その日、天野と涼太はとある駅に訪れていた。
 
 この駅の近くには、関東でも最大規模のコンサート会場がある。
 

天野勇二

これは凄いな。
あの弟子、こんなに人気あるのか。


 駅前にはとんでもない数の人の群れ。
 親子連れから小学生まで、幅広い年齢層の人間がごった返している。


 天野が人の群れに圧倒されていると、涼太が苦笑しながら言った。
 

佐伯涼太

何を今更言ってるのさ。
テレビつければよく観るでしょ?

天野勇二

俺様はテレビなんか滅多めったに観ないんだ。

佐伯涼太

偉そうに言う台詞じゃないよ。

 

 今日は前島の所属するアイドルグループによる、全国コンサートの千秋楽だ。

 しかも夏休みの週末。

 会場には数万人規模の観客が集まることになる。

 駅前が人混みで溢れるのも当然だ。

 

天野勇二

まったく。
どいつもこいつも暇だな。


 2人は人混みをかき分けて進んだ。
 会場へ近づくにつれて、どんどん人数が増えてくる。
 もうこの時点で天野はうんざりしていた。

天野勇二

なぁ、涼太。
コーヒー飲んで帰らないか。

佐伯涼太

何バカなこと言ってんのよ。
せっかく前島さんがチケットくれたのに。

 

 涼太は財布から2人分のチケットを取り出した。

 関係者専用のプレミアチケットだ。

 前島から「是非、来て欲しい」と渡されたものだ。

 

天野勇二

あいつも千秋楽なんかじゃなくて、もっと人の少ない時に呼んでくれればいいのに。

佐伯涼太

はぁ?
前島さんのグループはいつも超満員だよ?
いつ来ても同じ人の量だよ。

天野勇二

な、なんだと?
平日でもこの量、ということか?

佐伯涼太

平日でもこの量だよ。

天野勇二

す、凄いな。
アイツ、そんなに人気なのか。

 

 さらに進むと、長い渋滞の列が目の前に現れた。

 

天野勇二

なんだこの列は?
当日券を買う客か?

佐伯涼太

さっきから何を言ってんの?
チケットは完売してるよ。
これは中に入る人たちの列だよ。

 

 その言葉に天野は青ざめた。

 

天野勇二

お、おい。
じゃあ俺たちもこれに並ぶのか?
俺様は本気で帰るぞ。

佐伯涼太

今回は関係者専用のチケットだから、ここと入り口は別だよ。
でも並ぶのが普通なんだからね。

天野勇二

マジかよ……。
ファンってのは根性あるんだな……。

 

 2人は関係者専用の入り口から会場に入った。

 ここも混んでいたらどうしようかと涼太は心配だったが、こちらは空いていて、天野の機嫌を損ねることはなかった。

 

 

 

  

 会場の奥には大きなステージが設置されていた。

 

 アリーナ席から外野席の奥まで観客がひしめいている。

 

 まだ開演していないが、楽しそうに踊り出しているファンや、歌い出しているファンがあちこちに見受けられる。

  

佐伯涼太

うわ凄いよ。
このチケット最前列だ。
これはガチのプレミアだ。

 

 恐ろしいことに、アリーナの最前列に席が用意されていた。

 

天野勇二

しかし随分と下手側だな。
もっと真正面から見られないのか。

佐伯涼太

何を贅沢なこと言ってんの!
ここで十分だよ!
こんなチケット、なかなか手に入らないんだからね!

 

 2人は席に座ってコンサートの始まりを待った。

 

 天野は落ち着かない様子で周囲を見渡し、また愚痴ぐちをこぼし始めた。

 

天野勇二

なぁ、スピーカーが近くないか。
うるさそうだ。

佐伯涼太

さっきから文句が多いよ。
こんな良い席で前島さんを観れる機会なんて、2度とないかもしれないんだよ。

天野勇二

観るも何も、テラスで昼飯でも一緒に食えばいいじゃないか。

 

 涼太は呆れてしまい、もう何も言うのを止めた。

 

 

 やがて会場も満員になり、開演を告げる音楽が流れ始めた。

 

 観客の歓声も大きくなる。

 

 また天野が愚痴をこぼした。

 

天野勇二

ほら、やっぱりうるさい。

佐伯涼太

うるさいのは勇二だよ!
見て! 始まったよ!


 カラフルな衣装を身にまとった少女たちが、音楽にあわせてステージへ飛び出した。
 その瞬間、会場はもの凄い熱気と歓声に包まれた。
 天野は歓声と音楽に負けないように叫んだ。

天野勇二

おい! 弟子はどこだ!?

佐伯涼太

あれは研究生!
まだいないよ!

天野勇二

なんだ研究生ってのは!?

佐伯涼太

前座みたいなもんだよ!

 

 20名ほどの娘たちが、ステージを所狭しと駆け回っている。

 天野は大したものだと感心した。

 前座とは思えない。十分に上手だ。

 

 

 研究生たちが1曲踊り終えると、アイドルグループのレギュラーメンバーたちが入れ替わるように飛び出した。

 

 ファンの歓声がさらに大きくなる。


佐伯涼太

あ、来たよ!
前島さんだよ!
前島さぁぁぁーん!

 

 銀色に輝く衣装に身を包み、所々肌を露出させている。

 その数は50人を軽く超えていた。

 数が多すぎて、天野はどこに前島がいるのかわからない。

 

天野勇二

なぁ、弟子はどこにいるんだ!?

佐伯涼太

ど、どこを見てんのよ!
センターなんだから一番前に決まってるでしょ!


 見ると確かに、先頭で前島が踊っている。

 

天野勇二

ああ、そうか。
センターと言っていたが、そういう意味でもあるのか。
おい見ろよ涼太、アイツ生意気にも一番目立ってるぜ。

佐伯涼太

知ってるよ!!!
見てわかることをいちいち報告しなくていいよ!

 
 会場にアップテンポな音楽が流れる。
 観客のボルテージは一気に最高潮へ達した。

佐伯涼太

勇二! いきなり名曲きたね!

天野勇二

え? 俺様は知らないぞ。

佐伯涼太

一昨年に一番売れたやつだよ!
みんな知ってるよ!

天野勇二

そうか?

 
 言われてみればどこかで聴いたような気がするが、曲の名前なんて天野は知らない。
 小首を傾げている天野を無視して、涼太は拳を突き上げて叫んだ。
 

佐伯涼太

うおおおおおお!
よっしゃいくぞー!!

タイガー!
ファイヤー!
サイバー!
ファイバー!
ダイバー!
バイバー!
ジャージャー!

 

 

 涼太も観客も、曲に合わせて歓声をあげている。

 独特の合いの手や、叫ぶ言葉が決まっているようだが、これも天野にはさっぱりわからない。

 

 ぼんやり眺めていると、涼太が厳しい声で叫んだ。

 

佐伯涼太

何してんのよ!
立って!!!

天野勇二

えぇ?
なんで立つ必要があるんだ?

佐伯涼太

みんな立ってるでしょ!
ここは一番前なんだよ!

 

 確かに天野以外の観客は立ち上がって歓声を送っている。

 

 しかも全員、手に「光る棒」を持って振り回している。

 

天野勇二

俺様はそんな同調圧力は嫌いだな。
別に座っていてもいいじゃないか。

佐伯涼太

うるさいよ!
僕が恥ずかしいでしょ!
早く立つ! 早く!!!

 
 天野はしぶしぶ立ち上がり、曲に合わせて拍手してやった。
 
 ステージ上の前島はきらびやかな銀色の衣装をまとっている。
 きわどいミニスカート姿。
 今にも下着が見えそうな激しいダンスを踊っている。
 
 天野は音楽やダンスにもさほど興味がないが、そのパフォーマンスは見応え十分だった。
 仕草のひとつひとつが洗練され、観客を魅了するための工夫が施されている。
 天野もそれなりに気分が盛り上がってきた。
 
 
 
 アップテンポのダンスナンバーを3曲歌い終えると、メンバーたちは一旦袖に引っ込む。
 それと入れ替わりに、30人ほどの少女たちがステージに現れた。
 今度は黄色を基調としたセーラー服を着ており、ポップなミュージックに合わせて踊り始める。
 

天野勇二

お、おい!
多すぎるぞ!
アイツら何人いるんだ!?

佐伯涼太

100人は軽く超えてるよ!

天野勇二

そ、そんなにいるのかよ!

佐伯涼太

常識だよ!
ジョーーシキ!

 

 天野は驚嘆きょうたんしてステージを見上げた。

 女の子たちは曲に合わせて歌い、笑顔を浮かべながら踊り続けている。

 これも天野には見事なパフォーマンスに思えた。

 

 チェックの少女たちが3曲歌い終えると、今度は4人の娘が新しい衣装で登場した。

 白いワンピースの衣装だ。

 少しゆったりとしたバラードを歌い始めた。

 

天野勇二

おい!
今度は随分と数が減ったぞ!

佐伯涼太

ユニットだよ! ユニット!

天野勇二

ユニット? なんだそれ?

佐伯涼太

もういいから黙って観ててよ!

 

 4人の娘が歌い終えると、水玉模様の制服を着た少女たちが7人ほど飛び出した。

 今度は可愛らしい曲に合わせてコミカルに踊っている。

 

佐伯涼太

あっ!!!
まきりんだ!
まきりーん!!!

 

 どうやら中に涼太のお目当てがいたようだ。

 涼太は拳を突き上げて叫んだ。

 

佐伯涼太

はーいはーいはいはいはいはい!!!

佐伯涼太

超絶カワイイ!
まきりーーん!!!

佐伯涼太

L・O・V・E まきりーーーーーーん!!

佐伯涼太

まきりん!
まきりん!
まきりん!
まきりん!
まきりーーーん!
まきりーーーーーん!

佐伯涼太

パンパパン! ヒュゥー!
パンパパン! ヒュゥー!

佐伯涼太

まきりんおっぱいパンパパァーン!!!


 天野は白い目で涼太を見つめた。
 アイドル趣味まで精通しているとは守備範囲の広いパーティピーポーだな、と天野は思った。


 突然 「ズドォォーン」という大きな音が舞台袖から上がった。
 ドライアイスのスモークが両端から吹き出す。
 それを合図として、アイドルたちが50人ほど飛び出した。
 赤いチェックを基調とした衣装をまとい、ステージを全て使って踊り回っている。


 もう天野は疲れてきた。
 さすがにもういいだろう、と席に座る。


佐伯涼太

何してんのよ!
勇二! 立って!

天野勇二

えぇ?

佐伯涼太

超神曲だよ!
去年一番売れたやつ!
ここで盛り上がらないで、いつ盛り上がるのさ!?

天野勇二

なんだそりゃ。
俺様は聴いたこともないぞ。

佐伯涼太

う、嘘でしょ!
カラオケ行けば誰でも歌ってるよ!


 涼太は手拍子を交えながら 「まきりーん! 前島さーん!」と声を張り上げている。
 天野もしぶしぶ立ち上がり拍手を送った。


 曲が変わるごとに、少女たちが次々に飛び出し、最終的には100人を超えるメンバーが一体となり踊り始めた。

 その数と完成されたパフォーマンスに、天野は圧倒されていた。

天野勇二

(国民的アイドルグループとは聞いていたが、ここまで人気があるものなのか……。俺は弟子を少々見くびっていたかもしれんな……)

 
 今更ながら、そう思った。
 前島は先頭に立ち、堂々と踊り続けている。
 スターの輝きを放つパフォーマンスだ。
 全て知らない曲だったが、天野は飽きることもなかった。
 

 

 アンコールもつつがなく終わり、長いコンサートは幕を閉じた。

 

 リーダーと思われる娘がマイクを持ち、観客に感謝の言葉を述べている。

 そのマイクが前島の手に渡った。

 

前島悠子

皆さん!
今日は本当に、
ありがとうございます!

 
 前島が満面の笑みを浮かべて観客に手を振っている。
 会場のあちこちから「ゆうこちゃーん!」という歓声が響く。
 

前島悠子

どんなコンサートでも、
ファンの皆様の応援があれば、

全てうまくいきみゃす!

 

 涼太はその言葉に仰天した。

 天野の口癖をイントネーションまで真似ており、尚且つアレンジを加えている。

 こんな大きな会場で披露するとは思っていなかった。

 

佐伯涼太

す、すごい!
天才クソ野郎の決め台詞を、この場面でパクったよ!

天野勇二

ああ、なんだ。
どこかで聞いた台詞かと思ったら、俺様の言葉か。

佐伯涼太

気づいてなかったの!?
うんざりするほど言ってるよ!

 

 ファンの歓声に手を振って応えると、前島は深く息を吐き、少し口調を変えた。

 

前島悠子

……えっと、
今日は会場の皆さんに、
大事なお知らせがあります。

 
 ステージ上の前島は左手にマイクを持ち、右手を強く胸に当てた。
 一度大きく深呼吸する。
 そして突然、指をパチリと鳴らし、どこか大げさに指先を振り回した。
 
 
 
 天野の気障ったらしい仕草ジェスチャーそっくりだ。
 
 
 
 その行動に涼太は目を疑い、天野は「ほう」と呟いた。
 

前島悠子

私の中には、
前島悠子という輝きがあります!

それはどんな場所でも、

どんな時代でも、

どんな環境になっても、

どんな私になっても、

皆さんにお届けできると、
私は信じています!

 

 歓声がさらに大きくなった。

 

 前島はじっと強く正面を向いて叫んだ。


前島悠子

だから、
今日は大事な発表をします!

 

 スポットライトと会場の注目を浴びた前島は、力強く前を向いていた。

 

 

 

 

  

前島悠子

私、前島悠子は、

グループから、

卒業します!


 
 

 会場に激しいざわめきと悲鳴が巻き起こった。

 何千人ものファンが 「やめないで!」「いやだ!」「そんなの嘘だ!」と泣き叫ぶ。

 前島は涙を浮かべながら会場を見つめた。


前島悠子

でも、でも私は、私は……

 

 

 口元を押さえ、溢れそうな嗚咽を堪えている。

 

 大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

 その姿を見たファンたちは、さらに大きな声をあげた。

 

 もはや声は振動となり、コンサート会場を微かに揺らしている。

 

 

前島悠子

あっ……



 前島の周囲にグループのメンバーが駆け寄った。

 センターを支えるために。

 エースの背中を押すために。



メンバー

大丈夫、
ゆうこちゃん、
胸を張りなさい。

メンバー

ゆうこちゃん、
これで終わりじゃない。
これから始まるんだよ。

 
 

 アイドルたちは前島に声援を送った。

 大切な仲間を送り出している。

 もっと輝ける場所を目指す、前島の背中を押している。

 前島は泣きじゃくりながら叫んだ。


 

 

前島悠子

でも私は、グループを卒業しても、自分の輝きを皆さんにお届けします!!!

どうか私の旅立ちを
見届けてください!
新しい私のことを、これからも応援してください!

そして、
私がいなくなっても、グループのことをこれまで以上に愛してください!!!

本当に、本当に今まで、
ありがとうございました!

 

 

 深く頭を下げた。

 見守っていたメンバーの娘たちが、前島を泣きながら抱きしめる。

 誰もが大粒の涙を流していた。

 

 会場には悲鳴と泣き声が響いていたが、やがて、どこからか小さな拍手が上がった。

 

 それは段々と大きくなって会場を包む。

 

 ファンもアンチも、全てが祝福の拍手を送っていた。

 

 

佐伯涼太

ま、前島さんが、そ、卒業……。

 

 涼太は拍手を送りながらも、衝撃の発表に呆然としている。

 

天野勇二

そうか。
それがお前の出した解答か。
それでいいんだ。
うん、それでいい。

 

 天野も満足気に呟きながら拍手を送った。

 

 

 アイドルたちは歓声に頭を下げ、次々にステージから退場して行く。

 その途中、前島は天野の前で立ち止まった。

 涙を浮かべながらじっと天野を見つめ、深く頭を下げる。

 そしてステージから去って行った。

 

佐伯涼太

うわっ!
前島さん、
僕たちに頭を下げてくれたよ!

天野勇二

さっきから何を騒いでいるんだ。
よく大学で会ってるだろ?

佐伯涼太

いやいや!
大学とステージは別だっての!

天野勇二

それに前島は、
お前に礼をしたんじゃない。
師匠である俺様に礼をしたんだ。

佐伯涼太

は、はぁ?
最後までマジで何を言ってんのよ!!!

 

 まだ会場には歓声と悲鳴が残っている。

 天野は大きく体を伸ばしながら言った。

 

天野勇二

さぁ、終わった。
今度こそコーヒー飲んで帰ろうぜ。

 



この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

14,903

つばこ

【前島悠子卒業発表!ショックが大きすぎて失神するファンが続出】
※スポーツ新聞一面より抜粋
 
2015年8月14日、日本を代表するアイドルグループのメンバー、『前島悠子』さんが突然の卒業を発表し、ライブ会場に集まっていた多くのファンたちが嘆き悲しんだ。
グループとしての活動だけでなく、ソロでドラマやCMに出演するなど、前島さんの人気はとても高かっただけに、熱烈なファンのショックは物凄かったようだ。中には嘔吐したり、気を失ったり、ウンチョスを漏らしてしまった人もいたらしい。
前島さんが卒業にいたった理由は明らかにされていないが、かねてから囁かれている『大学の先輩』との恋仲が原因なのではないか、とも噂されている。もしそうであれば、ファンにとっては悲しい卒業になりそうだ。
何はともあれ、グループを卒業しても女優などで活躍し、これからもファンの声援に応えてくれることを祈るばかりである。

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 301件

  • ねここ

    悠子ちゃんのイラストの両側、まゆゆとマリコかと思った。(個人の意見です)

    てか、これほどアイドルグループ知らないなんて、天野くん結構浮世離れしてるね。同調圧力には笑った。

    作者コメ、いい感じに下世話で、やっぱスポーツ誌ですな。

    通報

  • みと@第3艦橋OLD


    推しメンいない初見の人を
    パフォーマンスで圧倒できるようなアイドルなんているのか…すごいな

    とりあえずこのグループは生歌っぽいですもんね

    通報

  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    ウンチョス漏らしたの作者だったらハイセンス

    通報

  • 珈琲大好き

    上位コメwwwww
    why japanese people?ww

    通報

  • 藤花詩空

    まさかこの作品でオタゲーが見れるとはw

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK