※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。

 
 
 とある大学の学生食堂の2階テラス席。
 
 ここは大学の問題児、天野勇二あまのゆうじの特等席だ。
 
 このテラスは天野が根城ねじろにしているので、基本的に誰も近づこうとしない。
 
 
 だが、その日は先客がいた。
 
 

天野勇二

なんだ、弟子か。

前島悠子

えへへ。お邪魔してます。


 天野の「弟子」である 前島悠子まえしまゆうこだ。
 好物である『たぬきうどん』をすすりながら、純真無垢な微笑みを浮かべている。

天野勇二

珍しいな。
こんな早く来ているとは。

前島悠子

今日は夜までオフなんです。
せっかくだから講義出なきゃ、と思いまして。


 このアイドル様は売れっ子でとにかく忙しい。
 芸能界と学業、両立させるのは至難の業だ。
 

天野勇二

たださえ自分の時間なんてないだろうに。
よく頑張れるものだ。

前島悠子

だって勉強したいですもん。
将来のことを考えてるんです。
いつまでもアイドルの人気は持続しませんから。

 

 胸を張る前島を、天野は素直に賞賛してやった。

 

天野勇二

天下のトップアイドルであり、
現役の大学生か。
なかなか出来ることじゃない。
スターと呼ばれるに相応しい娘だ。

 
 医学部に在籍している天野も多忙な日々を過ごしているが、前島ほどではない。
 クソ野郎も素直に感心していた。
 

前島悠子

えへへ。
ありがとうございます。
最近は『天才クソ野郎』の弟子にもなったんですよ。

天野勇二

より素晴らしいな。
師匠も鼻が高いことだろう。

前島悠子

そんな鼻高々な師匠にですね、
実は今日、
相談したいことがあるんです。

 

 前島はうどんをすする手を止め、天野をじっと見上げた。

 

天野勇二

なんだ?

前島悠子

『依頼』したいんです。
学園の事件屋であり、
天才クソ野郎である師匠に。

天野勇二

……なに?

 

 天野はいぶかしげに前島を見つめた。

 前島は無邪気な笑みを浮かべている。

 

天野勇二

天才クソ野郎への依頼だと?
まさかとは思うが、
妊娠でもしたのか?

前島悠子

ち、違いますよ!
相談に乗って欲しいんです!

 

 スネたように頬を膨らませ、前島は言葉を続けた。

 

前島悠子

私、 アイドルグループを卒業しようかなぁって、悩んでるんです。

 

 天野は驚いて前島を見つめた。

 弟子は意外にも重い相談を持ちかけてきた。

 

天野勇二

所属しているグループから抜けたいのか?
お前はセンターなんだろ?

前島悠子

そうなんです。
師匠もご存知だったんですか?

天野勇二

興味はないんだが、
涼太の奴がうるさくてな。
色々と教えられたよ。


 天野は基本的に異性に執着しない。
 そもそも人体の見てくれに、大した興味を抱いていない。
 アイドルに興味を抱くはずがないのだ。
 他のアイドルなんて顔も名前も知らなかった。

 しかし前島という『弟子』をとることになったので、友人である涼太から前島の所属するアイドルグループについて、最低限のレクチャーを受けている。
 前島の置かれている 境遇きょうぐうは理解していた。

天野勇二

グループでも一番人気のお前が抜けるとなると、大事になるな。

前島悠子

はい。
だからこそ悩んでいるんです。

天野勇二

聞いた話じゃ、お前は中学生の時に今のグループに入り、それからずっとセンターを務めているんだよな?

前島悠子

そうなんです。
もう6年近くになります。
センターでずっと頑張ってきましたけど、高校に通うのも難しくて……。
実は1年、出席日数が足りなくて留年しちゃったんです。
色々大変だったんですよ。


 その苦労は天野でも想像することが出来た。

 前島の所属するアイドルグループは、あらゆる歌番組に出演し、幅広い世代に支持されている。
 前島はその中心に立っているのだ。
 
 この娘が背負う重圧は相当なものだ。
 人気グループに相応しいパフォーマンスを維持し、品行方正なアイドルである必要がある。
 スキャンダルなんて絶対に許されない。

前島悠子

私も大学生です。
おまけにもうすぐ20歳……。
でも、グループの衣装は『高校の制服』なんですよ?
さすがに年齢的に厳しくなってきたなぁ、と感じているんです。

 
 前島は小柄なミディアムボブの少女で、まだ高校生で通じるような幼さが残っている。
 天野はあまり気にならないが、当の本人はかなり気にしているのだろう。
 

前島悠子

そろそろセンターから退き、次のエースにバトンタッチすべきなんです。
だけど、自分で言うのも恥ずかしい話なんですけど、まだ私に匹敵するような若いエース候補がいないんですよ……。

天野勇二

それだけお前の人気が絶大、ということだろう?
別にいいじゃないか。

 

 前島はブンブン首を横に振った。

 

前島悠子

駄目なんです。
コンセプトに合わないんです。

天野勇二

コンセプト?
なんだそれは?

前島悠子

うちのグループは 『制服を着た少女』がコンセプトなんです。
いつまでも私がセンターじゃ駄目なんです。

天野勇二

ふぅん。なるほどね……。


 アイドルに うとい天野でも、少しは前島の気持ちが理解出来た。

 前島の所属するアイドルグループは、女性が一番輝くのは 『10代半ば』であり、高校生の制服が似合う少女こそアイドルとして相応しい、というコンセプトによって作られている。

 大学生となり成熟し始めている前島では、このコンセプトに合わない。
 しかし、だからといってグループの方向性がブレることは許されない。
 そのためグループにも 新陳代謝しんちんたいしゃが必要だ。
 つまりは前島に匹敵する 『10代の新たなスター』が必要となる。

 ところがまだ、その肩書きに見合う少女は現れていない。

天野勇二

それでお前も卒業を悩むのか。
制服を着て踊る年齢じゃない。
この状態を続ければさらに年をとり、グループも終焉しゅうえんを迎えてしまう、ということか。

前島悠子

そうなんです。
ただでさえ 『アンチ前島』も多いのに……。

 
 前島のアンチファンは少なくない。
 そのことも涼太から聞かされている。
 
 アイドルグループの一番人気であれば、それに反発するものも多く存在する。
 センターに立ち続けるということは、ファンからの『声援』と『バッシング』を同時に浴びることでもあるのだ。
 

天野勇二

プロデューサーに相談したのか?
グループを抜ける抜けないの判断は、少なくとも俺様が決めることではないぞ。

前島悠子

もちろん何度も相談しました。
その度に反対されてます。

天野勇二

まぁ、そうだろうな……。
お前はグループの大黒柱。
それが抜ければグループは崩れる。
人気も下方修正されてしまう。
まだ抜けて欲しくはないだろうな。

前島悠子

はい。
そうなれば、他のメンバーにも迷惑をかけてしまいます……。

 

 天野は指をパチリと鳴らし、指先を軽やかに振り回した。

 お得意の気障キザったらしいジェスチャーだ。

 

天野勇二

お前は単純に、
「今のポジションが辛い」
「重圧に耐えられない」
「そこから逃げ出したい」
「もう卒業して楽になりたい」
そんな感情を抱いているだろう?

 

 前島が不服そうに頷く。

 

前島悠子

それも、あります。

 

 天野はさらに指先を翻し、前島の不快感をかき混ぜる。

 

天野勇二

お前は
コンセプトに合わない」
「今のポジションがグループにとって好ましくない」

という都合の良い『言い訳』を探しているだけだ。
お前の根本には

『もう辛い、逃げたい』

という潜在的欲求がある。
それを正当化できる『言い訳』を探しているお前の姿が、俺様にはとても 滑稽こっけいで間抜けで哀れな姿のように見えるよ。

 
 前島は少し不快そうに顔を歪めた。
 眉間にシワが寄り、口角が下がっている。
 いつ誰の前でも、純真無垢な営業スマイルを浮かべてみせる前島にしては珍しい表情だ。
 
 天野はそれを見て満足気に笑った。
 

天野勇二

あっはっは。
なんて顔してやがる。
図星だろ?
最初はセンターとしての重圧が辛い、センターに立ち続ける限りアンチからバッシングを受けて苦しい。
それらが卒業したい理由だった。
だが年齢を重ねて 『グループのコンセプトに合わない』という決定的な言い訳が登場した。
お前の 『逃げたい』という欲求を後押しするには十分な言い訳だ。

前島悠子

……確かに、そうです。

 

 前島は顔を歪めながら、ぎゅっと強く拳を握り締めた。

 

前島悠子

でも、グループに残っても、
卒業しても、
いつかその時は来るんです。

天野勇二

その時とは、なんだ?

前島悠子

アイドルグループの人気が衰退すいたいして、私自身も衰退することです。

天野勇二

そうだな。
人気は可変であり、
いつまでも持続しない。

前島悠子

芸能界の歴史を見ても、アイドルグループを抜けてソロで活動した場合、人気を持続して、成功する可能性は低いと思うんです。

 

 辛そうに息を吐いている。

 天野も素直に頷いた。

 

天野勇二

俺様は芸能界とやらに詳しくないが、そんな奴は希少だろうな。

前島悠子

そうなんです。
もう私、どうすればいいのかわからないんです……。

 

 前島は天野をすがるように見上げた。

 

前島悠子

師匠、教えてください。
色々な人に相談しても、私の中で明確な答えが出ないんです。
天才クソ野郎だったら、どうお考えになるのか訊いてみたいんです。

卒業するべきなのか、
まだグループに残るべきなのか、
それとも違う人生を大学で探すべきなのか……。


師匠なら、
天才クソ野郎なら、
どうお考えになりますか……?

 

 それは真摯しんしな眼差しだった。

 アイドルとして作られた顔ではなく、一人の女性として質問している。

 天野は前島の素顔をかいま見た気がした。

 

 天野はタバコの煙を吐き出しながら言った。

 

天野勇二

お前は目に見えるものばかりに とらわれていて、一番大切なことを見落としている。

 
 そこまで言うと、天野は苦笑しながら紫煙しえんを見つめた。
 

天野勇二

……いや、それに気がつかないのも、無理はないのかもしれん。
俺様も気づいたのは比較的最近のことだ。

 

 タバコを携帯灰皿に放り込むと、腕組みをして思案した。

 

天野勇二

お前、午後の講義はなんだ?

前島悠子

えっと……。
これですけど。

天野勇二

こんな講義か。
こんなもの出る必要ない。
代返だいへんは頼めるか?

前島悠子

頼めますけど。

天野勇二

それでは、
俺様が特別講義をしてやろう。


 天野は腕時計を見ながら立ち上がった。
 30分後には必須の実習が始まる。
 それでも素顔を さらした弟子のために犠牲にすることにした。

天野勇二

お前は俺様が出会った中で唯一、弟子として見込みがあると感じた人間だ。
ついて来い。

前島悠子

どこかにお出かけですか?

天野勇二

ああ、
特別講義はここでは出来ない。
早くしろ。

前島悠子

あっ、師匠!
待ってください!

 
 天野は白衣を翻し、早足でテラスの階段を下りて行く。
 前島は急いでその背中を追いかけた。


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つばこ

どうも、つばこです。
 
今回の『卒業編』は全5話のエピソードになる予定です。
実はこのエピソード、超重要な回でして、『天才クソ野郎の事件簿』を語る上では、絶対に外すことの出来ないエピソードになると思います。
皆様に受け入れられることを、心から願うばかりです。
 
それから今回はとびきりカワイイ前島ちゃんたちのイラストが登場します(´∀`*)
コミカルな天野くんたちにも会えます!
そして、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございまーす!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚
 
※8/7一部文章を修正しました。(ゼミ→実習、など)

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コメント 132件

  • あずき

    前島って前田と大島か(今更)

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  • えいじ

    たぬきうどんいいの?

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    とりあえず妊娠を疑うスタンス

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  • 太宰雅

    いろいろ、苦悩があるんだろうな。

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  • 遙@ネト充ReLピアシ先生のお

    アイドル(声優以外の)が嫌いな私は初めてアイドル(声優以外の)ファンになろうと思いました!

    前島ちゃんめっちゃいい子!

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