涼太はその日の授業を終えると、早速小阪の尾行に取り掛かった。

 

 

 小阪は恋人である山本と一緒に帰るようだ。

 巨体の2人は仲良さそうに手をつなぎキャンパスを歩いている。

 はたから見ればラブラブのカップルだ。

 

佐伯涼太

ふーん。
あんなに 仲睦なかむつまじいのに捨てちゃうんだ。男って薄情だねぇ。

 

 涼太はとにかく軽薄な男だ。

 捨てた女は数多く、泣かせた女も数多い。

 自分のことは高く棚に上げて、巨体のカップルを追った。

 

 【PM 6:30】


 小阪と山本は大学を出ると地下鉄に乗った。
 電車の中でも手をつないだまま。
 人目をはばからず 「キャッキャウフフ」している。
 バカップルをアピールしながら4駅先まで移動した。

 駅を出た2人はスーパーに立ち寄った。
 夕食の材料でも買い込んでいるようだ。

 買い物を終えると、2人は大きなマンションに入った。
 小阪春香の住むマンションだ。

 2人は 正面エントランス』に設置されたポストを開け、郵便物を回収すると、仲良くエレベーターに乗り込んだ。

 

 【PM 7:15】
 
 

佐伯涼太

(ここが小阪さんの家か。わりとお金持ちなんだねぇ)


 かなり立派で大きなマンションだ。
 オートロック完備。
 10階建ての鉄筋コンクリート。
 小阪の部屋は701号室だ。

 学生の身分で住めるようなマンションではない。
 小阪の実家はそれなりに裕福なのだろう。


 涼太はマンションの入り口を眺めた。


 大きな 正面エントランス』
 オートロックの自動ドア。
 その前には住民用の スト』が並んでいる。
 エントランスの向こうには エレベーター』が見えた。


 涼太は周辺を探索し、侵入できるポイントを探った。

佐伯涼太

(……こりゃまいったね。侵入ポイントが見つからないや)


 かなりセキュリティに優れたマンションだ。
 1階はもちろん、2階にも侵入できる隙間がない。

 外部には 『非常階段』があるが、入り口には『鍵』がかかっている。
 階段全体に 鉄柵てっさくが設置されており、忍び込むことはできない。
 扉を開けない限り、非常階段から侵入するのは不可能だ。


 涼太はエントランスに戻った。
 オートロックの自動ドアを調べる。
 安物のオートロックであれば突破するのは容易い。
 扉の隙間に薄い物を通し、内部のセンサーを反応させれば良いのだ。

佐伯涼太

……あれ、
扉がしっかり閉まってるじゃん。
これは意外と鋼鉄の処女だ。


 オートロックの扉はガッチリ閉まっている。
 隙間なんか存在しない。

 しかも鍵は 『カードキー』だ。

 恐らく 部屋の扉』『エントランスのオートロック』、そして『非常階段の入り口』の全てを兼ねているのだろう。
 カードキーではピッキングも難しい。
 さすがの涼太も、そこまでの技術は習得していなかった。


 涼太はエントランスを離れた。
 再び周囲を探索する。
 側面部に 『駐車場』への入り口を発見した。

佐伯涼太

(駐車場があるね。こっちから侵入できないかな)

 
 駐車場は1階と地下に広がっていた。
 かなり広い。
 住民のものと思われる車が何台か停められている。
 
 涼太は慎重に駐車場を進み、『裏口』と思われる『2つの扉』を見つけた。
 
 こちらにも当然ながら鍵がかかっている。
 開けるには『カードキー』が必要だ。
 

佐伯涼太

(扉が2つ……。片方は位置的にエレベーター前に出れそうだ。もうひとつの扉はなんだろう?)


 扉の前の床を調べる。
 多少、汚れた跡が残っている。

 涼太は匂いを嗅ぎ、扉の正体を掴んだ。


佐伯涼太

(生ゴミの匂いだ。この先は 『ダストスペース』かな? これだけ世帯数が多ければ、ゴミ捨て場がマンション内にあってもおかしくないね)


 なんと防犯意識の高いマンションなのだろう。
 ゴミ捨て場に入ることもできない。
 涼太はげんなりしながら天井を見回した。


 『監視カメラ』と目があった。


 よく見れば、2つの裏口の前と、駐車場の出入口に監視カメラが設置されている。
 駐車場に出入りする車と、裏口を出入りする人間をしっかり監視しているのだ。


佐伯涼太

(うげぇ、ボヤボヤしてたら通報されちゃうじゃん)


 涼太は静かに駐車場を抜け出した。
 エントランス前に戻る。

佐伯涼太

(やっぱりエントランスにも監視カメラがあるんだ。外のポストまでカバーできそうだね)


 監視カメラは要所要所に設置されている。
 きっとエレベーター内部にもあるだろう。
 
 
 涼太はじっとマンションを見上げた。
 
 小阪の行動パターンを把握し、あらゆるドラマの方向性を探るためにも、マンションの内部、できれば部屋の中まで探りたい。
 

佐伯涼太

(仕方ないね。最終手段だ)

 
 涼太は住民がエントランスを通る時を狙い、さりげなくマンションの内部に侵入した。
 
 

 【PM 7:45】

 
 廊下の一番奥に、小阪の住む「701号室」はあった。
 
 ワンフロアに設置された部屋数は8。
 一直線の長い廊下に8つの扉が並んでいる。
 
 中央のフロアには『エレベーター』と『外部の非常階段』。
 それに加えて『ダストスペース』があった。
 
 実に豪勢で便利なマンションだ。
 わざわざ1階までゴミを持って行かなくとも、各フロアのダストスペースにゴミを置けば、管理人が『ゴミ用のエレベーター』で1階の収拾所まで回収してくれるのだ。
 24時間ゴミを捨てることができる、という訳だ。

佐伯涼太

(さすがジュリエットちゃん。一人暮らしなのに豪勢なご自宅だ。キャピュレット家は名門の家柄だもんねぇ)

 
 涼太は慎重に小阪の部屋に近づいた。
 
 できれば部屋の中をのぞきたい。
 だが、侵入も盗聴も諦めるしかなかった。
 廊下からは窓すら見えない。
 中を覗きこむには、壁をペタペタと引っ付いてベランダまで進むか、上下階から突入するしかない。
 つまり不可能だ。
 

佐伯涼太

(これは守りが堅いねぇ。バルコニーで愛をささやくこともできないじゃん。もっと安いアパートに住んでくれればいいのにさ)

 
 扉には『ドアポスト』がついている。
 中を覗きこむポイントはここだけだ。
 
 ドアポストはドアの内側に設置されたかごにつながっている場合もあれば、直接部屋の中が見えてしまう場合もある。
 
 涼太は少し迷ったが、慎重に入り口を持ち上げてみた。
 

佐伯涼太

(げっ、やば!)

 
 室内の光、玄関に並ぶ靴、そして廊下が見えた。
 部屋の中に直結しているタイプだ。
 
 慌ててドアポストを閉め、涼太はダッシュで逃げた。

佐伯涼太

(ふぅー。危ないねぇ……)


 運が良いことに、部屋からの反応はなかった。
 気づかれなかったことに涼太は安堵した。


佐伯涼太

(こりゃダメだ。素直に張り込むことにしますか)

 

 涼太はため息を吐きながらマンションを出た。

 近くの植え込みの中に隠れ、張り込みを開始した。

 

 

 

 【PM 8:10】


 涼太の張り込みに関する忍耐力は常人を 凌駕りょうがしている。
 朝になり、小阪が家を出るまで張り込むつもりだ。
 それまでトイレも空腹も我慢。
 チャラ男とは、時に変わった才能に目覚めるようだ。


 マンションからの出入口は3ヶ所。

 オートロックのある正面エントランス。
 駐車場。
 外部の非常階段。

 涼太はこの3ヶ所をチェックできる場所に張り込んだ。

 【PM 11:50】

 

 変化が訪れたのは、張り込みを開始した約4時間後だった。

 

佐伯涼太

(おや、ロミオは帰るんだ。お泊まりはしないんだね。)


 山本が正面エントランスから出てきた。
 そのまま平然とマンションから去って行く。

佐伯涼太

(ロミオもちょっと尾行してみようかな)


 尾行は1分ほどで終わった。
 山本は近くの大通りに出ると、タクシーを呼び止めて乗り込み、どこかに行ってしまったのだ。

 この時刻にマンションを出るということは、素直に家へ帰る可能性が高いだろう。

佐伯涼太

(やれやれ、ロミオとジュリエットはベッタリしすぎだよ。これじゃ新しいロミオと出会えないじゃんか)

 

 涼太はマンションに戻った。

 同じポイントで張り込みを再開する。

 深夜のためか出入りする人間もおらず退屈だ。

 

佐伯涼太

(これじゃ帰り道の出会いは難しいね。どこでパンでもくわえた男子とぶつけようかなぁ)

 

 涼太はタバコを吸いながら張り込みを続けた。

 

 部屋数の多いマンションにしては出入りがない。

 思ったより空き部屋が多いのかもしれない、と感じた。

 

 【AM 3:00】


 朝まで変化はないだろうと思っていたが、何の前触れもなく、小阪が正面エントランスから出てきた。

 上下ジャージ姿のラフな格好だ。
 スマートフォンを右耳に当てている。
 誰かと楽しそうに通話しているようだ。

佐伯涼太

(あれ、ジュリエットじゃん。スッピンだねぇ。本当にブサイクだなぁ)


 涼太は小阪を尾行した。
 小阪はのんびり歩きながら近所のコンビニへ向かった。
 店内に入ると、真っ先にお菓子売り場へ直行。
 スナック菓子などを購入しているようだ。

佐伯涼太

ジュリエットちゃん。
深夜にお菓子を食べるから太るんだよ。

 
 涼太はクスクス笑いながら小阪を追いかけた。
 
 小阪は涼太の存在に気づいていない。
 ビニール袋を片手に持ち、誰かと電話している。
 会話の内容までは聞こえない。
 時折、甘ったるそうな声を発している。
 恋人のロミオとお喋りしているのだろうか。

 【AM 3:20】


 小阪は正面エントランスに戻るとポストを開けた。
 そして、困ったようにエントランスにしょぼんと立ちつくした。


佐伯涼太

(あれ? お家の鍵を忘れちゃったのかな。体型も性格もだらしないね)

 
 小阪はスマートフォンに向かって怒鳴り始めた。
 何を怒っているのだろう。
 鍵を忘れた苛立ちでもぶつけているのだろうか。

 【AM 3:30】


 小阪はしばらくエントランス前をウロウロしていた。
 何度かオートロックをこじ開けようとしていたが、当然ながら扉はびくともしない。

 だが、ちょうど運が良いことに、マンションの前に1台のタクシーが停まった。
 中から細身のスーツ姿の女性が現れる。
 マンションの住民のようだ。

 小阪は何度も会釈をしながら、女性にオートロックを開けてもらい、一緒にエレベーターへ乗り込んだ。
 何か会話をしているので、多少は顔見知りなのだろう。

 エレベーターは7階で止まった。
 そして、さらに上昇して9階で止まった。

 【AM 6:00】


 朝日が昇り、周囲が明るくなるまで、涼太は張り込みを続けたが、5時を過ぎるまで人の出入りは全くなかった。

 6時を過ぎると、マンションから出てくる住民も増えてきた。

 【AM 7:00】

 

 涼太は期待に胸を膨らませながら、小阪の再登場を待っていた。

 

 マンションからは様々な人間が出てくる。

 しかし、その中に小阪の姿は見当たらない。

 

佐伯涼太

(今日は1限から授業だよ。ジュリエットちゃんは何時に起きて家を出るのかな?)


 7時を過ぎると、ゴミの収集車が駐車場に入った。
 収集業者らしき男たちがゴミを回収して出ていく。
 それを合図にしたかのように、小学生などの子供もマンションを飛び出していく。
 学生などの若い人間の姿も見受けられる。
 

 だが、なかなか目当ての小阪は現れない。

 【AM 8:00】

佐伯涼太

あれ、ロミオが来ちゃったよ。

 
 8時を過ぎると、山本がマンションにやって来た。
 
 インターホンで小阪を呼び出している。
 どうやら合鍵などは持っていない様子だ。
 
 何度かインターホンを操作していたが、反応はなかったようだ。
 山本はスマートフォンを取り出し、電話をかけ始めた。

佐伯涼太

(お出迎えに家まで来るなんて、偉いロミオだねぇ。ジュリエットちゃんも早く出てきなよ)


 山本はしばらく電話をかけたり、メールを送ってみたり、またインターホンを押してみたりと、困ったようにエントランス前をウロウロしていた。

 やがて小首を傾げたまま、マンションから去ってしまった。


佐伯涼太

ありゃ。行っちゃったよ。
こりゃジュリエットは寝坊かな?
全くロミオも何しに来たんだか。

 【AM 9:00】


 小阪が出てくる気配はない。
 涼太はここで張り込みを打ち切ることにした。


佐伯涼太

何だよ起きてこないじゃん。
僕も一限の講義は必須なのに。
今日の収穫はなし、かぁ……。

 
 涼太は大学へ向かった。
 遅刻しながら必須の講義に出席し、昼までテラスで寝て過ごした。
 
 

 

 

天野勇二

おい涼太、なに寝てんだよ。
そこは俺様の席だ。

 

 天野がテラスで寝ていた涼太を叩き起こした。

 

佐伯涼太

……ふわぁ?
勇二が来たってことはお昼なんだ。
もう眠くてさぁ。

天野勇二

昨晩の張り込みか。
うまくいったか?

佐伯涼太

ぜーんぜんダメ。まいったよ。

 

 涼太は欠伸をしながら肩をすくめた。

 

佐伯涼太

小阪さん、朝の9時まで部屋から出て来なくてさ。何時に出発して、どのルートを通るのかわからなかった。
ロミオが家まで迎えに来てるのにサボるんだよ?
とんでもない女だね。

 

 天野は感心したように涼太を見つめた。

 

天野勇二

いつも思うが、よくそんなに長時間張り込めるな。頭のネジがイカれてるんじゃないのか?

佐伯涼太

うぷぷ、忍耐力が強いと言ってよ。
だけど小阪さん、行きも帰りもロミオと一緒みたい。あれじゃ新しい男を近づかせるチャンスがないね。

天野勇二

そうか……。
山本を呼び出して、その隙に男を近づかせるか?

佐伯涼太

それも悪くないけど、ドラマチックじゃないね。もうちょっと張り込んで調べたいな。

天野勇二

のんびり手段なんて選んでいたら、ロミオが毒を飲んで死んでしまうぞ。

佐伯涼太

まぁ、ちょっと僕にドラマの方向性を探らせてよ。
まだきっと、運命的な出会いを演出するチャンスがあるはずだよ。




 涼太は張り込みと尾行を続行することに燃えていたが、残念ながらそれが叶うことはなかった。


 その日の夜に、ジュリエットこと、
 小阪春香の刺殺体が発見されたからだ。


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つばこ

何をしているんだ涼太……!
ジュリエットちゃんが殺されてるぞ!
どこが「プロの探偵からスカウトされるレベル」なんだ!ヾ(*`Д´*)ノ"
 
ちなみに今回のエピソードは『彼を上手に殺す方法』のセルフオマージュでもあります。
あのエピソードではパズラー要素が足りなかったなぁ、と反省していたので、今回は謎解きを楽しんでいただければ幸いです。
といっても、犯人はもう誰なのか、たぶんお気づきだと思います。
そうです。アイツが犯人です。
アイツがどのように密室で殺害したのか、それをどうやって天野くんが解き明かすのか、ご期待くださーい!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 129件

  • 越後屋みつえもん

    ヂュリエット 刺された(;・ω・)

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  • まこと

    そして涼太は警察の要注意人物となった

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  • 太宰雅

    ですよね~!

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  • 遙@ネト充ReLピアシ先生のお

    さてさて、どうやって殺したのでしょうかあいつさんは

    通報

  • 小阪は死んでそうだなあと思ってたらほんとに死んでしまってたヤバイヤバイ

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