ARIA T.S.A. RE:GHOST? 作:かまぼこ大明神
04" 新学期 - EVALUATION
春。今日はこの世界の主人公──遠山 キンジが神崎 アリアと出会い、壮大な物語の幕が上がる運命の日だ。
なお、俺にとっては地獄の幕開けである。
『プチコマ、通信科と教務科の動きはどうだ?』
片肘をつき、欠伸を噛み殺すポーズ。
プチコマから武偵殺しの周波数を拾ったと報告を受けたのがつい2、30分ほど前。
どうやら無事、原作スタートとあいなったらしい。
『うわわ……。ボス、確認取れましたぁ。男子生徒がひとり、自転車に爆弾を仕掛けられて死にかけたそうです!』
『観測した固有周波数からして、この件はまず同一犯と見ても問題はなさそうだね』
『うぇー!? じゃ、じゃあ武偵殺し事件は終わってなかったってことぉ?』
『そーいうこと。マスターの見立ては正しかったってことさ。……でもどうするんです? こちらからは打って出ないんですよね?』
『はいはいはーい! その時はボクがやるーっ!』
『君の出番はないよ』
『え〜……ガビーン……』
いやー、はじまったかぁ……。
ま、爆殺されかけた主人公らには悪いと思うが。
俺は普通に始業式に参加して、割り振られたクラスの自分の席でのんびりさせてもらっている。
初日は遅刻するなって、どこぞのこわーい先生にも念押しされてたしな。
「ほぉ……いい度胸してんなぁアオイよぉ。アタシの話は聞けねぇってか、うん?」
「やだなぁ。もっち聞いてますって蘭豹せんせー」
おーこわ……。
2年C組の担任は蘭豹だった。なぜだ。日頃の行いが悪いのか、徳不足か?
去年の一般教科もそうだった。担任が蘭豹で、午前も午後もあのツリ目ポニーテールがチラついていた。
その結果がどうだったかは、もはや言うまでもないだろう。
俺はどうやら、この教養はともかく一般の真逆を爆走する鬼教師と切っても切れない縁があるらしい。
そこはまあ、やっぱり俺も男の子なわけだし?
美人教師になにかと気にかけてもらったり期待されたりってのは……うん、嬉し……嬉しいよ?
いや、ほんとに役得は感じてるし嬉しいんだけどさ。
こういった場所でいつものウザ絡みをされると、正直悪目立ちしてウザさ100倍って感じだから。
かといって迷惑ってのもお前何様だって話だし、間違っても声に出して言ったりはしないが。
ともかくだ。俺は今年も落ち着いた一般武偵校生として、立派な立ち振る舞いをだな……。
「……おい、アオイってあのアオイか?」
「げっ、ホンモノ?」
「名簿に載ってるのは知ってたけど……」
「男だったのかよ!?」
「実物初めて見た」
「きゃー、ちっちゃーい! かわい〜!」
「いやいや、あの死にたがりだぞ?」
──うん、無理だな。
初日にして目立ちまくってるじゃん。こりゃダメだ。
あーやめてー、見ないでー。……なにしてるんだか。
ちなみに俺の席は教室の後ろ、廊下側にある。
去年同様大人しくしていれば、クラスメイトの視線がこちらに向くなんてことはそうそうなかっただろう。
ほんとによ、今のウザ絡みさえなけりゃよ。背景だったのによ。ちくしょうがよー。
『アマテラスはこのまま周辺に網を張り続けていろ』
『はいっ、命令は了解されましたぁ!』
『わー、いいなぁいいなぁ!』
『はいはい。いーから、君は待機しててね』
──ずぎゅぎゅんっ!
それは主人公かヒロインか、それとも第三者か。
突然隣から響いてきた銃声で、もとからざわついていた室内がさらに騒がしくなる。
あー、ぶっちゃけお前らも似たようなもんだからな?
「んあ?」
「お久しぶりです」
お祭り状態な教室の中で、ぼーっと時間が過ぎるのを待っていると。
誰かが、肩をつんつくつんと指でつついてきた。
緩慢な動きで隣の席へ視線を投げる。と、そこにいたのは。
「ああ、なんだ。……レキじゃん」
「おはようございます、アオイさん」
「おっすおっす。ハロー」
レキだ。いやー、今日も表情筋死んでんな。
まあ、義体の表情筋がクゼレベルで仕事しない俺が言えたことじゃねぇけど。
レキは天然物で、クゼはそういう設定*1だとして、俺はどうなってんだろうね。
「……気になりますか?」
「なにが?」
「先の発砲が、です」
え、今そんなに気にしてる感じだった?
そんな顔に出てる? まじ?
「いえ。……いつもより関心があるようでしたから」
「あー、どうだろうな。他の連中より気にしてはないと思うが……」
言いつつ、電脳でツクヨミに呼びかける。
『プチコマ、遠山キンジと神崎アリアのクラスは?』
『えっと……あ、2人ともA組ですね』
あー、じゃあやっぱさっきのはカップルのどっちかが発砲したんだな。把握。
「それこそ、もっと騒がしくなるんじゃねぇの。今日の発砲なんざ霞んじまうくらいには」
「言い切りますね。……それもゴーストの囁きですか」
「さ──「おらそこのアホ2人! どさくさに紛れてイチャついてんじゃねぇ!!」……どうだか」
「……まあなんだ。今日はお疲れさんってやつだな」
「はい。お疲れさまです」
ㅤ少女──レキにとってアオイは奇妙な縁で繋がれた関係であるのと同時に、金払いの良いクライアントのひとりでもあった。
広義でいうところの友人関係ではないが、かといってただの知り合いというほど浅い関係でもない。ひとまずそんなところだ。
ㅤ教務科の仲介によって組んで以来、回数こそ多くはないが今日のようにたまに声を掛けてくるので、まあ得意客と言っても良いかもしれない。
ㅤ報酬の分け前は最初に教務科が決めた配分のままで、約60パーセントが自分の口座に振り込まれてくる。
ㅤお金に頓着しないレキも、さすがに自分の仕事量に対して本当にこんなに貰っても良いのだろうかとは毎回思っているが、ただこれに関してアオイ本人が特に気にしてる風でもなく、なにも言わないので直接話題にしてまで触れることはなかった。
ㅤそうやって増えに増えるレキの貯金は、諸々の必要経費を除く大半が他に使い道が存在しないので結果的に食費に少しずつ削られる。
ㅤ最近はアオイの強い──彼にしては珍しい──勧めでヨーグルトとジャムを普段の食事に追加するようにしているからか、通帳を見た感じ以前よりは出費も多くなっているようだった。
ㅤそれでもまあ、全体の差し引きで考えると微々たるものだが。
「今回の任務、呆気なく終わりましたね」
「そうか? ……ま、そうだったかもな」
ハンドルを右に切りながら、アオイがちらりと自分を見る。
レキとアオイ。2人は任務の帰りだった。
今日はショートホームルームでアオイと喋っていたところを担任の蘭豹に目をつけられ、罰として与えられた任務を2人で解決してきたところだ。
ㅤこう言ってはなんだが、今回もいつもと変わることなく楽な仕事だった。
ㅤ前衛のアオイが突っ込んで行き、後衛の自分は不測の事態に備えてアオイが単独でどうにかしているその状況を後ろから眺めているだけ。
ㅤたまに1人か2人、多くても4、5人程度がアオイに
犯人をうっかり見逃すアオイの演技があまりにもわざとらしく、これもレキが報酬分は仕事をしたと言える程度の気を回してくれているものとしか思えない。
ㅤもちろんそれで良いからってなにもしていないわけではないし、相手の出鼻を挫く役目は自分が任されているのでやることはやっている。
ㅤただこちらから観測した情報を伝えようにも、アオイがどういうわけか背後から壁の向こう側までの全てが分かっているかのように動くので、それもほとんど意味がない。
ㅤ不思議に思ったレキは以前、本人にそれとなく訊いたことがある。
"なぜ、目標の位置が分かるのですか?"と、そう訊ねた自分にアオイはどこか困ったように言った。
"こういうの、なんつーのかな。──そう囁くんだよ。俺の、ゴーストってやつがさ。"
ㅤゴースト──それがどのような存在なのかレキにはわからなかったが、アオイにとって重要なナニカだということだけは理解できた。
それこそ、アオイが珍しく言葉に感情を乗せる程のものだと。
「お店、開いてませんでしたね」
「それな。いやー、うっかりしてたわー」
まっさか閉まってるとはねぇ……とアオイが呟く。
今夜は作戦開始時間も遅めで、いつも帰りに寄っている店が営業時間外だった。
ㅤなんとなく空腹感があるのは、2人で寄るファミレスをどこか楽しみにしていたからかもしれない。
ㅤ……そう、2人だ。
ㅤ罰で与えられた任務とはいえ、今回もパーティーの募集をかけたにもかかわらず、結局アオイと任務に出たのは助手席に陣取っている自分だけ。
車輌科が手配した偽装バンに運転手は付属していなかったし、電子機器類の積まれた貨物室には誰もいない。
ㅤどうやら一般的に、金払いの良さはイコール人受けの良さには繋がらないらしい。
アオイは相変わらず、他の生徒から避けられているようだ。……自分を除いて。
「今の、右でしたよ」
「……おう。知ってる」
ㅤ例えば目的地手前でいきなり車を停めたり停めさせたり、そのまま暫く黙って目を閉じていたり。
意味もなくそうしているわけではないのはわかるが、アオイはこれといって説明もなくやっている。
説明を求められても無視したり、恐らく自分の時と同じようにゴーストの囁きだと説明したのだろう。
なにを訊いてもあやふやに返されると、アオイのそういった面が他の生徒たちには馴染めず、受け入れられなかったらしい。
ㅤ当の本人は気にもしていないようで、いつものように偽装バンを運転しつつ、今夜も大活躍したであろう愛用の拳銃──マテバ
ㅤ完全によそ見運転だがハンドルを握る手に淀みはなく、揺れも少ないし比較的安全運転と言っても良い。
レキも最初は危機感を覚えたものの、すっかり慣れてしまった今となっては車輌科の生徒が運転する車より安全かも? 等と考えている。
まあ、どこまで行っても結局はよそ見運転なのだが。
「お昼に、あなたについて訊かれました」
「……へえ?」
ㅤ食事といえば。ふと、レキは昼の出来事を思い出す。
自分の中で密かに楽しみになりつつあるジャム付きヨーグルトの時間を邪魔された、ほろ苦い記憶だ。
「調べて回っているみたいです」
「おおう、そいつはまた。人気者はつらいねぇ……」
昼食の後、ヨーグルトの封をあけたレキに尋ね人があった。神崎アリアだ。
アリアはレキを見つけると、ずかずかと駆け寄りアオイについて色々と訊いてきた。
ㅤ別に1から10まで答えてもよかったが、結局"何度か組んでいるだけで良くは知らない。ただ、概ね評判通りだ。"と、どうとでもとれるコメントで帰らせた。
アリアがなにを考えているのかは知らないが、あの様子からしてその内ソリが合わないと興味を失うだろう。
ㅤそもそもアオイがアリアに近辺を探られていると知らない筈がない。
ただ、なんとなく自分は情報を売るような真似はしていないと、そうアオイに伝えておこうと思った。
「ご存知かと思いますが、念の為に伝えておきます」
「……ん。いや、サンクス──っと、ここでいいか」
ㅤそんな会話をしていると、車がどこかの駐車スペースに停められた。
もちろん女子寮の前ではないし、車輌科のガレージでもない。
「……ここは?」
「まあ、あれだ。──寄り道ってやつだな」
ㅤエンジンを切りながら、深夜の二時まで営業しているファミレスを指差す。
どうやら空腹を感じていたのは自分だけではなかったらしい。
ㅤそれならそれでファミレスの駐車場に停めれば良いじゃないかと思うのは自分だけだろうか。
そう考えながらも、静かに頷くレキだった。
とっぴんぱらりのぷう
先日に引き続きお気に入り登録、しおり、評価、ありがとうございました
感想嬉しいっす、滾るわあ……
2年ROMってもやっぱり人物視点はムズいまま
旧作から主人公の印象がだいぶ変わってると思います
解釈違いあったらごめんなさい
あ、感想なんかあると作者は大いに喜びます