まず涼太は警察に電話した。

　調書を取った際、「何か思い出したら連絡するように」と連絡先を渡されたのだ。

　涼太は数々の矛盾点を警察に訴えたが、5分もしない内に会話は終了した。

　天野はメモに人間図を記載しながら、今後のスケジュールについて涼太に指示を出した。

　天野は涼太と別れると、英文科のある校舎へ向かった。

　ちょうど講義の終わる時間だ。

　講義室に見知った顔を見つけ、廊下に出てきたところを捕まえた。

　英文科4年の金子瞳（かねこひとみ）は以前、天野が依頼を受けた人物だ。

　金子はおかっぱ頭に黒縁眼鏡、という地味な娘なのだが、タチの悪いストーカーに悩まされたことがあった。それを天野が追い払ったのだ。

　金子は「ええ」と言って肩を落とした。

　金子はくすりと笑うと言った。

　金子は教室に残っていた一人の女の子を呼び寄せ、天野を紹介した。

　稲本は天野を見上げ、おずおずと頭を下げた。

　天野の悪い噂は耳にしている様子だ。白衣姿を見て怯えている。

　しかし先輩の手前、逃げる訳にもいかなかった。

　稲本は困ったように顔を伏せた。

　金子も浮かない表情だ。

　天野はその様子を見て理解した。

　稲本はおずおずと申し訳なさそうに話し始めた。

　金子が助け舟を出した。

　天野は岸野の言葉を思い浮かべた。

　やはりあれは狂言だったのだろうか。

　金子が再び教室の奥に呼びかけた。

　金子に呼ばれて、3人の男子が訝しげにやってきた。

　3人の男子は岸野という言葉を聞くと、微妙に嫌な表情を浮かべた。

　天野は山石に左手を差し出した。

　線の細い山石は、まるで白魚のような手をしていた。

　おずおずと山石は天野と握手する。

　五十嵐はその中でも圧倒的な美形だった。

　ジャニーズにいてもおかしくないイケメンだ。

　背も天野と同じくらい高い。

　すらりとした手で天野と握手を交わした。

　天野は同じように北野にも手を伸ばした。

　3人の中では一番ぽっちゃりとしている。

　指にタコがあるのかゴツゴツと固い手だった。

　金子が「うん」と頷き、北野に尋ねた。

　天野は長谷川のルックスを思い出し、目の前の3人を見比べた。

　山石が首を傾げた。

　天野は「死人に口なし」とばかりに無礼な質問を投げた。

　皆さすがに「うん。超絶キモかった」とは言わなかったが、天野から揃って目を逸らした。

　否定をしないところを見ると、あまり好意的には受け止められていなかったのだろう。

　皆不思議そうな表情を浮かべる。金子がたまらず尋ねた。

　天野は至極当然といったように言い放った。

　天野は偉そうに 気障（きざ）ったらしいジェスチャーを振り回している。

　英文科の人間たちは、あまりの傍若無人っぷりに黙るしかなかった。

　天野は軽く頷き、男たちに視線を向けた。

　金子以外の4人はバツが悪そうに顔を伏せた。

　長谷川が殺害された時のアリバイがないのだ。

　天野は腕組みをして黙り込んだ。

　ブツブツと独り言を呟き、何かを考えこんでいる。

　たまらず金子がおずおずと尋ねた。

　天野は大げさなジェスチャーを振り回しながら、不快感を煽るようにニタニタと笑みを浮かべ、吐き捨てるように、それでいて楽しそうに言った。

　金子が後輩の手前のためか天野を制した。

　稲本はさめざめと泣き出し、山石は青ざめて顔を落とし、五十嵐は苦笑いを浮かべ、北野は顔を真っ赤にして両手をきつく握り締め、天野を睨みつけている。

　天野は大げさに手を広げて笑った。

　始業のベルが鳴った。

　天野はそれを合図とばかりに切り上げることにした。

　呆然とする英文科のメンバーを残し、天野は軽快に立ち去った。