その日の放課後、天野は涼太（りょうた）をテラスまで呼び出した。

　涼太とはクソ野郎の相棒であり、幼馴染であり、数少ない友人の1人だ。

　涼太はチャラチャラしながらやって来た。

　テラスには肩を落とし、顔を曇らせている男がいた。

　天野だ。

　珍しいことにクソ野郎が落ち込んでいる。

　世界の終わりでも迎えたかのような表情だ。

　顔色は真っ青。

　瞳もうつろ。

　唇だって小刻みに震えている。

　こんなクソ野郎の姿を見るのは、涼太としても初めてだ。

　首を捻りながら尋ねると、驚くべき言葉が天野の口から飛び出した。

　衝撃の発言だった。

　涼太は仰天して飛び跳ねた。

　涼太は口をあんぐりと大きく開けて、天野を穴が開くほど見つめた。

　天野はコクンと頷いた。

　涼太は思わずパチン、と自らの頬を叩いた。

　――痛い。

　逆側の頬もパチンとやってみる。

　――痛い。間違いなく痛い。

　夢ではない。

　これは紛れもない現実だ。

　幼馴染で恋を知らなかったクソ野郎な友人が、なんとアイドル様に惚れてしまったようだ。

　涼太は腹を抱えて笑い出した。

　天野はムスっとした表情で涼太を睨みつけた。

　涼太は何度も深呼吸して失笑を抑えこんだ。

　肩で息をしながら天野を見つめる。

　このクソ野郎とは小学校からの付き合いだ

　昔からムカつくほどのイケメンで、異性からの視線を集めまくるような男だった。

　とにかくモテた。

　顔立ちは整っており、長身で、成績優秀で、運動神経だって抜群。

　おまけに医者の息子だ。家柄も良く金持ち。セレブと呼ばれるに相応しい気品を放つ子供だった。

　モテないはずがなかった。

　中学時代にはファンクラブまであった。

　「天野に渡してくれ」と頼まれたラブレターやバレンタインチョコをいくつ届けたのか、あまりに多すぎて涼太は覚えていない。

　いつか「乙女ゲーからオファーが来るんじゃないかな？」と思っていたものだ。

　しかし、これまで天野自身が恋に悩む姿なんて、一度も見たことがない。

　初恋の季節さえ訪れなかったと聞いている。

　モテたくせに女子に執着しなかったのだ。

　そんなクソ野郎が、

『ボクちゃんアイドルに惚れちゃったよテヘペロ』

　と告白しているのだ。

　笑うな、という方が無理だった。

　ようやく涼太の思考は平常運転に戻った。

　チャラチャラしながら軽薄な笑みを浮かべる。

　天野はギロリと涼太を睨みつけた。

　涼太は「うんうん」と頷き、高木の顔とスタイルを思い浮かべた。

　この男はチャラい。

　高木ほどの美人であれば当然記憶している。

　涼太は驚いて顔をしかめた。

　とんでもないことを言い出した。

　涼太の顔に怯えのような影が走る。

　涼太は涙目で首を横に振った。

　涼太は安堵して息を吐いた。

　また天野はとんでもないことを言い出した。

　涼太は青ざめて叫んだ。

　そこで天野は頭を抱えた。

　天野は頭をかきむしると、絶望という名の息を吐いた。

　天野は立ち上がり納得したように頷いた。

　そこで天野はがっくり肩を落とした。

　涼太は心底呆れて言った。

　天野はひざまずき、涼太の手を掴み懇願した。

　涼太は目をぱちくりさせながら天野を見つめた。

　真剣な表情だ。

　本気で教えて欲しいと願っている。

　あのクソ野郎が救いを求めている。

　涼太はため息を吐きながら、優しく問いかけた。

　天野は再び立ち上がって叫んだ。

　天野は腕組みをしながら、テラスをブツブツと独り言を呟きながら歩き始めた。

　恐らく思考が不可能という壁にぶち当たり、脳内で不規則に回転し、派手な音をたてて破裂しているのだろう。

　何度も頭をかきむしり、奇声をあげている。

　あまりの展開に涼太は苦笑するしかなかった。

　天野は素直に頷いた。

　天野は何かを閃き手を叩いた。

　涼太は嫌な予感がしてきた。

　天野はがっくりと肩を落とした。

　涼太は大げさに両手を広げた。

　降伏を示すジェスチャーだ。

　天野はイライラして椅子を蹴り飛ばした。

　何の罪もない椅子がテラスを転がる。

　涼太はヘラヘラ笑いながら言った。

　天野はまた手を叩いて何かを閃いた。

　天野はテラスを歩き回り、ブツブツと独り言を呟き始めた。

　実はこの男、考え事をする際には独り言を呟きながら、その場を歩き回る癖がある。

　天野の顔が徐々に悪くなる。

　やがてピタリと立ち止まり、満足気に頷いた。

　涼太は不安気に尋ねた。

　涼太は不安だった。

　ついに天野は壊れてしまった、とすら思った。

　狂ったように笑う天野を見つめ、涼太は深くため息を吐いた。