ARIA T.S.A. RE:GHOST? 作:かまぼこ大明神
01'' 復活の兆し - PROLOGUE
──なにも心配することはない。国外に拠点を置けばすむことだ。
──国外だって?
──イチからやり直すのは面倒だが、アレを手土産にさえすれば不可能じゃない。違うか?
──あ、あんた何も判ってないんだな。暴れすぎてるんだよ、俺たちは。そもそも、ああまでしてアレを手に入れる必要が本当にあったのかも……。
『マスター、武偵が突入準備を完了しました』
「…………」
『マスター!』
ぼんやりとした脳に、舌足らずな声がキンと響く。
『……聞こえてる』
『マスターの脳、今夜はノイズが多いようですが?』
『片頭痛持ちなんだ』
適当に流しつつ、しゃがみ姿勢から立ち上がる。
11月18日、日曜日。天候は曇りのち晴れ。
眼下に広がる深夜の都市部はまだ明るい。
『武偵の山にボスが介入するのは、後々まずいんじゃないの?』
『相手のリーダー格には裏の繋がりがあるからね。うまく現場を押さえても、よくて五年以下の懲役刑さ。マスターが手を加えるしかないんだよ』
『ふーん……。あ、そろそろ回収地点に移動しますね』
双子が会話を切り上げ、盗聴している一室にも動きがあった。
どうやら向こうも武偵の作戦に勘づいたらしい。
黒のアサルトスーツに身を包んだ体を軽く捻り、ヘッドギアのバイザーを下ろす。
『武偵、突入します』
『行くぞ』
『らじゃー』
ホルスターから銃を抜く。
都心に並び立つ高層ビルの屋上から、俺はふらりと飛び降りた。
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2006年──○月●日
電脳の応用として、情報の整理整頓も兼ねて日記をつけることにした。
この日記の目的はさておき、勝手に盗み見られてもいい気はしないので、わりとガチめな防壁を何枚か重ねておくことにする。
まあ、電脳に隠してる時点でこの世界の技術じゃまず発見すら困難だろうが……。
転生して3年が経過し、俺もこの生活にようやく馴染みつつある。
いや、本当に長かった。苦労もした。特にこの慣れない心身と環境のせいでな。
最初の1年は、この身体に慣れるために起きている時間のほぼ全てを費やしたといってもいいくらいだ。
その間にまあどれだけの義体をオシャカにしたか。家具や床、壁天井にいたるまでボロボロにしてきたか。
特に箸や歯ブラシ、テレビのリモコンなんかはもう目も当てられない。
力加減を誤って何本もへし折り、握りつぶし、粉々にしてきた。
娯楽であるパソコンのマウスや、キーボードを壊して悔し泣きしたのは良くも悪くも忘れられない思い出だ。
その全ての発端が電脳と義体。これは攻殻機動隊に登場する用語で、大雑把に説明するとサイボーグ関連の技術を指す。
電脳はナノマシンが注入された脳みそ、義体は一般的には義手や人工臓器などを指し、作中の主人公である草薙素子などは全身がそっくりそのまま作り物──完全義体というレアケースであったりと、場合によっては脳殻という特殊な入れ物で守られた脳みそを別のサイボーグの体に移し替えていく描写もある。
……と、そんな俺にとっても馴染み深い、というか唯一詳しく知ってる漫画の技術が今の俺の身体にも組み込まれている。
つまるところ、俺はサイボーグなのだ。ハロー、完全義体の俺。グッバイ、生身の俺。
普段使いしているボディは以前までの、力の入れ方を間違えたりしてぶっ壊しまくっていた頃のまま、比較的安価で低性能なボディを使っている。
ただ、それでも俗に言う逸般人の領域に踏み込む性能を有するのが義体というものだ。
もっとも中身はまだ義体の扱いに慣れた程度の素人だし、電脳化による恩恵や便利機能もこの2000年代の世界じゃ言うほどのアドバンテージにもならなさそうだ。
そもそも撃たれれば普通にぶっ壊れるレベルなんだから、素のままの人間と大して変わりはしないと考えても良い。無理はできない。
え? 攻殻の世界でもない、2006年かそこらの世界で一般人が銃で撃たれるようなことがあるのかって?
あるんだな、これが。認めたくないことによ。
その根拠は暇潰しに軽くネットサーフィンしただけで続々と集まった、新聞記事やニュース報道で騒がれる物騒な事件、武偵と呼ばれる存在、硝煙臭い有名人、雑誌の特集などなど。
一言で述べるならば非常識。この世界には生前の俺の知り合いが読んでいた、頭の痛くなるようなラノベの要素がこれでもかと散りばめられていた。
そう、ラノベ。ライトノベル。物語の世界だ。
この世界がラノベと世界観を共有しているとして、今の俺が悔やむべきなのは、大まかなあらすじを教えてもらっただけでそのラノベを読んでいなかったことだろう。
自分が今立っているのが地雷原のど真ん中だと分かっているのに、肝心の地雷が見えないというこの状況。難易度ハードコアすぎやしないか。
もちろんこんな地雷原で裸踊りをするような真似はしたくないし、そもそも俺は自殺志願者でもない。
幸いこちらには義体がある。こいつにはさんざん苦労させられてきたが、そのぶん頼りにもしている。
義体の高い能力を駆使すれば、多少の命の危険であればなんとか回避できる、はず。
つまりデッドエンド回避は容易ではないだろうが、まるきり不可能ではないということだ。
……とはいえ、義体を使う以上は別の──むしろこちらの方が正しい意味でのデッドエンドを迎える可能性もあるのだが。
義体は消耗品だ。イモータル義体というメンテナンスフリーの義体も選択の中にあるにはあるのだが、それでも劣化しないわけではない。
いつかは、そういつかはどうしてもパーツの交換が必要になってくる。
完全義体ともなれば、脳殼を別のボディに移し替える必要があるだろう。
そこで問題として浮上してくるのが予備のボディ、換えのボディの有無である。
無ければその時点で、今使っている身体がダメになって永久に動かなくなるのをただ待つしかない。
そう、デッドエンドだ。ご勘弁願いたい。
不幸中の幸いなことに、この問題は初日にして既に解決策が出ている。
これがなんとも、ご都合主義的な不思議スキルなのだが。なんでこんなものがあるのやら、正直俺にもよく……。
よくあるゲーム的な表現を使わせてもらうと、俺はある一定量のポイントを使って必要な物を呼び出すことができる……らしい。
電脳の機能のひとつに、視界の中にウィンドウを表示させるものがある。
作中の描写ではこれに資料を出したり、通信相手の顔を表示させたりとあるのだが、俺はこれに加えてブラックマーケット(風)なサイト(仮)にアクセスできる……らしい。
このブラックマーケット(?)には複数の項目があり、その中から俺は自由に選んで目の前に取り寄せることができるようなのだ。
もっとも何でも手に入るわけではなく、購入できるのは義体関連や一部の──、残念ながら攻殻世界の真新しい銃や弾薬などの武器は品揃えに入っていない。
このサイト(?)のお陰で俺は義体の手足をぶっ壊しても都度交換できたし、これまでなんとかやってこれた。
ならそれでいいじゃんと思うだろ、俺も最初はそう思ったさ。でも世の中そんな甘かないんだこれが。
当然、購入&お取り寄せともなればその度に対価が必要になってくる。モノによってはもちろんかなり高くつく。
なら必要なのは金か? いや、どうもそうじゃないらしい。
サービスかなんなのかは知らないが、最初から俺は取り引きに使えるポイントらしきものをいくらか与えられていた。
義体の扱いに慣れてきた頃、パーツの交換や気になったモノにある程度自由に使って、ちょうど残りのポイントが僅かになった頃にその項目はあらわれた。
その名もバウンティハンター、まんま賞金首狩りだ。
21世紀にもなって正気かとは思ったが、ざっと見るだけで出るわ出るわ、極悪人の顔と名前の情報が。
なにも全員殺せという話じゃないようで、とっ捕まえて警察の手に渡るようにしておけば、その時点で掲示されていたポイントが入ってくるシステムだった。
……ここ2年でそこそこ出稼ぎに出ました、はい。
だが、その甲斐あって頼もしい味方が増えた。
未熟な俺を様々な場面でサポートしてくれる味方。
攻殻機動隊を知っている人間ならば誰もが夢見るだろう、そうジェイムスン──じゃないっ。
双子のAIだという彼女らにはアマテラス・ツクヨミという固有名称があり、マスターと呼んでくるのがアマテラス、ボスと呼んでくるのがツクヨミだ。
本家の思考戦車シリーズとデザインや細部に違いこそあるが、中身の人工知能たちが本家に負けず劣らずよく喋るし癒しにもなる。ただゴーストを得ているかはよく分からない。
どうも得意不得意なことがあるようで、ボディはロジコマ*1に似ているが、本人らには自分をただのロジスティクスと同じにするなと怒られてしまった。
なお、総称はプチコマというらしい。プロトタイプコンダクト……なんとか。
ちなみに、恐らく原作基準で最新式のものであろう熱光学迷彩機能が搭載されている。
残念ながら彼女たちに公安9課、つまり攻殻機動隊に関する直接的な知識はなく、もちろんラノベの知識もない。
謎のサイト(仮)から取り寄せられて、目覚めた時からそういうものとして認識しているようだ。
あと……活動範囲の拡大に伴い、セーフハウスもいくつか用意せざるを得なかった。
予備の義体と施設を保管した、簡素な秘密基地のようなものだ。コインロッカーや自販機の中に偽装されたものもある。
あまり考えたくはないが、不測の事態に腕が根元からもげた・下半身を吹き飛ばされた、なんて事態が起こってしまった際にはもれなくいずれかのシンクスに運び込まれ、お世話になることだろう。
ただ予備には限りがあるので、無限コンテニューできるわけじゃない。
……とまあこうして並べて改めて思ったのは、だ。
この世界で俺ひとりだけが攻殻キャラみたいになってることを、他の誰かに知られるような状況だけはなるべく回避したい。
電脳、義体、シンクス、その他諸々。どれを取っても一歩間違えれば地獄のラボ行き確定だ、言っとくが俺に構造解析されて喜ぶような特殊性癖はないからな。
幸い俺の手元にはインナータイプの熱光学迷彩があるので、常に周囲の目に注意を払い、これを着用していれば咄嗟に逃げ隠れする分には困らないはず。
デッドエンド回避、それが当面──いや、生涯の目標だ。元の世界への帰還……は、出来るかどうかはわからないが。
ともかくそれらはひとまず二の次三の次として。なんとしてでも、俺はこの世界で生き残ってやるのだ……っ。
???『身構えている時には、死神は来ない。それも戦場の摂理なのだ』
言われなくてもぉっ……!!!