ARIA T.S.A. RE:GHOST?   作:かまぼこ大明神

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08" 給仕の午後 - HEADS OR TAILS,

 遠山に代行を依頼した──その翌日。

 

「……そろそろか」

 

 メールでのお誘いを受け、俺は女子寮前に来ていた。

 ああ、ちなみに用事があるのは女子寮じゃなくてその前にある温室の方だ。

 

 仕事のないオフの日は大抵、このビニールハウスで花の世話をしている。

 東京湾に潜ってもいいのだが、フローターを準備したり*1と手間がかかるのであまりやる気にならない。

 

 午後は蘭豹に依頼の有無を確認し、その足で掲示板に貼られた依頼もチェックしに行く。

 どちらもめぼしいものがなければ、めでたくその日はオフになる。

 で、ほんのたまに。2日連続で休みになることがごく稀にあったりなかったりするのだ。

 

 そんなわけで今日メールをしてきたのは、例によって携帯のアドレスを知っている数少ない人物の1人だ。

 ……メールに限らず、携帯を使ったやり取りがアホみたいに多いやつでもある。

 

「あ、アオくん!」

 

 女子寮からひょっこりと顔を出し、理子はにっこりと笑った。

 

「待ったぁ?」

「いや、全然」

「んふふー、お待たせー」

 

ㅤ峰理子──彼女は情報収集癖のある探偵科の愛すべきおバカだ。

 ただし周りが言うほどバカでもない。線引きはしっかりしてるし、面と向かって注意したことはしっかり覚えている。

 最初のちょっとした誤解は簡単な話し合いで解決し、たまの休日に顔を合わせるようにもなった。

 言うなれば、互いに超えてはいけないラインを尊重し合える関係だな。

 

「1ヵ月と3日、18時間ぶりだね。理子、ずっと楽しみにしてたんだよ?」 

「おー、よく覚えてんな」

「ふふ〜ん、理子は乙女なのだぁ!」

 

 ころころと表情を変えるので、見ていて面白い。

 

「んじゃ、そんな乙女なお嬢さんに代わり私めがワゴンを押しましょう」

「くふ……。うん、よきにはからえ〜」

 

ㅤ温室ではなく寮の前で待機してたのは、おもに理子が押しているサービスワゴンを代わりに運ぶためだ。

 理子は見ていてどこか危なっかしく、転けないもんかと冷や冷やするからな……。

 

「それにしても、よく俺が非番だってわかったな」

 

 温室に無事辿り着いた俺は、そういえば茶会の誘いが早かったなと理子に話を振る。

 いつもは放課後に非番を聞きつけてメールしてくる理子が、今日は1時間目が終わる前に誘ってきたからだ。

 

「んとね、アオくんが朝から掲示板の前にいたって目撃情報があったんだよ」

「……それだけか?」

 

 "今日明日依頼なし"と昨日の午後に蘭豹からのメールが届いていたので、とりあえず始業前に掲示板を見に行ったのは事実だ。

 

「でね、そのままなにもせず立ち去ったって話だったから、特に依頼はうけなかったんだろーなーって、ちょっと推理してみたのです。えっへん」

「おお、さすがは探偵科の超有名人ってわけか」

「へへん、理子のじょーほーもーはすごいのですっ!」

 

ㅤドヤ顔で胸を張る理子に構いつつ、俺はテーブルのセッティングをすませた。

 この丸テーブルと椅子は俺が休日にここでのんびりするため、学校側の許可を得て設置したものだ。

 どちらも多少値が張ったものの、そのぶん良い買い物だったと自負している。

 

「お嬢様、ご注文は?」

「はいはーい! いつも通りでお願いしまぁーす!」

 

ㅤ椅子に腰掛けた理子の元気な返事を聞いて、モカエキスプレスをミニガスバーナーに掛け点火する。

ㅤ気分は手のかかる娘を相手にする休日のパパだ。親子関係はまあ、良好だろう。多分。

 ……正直あまり良い父親になれるイメージは湧いてこないが。

 

「じゃあじゃあ、さっそく質問ね」

「おいおい。なんだよ、今日は随分と気が早いじゃないか」

「あー、んとね。今日はキーくんが来るから、先にアオくんと少しお話しておこうかなって」

「依頼か?」

「うん」

「そうか。大変だな、お前も」

 

ㅤ話を聞きながら、袋の砂糖を開いて大さじで少し多めに量る。

 小鉢に移し替えて、後は4分程度待ってコーヒーが出来上がるのを待つばかりだ。

 

「そーいえばさ、これは訊いてなかったよね。アオくんってわんちゃん派? ねこちゃん派?」

「犬猫の好みか? あー、可愛けりゃどっちってほどでもないが。……まあ、強いて言うなら犬だな」

「ほえー、どして?」

「知り合いに似てるからだろ」

 

ㅤこれは多分、プチコマが犬っぽいからだな。

 

『うぇー、ボクら犬なの?』

『マスターに従順って意味でなら正解かもね』

『じゃあ、こうしてもいいですよねぇ?』

『よし、今回は僕も乗っておこうかな』

『うん?』

『ふふん、すりすり……』

『すりすりすり……』

『っだー! やめろ!』

 

ㅤエージェント体とはいえ、顔面に擦り寄られるとこそばゆいものがある。

 手で軽く振り払うと、"ワー"っと妙に愉快な反応と共に離れた。

 

「ん、どしたの? 虫でもいた?」

「……まあ、そんなとこだな」

 

ㅤそろそろいい感じか。どれどれ。

 

「……と、カップは──」

「んっと、これ使おっかな」

 

ㅤ言いつつ理子がワゴンからカップとソーサーを取り出し、テーブルに置いた。

 

「あ、キーくん」

 

ㅤおお、もう遠山(依頼人)が来たのか。

 んじゃまあ、部外者の俺は静かにしとこう。

 

「相変わらずの改造制服だな」

 

 理子の服装を見て、遠山はそう呟いた。

 

「……それ、メイド服か?」

「これは武偵高の女子制服、クラロリ風アレンジだよ! キーくんいい加減ロリータの種類くらい覚えようよぉ……」

「きっぱりと断る。ったく、お前はいったい何着制服持ってるんだ」

 

ㅤ甘いな、遠山よ。

 理子の服の単位はハンガーラック単位で数えた方がきっと早いぞ。

 なんせ服をしまうスペースがないってんで、俺の部屋を使わせてくれと頼み込んできたくらいだからな。

 俺の3人部屋にルームメイトがいない*2からいいものの、空き部屋の大半が理子の服で埋まっているくらいだ。

 

「ここにいるってことは、今日も休みだったのか」

 

ㅤふと、遠山がこちらを見る。依頼人と理子とで気兼ねなく話せるよう背景に徹してるつもりだったんだが。

 

「……ん、まあな」

 

ㅤ短く返事をし、理子のカップにコーヒーを適量注いで次の作業に移る。

 

「たまの休みに猫探しとお茶会か?」

 

ㅤなんだその猫探しって。

 ……あ、ひょっとして昨日デートの最中に猫押し付けた嫌味か?

 いや、それは正直すまんかった。

 

「ま、こういう非番の過ごし方も存外悪くないぞ」

 

ㅤオフったって正直やることもないし、理子との茶会に関しては家族サービスの予行演習みたいなもんだろ。

 ケーキ買ってやったりとかな。3日以上の連休なら静岡に帰るんだが、平日だしそうもいかない。

 

「──ってなわけで、理子の改造制服はそんな感じなのだぁ!」

 

ㅤそうかそうか。理子はお洒落さんだな。

ㅤタイミングを見計らって皿に乗せたケーキをテーブルに置いてやると、流れるようにデザートフォークを手にした理子が一欠片口に入れた。

 

「いただきまーす! はむっ──ん〜〜っ! おいしー!」

 

ㅤそれは良かった。食べ物の為に行列に並ぶのはお兄さん何気に初体験だったぞ。

 

「ま、これなら朝に並んだ甲斐はあったか」

「並んだ? 朝にか?」

「11時に並べられて先着11名限定。いやー、激レアチーズケーキの異名に恥じない激戦だったぜ」

 

 掲示板を見に行った後、茶会のメールを受け取った俺は学校を抜け出してケーキを買いに出た。

 前に理子が読んでいた雑誌にこの限定ケーキが掲載されていて、食べたいと呟いているのをチラッと見た覚えがあったからだ。 

 手土産にも丁度よさそうだったしな。

 

『ボスがお土産にかける情熱はスゴイもんねぇ……』

『僕らの時も、なに買って帰ろうかって時間かけてるからね』

 

ㅤさっき小鉢に移していた砂糖にほんの少し余らせたコーヒーを垂らし、素早く掻き混ぜる。乳化してクリーム状になったらクレマの完成。

ㅤこいつとケーキでもう甘々なんだが。やっぱ女の子って甘い物が好きなんだな。

 

「ほんと、お前ほど不思議の塊みたいなやつはそうそういないよなぁ……」

「それは買いかぶりすぎってもんだ。世界はお前が思っている以上に広大だぜ、ずっとな」

 

ㅤ俺以上の不思議なんてそこら中に転がってるさ。

 

「本物の不思議が見たけりゃ、東京湾に潜ってアトランティスでも探しに行くんだな」

 

 なんだその顔は、納得できないって感じだぞ。

 

「……まあいいか。おい理子、本題に入るからこっち向け。いいか、ここでのことはアリアには秘密だぞ」

「むぐむぐ……──うー! らじゃー!」

 

ㅤ理子が元気よく返事するのを聞きつつ、遠山にコーヒーを用意するべく手早くモカエキスプレスを分解し準備する。

 うっかり客人の分を用意するのを忘れてたってのは秘密だ。ついでに折りたたみ椅子もだしておこう。

ㅤところで内緒話だって念押しを俺に言わないのは信頼してるからか? それとも俺に喋る相手がいないと思ってるからか?

 ……後者だとは思いたくないな。否定もできんが。

 

「むむむっ! うっわぁ〜! "しろくろっ!"と"妹ゴス"と"めたもる"だよぉ!」

 

ㅤぐいぐいと裾を引っ張られ、なにごとかと振り向けば理子が何やら手にしたゲームのパッケージらしき箱をこちらに見せてきた。

 

「あ、ああ……?」

 

ㅤし、しろ? まい? め、めた……な、なに? 

 

『……えっと、いわゆるギャルゲーってやつですね』

『ぎゃ、ギャルゲー? 聞いたことはあるが……』

 

ㅤ疑問に応じるように、小窓で複数の情報が表示される。

 

『こりゃ……凄いな……』

『これが"しろくろっ!"で、こっちが"妹ゴス"。どちらもネットでの評価は良好ですよ』

『理子が"めたもる"……とか呼んでいたやつは?』

『うぇっと、これはぁ……その……あはは……』

『なんだ、評価が悪いのか?』

『んと、まあ。悪いというわけじゃないんですが。支持する層も少なくはないみたいですし』

『うん?』

 

ㅤ珍しく歯切れの悪いプチコマに首を傾げていると、

『その、ちょっとショッキングな画像もありますので注意を……』

 

ㅤしどろもどろといった様子でプチコマが情報をこちらに開示すると、サイトのページらしきものと一緒に小窓でやや明度の低い画像が表示された。

ㅤ何かと思えば幼い少女が包丁片手にこちらに迫る画像、それも血……俗に言うケチャップ付きである。

 ファンシーな絵柄にもかかわらず、なかなかにえげつない一枚絵だ。

 

『あー、これもギャルゲー……なのか?』

『これはちょっと特殊な部類ですね。いわゆるバッドエンドルートってやつですし』

『バッドエンド?』

『このゲーム、トゥルーエンド……というよりバッドエンドじゃないルートがそれぞれの登場人物につき一種類ずつしかなくて。それで、選択肢でミスをすると問答無用でヒロインに監禁されたり血を見るハメになるみたいなんです……タイトルもメタモルフォーゼ、豹変って意味みたいですね』

『おおぅ』

 

ㅤ追加で次々と情報がなだれ込んでくる。

 ルート分岐、正解と見せかけた罠、直滑降。

 血、選択、血、少女、血、飛躍……。

 ちょ、ちょっとタンマ。

 もういいから、わかったから。

 

『っとに、世界は広大だわ……』

『特にこのキャラクターの場合、トゥルーエンドですら最後にハテナが付けられてしまうような惨憺たる結末で……』

『ん゛、ん゛んっ……なんでまた理子はそんなゲームを?』

『単に知らないのでは?』

 

 その可能性は……なくもないか。理子だしな。

 

「ねー?」

「かもな」

 

 作業を続けながら反射的に返す。

 もうちょい電脳に集中しながらも、周りに意識を割けるようにしとかないとな……。

 

「……まあ、とにかく。じゃあ続編以外のそのゲームをくれてやる。その代わり、こないだ依頼した通りアリアについて調査したことをきっちり話せよ?」

「あい!」

 

ㅤワゴンから紙コップを取り出し、砂糖適量とコーヒーを入れる。

 好みもわからんし、とりあえず遠山の分はこれでいいだろう。

 

「ねーねー、キーくんはアリアのお尻に敷かれてるの? カノジョなんだからプロフィールくらい直接訊けばいーのに」

「カノジョじゃねぇよ。ってか、直接訊け云々をお前が言うのか?」

「あーあー、聞こえなーい……。でもでも、2人は完全にデキてるって噂だよ? 朝キンジとアリアが腕を組んで出てきたっていうんで、アリアファンクラブの男子が"キンジ殺す!"って大騒ぎになってるんだもん。がおー!」

「指でツノ作らんでいい」

 

ㅤ……アリアファンクラブ? なんだそれ。

 

『神崎・H・アリアが3学期からこの学校にいるのはマスターも知ってますよね?』

『そりゃあな』

『とても可愛らしい容姿の転校生に男子生徒はもうメロメロ……骨抜きにされて、あっという間にファンクラブができちゃったみたいですよ』

 

 それ……うちの武偵候補、ハニトラ耐性ヤバくね?

 

「ねぇねぇ、どこまでしたの?!」

「どこまでって?」

「えっちいこと」

「ぶふっ──するか! バカ!」

「んもう、汚いなぁ……嘘つきなって、健全な若い男女の癖にぃ〜」

 

 テーブルの染みになる前に手早く拭き取る。

 まあまあ。照れるなよ、若人くん。

 どうぞ、気にせず話を続けてくれたまえ。

 

「……お前はいつも話をそっち方向に飛躍させる。悪い癖だぞ」

「ちぇー……」

「それより本題だ。アリアの情報……そうだな、まず強襲科での評価を教えろ」

「はーい。んとね……まずランクだけど、アオくんと同じSだったね。アオくんもそうだけど、2年生でSって、片手で数えられるくらいしかいないんだよ」

 

ㅤああ、やっぱそうなのか。……にしてもちょっと武偵の評価ってか、ランク付けって結構いい加減過ぎやしないか? 

ㅤ神崎がランクSってのはまあヒロインだし、1年の頃の遠山がSだったのも頷ける。

 ただそこにどうして俺まで割り振られてしまってるのか疑問でしかない。

 蘭豹も俺がまだまだ未熟者だからって、簡単な任務に後衛を何人かつけさせようってくらいなのにな。

 

『マスターって相変わらず自己評価厳しいですね』

『厳しいもなにも、今は義体とお前たちのお陰でなんとかやってこれてるだけで、このまま生き残れるだけの経験値が圧倒的に足りてないんだ』

『んー……でもボクらのボスはボスだけだよ、ねー?』

 

 相変わらず、プチコマは優しいな。

 やっぱりゴーストが芽生えてるのかもしれない。

 

「理子よりちびっ子なのに、徒手格闘も上手くてね? 流派はボクシングから関節技までなんでもありの……えっと、ばー……ば──……ばーりつぅ? うー、アオくぅん!」

「……ああ? あー、それならバーリ・トゥードだな多分。まさになんでもありって意味だぜ」

「そうそうそれそれ! それ使えるの。バリツって言い方もするみたい」

 

ㅤあ、そうだっけか?

 あれってバーリ・トゥードとは別物の、創作上の格闘技じゃ……。

 

『アーサー・コナン・ドイルの推理小説、シャーロック・ホームズの空き家の冒険に登場する架空の日本武術ですね』

『あの壮大なゴリ押しが生んだ続編か……』

『ゴリ押しというか、止むを得ずってことですよ』

 

 そういえば、ドイル神拳にはまだチャレンジしてなかったな。

 ……いや、今はまだ必殺バトーパンチの完成度を上げていこう。

 

「拳銃とナイフは、もう天才の領域。どっちも二刀流。両利きなんだよ、あの子」

「それは知ってる」

「じゃあ、2つ名も知ってる?」

「……いや」

 

ㅤ2つ名ってのはつまり、通り名みたいなものだ。

 これが付けられてるってことは、それはもう優秀な武偵ってことになる。

 ゲーム風に例えるなら称号ってとこか。あればそれだけ箔が付くってわけよ。

 

「双剣双銃のアリア──笑っちゃうよね。双剣双銃だってさ」

「笑いどころがよくわからないんだが……まあいい。他には……そうだな、アリアの武偵としての活動についても知りたい。アイツにはどんな実績がある?」

「あ、それならすごい情報があるよ。──今は休職してるみたいだけど、アリアは14歳の頃からロンドンの武偵局武偵としてヨーロッパ各地で活動しててね……」

 

ㅤへぇ、ロンドンね。……たしかシャーロック・ホームズの舞台もロンドンだっけか。

 

『かの有名なベーカー・ストリートですね!』

『そうそう』

 

 ホームズに縁があるとは、大した偶然だな。

 ……いや、本当に偶然か?

 

「その間、一度も犯罪者を逃がしたことがないんだって」

「逃がしたことが……──ない? 一度も?」

「狙った相手を全員捕まえてるんだよ。99回連続、それもたった一度の強襲でね?」

 

ㅤあー、まあヒロインだもんな。そんくらいの方がインパクト強くて良いんじゃないか? 

 

「あー……そうだ、他に体質とかなにかないか?」

「うーんとね。お父さんがイギリス人とのハーフなんだよ」

「てことはクォーターか」

 

ㅤ……ロンドン中心に活動してたってくらいだし、親族の誰かがイギリス人でも不思議じゃないだろう。

 

「そう。で、イギリスの方の家がミドルネームの『H』家なんだよね。すっごく高名な一族らしいよ。おばあちゃんなんて、Dameの称号を持ってるんだって」

「『H』家? でいむ?」

「イギリスの王家が授与する称号だよ。叙勲された男性はSir、女性はDameなの」

「おいおい、ってことはなんだ。あいつ貴族なのか?」

「そうだよ。リアル貴族。でも、アリアは『H』家の人たちとは上手くいってないらしいんだよね。だから家の名前を言いたがらないんだよ。理子は知っちゃってるけどー、あの一族はちょっとねぇー」

「教えろ。ゲームやったろ」

「理子は親の七光りとか大っ嫌いなんだよぉ。まあ、イギリスのサイトでもググればアタリぐらいは付くんじゃない?」

 

 イギリスのサイト……ね。

 

『どうします?』

『ま、改めて軽く渫ってみるか。調べなくてもシャーロック・ホームズ的なあれなんだろうが……』

『じゃあ遠山キンジは小さなホームズの相棒、ジョン・H・ワトスンってことですかね?』

『ああ、充分有り得る話だな』

『ふわぁー! まさか小説の出来事が現実にあったとはぁ!』

『うんうん。正直僕も驚きを隠せないよ!』

『まあ、そうなるよな……』

 

ㅤ思わぬ所で、この物語の核心的な部分を突けたような気がする。

 今後のストーリー展開はシャーロック・ホームズの内容をふわっとなぞるような形になるのだろうか……。

 

「うん? キンジ? 他には?」

「……あ、いや、もうそのくらいでいい」

 

 そう言ってコーヒーをぐいと飲み干し。

 慌てたように遠山は立ち上がる。

 

「じゃあ、アオイも邪魔したな。コーヒーご馳走さん」

「おう、気にすんな。遠山も大変だな」

「はは……。今しばらくの辛抱ってとこだろ」

「……ま、頑張りたまえよ。親愛なるワトソンくん?」

 

 ジョークを混ぜて見送るが。当の本人はそそくさと帰ってしまい、聞いてるんだか聞いてないんだか。

 ……うん。冗談が空振って何だか妙に気恥ずかしくなってしまった。

 

 

 


 

 

 

「アオくんさ」

「……あん?」

 

 今なにしてるのかって?

ㅤ少し凝ったラテアートを作ってるんだが、これがまた難しくてさ。

 意外と制御ソフト入れずに精密動作をするいい練習になるんだこれが。

 ここまで描けるようになるの、結構苦労したんだ。

 

「真面目な話、さ」

 

 遠山も帰り、仕事から解放されて久しぶりにのんびりとした時間が流れる温室の中で。

 ゲームのパッケージを眺めながら、理子がぽつりと呟く。

 

「──どこまで知ってるの?」

 

ㅤえ゛、なにを……なんだ?

 あっ──、もしかしてギャルゲーの内容の話か?

 今このタイミングで……って、さっき俺がパッケージをチラチラ見てたからか!

 

「いや、知らねぇよ。なんにも」

 

 俺自身ゲームには少し触れる方なので、ギャルゲーというジャンルが気にならないわけじゃない。

 ただ。今そこにあるゲームは攻略情報とか、わりと覗いちゃったからな……。

 俺はなにも見なかった。そういうことにしておこう。

 

「……うん、わかったよ。全部知ってるんだね」

 

ㅤなぜバレたっ!?

 レキといい蘭豹といい、妙なとこで勘が鋭いやつらだっ!

 こいつらエスパーか? って、そういや普通に超偵*3もいるんだったなこの世界……。

 気をつけてはいるが、どこまで対策できるもんなんだか。

 

「でもわかんないんだ。どうして黙っててくれてるんだろうって」

 

ㅤいやいや、待てよ。俺の方がわかんねぇ。

 え、なに。俺ってそんなネタバレとか不粋なことするようなやつだって、理子に思われてるわけか?

 

「もし知ってたとしてもだ。ネタバレしたんじゃ理子が楽しめない──じゃ、駄目か?」

 

ㅤ見てよこれ、抑えきれない動揺──ギャグ補正で手先がぶれてラテアート崩しちゃったよこれ。

ㅤ俺そんな人が楽しめなくなるようなことするようなやつじゃないからな?

 

「でもそれって、アオくんにはなぁんにも利がないよ?」

 

 ……やべっシュガーミルク入れすぎた。

ㅤしかしだな、お前の中の俺ってどんなやつなんだ?

 そんなしっとりした声で言われると、俺でもわりと傷つくぞ。

 

「そりゃあ、俺からごちゃごちゃ言うこともできるだろうさ。……ただ」

「ただ?」

 

 いや、もうあれだから。

 俺からはもう頑張れとしか言えないから。

 トゥルーエンド目指して頑張れ。

 

「俺はお前の、峰理子の邪魔をしたくない」

「──っ!」

「綺麗事重ねるより、感情論。案外そんなものじゃねえの──実際はさ」

 

 も、もういいだろこの話は。

 あんまり詰められると逆にポロッと言いそうになって困るんだ。

 ……特にその、メタモルフォーゼとかいうタイトルの。

 見ちゃったし、知ってるからなんだが。

 

「……そっか」

「一緒にやってもいいが、それじゃお前も納得しないだろ?」

「うん。……うん、そうだね……そうだよ」

 

 よ、よし……。疑念はまだあるが、納得はしたか?

 

 まあ、クリアしたら語り合おうぜ。

 この選択肢でなんでこうなるんだとかさ。

 2周目以降を2人でやるってもの悪くないかもな。

 

 問題はクリアできるかだが。

ㅤバッドエンドルートのゴアシーンとかやばいけど。

 あれ本当にR15なのか? Z指定の間違いだろ。

 

『あ、そういえば。峰理子そっくりなキャラクターも登場してますよ』

『今その情報は必要なかった……』

 

 ともかく俺はひたすら応援するしかない。

 あっ……と。

ㅤ勢い余って、失敗作を理子の前に置いてしまった。

 ……いくらなんでもこれはナイな。

 

「んふふー、そっかそっかー」

「あ、おい……」

 

 俺が自主回収する前に、理子がカップを手に取る。

ㅤえ、嘘飲むの!?

 や、やめときなってそんな体に悪い……ああー、あー!!? 

 

『おー、見事な一気飲みだぁ……』

『うわぁ……』

*1
チタンの塊である殆どのサイボーグは沈むと自力で浮かび上がれないので、ダイビングには専用の装備が必要なのだ。

*2
本来のルームメイトが転科したり、学校を離れた場合にこうなることが稀にある。逆にキンジの場合、転科したタイミングで空いていた部屋にルームメイトがいなかったため、4人部屋を1人で使っていた。

*3
超能力を使う武偵




 

アオイ──義体に慣れるため、わりと手広く様々なことにチャレンジしている。この日は理子と晩御飯を食べて自分の部屋に戻った。

理子──またしても何も知らない峰理子さん(16)。このあと胃もたれで晩御飯が食べられなくなり、アオイに泣きついた。

プチコマ──マスコット。人間って不思議な生き物だなぁ……。

キンジなんとかくん──アリアとの契約は一日早まったが、まだ概ね原作通りの道を歩んでいる。

アリアなんとかさん──相方候補が武偵らしく自分のことを調べてきたので、わりと満足している。


知人がゲームをしてるの見てると、つい口を出したくなる時があったりします
よくないと思い、ぎゅっと堪えるのですが、わりとつらいものです……

お気に入り登録、しおり、評価、ありがとうございます

やはり、感想なんかあると作者は大いに喜びます

投稿時間なんだけど

  • これまで通り早朝がいい(6時〜)
  • 昼頃でオナシャス(12時〜)
  • 夕方キボンヌ(18時〜)
  • 寝る前or夜型です(0時〜)

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