20時になった。

 天野がその日の実習を終えてキャンパスを出た時、前島から着信が入った。

 

前島悠子

師匠、もう終わりました?

天野勇二

ああ、ちょうど終わった。

前島悠子

正門の側に黒いバンを停めてます。そこまで来ていただけますか?

天野勇二

いいだろう。

 

 天野が電話を切ると、暗がりから涼太が嬉しそうにやって来た。

 

佐伯涼太

遅くまでお疲れちゃん。
意外と勇二ってマジメちゃんだよね。

天野勇二

問題児だが、卒業はしたいからな。

佐伯涼太

しかし今日は酷かったよ。
友達や知らない人から、勇二と前島さんがデキてるのかって何度も訊かれんの。
メディアの力って凄いね。

天野勇二

俺様も訊かれた。
ふざけた話だぜ。
しつこく訊く奴は潰してやったよ。


 天野はかなり不機嫌な様子だ。
 潰し足りない、とばかりに指の骨をポキポキ鳴らしている。
 涼太は「もうこの話は止めたほうがいいね」と判断した。

佐伯涼太

前島さんの相談って、
なんだろうね。

天野勇二

まるで見当がつかんな。

 
 涼太は「うぷぷ」と悪い笑みを浮かべると、天野の肩をポンポンと叩いた。
 

佐伯涼太

だけどさ、これはいい機会かもしれないよ。
師弟関係は順調じゃん。
嘘を真実に変えちゃうのもアリじゃない?

天野勇二

うん?
どういうことだ?

佐伯涼太

だから、
2人が本当に恋人同士になるのもアリ
ってことだよ。


 涼太はヘラヘラと何かの期待に満ちた笑みを浮かべている。
 天野はあっさりと吐き捨てた。

天野勇二

興味がないな。

佐伯涼太

そんな即答しないで考えてみてよ。

前島さんは可愛いし、
頭の回転も速いし、
勇二のことを変な先入観で見ないじゃん。

理想的な女の子だよ。
あんな娘が勇二の前に現れてくれるのを待ってたんだよね。
僕としては是非とも交際して欲しいなぁ。

 
 天野はじろりと涼太を睨みつけた。
 

天野勇二

なるほど……。
お前はそんなことを考えていたのか。
ゲスなチャラ男のくせに、前島には手を出そうとしないから不思議だったんだ。

佐伯涼太

そりゃそうだよ。
ついに現れた勇二のベストパートナー候補だもん。
それに僕の推測だと、前島さんは勇二に好意を抱いていると思うよ。

天野勇二

もう一度言うが、
まるで興味がないな。

佐伯涼太

はぁ……。
その台詞、ファンが聞いたら泣いて嫉妬するよ。


 正門を出ると、すぐ近くに黒いバンが停車していた。
 窓ガラスにはスモークが貼られており、車内の様子は伺えない。
 他にはそれらしき車が見当たらないので、恐らくこれが前島の指定した車だろう。


 2人がバンに近づくと、車の扉が静かに開き、中から年配の女性が現れた。
 年は40半ばだろうか。
 スーツをビシッと着込んでいる。
 

???

あなたが、
天野様でしょうか?


 とにかく 今宵こよいの天野は不機嫌だ。
 すぐに偉そうな言葉を吐き出した。

天野勇二

そうだが、お前は誰だ?
幼稚園で習わなかったか?
初対面の相手と話す時は自分から自己紹介しましょう、とな。
それが出来ないとは、お前の幼稚園ではエイリアンが話すような宇宙語でも教えていたのか?

???

こ、これは失礼しました。

 

 年配の女性は素直に頭を下げて、名刺を2人に差し出した。

 

川口由紀恵

アイケープロダクションの 川口由紀恵かわぐちゆきえと申します。
前島悠子のマネージャーを務めさせていただいております。

天野勇二

それでいい。
俺が天野勇二だ。

佐伯涼太

僕は前島さんの友人で、佐伯涼太といいます。

 
 川口と名乗った女は、天野と涼太を値踏ねぶみするかのように見つめると、黒いバンの中に案内した。
 
 車内は中央の座席が取り払われており、人が休めるような様々な荷物が置かれている。
 
 移動と休憩場と着替える場所まで兼ねている車だ。
 

前島悠子

あっ! 師匠だ!
おはようございます!

 

 後部座席から前島が顔を覗かせ、嬉しそうに声をあげた。

 

天野勇二

前島よ、相談とはなんだ?

 

 声をかけながらバンに乗り込むと、前島の隣にもう1人、女の子が座っているのに気づいた。

 涼太はその娘を見て仰天した。

 

佐伯涼太

あれっ!
『まきりん』だ!
君は僕の推しメンこと、まきりんじゃないか!

川口由紀恵

しっ!
あまり大きな声を出さないでください。


 川口は素早く注意するとバンの扉を閉めた。
 それを合図にしたかのように、運転席に座っていた男が口を開いた。

???

川口と同じアイケープロの 宮元泰明みやもとやすあきと申します。


 名刺を取り出しながら、先ほど涼太が『まきりん』と呼んでいた娘を指さす。

宮元泰明

そこにいる 柏田麻紀かしわだまきのマネージャーを務めさせていただいております。


 柏田と呼ばれた女性も後部座席から天野たちに頭を下げた。


柏田麻紀

柏田と申します。
天野さんと佐伯さんのことは悠子ちゃんから聞いてます。
お会いできて嬉しいです。

天野勇二

そうか、天野だ。

佐伯涼太

どうもご丁寧に。
佐伯涼太と申します。
まきりんに会えるなんて今日はツイてるなぁ。

 

 車内には前島と柏田。

 そのマネージャーが2人。

 4人の人間が乗っていた。

 天野は全員を見回しながら尋ねた。

 

天野勇二

それで……。
俺様に何の用件なんだ。

前島悠子

あのですね、師匠に来ていただいたのは……。

 

 説明を始めようとする前島の言葉を川口が遮った。

 

川口由紀恵

私から説明いたします。
最初に確認させていただきたいのですが、天野様は前島と男女の関係には発展しておりませんでしょうか?


 その日、何度目になるかわからない質問を受け、天野は心底嫌そうに吐き捨てた。

天野勇二

交際はしていない。
むしろ迷惑している。
一般人なのに目線も入れず週刊誌に写真を掲載させるとは、おたくの事務所はどうなっているんだ?
まず俺様に詫びるべきじゃないのか?

 

 川口はその言葉に頷き頭を下げた。

 

川口由紀恵

その点は誠に申し訳なく思っております。
目線のない記事を出させたのは、確かに私共の 不手際ふてぎわ
ただ、タレントの関係は 把握はあくしておく必要がございます。
その質問をさせていただいたこともご理解ください。

天野勇二

まぁ、いいだろう。
わざわざ呼びつけたのはそれを訊くためか?

 

 川口は涼太をちらりと見て、前島に尋ねた。

 

川口由紀恵

悠子ちゃん。
佐伯様にもお願いして良いのかしら……?

前島悠子

うーん……。
どうしましょう。
本当は師匠だけのつもりだったんですけど……。

 

 涼太は少々傷つきながらも抗議した。

 

佐伯涼太

ぼ、僕がいるとまずかったの? 何だか最近扱いが酷くないかな? かな?

前島悠子

いや、まずくはないんですけど……。
涼太さん、師匠ほどお強いですか?

佐伯涼太

強い?
それって腕力が、
ってこと?

前島悠子

そうです。喧嘩です。

佐伯涼太

勇二ほど強くはないけど、勇二より勝ってるところもあるよ。

 
 自信満々に胸を張る涼太を、天野はいぶかしげに睨みつけた。
 

天野勇二

お前が俺より勝っているところ?
そんなものあったか?

佐伯涼太

あるよ!
蹴り技だけなら勇二に勝ってる!
僕ちゃんの長い足を活かした華麗かれいな蹴り技だよ!

天野勇二

ああ、蹴りか。
それはそうかもしれんな。
蹴りだけなら俺より上だ。

 

 その言葉を聞き、前島は安堵して川口に告げた。

 

前島悠子

それなら涼太さんが一緒でも大丈夫です。

川口由紀恵

わかったわ。

 

 川口は天野と涼太に向かい直った。

 

川口由紀恵

お2人にお願いしたいことがございます。
勝手なお願いごとになりますが、お聞きいただければ幸いです。

 

 すかさず天野が偉そうな口調で釘を刺した。

 

天野勇二

本日の俺様は不機嫌だ。
全てお前らの不手際のためだ。
お前が依頼を受けるまで車から降ろさないと言っても、俺様は全員ぶちのめして帰る。
それだけは覚えておけ。


 何の気配りもない脅しの言葉だ。
 車内に緊張が走った。
 川口は動揺しながらも「わかりました」と告げ、言葉を続けた。

川口由紀恵

お願いしたいことは、3点ございます。
1点目は、私の担当する前島悠子と一切の関係を断っていただきたいのです。

前島悠子

えっ!?
そんなの聞いてません!
酷いです川口さん!

 
 前島が抗議の声をあげる。
 川口はそれを制して言葉を続けた。
 

川口由紀恵

天野様が前島の交際相手という噂が上がっております。
これ以上スキャンダルを広げたくはありません。
お願いいたします。

 

 天野は即答した。

 

天野勇二

却下だ。
俺様が誰とどのような人間関係を構築しようが、お前に指図される筋合いはない。

 

 偉そうに川口の願いを叩き潰した。

 前島が嬉しそうに「さすが師匠!」と声をあげる。

 川口は懐から封筒を取り出して、天野に差し出した。

 

川口由紀恵

もちろん、何もなしに、とは言いません。

 

 分厚い封筒だ。

 天野は中身を確認すると、舌打ちしながら川口に思いきり投げつけた。

 また車内に緊張が走り、封筒の中から数枚の万札がこぼれ落ちた。

 

天野勇二

金で言うことを聞くと思うなよ。
俺様は医者のボンボンだ。
金なんかいらねぇよ。

 
 川口は封筒を受け取り、ため息を吐きながら口を開いた。
 

川口由紀恵

では2点目のお願いとなります。これは3点目のご依頼と密接に関係しております。
天野様が前島の知人というだけではなく、

アイケープロの関係者でもある』

ということにしていただきたいのです。


 天野は腕組みしながら川口を見つめた。

天野勇二

なるほどね。
大学の知人ではなく事務所の関係者である、という言い訳が欲しいのか。
だがどうやってそれを証明する? タレントとして雇うつもりか?
はっきり言うが商売にもならんし、そんな依頼を受ける気もないぞ。

 
 その言葉を受けて、もう1人のマネージャーである宮元が口を開いた。
 

宮元泰明

実は私の担当している柏田麻紀に、ちょっと困ったファンがいるんです。
ストーカーといっても過言ではありません。
前島から天野さんがとても腕力に長けており、数々のトラブルを解決していると伺っております。
柏田の警護を引き受けていただき、ストーカーの退治をお願いしたいのです。

天野勇二

ほう、俺様をアイケープロの 用心棒ボディガードとして雇いたいのか。
そうなれば『大学で一緒にいたとしても前島を護衛しているだけ』という言い訳が使える。
おまけに大事なタレントの命も助かる。
まさに一石二鳥、ということか……。

 

 天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。

 

天野勇二

はっきり言おう。
ストーカーなど最初から存在しないんだろう?
アイケープロの関係者である俺様が柏田の命を救った……。
そんな 『小芝居』を演じて欲しい。
それが依頼なんだろう?

 
 川口も宮元も図星を指摘され、思わず互いに目を合わせた。
 

天野勇二

ふざけた話だ。
一般人に迷惑をかけたくせに、ボディガードとして働けだと?
おまけにタレントの命を守る小芝居を演じろだと?
ナメられたもんだぜ。

 

 天野は気障ったらしい指先を翻した。

 車内に天野の苛立ちが充満していく。

 

天野勇二

いいか、俺様はこれからも前島と親しくして、お前らの大嫌いなスキャンダルを 捏造ねつぞうしても構わないんだ。
芸能界だからといって、誰もが尻尾を振って飛びつくと思うな。
まずお前ら、人に頼む態度がなってねぇんだよ。
俺様はお前らの骨を再起不能なほどにへし折り、全員ぶちのめして帰ってやろうかと、本気で思っているぞ。


 車内に大きな緊張が走った。
 川口と宮元は気まずそうに黙りこみ、まるでチンピラのような天野を心底嫌そうに見つめた。

 この緊張感と気まずい沈黙が漂う車内で、前島だけが

前島悠子

さすが師匠ですねぇ。
脅し文句がいきですねぇ。

 
 と、呑気のんきな声をあげている。
 
 川口は額の汗を拭きながら、必死に頭を下げた。
 

川口由紀恵

失礼いたしました。
我々に非があったことを深くお詫びします。
どうか失礼を承知ですが、私共の依頼を引き受けていただけませんか。


 土下座せんばかりの勢いだ。
 宮元もそれに続く。
 

宮元泰明

どうかお願いいたします。
おごりがございました。
これもタレントのためとご理解ください。
天野さんのお言葉通り、ちょっとした芝居を演じていただくだけなんです。
どうか、前島と私共のために、お願いいたします。


 宮元も運転席で正座して頭を下げた。

 天野は満足気にその光景を眺めている。

 涼太は内心「人様に土下座させることが大好きなドSなんだから」とため息を吐いた。

前島悠子

師匠、
私からもお願いします。

 

 前島が助け舟を出した。

 その言葉を待っていたかのように天野が口を開く。

 

天野勇二

弟子が言うなら仕方ない。
依頼を受けてやろう。
アイケープロのSPを演じてやろうじゃないか。
涼太よ、構わないな?

佐伯涼太

まきりんのボディガードなんて無償でオッケーだよ。
断る理由なんかないね。

天野勇二

よし、これで交渉成立だ。
しかしこれだけは覚えておけ。
俺様は弟子が頼むから仕方なくやってやるんだ。
師匠が優しい弟子思いの人間で良かったな?
俺様と弟子に心の底から感謝しやがれ。

川口由紀恵

はい……。
ありがとうございます……。

 

 川口は震えながら頭を下げている。

 涼太は内心「イライラするでしょ。可哀想に」と思いながら川口を見つめた。

 

天野勇二

それでどんなシナリオを書いてあるんだ?
もう準備は整っているんだろう?
役者である俺様を待たせるんじゃないぞ。

 

 天野は嫌な笑みを浮かべながら車内の人間たちを睨みつけた。

 



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つばこ

天野くん……キミは登場人物を一度はディスらないと気がすまないのかい(´;ω;`)
いつか頂いたコメントの中に、天野くんは
「ブスとデブに厳しすぎる」
といったものがありましたが、実際は
 
「生きとし生ける全てのものに厳しい」
 
ような気がします。
天野くんは平等主義なんでしょうね。
友人だろうが弟子だろうが目上の人間だろうが、関係ない。そんなの関係ない。
気に入らないヤツは全力でディスる! それが天才クソ野郎だ!!!
 
そこにシビれないし憧れないなぁ(´・ω・`)
念のため書いておきますが、クソ野郎の卑劣な行いを真似したり参考にしないでください!!!
 
さてさて、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 246件

  • みーやん

    全ての登場人物をディスる天野くんをディスるつばこさんって…笑

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  • だいたろう

    久しぶりに読み返しに来たけど、相変わらずクソ野郎だなw
    あと、前島ちゃん慣れすぎww

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  • rtkyusgt

    天才クソ野郎様様だわww

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  • ちいすけ

    柏○○紀…○きりん…ゲフンゲフン

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  • ゆんこ

    天野くんじゃなかったら人生狂わされてるね。

    ( ˙?˙ )言われて当然じゃない?

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