その日も天野は学生食堂の2階テラスにいた。
 
 かたわらには昼食であるパン。
 やたらと濃いブラックコーヒー。
 タバコと携帯灰皿。
 
 相変わらず不摂生な昼食のひとときをのんびり過ごしていた。

前島悠子

師匠! お久しぶりです!

 

 前島が元気良くやって来た。

 両手に好物である「たぬきうどん」が乗ったお盆を持っている。

 

天野勇二

ほう、前島か。
お前の顔を見るのも久しぶりだな。


 2人が顔を合わせるのは、前島が卒業を発表したコンサート以来だ。

 トップアイドルグループの絶対的センター、前島悠子の卒業発表。

 これは大きなニュースになった。
 しばらく前島は忙しくなってしまい、テラスに顔を出すような時間が作れなかったのだ。


前島悠子

ねぇ師匠、
私たちのコンサート、
どうでしたか?

天野勇二

ああ、それなりに面白かったぜ。

前島悠子

師匠ってば、ほとんど座って「ぽけー」としてましたよね。
ちゃんと見てたんですよ。

天野勇二

な、なに!?

 

 天野は驚いて前島の顔を見つめた。

 

天野勇二

あれだけ客がいても、俺様がどうしていたかわかるのか?
なぜ知っているんだ?

 

 前島はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

前島悠子

やっぱり結構座ってたんですね。
師匠から一本いただきました。


 前島は「よしっ!」と嬉しそうにガッツポーズを決めている。
 ハッタリを仕掛けられたのだ。
 天野は嬉しそうに笑った。

天野勇二

クックック……。
お前、だんだん『クソ野郎』が板についてきたんじゃないのか。

前島悠子

えへへ。
師匠のおかげですよ。

天野勇二

いや違うな。
お前は 『ナチュラルボーンクソ野郎』だ。
生まれ持った才能が開花したのさ。

前島悠子

なっ!
それじゃ私が性悪女みたいじゃないですか!
違います!
師匠のご指導あってこそです!

天野勇二

あっはっは。
腹黒のくせによく言うぜ。

 
 2人が談笑していると、またテラスに来客が訪れた。
 

佐伯涼太

あれ? 前島さんじゃん!
久しぶりだね!

前島悠子

涼太さんだ!
お久しぶりです!

 

 涼太は前島の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。

 

佐伯涼太

この間のライブ、すっごく良かったよ!
前島さんが誰よりも綺麗だった!
あんな良い席を用意してくれたなんて本当にありがとう!
一生の思い出になったよ!

前島悠子

うわぁ、涼太さんはマメで優しいですねぇ。
師匠なんて 『それなりに面白かった』なんて言ったんですよ。

佐伯涼太

ああ……。
あのクソ野郎ね。

 
 涼太はため息を吐きながら言った。
 

佐伯涼太

勇二ってば、歌を一曲も知らないんだもん。
全然ノッてくれないしさぁ。
恥ずかしくてまいったよ。

前島悠子

えぇっ!?
知らないなら、どうして言ってくれないんですか!
サインつけて用意しますよ!

 

 天野はのんびり煙を吐き出した。

 

天野勇二

俺はあまり音楽に興味がないからな。別にいいよ。

 

 涼太が慌てて天野に言った。

 

佐伯涼太

ね、ねぇ、前島さんの直筆サインが入ったCDとか超貴重だよ?
前島さん、僕はすごく欲しいな。
売らないと約束するから欲しいな。

前島悠子

じゃあ、今度持ってきますね。

佐伯涼太

やった!


 涼太は両手を上げて喜んでいる。
 何がそんなに嬉しいのか、天野にはまるで理解できない。

佐伯涼太

でも、前島さん、
グループを卒業するって本当なの?

前島悠子

はい。本当ですよ。

佐伯涼太

またどうしてさ?
人気絶頂なのに。

前島悠子

師匠からアドバイスをもらって、それで決断したんです。

佐伯涼太

アドバイスぅ!?

 

 ギロッと涼太が天野を睨んだ。

 

佐伯涼太

ゆ、勇二!
何を前島さんに吹き込んだの!?
それってどういうことよ!

天野勇二

どうもこうもないだろ。
今、前島が言った通りじゃないのか?

佐伯涼太

なんで僕に相談しないのさ!

天野勇二

なんでお前に相談しないといけないんだよ。

 
 涼太はがっくりと肩を落としながらも、前島に懇願こんがんした。
 

佐伯涼太

前島さん、最後の卒業公演は別に開催するんでしょ?
その時は僕も呼んで欲しいな。

前島悠子

まだ日程は決まってませんけど、手配できたらお誘いしますよ。

佐伯涼太

いよっしゃぁ!


 涼太は両手を突き上げて喜んでいる。
 天野は念のため言っておいた。

天野勇二

別に俺様の分は手配しなくていいぞ。

 

 涼太がまた慌てて天野に詰め寄る。

 

佐伯涼太

あのね勇二。
前島さんのグループの公演チケットは抽選でしか買えなくて、しかも超高倍率なんだよ。
簡単に手に入るものじゃないんだ。
そんな失礼なことを言っちゃいけないよ。

天野勇二

ふぅん。

佐伯涼太

ね、ねぇ、聞いてる?

 

 前島がうどんをすすりながら言った。

 

前島悠子

そういえば師匠、私たちのアイドルグループは恋愛禁止なんです。
絶対に恋愛しない、って誓約書にサインするぐらい厳しいんですよ。
でも卒業したら、それが解禁になるんです。

天野勇二

それがどうした?

前島悠子

だから、卒業したらどこか、おデートに行きましょうよ。

天野勇二

まぁ、ヒマだったらな。

 

 涼太はまたまた慌てて天野に詰め寄った。

 

佐伯涼太

ねぇ勇二さぁん、
天下のトップアイドル様がデートに誘ってるんだよ?
そんな言い方はないんじゃありませんかねぇ。

天野勇二

だから、ヒマだったら、って言っただろ。

佐伯涼太

もっと違う言い方あるでしょ!
ねぇ、前島さん、
その時は僕も呼んでね。

 

 前島は小首を傾げ、のんびり答えた。

 

前島悠子

涼太さんはお誘いしてませんよ。
おデートの邪魔をしないでくださいね。

佐伯涼太

えぇっ! 何それ!
冷たいじゃん!

前島悠子

涼太さんも変わった人なんですが、不思議と気にならないんですよねぇ。
何ですかねぇ。
日頃の行いですかねぇ。

 

 天野がふと思い出して、前島に尋ねた。

 

天野勇二

そういえばお前、
これは見つかったのか。

 

 自分の胸に親指をさしている。

 前島の『本質』は見つかったのか、と訊いているのだ。

 

前島悠子

はい、見つかりました。

 

 前島は自信たっぷりに頷いた。

 

前島悠子

ちょっと名前も考えてみたんですよ。

天野勇二

ほう、名前までつけたのか。
さすがだな。教えてくれ。

 

 前島は鞄から手帳を取り出すと、思い出したように微笑んだ。

 

前島悠子

あっ、でもこれは、師匠の許可が必要なんでした。

天野勇二

俺の許可が必要だと?
どういう意味だ?

前島悠子

まず見てください。
そうすればわかります。

 
 手帳に記入した名前を見せつける。
 
 天野はその名を驚いて見つめた。
 

天野勇二

……クックック……。
確かにこれは、
俺様の許可が必要だ……
あっはっはっは!

 

 天野は腹を抱えて笑い出した。

 

佐伯涼太

え、え、えぇ?
2人とも何の話をしてるの?


 会話の流れがさっぱりわからない。
 涼太は疑問を解消するために、前島の手帳を覗いた。
 

佐伯涼太

……はぁぁ?
な、なにこれぇ?

 

 しかし、更に疑問が膨らむだけだ。

 

天野勇二

それはどんな意味があるんだ。
教えてくれ。

前島悠子

はい!


 前島は手帳を胸の前まで持ち上げ、


『流星クソ女』



 と書かれたページを見せつけた。

前島悠子

私がアイドルを目指したのは、自分が輝いて目立ちたい、という単純な動機だったんです。
そして、周囲の期待に応えて、誰よりも魅力的になり、最高のパフォーマンスを見せることが、私の目指す姿だと思っていました。

……だけど、
師匠のお話で気づいたんです。

天野勇二

ほう、何を気づいたんだ?

前島悠子

どうして
『アイドルを目指したい』と思ったのか……。

どうしてそれが、幼い頃からの私の夢だったのか……。

その奥底にあった『本質』です。

 

 まるでスピーチする学生のように言葉を続ける。

 

前島悠子

私は、誰かの心に『輝き』を届けたいんです。

一瞬の流れ星でも。
流星群でも。
儚く消えてしまう輝きでも……。
何だって構いません。
誰かの心に 『何かのきらめき』を届けたいんです。

心踊る楽しい輝き。

悲しい時には優しい輝き。

涙がこぼれるような美しい輝き。

すっごく落ち込んでしまった夜でも、それさえあれば明日を待てるような希望の輝き……。

そんな輝きを届けたいという『本質』があることに気づいたんです。

 

 前島は照れくさそうに自らの名を見つめる。

 

前島悠子

それにこの名前には、これからの挑戦も含まれているんです。

歌手、女優、アイドル、タレント、それに大学生。

全てを流星のように駆け巡ります。
そして、いつか世界中の人々に輝きを届けてみせます。

そんな 『クソ女』になりたいんです。

 

 天野は腕組みをして頷いた。

 

天野勇二

なるほど、まさにお前は
流れ星スーパースター
ということか……。
実に素晴らしい。

 
 天野は拍手をして弟子を讃えた。
 そして偉そうに告げた。
 
 

天野勇二

弟子よ、天才クソ野郎からお前に『クソ』を継承しよう。
堂々とこの瞬間から
『流星クソ女』
と名乗るがよい。

 

 前島は嬉しそうに拳を握った。

 

前島悠子

やったぁ!
師匠の『クソ』をいただけるなんて光栄です!
クソありがとうございます!

 
 敬礼して天野に応えた。



佐伯涼太

(えっと……。この2人、どうしちゃったのかな……)





 涼太は奇妙な師弟関係を困惑しながら眺めていた。

 会話の中身がさっぱり理解できない。

 なぜ2人は「クソ」をこんなに連呼しているのだろう。

 どれだけ頭を捻ってもわからない。

 それも無理はないだろう。




佐伯涼太

(き、訊いてもいいのかな。大丈夫だよね……。よし、訊くぞ……)


 涼太はごくりと生唾を飲み込んだ。
 恐る恐る口を開く。

佐伯涼太

ね、ねぇ……。
2人とも、さっきから何の話をしてるの?
気になるなぁ。
僕ちゃんとっても気になるなぁー。
教えてくれないかな?
かな?

 

 前島も天野も、のんびり答えた。

 

前島悠子

別に涼太さんには関係ないです。

天野勇二

そうだな、
お前には関係ない。

佐伯涼太

なにそれ!!!

 

 涼太は頭をかきむしりながら叫んだ。

 

佐伯涼太

さっきから2人してなんなの!?
僕だけ仲間外れじゃんか!
いいじゃん! 教えてよ!

天野勇二

ただ『クソ女』は周囲に誤解されそうだな。
あまり公言しない方がいいぞ。

前島悠子

了解しました。
胸の奥で呟くことにします。

佐伯涼太

き、聞いてないね!
2人とも僕の話を聞いてない!
2人とも僕ちゃんにまるで興味ないパティーンだ!
無視しないでよ!
全然僕が輝いてないんですけどっ!
ねぇちょっと!
2人ともこっち向いてよぉぉぉ!

 

 テラスに哀れな涼太の絶叫がこだましていた。

 

 

 

(おしまい)


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つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
 
『本当に大切なものは瞳に映るものじゃない。お前の中にある輝きを見つめろ。それがお前の本質だ。』
 
 
さて、最近はシリアスなエピソードが多かったので、ここはひとつ趣向をガラッと変えて、サスペンス&アクション満載のドキドキハラハラする天野くんを紹介したいと思います。
前回のイラストでちょこっと出てきた2人のアイドルちゃんも登場します。
すっごくバイオレンスで野蛮なクソ野郎が登場するのでお楽しみに!
 
それでは今週土曜日、
『彼女を上手にスキャンダルから守る方法』
にてお会いしましょう!
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚
 
P.S.いつもオススメやコメント、本当にありがとうございます!

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コメント 240件

  • rtkyusgt

    クソお世話になりました

    を思い出した人がたくさんいるはず(*゚-゚)

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  • kaght

    前島、いつからサンジになったんだよw

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    本質見つめないとな。と思いながら読み返し。
    ほんとこのサヨナラを告げる方法からの怒濤の神回ラッシュやばい、このスキャンダルのやつもかなりのバイオレンスで、天クソらしい話は?って聞かれたら多分スキャンダルのやつかお姫様のやつかなってくらいに好き!

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  • ゆんこ

    キャラがみんないい。愛され

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  • そんな可哀想な涼太が好きですw

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