同窓会の翌日。

 

 天野と涼太は綾瀬を見舞うため、東海道線に乗って鎌倉を目指した。

 

天野勇二

綾瀬に会えるなんて楽しみだな。

佐伯涼太

うん……。
だけど、何を話せばいいのかな。

天野勇二

涼太が一番仲良かったんだぜ。
実際のところ、俺様よりお前のほうがわかるんじゃないのか?

 

 

 涼太は照れ臭そうに微笑み、車窓の風景を眺めた。

 

 

 確かにそうかもしれない。

 過ごした時間は短かった。

 それでも忘れられない時間だった。

 

佐伯涼太

ねぇ、勇二……。
綾瀬さんと初めて会ったのは、彼女がイジメられてるところだったんだ……。

 

 涼太は車窓の風景を眺めながら、当時を懐かしく回想した。

 

 

 


 それは小学6年生の時。登校中の出来事だった。

 涼太は 黒頭巾くろずきんをかぶり、黒い防護服を身にまとった児童と出会った。

 彼、もしくは彼女は、同じ学校の児童数名に、



気味悪い

頭巾とれよ

どこの化け物だよ

 
 と、からかわれていた。
 

佐伯涼太

(……酷いことするなぁ……)


 当時の涼太は、幼馴染である天野の影響を大きく受けていた。


 成績は優秀。体格も立派。

 格闘技をかじっており、喧嘩も強い。

 それでいて正義感の強かった天野は強き者に刃向かい、弱き者を助ける『ガキ大将』だった。

 涼太は天野のことをヒーローだと感じていた。


 確かに黒頭巾と黒い防護服の姿は異質だった。

 全身が黒く分厚い布に おおわれている。

 中にどんな顔が隠れているのか、まるで判別できない。

 背丈が小さいため子供だと判断できる程度。

 男女の区別はおろか、そもそも中に入っているのは人間なのか、外見だけではわからないのだ。


 涼太自身も、かなり気味の悪い印象を受けた。

 しかし、


「見た目で人を判断しない」
 

 というのが、当時の天野が持っていた美学だった。

 自らのヒーローである幼馴染は、目の前の光景を見過ごすだろうか。




 ……いや、天野はそんな男ではない。





佐伯涼太

おい、お前ら。

 

 涼太は精一杯の虚勢きょせいを張り、からかっている連中に声をかけた。

 

佐伯涼太

イジメは止めろ。
イジメはカッコ悪いぞ。


 涼太の腕っ節は弱い。

 華奢きゃしゃな「もやしっ子」の少年だ。
 
 喧嘩になればあっさり負ける。
 
 だからこそ、即座に切り札を振りかざした。
 
 

佐伯涼太

僕は勇二の友達だぞ。

 
 当時の小学校では天野の名前を出せば、誰もがイジメを止めていた。
 
 それぐらいの影響力があった。
 

……ちっ、勇二のダチかよ

マジうぜぇ

もう行こうぜ

 

 イジメていた連中は舌打ちをしながら、黒頭巾の子供から離れた。

 

佐伯涼太

(はぁ……。怖かったぁ……)

 

 涼太は冷や汗を拭い、黒頭巾の子供に話しかけた。

 

佐伯涼太

ねぇ、君、大丈夫だった?

黒頭巾の子供

……ありがとう。

 

 か細い鈴のような、女の子の声だった。

 

佐伯涼太

君は女子なんだ。何年生?

黒頭巾の少女

6年生。
今日、転校してきたの。

佐伯涼太

クラスは何組?

黒頭巾の少女

1組。

佐伯涼太

じゃあ、僕と同じだ。
一緒に行こうよ。

黒頭巾の少女

……いいの?

佐伯涼太

もちろんだよ。
学校まで案内してあげる。

 

 涼太と黒頭巾の少女は一緒に学校へ向かった。

 

 

 とにかく黒頭巾の姿はあまりに異様だ。

 涼太が隣に並ぶだけでは中和されない。

 

 誰もが遠巻きに眺めている。

 ヒソヒソと好ましくない話をしている。

 

 涼太はできるだけ彼女が嫌な思いをしないよう、楽しそうに話しかけた。

 

佐伯涼太

1組はね、担任がおばちゃんなんだ。
怒ると怖いよ。

黒頭巾の少女

ふぅん……。

佐伯涼太

それに勇二って友達がいるから、イジメとかはないよ。

黒頭巾の少女

よかった……。

佐伯涼太

君はどうして、黒い布をかぶってるの?

 

 黒頭巾の少女はうつむき、辛そうに言った。

 

黒頭巾の少女

病気なの。
日光に当たると、具合が悪くなっちゃうの。

佐伯涼太

そんな病気があるの?

黒頭巾の少女

うん、とっても珍しいんだって。

佐伯涼太

体育の時間とか、プールとかはどうするの?

黒頭巾の少女

お休みするの。

 
 涼太はとても可哀想に感じた。
 
 健康的な6年生の少年にとって、体育やプールの時間ほど楽しみなことはない。
 

佐伯涼太

それは何だか、
つまんないね。

黒頭巾の少女

うん……。

佐伯涼太

水に入るのもダメなの?
プールとか海に入っても、病気になっちゃうの?

黒頭巾の少女

そうみたい……。
ちょっとでも日光に当たると、肌が真っ赤に腫れちゃうの……。
すごく痛いんだ……。

佐伯涼太

そっか。

 

 涼太は何気なく空を見上げた。

 

 雲ひとつない晴天の青空。

 うららかな春の陽気が広がっている。

 

 お日様の光が当たると身体が痛くなるなんて、涼太にはまるで想像できなかった。

 

佐伯涼太

梅雨が明けて夏になったら、大変なんだね。

黒頭巾の少女

うん……。

佐伯涼太

海とかプールとか、気持ちいいのになぁ。

黒頭巾の少女

海に行ったことあるの?

佐伯涼太

うん。
僕は海で泳ぐのが好きだから。

黒頭巾の少女

いいなぁ……。
私、泳いだことないから、羨ましい……。

 

 2人が校門に近づいた時、前方に天野の姿を見つけた。

 

佐伯涼太

あ、勇二だ。
おーい! 勇二!

 

 天野は振り返り、黒頭巾の少女を驚いて見つめた。

 

天野勇二

おはよう。新しい友達?

佐伯涼太

うん、日光に当たるとダメな病気なんだって。
だからこの黒い服を着てるんだってさ。

天野勇二

ふーん。


 天野は半眼で黒頭巾の少女を眺めた。


 それはかなり興味深い存在だったようだ。

 天野はじっと注視し、背後にも回りこみ、全方向から睨みつけるように観察している。

 黒頭巾の少女が緊張している様子が伺えた。





 涼太は心配だった。

 天野が何を告げるのか、心配だった。



 
 
 
 

天野勇二

すげぇ、イカすじゃん。

 
 
 
 天野はそれだけ言った。
 
 
 涼太は心底ほっとした。
 
 天野が見た目で判断せず、褒めてくれたことに感謝した。
 
 やはり天野はヒーローだと、涼太は思った。
 

 
 
 朝のHRの時間。
 
 担任は教室に入ると、部屋のカーテンを全て閉めるように告げた。
 

担任

皆さんに転校生を紹介します。

 

 とても真剣な声だった。

 

担任

彼女はとても難しい病気にかかっていて、日光に当たることができません。
これから、教室はいつでもカーテンを閉めること。
どんな天気の日でも、必ず閉めてください。


 教室がざわつき始めた。

 担任は児童たちの動揺を無視して言葉を続けた。

担任

彼女は病気のため、防護服を着て登校します。
決して彼女の服装をからかったり、笑ったり、怖がったりしてはいけません。
皆さん、いいですね?

 
 担任はそう言って、黒頭巾の少女を呼んだ。
 
 廊下から現れる異質な存在。
 
 途端に児童たちは様々な声をあげた。
 

こわい

いやだ

キモい

気味悪い

バケモノみたい

 
 小さな声がさざ波のように広がっていく。
 
 ドン! と、誰かが机を叩いて立ち上がった。

 天野だった。

天野勇二

うるせぇんだよ!
病気だって言ってんだろ!
悪口が言いたいなら俺様に言え!

 

 

 

 教室は一気に静まり返った。

 

 担任は「ふぅ」と息を吐いて転校生を紹介した。

 

担任

綾瀬清美あやせきよみさんです。
登下校時にこの防護服を着ます。
皆さん、勇二くんの言う通り、
綾瀬さんを悪口から守るようにしてください。


 児童たちは「はーい」と素直に返事をした。

 悪口を言った日には、天野に何をされるかわからない。

 児童たちは素直に従った。

担任

それでは綾瀬さん、
自己紹介をしましょうね。

綾瀬清美

はい。


 綾瀬は防護服を脱ぎ、黒頭巾を外した。





 涼太は、その瞬間を一生忘れないだろう、と思った。




綾瀬清美

はじめまして。
綾瀬清美です。
これからよろしくお願いします。



 教室に驚くほど細く、白い少女が現れた。

 特別な美少女、という訳ではなかった。

 それでも何もかもが美しく見えた。

 どこか怯えがちな瞳も、綺麗に結ばれたおさげの束も、健康にはほど遠い痩せぎすの頬も。

 何もかもが美しく見えた。

  一目惚ひとめぼれだった。

 初恋だった。


担任

綾瀬さんの席は、
廊下側の一番後ろです。

 
 綾瀬には窓から最も遠い席が与えられた。
 
 幸運にも涼太の隣だった。
 

佐伯涼太

綾瀬さん、朝はどうも。

 

 綾瀬はにっこりと微笑んだ。

 

綾瀬清美

朝はありがとう。
とても嬉しかった。
なんて名前なの?

佐伯涼太

僕は佐伯涼太。
涼太って、みんな呼んでる。

綾瀬清美

じゃあ涼太くん。
これからよろしくね。

 

 

 

 

 その日から涼太の生活はバラ色に輝いた。

 

 

 登下校時には綾瀬に付き添い、日光が当たらないよう大きな日傘も用意した。

 

 大好きな体育やプールの時間も、暇さえあれば綾瀬に近づき、綾瀬が退屈しないように話しかけた。

 

 綾瀬が歩く廊下の窓にカーテンがなければ、涼太は室内でも日傘を取り出した。

 

 綾瀬が恐縮するくらい、過保護に面倒を見ていた。

 

 どんな季節でも、どんな天気の日でも、いつも涼太は綾瀬の隣にいた。

 

 あまりに仲睦なかむつまじい2人を冷やかす声も多かったが、その全てを天野がぶちのめしていた。

 

 

 

 

 ある時、天野が窓ガラスを見て言った。

 

天野勇二

涼太、紫外線を防ぐシールがあるらしい。
昨日兄ちゃんに相談したら、そんなことを言われた。
教室の窓ガラスに貼るのはどうだろう?

佐伯涼太

それいいね!
僕、先生に相談してくる!

 

 涼太の提案で、教室や廊下の窓ガラスに紫外線を防止するシールが貼られた。

 

 2人は先生に何度も頼みこみ、理科室や音楽室などの移動教室のガラス全てにシールを貼った。

 

 

 

 

 またある時、綾瀬は「クラブ活動に参加してみたい」と言い出した。

 

 

 

 

 

 

 屋外での活動が難しいため、涼太は綾瀬と一緒に手芸クラブに入った。

 

佐伯涼太

綾瀬さんは器用だね。
怪我とかしちゃダメだよ。

 
 綾瀬は涼太の指を見て笑った。
 
 不器用な涼太の指には、何枚か絆創膏ばんそうこうが貼られている。
 

綾瀬清美

大丈夫。
それより無理しないで。
涼太くん、お裁縫とか好きじゃないでしょ?

佐伯涼太

そ、そんなことないってば。

綾瀬清美

私にだって、ちゃんと友達がいるんだから。

 

 綾瀬は完成間近の「ウサギのぬいぐるみ」を持ち上げた。

 

綾瀬清美

『こんにちは涼太くん。いつもありがとう』

 
 ウサギを顔の前に掲げ、ひょこひょこ前足を動かす。
 
 涼太は苦笑しながらウサギに話しかけた。
 

佐伯涼太

ウサギさんこんにちは。
綾瀬さんのお友達になってくれて、ありがとう。

綾瀬清美

『ボクがいるから、涼太くんはお外で遊んでおいでよ』

 
 ウサギは綾瀬の背後を指さした。
 
 サッカーボールを持った天野と目が合う。
 
 なぜだか知らないが、この頃の天野は、よく2人の様子を遠くから見つめていた。
 
 
 
 涼太は気まずそうに天野を見つめ、小さく首を振った。
 

佐伯涼太

ううん。僕はまだエプロンが出来上がってないんだよ。
それに僕は綾瀬さんと一緒にいたいんだ。

 
 不器用だった涼太にしては、珍しく気の利いたことを言った。
 
 相手が「ウサギのぬいぐるみ」だったから、だろうか。
 
 それでも恥ずかしさのあまり、耳まで真っ赤にしていた。
 

綾瀬清美

……なんだか、ごめんね。

佐伯涼太

え、なんで綾瀬さんが謝るの?

綾瀬清美

だって、私のせいで、
お外で遊べないでしょ?

佐伯涼太

それは違うよ。
綾瀬さんのせいじゃない。

 

 涼太は爽やかに笑った。

 

佐伯涼太

病気のせいだよ。
綾瀬さんは何も悪くない。
それに僕、本当はサッカーなんか好きじゃないんだ。

 

 そう言って、涼太は嫌な顔ひとつせず、綾瀬の隣に寄り添った。 

 

 綾瀬の傘になり、時には盾になり、あらゆる誹謗中傷ひぼうちゅうしょうから守り続けた。

 

 

 
 
 
 卒業式の日。
 
 涼太と綾瀬は別々の中学へ進むことになった。
 
 
 もう綾瀬を守ることができない。
 
 もう綾瀬と一緒にいることができない。
 
 涼太は綾瀬のことが心配だった。
 
 
 だが、綾瀬はそんな心情をみ取ったのか、涼太にこう言った。
 
 

綾瀬清美

涼太くん……。
あなたのおかげで、本当に楽しい学校生活だった。

佐伯涼太

僕こそ、本当に楽しかった。
綾瀬さんが転校してくれて良かったよ。

綾瀬清美

もう、私は大丈夫だから。

 

 

 綾瀬は白い頬を微かに染め、はかなげに微笑んだ。

 

 

綾瀬清美

ずっと涼太くんが守ってくれたから、これからも頑張っていける。
だから、もう心配しなくていいの。
私に構わなくていいんだからね。

 

 

 どこか突き放すような言葉だった。

 

 涼太は何だか悲しくなった。

 

 なぜ綾瀬がそう言ったのか、涼太にはわからなかった。

 

 

綾瀬清美

ねぇ涼太くん。
これ受け取って。


 綾瀬は手芸クラブで作った「ウサギのぬいぐるみ」を手渡した。

佐伯涼太

これ、いいの?
すっごく大切にしてたのに。
綾瀬さんの友達なのに。

 

 綾瀬は静かに首を振った。

 

綾瀬清美

いいの。
涼太くんと一緒に作ったものだから。
涼太くんとの思い出だから。
涼太くんに貰って欲しいの。

 
 涼太は慌ててポケットをまさぐった。
 
 しわくちゃのハンカチしか入っていない。
 
 何かを綾瀬にプレゼントするなんて、そんな気の回ることは考えつかなかった。
 

佐伯涼太

ご、ごめんよ……。
僕は何もまともに作れなくて。
綾瀬さんに何か用意するんだったな……。

 

 綾瀬は小さく微笑んだ。

 

綾瀬清美

ううん。何もいらない……。
もう何もいらないの。
これ以上、もう何も……。

 
 綾瀬は慌てて黒頭巾をかぶった。
 
 最後の表情は見えなかった。
 

綾瀬清美

……さよなら。
いつまでも元気でね。




 綾瀬は行ってしまった。







 別れを実感できるほど、大人じゃなかった。

 気の利いた「さよなら」を告げるほど、器用な性格でもなかった。

 再会の約束も、その時交わす言葉も、何も決められなかった。

 離れてしまえば、再会することは難しいとわかっていたのに。




 ただ一言、好きだって。




 そんな言葉、口にする勇気はなかった。








 中学に進んだ後、綾瀬は地方へ引っ越していった。

 涼太はこの時、手紙を出さなかったことを、一生後悔することになった。


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つばこ

少年時代の天野くんと涼太くんはいかがでしたでしょうか。
絵師様には素敵なイラストをいただき、本当に感謝しております。いつもありがとうございます。
火曜日にはもう一枚イラストが登場しますので、そちらもご期待いただければ幸いです。
 
子供の頃って、「別れ」というものの意味を深く理解していなかったなぁ、なんて思います。
あの別れの時、もう二度と会えないと知っていたなら、もっと違う言葉を告げたのに……なんて思い出すことがあります。
大人になっても、そんな出会いと別れの繰り返しです。なかなか成長しないものですね(*ノω・*)テヘ
 
さてさて、いつもオススメやコメントありがとうございます! 暑い日が続きますが、熱中症などにはお気をつけください!

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コメント 232件

  • ぷよぷよ

    綾瀬が「特別な美少女ではない」ってのが、涼太の人間性というか、ある種の「本質」を表してるような気がする

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  • ねここ

    泣けた。
    天野くん色々かっこいいなぁ。

    淡い初恋だよね。
    子供の頃の後悔って一生ものなんだよねぇ…何か悲しい展開になりそうな予感…

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  • みぃ

    読み返してるけど切なすぎて、先を読むか、迷ってしまう。

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  • 和泉

    主要人物が皆天使でほんわかするね!(*´∀`)

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    天野が周りの誹謗中傷をぶちのめしていたってところ好き

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