あっという間に日は過ぎていき、学園祭の当日を迎えた。

 

 この日は大学もキャンパスを解放し、一般の来場客を招き入れる。

 大学の生徒や関係者。卒業生や高校生。

 様々な人々が楽しそうにキャンパスを歩いていた。

 

 

高木美穂

ねぇ……。
本当にこんなことを、やらないといけないの?

 

 天野と高木はひとつのステージの隅で打ち合わせをしていた。

 高木は何度も台本に目を通し、うんざりした顔つきで天野を見上げる。

 

天野勇二

何度も同じことを説明させるな。
お前はミスになれない。
優勝は前島悠子で決まっている。
このデキレースを覆すことは不可能だ。

高木美穂

そのデキレースをぶち壊すのが、天野くんの仕事でしょ。

天野勇二

黙れ。
俺様にも不可能なことはある。
だが、不可能を捻じ曲げることぐらいはできる。

高木美穂

だからって、こんな作戦……。

 

 天野は厳しい声をあげた。

 

天野勇二

グダグダ言うんじゃない。
お前が欲しいのはミスの座ではなく、女子アナになるための『肩書き』だろう?

高木美穂

そうだけどさぁ……。

天野勇二

スポーツ選手に近づき、玉の輿に乗りたいんだろ?
これは未来のお前がすべき仕事でもあるじゃないか。

高木美穂

私はこんなのやりたくない。
こんな女子アナ御免だわ。

天野勇二

ほう、それじゃお前は死ぬまで、お偉いさんの上で腰を振りたいのか。
くだらねぇ人生だ。

 

 天野は厳しい表情で台本を掴み、高木に突きつけた。

 

天野勇二

俺様から見れば、こっちの方が枕営業よりラクだ。
お前だって、本心じゃそう思っているんじゃないのか?

 

 高木はムスっとした表情で黙り込んだ。

 

天野勇二

それにな、どんな手段を選んだとしても、最後はお前が力を出し切らなければ夢は叶わない。わかったか。

 

 高木はじっと台本を睨みつけた。

 そして、天野の顔も恨めしく睨む。

 

高木美穂

……もう、わかったわよ。

 

 高木は台本を取り、ヘッドセットを装着してスタンバイした。

 

天野勇二

よし、行け!
特訓の成果を見せつけろ!

 

 高木は四角いリングを見上げた。

 台本をさり気なく目の前に置く。

 大きく息を吸い、この1週間、練習し続けた台詞を叫んだ。

 

高木美穂

お集まりの皆様方!
大変お待たせいたしました!
今ここにひとつの伝説が蘇る!
我が学園が誇る英雄の登場です!
赤コーナー!
マスクドゥーーキャメレオォォォォーーーン!

 

 絶叫に近い高木のアナウンスに合わせて、赤コーナーより『カメレオンマスク』が姿を現した。

 自慢の筋肉を観客に見せつけ、リングへ颯爽と飛び上がる。

 

高木美穂

青コーナァー!
好物は豚肉! 恋人も豚肉!
お前をしゃぶしゃぶにしてやる!
共食い上等だ!
イベリコォォゥゥーーーーーカメェェェーーーン!

 

 声のキーを限界まで上げて、青コーナーの『イベリコ仮面』をアナウンスした。

 イベリコ仮面が豊満な腹を観客に見せつけ、よたよたとリングに上がる。

 

 

 両者がリングインするとゴングが鳴った。

 高木は熱い実況を繰り広げた。

 

高木美穂

さぁ、注目の両者の立ち会い!
おっと、いきなりイベリコ仮面のトンカツチョップ!
チョップ! チョップの連打!
いいトンカツが出来そうだ!
ジュシーなチョップ音がリング上にこだまする!

 

 イベリコ仮面のチョップを嫌い、カメレオンマスクは場外へ逃げ出した。

 

高木美穂

たまらずカメレオン場外に!
おっと!
パイプ椅子を取り出した!
近くのお客様、お逃げください!
選手に近寄らないでください!
危ないイベリコ仮面!
いや、イベリコがトップロープに上ったぞ!?
まさか飛ぶのか?
飛べない豚はただの豚だぞ !
イベリコまさか、まさかの……!

 

 歓声に応え、イベリコ仮面が場外へ舞った。

 

高木美穂

飛んだぁぁぁ!!!
場外のカメレオンマスクに、ダイビング・トンカツ・チョォォップ!
これは効いたか!?
両者、倒れて動けません!

 

 学生プロレスの実況席で、高木が戦いの模様を叫んでいる。

 集まった観衆は高木の熱気溢れるアナウンスと、リング上のコミカルな戦いに笑っていた。

 

天野勇二

うむ。練習したかいがあった。
実に良いアナウンスだ。

 

 天野が会場の隅で、満足気に高木のアナウンスを聴いている。

 

佐伯涼太

確かに女の子の、学生プロレスの実況アナウンサーなんて珍しいけど……。

 

 隣には涼太の姿。

 呆然と高木のアナウンス姿を見つめている。

 

 高木は唾を飛ばし、顔を真っ赤にして叫び続けている。

 そこにはどこか高飛車だった普段の面影はなかった。

 

 

 激戦は20分に及んだ。

 最後はカメレオンマスクがシットダウン式ラストライドからのフェニックススプラッシュでフィニッシュ。

 イベリコ仮面から3カウントを奪い、白熱した戦いに幕を下ろした。

 

 高木は最後まで全力で叫び続けた。

 天野の指示通り、全ての声量を込めて実況したのだ。

 さすがに体力を使い果たし、肩で息を吐いている。

 

 

 天野は拍手で高木を出迎えた。

 

天野勇二

良いアナウンスだったぞ。
だが、やはり終盤は声のボリュームが落ちたな。
もっと腹から声を出せ。
最低でも腹式呼吸ぐらいはマスターしろ。

高木美穂

う、うるさいわねぇ……。

天野勇二

ほら、休んでる暇はないんだ。
次に行くぞ。

高木美穂

わ、わかってるわよ……。

 

 天野たちは次のイベント会場に移動した。

 場所は講堂の近くに設置された野外ステージ。沢山のお客が集まっていた。

 学園祭のために人気お笑いコンビを呼んでいるのだ。

 

天野勇二

はいはーい! どうも!

 

 天野と高木はステージに飛び出すと、漫才師のように挨拶した。

 

高木美穂

こんにちは!
経済学部の高木ですぅ。

天野勇二

どもども。
医学部の天野ですぅ。

高木美穂

今日は、お笑いコンビのケミカルキングさんに来ていただいてるんですよ!

天野勇二

えぇ? あのケミカルキング?
超人気者じゃないですか?

高木美穂

みんな、会いたいですかぁ?

 

 会場に問いかけると「会いたぁーい!」という歓声が響く。

 観客のほとんどは、お笑いコンビであるケミカルキングの大ファンだ。

 天野は恐縮しながら頭を下げた。

 

天野勇二

もうすぐなんで、楽しみにしてくださいね!
俺たち前座なんですよ!

高木美穂

そうそう。会場を温めないといけませんからね。

 

 頭に手を当ててコミカルにおどける高木を、天野がわざとらしく持ち上げる。

 

天野勇二

皆さん知ってます?
この高木さん、今年のミスコン候補者なんですよ!
美人でしょ!?

高木美穂

そうなんですよ。
いや、うち恥ずかしいわぁ。

天野勇二

ミスコン候補者の前座漫才なんて、うちの大学でしか見れませんよ!

高木美穂

ねぇねぇ、せっかくだから、
うちの良いとこアピールして!

 

 高木が甘えてねだると、天野が楽しそうに高木の顔を指さした。

 

天野勇二

なんと! 凄いんですよ!
この高木さん、
顔に目が2つもあるんです!

高木美穂

そうそう、ぱっちりお目々が2つ
……って誰でもそうでしょ!
他に褒めるとこないの!

 

 ちなみに天野がボケ役で、高木がツッコミ役だ。

 天野はいきなり悲しそうに泣き出した。

 

天野勇二

ひっぐ……なのに……
口がひとつ……。

高木美穂

誰でもひとつだよ!
しかもなんで泣いてるのよ!

天野勇二

しかも、汚い……

高木美穂

汚いとか言うな!

天野勇二

心が……

高木美穂

心かよ! 口じゃなくて心か!
それ最低じゃない!

 

 天野は途端に泣き真似を止めて、高木を惚れぼれとした表情で見つめた。

 

天野勇二

でも高木さん、
スタイルが素敵なんですよねぇ。

高木美穂

あら、
嬉しいこと言ってくれるわぁ。

天野勇二

見せちゃって!
会場のお客さんに見せちゃって!

高木美穂

もう。うち、恥ずかしいわぁ。

 

 高木は堂々とコートを脱ぎ捨てた。

 コートの下に隠れていたのはピンクのビキニ姿。

 冷ややかに眺めていた観客も思わず「おおっ」と歓声を漏らした。

 

 高木は艶っぽく肢体したいを披露していたが、天野はそれを見ると、また悲しそうに泣き出した。

 

天野勇二

ひっく……。
うぇっぐ……ぐすん……。

高木美穂

ちょっと、なんで人が脱いでるのに泣いてるのよ。

天野勇二

ビキニ姿じゃ……
心の汚さが隠せない……

高木美穂

やかましい!

 

 会場は一瞬沸いたが、後は冷めた目で2人の漫才を観ていた。

 お目当てはこの後に出てくるプロの漫才師だ。

 学生の漫才なんて端から興味がなかった。

 

 

 2人は一通り漫才を終えると、ステージからコミカルに去った。

 

高木美穂

はぁ、はぁ……。
やっぱり、全然ウケてなかったじゃない……。

 

 肩で息をしている高木とは対照的に、天野は平然としている。

 

天野勇二

当たり前だ。前座だぞ。
おまけに学生の漫才なんか滑って当たり前だ。
別にお笑いコンビを目指しているワケじゃないんだ。

高木美穂

そうは、言っても……。
せっかく脱いだのに……。

天野勇二

そんなことより息が切れすぎだ。
まだ次があるんだぜ。

高木美穂

少しだけでも、
休憩できないの……?

天野勇二

休憩の暇はない、と言ったろう。
時間がない。走るぞ。

高木美穂

わ、わかったわよ……。

 

 2人は次々と学園祭の出し物に参加してアナウンスを行った。

 映画研究部、落語研究部、演劇部、吹奏楽部、軽音楽部……。

 あらゆるイベントに参加し、空いた時間は迷子や落とし物などの、総合アナウンスまで行った。

 

 全て事前に天野と涼太が各サークルや部活動に頭を下げ、司会などを任せてくれるように頼んだものだ。

 針の穴を縫うようなスケジュールを作成している。

 

 これが天野の用意した「肩書き」だ。

 あらゆるサークルの司会やアナウンスを任されるフットワークの軽い女子アナ、という肩書きを作るつもりだった。

 

 

 高木はキャンパスのあちこちで声を張り上げた。

 昼を過ぎた頃には、喉はすっかり枯れていた。

 

 

 そして最後のメインイベント、ミスキャンパスコンテストが中央の広場にて開催された。

 学生や一般客はもちろん、沢山のマスメディアが集合しており大混雑だ。

 

高木美穂

それでは、ミスキャンパス候補の皆様、ご登場ください!

 

 ここでも司会を務めているのは高木だ。

 ピンクのビキニ姿でマイクを握っている。

 元々、水着審査などは存在しなかったのだが、

 

天野勇二

少しでも目立て。
お前は貧相なのだから、それぐらいでちょうどいい。

 

 という天野の指示により、無理やり水着姿にされていた。

 

 

 天野は高木の司会姿を満足気に眺めながら、実行委員長である葛西に声をかけた。

 

天野勇二

葛西よ、
無理を言ってすまなかったな。

葛西駿

いや、いいんだ。
天野の頼みなら仕方ないさ。

 

 葛西は心の中で「過去のネタで散々脅しやがって。このクソ野郎」と、毒づいていた。

 

天野勇二

これもそれなりに盛り上がっているじゃないか。
さすが俺様のアイデアだ。

葛西駿

まぁ、確かにな……。
ウケは思ったよりいいな。

 

 運が良いことに、司会に関してはスポンサー様からの指示はなかった。

 水着姿の『司会者兼エントリー者』というのは物珍しく、会場のテンションも上々だ。

 

 しかし、それがミスとしての評価に繋がる訳ではない。

 舞台上ではビキニ姿の高木が、

 

高木美穂

エントリーナンバー5番は、本日の司会も担当している高木美穂です!
皆さんよろしくお願いします!
チャームポイントはフラフープで鍛えた自慢のウエストです!
私の『セクシーフラフープ』を見てください!

 

 と叫んでいるが、会場からの反応はかんばしくない。

 精一杯の谷間をアピールしても無駄。

 どれだけ官能的に腰を振ってみせても無駄。

 会場のリアクションは冷ややかなものだ。

 

 それも致し方なかった。

 最後のエントリーナンバー6番は、トップアイドル前島悠子だ。

 会場のお目当ては国民的アイドル様。

 観客や何台ものカメラが、その時を待っている。

 

高木美穂

そして最後のエントリーナンバー6番は……。
皆さん、お待たせしました!
トップアイドル、前島悠子ちゃんです!

 

 一斉にカメラのフラッシュが焚かれる。

 会場のボルテージは最高潮に達した。

 

前島悠子

どうも、皆さんこんにちは!
教育学部1年、前島悠子です!

 

 照れ臭そうな笑みを浮かべながら、前島悠子が舞台上に現れた。

 小さく手を振りながら歓声に応え、純真無垢なアイドルの笑顔をばら撒いている。

 高木もおこぼれにあやかろうと、さり気なく前島に近づいていた。

 

高木美穂

前島さんのアピールポイントを教えてください!

前島悠子

最近お菓子づくりにチャレンジしてるんです! 今日もクッキー焼いてきたんですよ!

高木美穂

うわぁ、凄いですね!
みんな前島さんのクッキー食べたいですかぁ?

 

 会場から「食べたーい!」という悲鳴のような歓声が上がる。

 

前島悠子

それじゃあ……。
えぇーい! とりゃー!
うおりゃああぁぁーー!!!

 

 前島はバスケットから小分けされたクッキーを投げ始めた。まるで節分の豆のように舞台下の観客に投げている。観客はクッキーを取ろうと必死だ。

 

 

 アイドルの手作り菓子を取り合うイベントが過ぎ、全てのエントリー者がステージに並んだ。

 

高木美穂

それでは、皆さんのアピールタイムが終了したところで、今年度のミスキャンパスを発表します!
ただいま集計結果の用紙をいただきました!

 

 司会役の高木が実行委員から紙を受け取った。

 ここに優勝者の名前が書かれている、というシナリオだ。

 

高木美穂

今年度のミスキャンパスは……
なんと!
圧倒的大差のため、準ミスキャンパスは今回、いらっしゃいません!

 

 観客が「ええっ?」と大きくざわめいた。

 高木は一呼吸置くと、

 

高木美穂

つまり、
今年度のミスキャンパスは……

 

 大声でその名を呼び上げた。

 

 

 

 

 

 

(続く)

 

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つばこ

「いやー、素晴らしい試合でしたねえ。解説のつばこさん」
「本当ですね。プロレスの底力というものを見せてもらいました」
「相手の技を受けきって、なお立ち上がるカメレオンマスク選手の姿こそ、まさにプロレスラーという感じでしたね」
「ええ、まさしく青春ですねえ、青春の握り拳ですよ。あのカメレオンコールには胸が熱くなりました。解説という立場を忘れて一緒にカメレオンコールしたくなりましたよ」
「対戦相手のイベリコ仮面選手も見事でした」
「これこそ好敵手だ、というお手本ですね。後半に揚がったトンカツも素晴らしい味でした」
「放送時間も迫って参りました。総括をお願いいたします」
「プロレスは勝ち負けじゃない、男の生き様を見せるものだ、という事を教えてくれた名勝負でしたね」
「ありがとうございました。まだ熱闘の興奮冷めやらぬ大学特設リングからお別れいたします。さようなら!」

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コメント 146件

  • たけっち

    シットダウン式ラストライド
    フェニックススプラッシュ
    カミゴェ?

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  • ぷよぷよ

    天野の「依頼をこなすためなら何でもやるし何でもやらせる」スタンス大好き

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  • 汐田奈都希

    めっちゃおもろかった。

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  • バルサ

    マンガで、漫才やビキニ変更したとあったんで確認しに…。天野くんが漫才やってたんだな。忘れてるよ(^^;;

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  • phenyl

    マンガ版でここ読んだけど前島ちゃん読者に好かれてないなー
    まだ素のキャラが出てないからかな?

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