野勇二

お前と二度も顔を合わせる気はない。
ここで潰してやる。

長髪の男

もう、時間だ。


 長髪の男は天野に背を向けると、白いワンボックス目掛けて走り出した。

天野勇二

待て!


 必死に後を追うが、長髪の男は逃げ足まで機敏だった。
 追いつくことも出来ない。
 長髪の男が白いワンボックスに飛び込むと、車は急発進して去っていく。
 ナンバーを確認するが隠されており、車両を特定することはできなかった。

天野勇二

くそっ!

 

 遠くからパトカーと救急車のサイレンが近づいてくる。

 天野が急いでマンションの入り口に戻ると、壁に寄りかかり肩を押さえる涼太、怯えて腰を抜かしている川口、涙目で震えているストーカー役の姿があった。

 

天野勇二

川口よ、柏田はどうした。

川口由紀恵

へ、へ、へ、部屋に戻しました……。
宮元と、一緒です……。


 川口は銃を握ったまま震えている。

天野勇二

前島はどこにいる!?
前島はどうした!

川口由紀恵

く、車の中です。


 天野は急いでバンに駆け寄った。

天野勇二

前島、無事か!

前島悠子

師匠!

 

 泣きながら前島が飛びついた。

 小さな体が恐怖で震えている。

 

天野勇二

ふぅ……。
お前は無事か。

前島悠子

はい……。
車からずっと見てました。何もできなくてごめんなさい……。
お怪我はありませんか?


 殴られた頬。
 蹴られた足と腹が痛む。
 だが、骨に損傷がある程ではない。

天野勇二

大したことはないさ。
相手は本気じゃなかった。
それでも勝てる気がしなかった……。
一体どうなってやがる……。

  

 前島の肩を抱きながら、天野はこれ以上ないほどの屈辱に包まれていた。

 

 


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15,212

つばこ

ここまで無敵だった天野くんにとって、これが初めての敗北! 勝負としては時間切れドローでしたが、実質敗北でしょう。
天野くんは常人を凌駕するほど強いですが、相手はそれを凌駕するほど強いと、ご理解いただければ幸いです。
 
さて、大きく物語が動き出しました。
それはそれとして8月も終わりますね。
読者の皆様にとって、思い出深い夏になりましたでしょうか?
つばこにとっては、楽しいお祭や花火大会やバーベキューなどに参加し、ひと夏限りの恋をダース単位で楽しみ、リア充なパーリーピーポーを満喫したいなぁ、きっと楽しいんだろうなぁ、一度もそんな遊びをしたことがないけど楽しいんだろうなぁ、という妄想にふける毎年恒例の夏となりました(´・ω・`)
 
(´;ω;`)ブワッ
 
いつもオススメやコメントありがとうございます(´;ω;`)ウッ…

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コメント 205件

  • ぷよぷよ

    このテコンドー男、なにげに結構好きだったりする

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  • rtkyusgt

    グラビアイドル |ー゜)

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  • ゆんこ

    (´・ω・`)

    (´・ω・`)

    (´・ω・`)

    (´;ω;`)ブワッ

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  • まこと

    前島の肩を抱いたクソ(イケメン)野郎の絵がほしい!

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  • 螢★剣の王国★ゴ太郎先生

    つばこさん可愛い

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