メイド喫茶に行った翌日。

 天野と奥田は原宿の竹下通りの入り口に立っていた。

 

 今日も奥田は全身アル◯ーニだ。

 あと5着分のストックがある。

 ブタ野郎には着こなしなんて無理、と考えた天野は、奥田が曜日ごとに着る服を決めさせたのだ。

 

 

奥田和彦

ねぇ? ホントにホント?
ホントにマユにゃん来るの?

天野勇二

来るぞ。
ついにメイドじゃない姿が見られるぞ。

奥田和彦

やっぱり天野くんは天才だよ。
ボクはキミと友人であることを誇りに思う。

天野勇二

クソ野郎の俺様にそんなことを言うのはお前くらいだ。
お、来たぞ。

 

 原宿の駅から、メグにゃんとマユにゃんがやって来た。

 

天野勇二

やぁメグちゃん。
今日は友達だから『ちゃん』でいいよね。

メグにゃん

うん。
ご主人様じゃなくていいの?

天野勇二

ああ、気軽に天野って呼んでよ。

メグにゃん

じゃあ、天野くん、よろしくね!

 

 メグにゃんはもちろんメイド姿ではない。

 丈の短いボーダーのワンピース。

 肩を大胆に露出させているところに、本日のやる気が現れている。

 

 隣にはマユにゃんの姿もある。

 無理をいって誘い出してもらったのだ。

 2人の休日が一緒だったのは、天野たちにとって幸運としか言い様がなかった。

 

マユにゃん

カンちゃん、やっほー。
外で会うのって変な感じだね。

奥田和彦

マ、マユにゃん……!

 

 奥田はマユにゃんの私服姿に見惚みとれている。

 感激のあまり泣き出しそうだ。

 マユにゃんは照れ臭そうに笑った。

 

マユにゃん

いやだ、お店じゃないんだからマユちゃん、って呼んで。

奥田和彦

マ、マユちゃん……。
ひっく、ひっく……
…… びぇぇぇぇん!!

 

 泣き出してしまった。

 天野は慌てて女の子2人に声をかけた。

 

天野勇二

そ、それじゃ、
表参道ヒルズにでも行こうか。

メグにゃん

うん!

 

 メグにゃんは天野の手を握り歩き出した。

 すっかり懐いている。

 電話であれだけ甘い言葉をささやいてやればそうなるか、と天野は納得した。

 

 天野たちとは対照的に、奥田とマユにゃんは微妙な雰囲気だ。

 お互いにどこかおずおずとしている。

 店ではあれだけ盛り上がっていたのに、いざ外に出ると2人の間に見えない壁でもあるようだった。

 

 

 

 天野たちはとりあえず竹下通りを歩いた。

 休日ということもあり、物凄い人の数だ。

 若い女の子や観光客でごった返している。

 

マユにゃん

あ、これ可愛い!

メグにゃん

ホントだ!
すごいカワイイー!!!

 

 途中の雑貨店や洋服屋で、女の子たちが歓声をあげて足を止める。

 天野の美学では女の買い物に付き合うなんてごめんだが、今日は奥田のためだ。

 じっと我慢した。

 

天野勇二

おい、イベリコよ。
軍資金の心配はないか。

 

 会話に入れない奥田に天野が声をかけた。

 

奥田和彦

う、うん。
もちろん大丈夫だお。

天野勇二

今日はお前が財布役になる。
マユにゃんが気に入ったものを全て買え。それを全部持て。
あまり好みじゃないが下手から攻めよう。

奥田和彦

わ、わかったお。

 

 奥田は怯えながら頷いている。

 

 原宿というチョイスは失敗だったかもしれん、と天野は後悔した。

 奥田は街のテンションに飲まれている。

 

 きっとこれが生まれて初めての原宿。

 竹下通りなんて、存在すら知らなかっただろう。

 ブタ野郎が萎縮するのも当然だ。

 

天野勇二

いいか奥田。
お前はマユにゃんだけを見ていろ。
この街はマユにゃんの背景だ。
惚れた女のことだけを考えていればいい。それ以外は全て無視しろ。

奥田和彦

う、うん……。
マユにゃん以外は無視……。
無視するお……。

 

 奥田は涙目で頷き、マユにゃんだけを見つめた。

 

マユにゃん

ねぇこれ見てカンちゃん。
可愛いくない?

 

 マユにゃんがバレッタを持ち、奥田に差し出した。

 

奥田和彦

か、かかかか買ってあげるお。

マユにゃん

え、いいよ。
まだ見てる途中だし。

奥田和彦

ええええ遠慮なんかしないで……

 

 天野は慌てて奥田を呼び止めた。

 

天野勇二

違う。全然ダメだ。
いいか、よく見ていろ。
俺様が手本を見せる。
これは実習だと思え。

 

 天野はメグちゃんが手にしている小物を見て言った。

 

天野勇二

それ可愛いじゃん。
メグちゃんにピッタリ。

メグにゃん

でしょー!
でもこっちもいいよねー。

天野勇二

おっ、それも似合うなぁ。
やっぱメグちゃん可愛いからどれでも似合うね。

メグにゃん

んー。どうしよっかなぁ。

天野勇二

よし!
記念すべき初デートなんだから、俺が両方とも買ってあげるよ。

メグにゃん

えっ! ホントに!?
いいの!?

天野勇二

もちろん!
まだまだ記念日は終わらないからね。さあ次はどれかな?

メグにゃん

やったぁ!
ええっとねぇ……。

 

 天野はメグちゃんからすっと離れ、奥田の下へ戻った。

 

天野勇二

見たかイベリコ。
ベタだがこんな感じだ。

 

 奥田は涙目で天野に訴えた。

 

奥田和彦

高等すぎるお。流れが読めないお。

天野勇二

人体の解剖に比べれば楽勝だ。
いいか、女との買い物は
『褒める・同調する・褒める・褒める・買う』
この五段活用だ。やってみろ。

 

 天野は奥田をマユにゃんの下へ送り出した。

 酷かもしれないが、原宿デートでは必ず乗り越えなければならない関門だ。

 

マユにゃん

あ、カンちゃん。
こっちの服とこっちの服、
どっちが似合うかなー?

 

 天野は頭を抱えた。

 しまった、女の子の買い物特有の『どっち? どっち?』だ。

 この問題は奥田には難しい。

 これは奥田には解けまい。

 

奥田和彦

どっちも可愛いお!
マユちゃんにピッタリだお!

マユにゃん

ほんと!?
やったぁ、でもこっちかなぁ。

奥田和彦

うんうん。ボクもそう思うお。

マユにゃん

え、やっぱり?
カンちゃんもそう思うかー。

奥田和彦

マユちゃん可愛いし絶対似合うお!

マユにゃん

やだぁ、カンちゃん褒めすぎー。

奥田和彦

だって可愛いくて似合ってるお!

マユにゃん

もう照れちゃうし、
欲しくなっちゃうじゃん。

奥田和彦

遠慮なんか無用だお。
買ってあげるお。
今日はボクらの記念日だお。

マユにゃん

え!? ホント! やったー!

 

 

 隠れて見ていた天野が小さくガッツポーズを決めた。

 『どっち? どっち?』は同調のタイミングが難しいが、奇跡的にはまった。

 やはり天才イベリコだ。

 決める時は決めてくれる。

 

 

 支払を済ませた奥田が天野の下に駆けてきた。

 

奥田和彦

やったお!
天野くんの言うとおりにやったら喜んでくれたお!

天野勇二

さすがだ。あの難問をすんなり解くとは恐れいった。
それよりお前、緊張すると語尾に『お』がつく癖がある。気をつけろ。

奥田和彦

わ、わかったお。

天野勇二

ほら、それだよそれ。

奥田和彦

う、うん。わかったよ。

 

 天野は満足気に頷くと、通りの先を指さした。

 

天野勇二

よし、クレープ屋が見えてきたな。
女は高確率で足を止めるぞ。

奥田和彦

そ、そうなの?

天野勇二

ああ、もし足を止めたならば
小腹空かない? 何か食べる?
と訊くんだ。
そして欲しがるものを買ってやれ。

奥田和彦

うん、わかった!

 

 通りに甘い匂いが漂ってきた。

 店の周囲では沢山の女子高生がクレープにかぶりついている。

 マユにゃんとメグにゃんは案の定、甘い匂いに釣られて足を止めた。

 

奥田和彦

な、なにか、
こここ小腹空かない?
何か食べる?

 

 奥田が指示通りにセリフを言った。

 天野は小さく心の中でガッツポーズを決めた。

 

 ここで「食べたいの?」と、訊いてはいけない。

 女の子には「あなたが食べたいなら食べようかな」という『言い訳』を用意する必要がある。

 もし食べたくないと主張されれば「言われてみれば俺もいらないや」と返せばいいだけの話だ。

 

マユにゃん

うん! 食べたーい!

メグにゃん

あたしも!

 

 マユにゃんとメグにゃんは乗ってきた。

 奥田が嬉しそうに天野を見つめる。

 天野は満足気に頷くと、

 

天野勇二

俺様はツナクレープだ。

 

 と言い放ち、親指で「グッジョブ」のハンドサインを送った。

 

 

 

 

 

 そんなこんなの珍道中が続き、何とか表参道ヒルズまでたどり着いた。

 天野は奥田をまたこっそり呼び寄せる。

 

天野勇二

いいか、
こんな大きい施設に来たらな、
『ちょっとトイレ行ってきていい?』
と言うんだ。

奥田和彦

えっ?
別にトイレは行きたくないよ。

天野勇二

女は自分からトイレに行きたいとはなかなか言えん。
だが、女の 排泄器官はいせつきかんは構造上、排尿の我慢があまりできないと知っておろう。

奥田和彦

うん。

天野勇二

奥田くんが行くならあたしもー、という建前を作るんだ。
トイレは化粧直しの時間でもある。
お前がトイレに行きたいと言えば、高確率でどちらかが乗ってくる。やってみろ。

奥田和彦

わかったよ! 言ってみる!

 

 ヒルズに入った奥田は指示通りセリフを言った。

 

奥田和彦

ちょっとトイレ行ってきていい?

メグにゃん

あ、じゃあ私も行くー。

 

 メグにゃんが奥田と共にトイレへ向かった。

 振り向いてこちらを見る奥田に、天野は両手で「グッジョブ!」のハンドサインを送った。

 

 

 

マユにゃん

天野くんって優しいんだね。

 

 マユにゃんが嬉しそうに呟いた。

 

天野勇二

……なぜ、そう思う?

マユにゃん

カンちゃんに気を使って、あれこれ指示して仲間外れにしてないじゃない。
女の子の扱いには長けてるみたいだから、自分だけ楽しむのが普通なのに。

 

 マユにゃんは年の割には大人っぽく笑った。

 店で浮かべる笑顔とは違う。

 天野は「これがマユにゃんの素顔なのだろう」と感じた。

 

マユにゃん

ここまで親切にするなんて、カンちゃんは天野くんにとって大切な友達なの?

 

 天野は苦笑しながら首を横に振った。

 

天野勇二

あいつが大切な友達?
まさか。そんなのじゃないさ。

マユにゃん

……え? 違うの?

天野勇二

あのイベリ……奥田は俺の先輩だ。それなりに敬意を払っているが、そんなことはどうでもいい。
あいつ、見た目はただのブタ野郎だろう?

マユにゃん

そんなことないよ。
ふくよかで優しそう。

天野勇二

気を使う必要はない。
見た目はただのブサイクなデブだ。

 

 天野は気障キザったらしく自分を指さした。

 

天野勇二

ちょっと話が変わるが、俺は大学で『天才』と呼ばれている。

 

 『クソ野郎』の部分は省いた。

 

天野勇二

だが、俺が入学するまで『天才』といえば奥田の代名詞だった。
もし日本に飛び級制度があれば、あいつは15歳の時点で大学に進んでいたよ。

マユにゃん

へぇ……。
カンちゃん、そんなに凄いんだ。

天野勇二

ああ、あいつは凄いんだ。

 

 マユにゃんは奥田の惚れている娘。

 あまり人に話したくないことだったが、特別に聞かせることにした。

 

天野勇二

俺は奥田に出会い、上には上がいることを改めて教えられた。
直接何かされた恩なんてないさ。
それでも、あいつの存在そのものが、俺にとって 挫折ざせつの象徴だった。
あいつの頭には医療界の未来が詰まっている。それほどの男なんだ。
残念ながら今の君には、理解できないと思うがな。

 

 天野はゆっくりマユにゃんを指さした。

 

天野勇二

そんな男が初めて恋に落ちた。
その相手が君だ。
君は医療界の未来を担う男に 見初みそめられたんだ。

 

 マユにゃんは静かに首を横に振った。

 

マユにゃん

そんなの、わからないよ。

天野勇二

君は頭の悪い女じゃない。
奥田が本気で惚れていることなんて、言葉にしなくとも察しているさ。

マユにゃん

でもそれは……。
メイドだからじゃないの?

天野勇二

違うね。奥田はそんな男じゃない。

 

 天野は真剣な眼差しでマユにゃんを見つめた。

 

天野勇二

俺も奥田も人体の構造を知りすぎたためか、見てくれの 美醜びしゅうには大した興味を抱かない。
俺にはさっぱりわからないが、奥田は君の中にある『何か』を見抜いた。
君だけが持つ『何か』の輝きに魅せられ、奥田は恋を知った。
ただのブタ野郎に惚れられたんじゃないんだ。
誇りに感じて欲しいとさえ思うよ。

 

 そこまで言うと、天野は残念そうに肩をすくめた。

 

天野勇二

しかし、見てくれやフィーリングで決まるのが恋だ。
君にだって好みというものがあるんだから、強制なんかできやしない。
ただ、俺は見てくれの美醜ではなく、奥田の本当に良いところを君が見てくれたらと、切に願う。

 

 

 

 2人の間を何ともいえない沈黙が包んだ。

  

 天野は気分を変えるように言った。

 

 

 

天野勇二

まぁ、それはそれだ。
買い物が終わったら旨い酒でも飲もう。何なら、極上のイベリコ豚が食える店なんてどうだい?

 

 

 マユにゃんは小さく頷き、どこか切なげに微笑んだ。

 

 

 

 

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つばこ

さて、本日「6/27」はつばこの誕生日です!
イエーイ!!!
ハッピーバースデー!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚
盛大な誕生パーティを開催したいところですが、残念ながら朝から仕事です。
夜は夜で、何の予定も入ってません。
特に祝ってくれる人もいません。
 
切ないものですよ(´・ω・`)
 
職場の同僚たちには
「この日、つばこの誕生日だからね。プレゼントとか用意していいからね。サプライズも大好きだからね」
と全力アピールしてますが、奴等は私が昼休みにウンチョスを漏らしていたことにさえ気づかなかった無能なので、どうせ何もしてくれませんよ(´;ω;`)ウッ…

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コメント 402件

  • M

    なんでせつなげに笑ったんだろ

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    ウンチョスコメントで全部吹っ飛ぶからやめろwww

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  • マッチョッチョ

    天野:人体の解剖に比べれば楽勝だ

    俺:そりゃそうでしょうねぇ!!

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  • まこと

    …奥田をさばく?ゾゾ…(違う)

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  • イオ

    クソ野郎だけどクソ野郎じゃないな。
    良い所は持っていくクソ野郎だな!

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