どうも、つばこです。
天野くんは犯人を見つけたようです。
次回、解決編に入ります。
それほど本格的なフーダニットではありませんが、予想していただければ幸いです。
その夜。天野と涼太は岸野の自宅マンションに集合していた。
喪服に身をつつみ、献花も持参している。
天野勇二
涼太よ、長谷川のバンド内での評判はどうだった?
佐伯涼太
上々だったね。
人間関係のトラブルは全くない。
おまけに興味深い話を聞けたよ。
天野勇二
ほう、なんだ。
佐伯涼太
長谷川くん、楽器の取り扱いが雑だったみたいで、最近ギターを壊してしまって、修理に出してたみたい。つまりギターは借り物だった、ということだね。
天野勇二
借り物だと? 誰から借りていたんだ。
佐伯涼太
それはバンドメンバーも知らなかった。何でも学校の知人から借りたんだって。
涼太は肩を落としながら言葉を
佐伯涼太
学校の友達にも、誰がギターを貸したのか聞いたんだけど、意外と長谷川くんの交友関係は広くてさ。誰が貸したのか見つからなかったよ。
天野勇二
なるほど。それだけわかれば十分だ。
2人はマンションの敷地内に足を踏み入れた。13階建てのマンションだ。
キープアウトされていた遺体発見現場で軽く手を合わせるとエレベーターに乗った。
岸野の自宅は7階。実家住まいだ。
母親には事前に訪問すると、涼太が伝えてある。
エレベーターに乗り込むと天野が言った。
天野勇二
検死の詳細を聞くことができたよ。
佐伯涼太
えぇっ! マジで?
なんでそんな機密情報を手に入れてるのさ。
天野勇二
なぁに、親父のツテだよ。
頭部の傷は6ヶ所あった。
3発目が致命傷だったらしい。
ほとんどの痕跡は同じ棒状の何かによるものだったが、ひとつだけ違う物で殴っている。
犯人は2種類の鈍器で長谷川を殺害したようだ。
涼太は昨日の状況を思い浮かべた。
確かに衝撃音は一度ではなかった。
数回、ガツンという音が聴こえた。
天野勇二
すまない。
思い出させてしまったな。
顔を青くして吐き気を堪える涼太を見て、天野が申し訳なさそうに声をかけた。
佐伯涼太
……いや、いいんだ。
もう大丈夫。行こう。
2人は岸野の自宅前に立ち、呼び出しベルを押した。
中から青白い表情の母親が出迎えた。
まるで生気を感じられない。死人のような表情だ。
佐伯涼太
はじめまして。
先ほどお電話した佐伯涼太と申します。文学部を代表して訪問させていただきました。
こちらは医学部の天野勇二。
この度はご愁傷様でした。
丁寧に頭を下げた。母親も深く頭を下げて天野たちに詫びた。
岸野陽子
いえ、私共の娘がご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません。外では何ですから中に……。
母親は2人を招き入れた。
部屋の中は思ったより広い。
棚には岸野町子が家族と映っている写真や、子供の頃に描いたと思われる絵などが飾られている。
母親は2人にお茶を出した。涼太は軽く口に含み、話を切り出した。
佐伯涼太
実は今回の事件でとても学生たちが混乱しております。
余計な混乱を抑えるために、お辛いかとは思うのですが、昨晩のことを教えていただけませんか?
岸野陽子
はい……。
母親は辛そうに目を伏せた。
無理もない、と天野は感じた。
岸野は一人娘だという話だ。
その一人娘が殺人者で自殺を図ったなど、到底受け入れられない現実なのだろう。
天野は母親に深く同情した。
岸野陽子
警察の方にもお話ししたんですが、あの子、昨晩は家に帰って来なかったんです。そうしたらあんなことに、なっていて……。
岸野の母親は声を詰まらせた。
涼太は残酷だと思いながらも尋ねた。
佐伯涼太
岸野さんが飛び降りたのは、何時ぐらいだったんでしょうか?
岸野陽子
警察の話では、確か22時ぐらいだったと伺っております。私は全く気づかなくて、少し帰りが遅いとしか考えておりませんでした……。警察から連絡をいただいて、初めて町子のことを知ったんです。
天野勇二
岸野さんは遺書を残されていたんですよね?
天野が尋ねると、母親は立ち上がり戸棚を開け、一枚のコピー用紙を取り出した。
岸野陽子
警察の方からコピーをいただきました。こちらになります。
2人は揃って遺書のコピーを覗き込んだ。
そこには次のように書かれていた。
みなさんへ
ご迷惑をおかけし申し訳ございません。
先立つ不孝をお許しください。
お父さん。お母さん。
20年間育てていただき、本当にありがとうございました。
私は長谷川くんの自宅で彼を殺害しました。
その後を追いたいと思います。
残念ながら現世では、彼に愛情が届きませんでした。
彼の命ともいえるギターで殺害したことが、いつまでも頭から離れません。
本当にごめんなさい。
私は自らの死をもって償い、来世で彼に寄り添います。
最後に改めて、お父さん、お母さん。
本当にごめんなさい。
岸野町子
天野勇二
(そうか、ギターを使った理由は、これだったのか)
遺書はパソコンで書かれている。
部屋を見渡すと、リビングに家族共有と思われるパソコンが置かれていた。
天野勇二
これはあのパソコンで書かれたものですか?
岸野の母親はゆっくり首を横に振った。
岸野陽子
うちにはプリンターがないんです。町子はよく大学のパソコンで印刷をしてました。レポートを作成する時もそちらを使っています。恐らくこれもそうではないかと思います。
天野勇二
失礼ですが、これをスキャンしても構いませんか?
岸野陽子
はい、それは構いませんが……。
天野はスマートフォンで遺書をスキャンした。念のためカメラでも撮影する。
岸野陽子
あの……。本当に町子は、人を殺害したんでしょうか……?
母親はおずおずと尋ねた。
天野勇二
それは我々では、わかりません。
岸野陽子
そう、ですよね……。
母親は嗚咽を堪えながら呟いた。
岸野陽子
確かに町子は、少し変わった子でしたけど、人様に迷惑をかけるような、ましてや、暴力を振るう子なんかじゃなかったのに……。どうして、こんなことに……。
2人にはかける言葉がなかった。
丁寧に礼を述べて、岸野宅を跡にした。
岸野の自宅マンションから離れると、2人はタバコに火をつけた。
涼太が心底同情したように呟く。
佐伯涼太
岸野さんのお母さん、相当やつれてたね。そりゃそうだよね。娘が人殺しで自殺だものね。
天野は自らのスマートフォンを握り締めながら、ぽつりと呟いた。
天野勇二
9割方、犯人の目星がついた。
涼太は驚いて天野の顔を見つめた。
冗談を言っている顔ではない。真剣そのものだ。
天野勇二
だが、あと10%が果てしなく遠い。
くそっ、調査の連絡はまだか。
その声に呼ばれたようにスマートフォンが鳴った。
天野はすぐに電話に出た。
天野勇二
天野だ。余計なことはいい。
イエスか、ノーか。
それだけ教えてくれ。
天野は小さくガッツポーズをして叫んだ。
天野勇二
イエスか! 名前は?
……そうか、やはりな。
99%そいつで間違いない。
いや、こちらの話だ。
礼を言う。またな。
天野は電話を切ると涼太に向き直った。
天野勇二
ラッキーだった。
岸野が利用したのはうちのクリニックだった。これで残りの9%が埋まった。だが……。
天野は悔しそうに唇を噛み締めた。
天野勇二
残りの1%は永久に埋まらない可能性が高い。
どうすればいいのか……。
この1%を埋めなければ真実を掴むことはできない……。
天野は一人納得し、何かを考えるようにブツブツ独り言を呟いている。
涼太は慌てて天野の肩を掴んだ。
佐伯涼太
ちょっと!
ちょっと待ってよ!
犯人がわかったって……。
それマジで言ってんの!?
天野勇二
当たり前だろう?
冗談でこんなこと言うかよ。
佐伯涼太
だ、だって、今日調査を始めたばっかりなんだよ! まだ情報なんて全然集まってない……。
そこで涼太は気づいた。
佐伯涼太
まさか、勇二がわかった、ってことは、犯人は英文科の学生ってことなの?
天野勇二
そうだ。
天野は至極当たり前のように頷いた。
天野勇二
そして俺の予想では、もう一人死ぬ。
背筋が凍ることを口にした。
天野勇二
もう一人が死んだら、事件の真相は永久に闇の中だ。それだけは阻止せねばならない。
天野は虚空を見上げた。
天野勇二
見ていろ。
この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくんだ。必ず尻尾を掴んでやるさ。
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どうも、つばこです。
天野くんは犯人を見つけたようです。
次回、解決編に入ります。
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