天野勇二

これは実のところ、
『四重』でも『五重』でもない。
『六重の密室殺人』なんだ。

 

 六重の密室殺人。

 その言葉を聞き、山本は今日一番の動揺を見せた。

 

山本直道

な、何を言ってるんですか……?
『六重の密室』……?

 

 天野は「クックック」と不敵な笑みを浮かべた。

 

天野勇二

お前は『監視カメラ』の位置を細かくチェックしていたが、ひとつ見落としがあったのさ。

山本直道

み、見落とし……?

天野勇二

そうだ。
1階のダストスペース。
そこにも、イタズラ防止用のために『監視カメラ』が設置されているのさ。





 ①部屋の扉
 ②マンションに侵入する扉
 ③監視カメラ
 ④涼太の張り込み
 ⑤ダストスペースへの扉


 ⑥ダストスペースの監視カメラ





 山本は真っ青になって首を振った。

山本直道

そんな!
そんなものない!
絶対ない!!!

天野勇二

あっはっは。
それがあるんだよ。
やはりお前、見落としたな?

山本直道

み、見落とした……?
そんな、そんなはず……。

天野勇二

下調べと注意力が足りないのさ。
俺様は忠告してやったのによ。
十分に準備しなければ、ドラマは生まれない。シェイクスピアも満足しないってな。

 

 天野はため息を吐きながら、山本の髪を乱暴に掴んだ。

 無理やり顔を上げさせる。

 

天野勇二

さて、真犯人である山本に尋ねよう。六番目の密室、 『ダストスペースの監視カメラ』はどうやって突破したんだ?

 

 山本はガタガタ震えながら天野を見上げている。

 

天野勇二

回答が聴こえないなぁ。
それもそのはずだ。
監視カメラの映像を管理人に見せてもらったよ。

 

 天野は山本の頭を地面に叩きつけた。

 「うぎゃ」と、くぐもった悲鳴をあげさせる。

 その姿を見下ろし、天野は両手を広げて叫んだ。

 

 

天野勇二

映っていたぞ!
哀れなブタロミオがな!

ダストスペースを急いで逃げようとする、醜いお前の姿!
これ以上ないほど惨めな光景だったぜ!
俺様は思わず映像を見ながら爆笑してしまったよ! アーーーーーッハッハッハッハ!!!

 

 

 山本は高笑いをあげる天野を悔しげに睨みつけ、懐から何かを取り出した。

 1本の長い包丁だ。

 刀身に赤黒い何かがこびりついている。

 ジュリエットの血痕けっこんだ。

 

山本直道

ちくしょう!
なんでだよ!?
なんでバレたんだ!
完璧な計画だったのに!

 

 天野は高笑いを止めて、感心しながら山本の持つ凶器を眺めた。

 

天野勇二

やはり凶器を回収していたか。
賢い選択だ。
包丁の握り方を解析すれば刺殺の詳細までわかるからな。
だが、早く捨てるべきだったな。

 

 天野は全身から殺気をみなぎらせ、ゆっくり山本に手を伸ばした。

 包丁なんてまるで恐れていない。

 

天野勇二

どうした?
そいつで俺を刺し殺すのか?
確かに俺様を殺せば真相は闇の中。
だがお前に俺が殺せるのか?
無理じゃないか?
ブタは人間様に勝てない。
哀れなブタロミオはブタ小屋で家畜と仲良くブーブー鳴いてろよ!

山本直道

く、くそぉぉ……!
ちくしょぉぉぉぉぉぉ!!!

 

 山本は天野の挑発に乗った。

 包丁を腰に構え、真正面から飛びかかった。

 

山本直道

死ねぇぇぇ!!

 

 低い体勢だ。刀身を自分の体で隠している。

 そのまま突撃すれば、天野の急所を一突きできる、はずだった。

 

 

天野勇二

ほらよ。

 

 

 天野は転換して突撃を避けると、左の掌底を頬に叩きこみ、包丁を握っていた山本の手首を掴んだ。

 手首を固定し、捻りながら引き込む。

 そのまま体勢の崩れた山本のスネを蹴り上げた。

 天野が得意とする合気道の技だ。

 

山本直道

ぎゃあ!


 山本の巨体が手首を支点にして反転した。
 仰向けで地面に投げつけられる。
 天野は一切の 躊躇ちゅうちょなく、山本の股間を踏み潰した。
 

山本直道

ぐぎゃああああ!

 

 包丁が手から離れ、カランという音をたてて落ちた。

 

天野勇二

涼太! 撮れたか!?

 

 天野が叫ぶと、涼太が建物の2階から顔を出した。

 

佐伯涼太

バッチリ!
良いシーン撮影できたよ!

天野勇二

これで十分だろう。
殺人未遂の現行犯逮捕だ。
おまけに凶器も持っていたとは実にラッキーだ。
警察を呼んでくれ。

佐伯涼太

オッケー。
勇二も無事みたいね。
今回は刺されなくて安心したよ。

天野勇二

ああ、考えてみれば、別に刺されてやる必要なんかないんだ。

 
 天野は静かに山本の惨めな姿を見下した。
 
 山本は手首を押さえ呻いている。
 手首を捻じ切るように投げたため、恐らく骨が損傷しているだろう。
 そんな姿を見ても、一切悪いとは思っていない。
 本当に性格の悪いクソ野郎だ。
 

天野勇二

おい山本よ、これでも俺様は手加減してやったんだ。
お前のようなクズには全身の骨を折ってやるほどの罰がお似合いなんだ。
だが、それは許されない。
法治国家とは不思議なものだ。
優しく理性のある俺様に礼を告げたらどうだ?

 

 当然ながら山本は礼なんか言わない。

 涙をボロボロ流しながら呻いている。

 

 天野はため息を吐きながら言った。

 

天野勇二

大人しく警察に捕まり、全てを自白し、裁きを受けて、刑務所でドブスと地獄のような家庭を作る悪夢を見て暮らすんだな。

 

 天野は極悪の笑みを浮かべた。

 

天野勇二

孤独を感じる必要はないぜ。
夢の中までドブスのジュリエットが追いかけてくれる。
考えただけでも地獄だな。
例えブタ小屋から釈放されてブーブー泣いても、ジュリエットの悪夢はお前から離れない……。
逃げたければ毒でも飲め。
哀れなブタロミオよ。
クックックックッ…………アーーーーッハッハッハッハ!!

 

 山本はもう何も言う気力がなかった。

 キャンパスには天野の高笑いだけが響き渡っていた。

 

 

 

 

 山本が逮捕された翌日、天野はいつものように学生食堂2階のテラス席で昼食をたしなんでいた。献立は今日もパンとコーヒーだ。

 

 傍らには涼太と前島悠子まえしまゆうこの姿もある。

 2人はひとつのスマートフォンを覗きこんでいる。

 天野が山本を取り押さえたシーンを観ているのだ。

 

前島悠子

師匠は凄いですねぇ。
まるで名探偵みたいです。

佐伯涼太

ホントだよねぇ。
ポンポン謎を解いちゃったね。

前島悠子

きゃあ!
師匠が危ない!
刺される!

佐伯涼太

さすがにこの時はビビったけど

前島悠子

うわぁ!
師匠強い!
瞬殺じゃないですか!

佐伯涼太

あっさり逆転しちゃってねぇ。
面白みのないクソ野郎だよ。

 

 動画は天野が山本に「トドメの台詞」を言う場面まで撮影されている。

 容赦のない処刑の言葉。

 別に言う必要もない罵声の連続。

 さすがに前島は顔をしかめた。

 

前島悠子

師匠は殺人犯に容赦がないですね。
こんなこと言えるなんて、まるで人の心を持ってないみたいです。

 

 天野はタバコの煙を吐き、嫌そうに口を開いた。

 

天野勇二

命の重さがわかってないヤツは嫌いなんだ。
人を救うのにどれだけ苦労すると思う? 殺すのは簡単さ。だが生かすことは果てしなく難しい。
隠し撮りしていなければ顔の形が変わるまで蹴りあげ、脊髄を破壊して一生寝たきりの生活にしてやり、死んだ方がマシだと思えるほどの未来をくれてやったのに。実に残念だ。

 

 前島は嬉しそうに天野を見つめた。

 マトモなことを言ったかと思えば、すぐにクソ野郎の発言に戻る。

 本当に変わった男だ。

 前島はこの男に興味を持ち始めていた。

 

前島悠子

だけど良かったですよね。
犯人が『六番目の密室』に気づかなくて。

 

 その言葉を聞くと、天野と涼太は顔を見合わせた。

 にやりと品のない笑みを浮かべる。

 

佐伯涼太

ねぇ勇二、お弟子さんはあんなこと言ってるよ。

天野勇二

修行が足らんな。
俺様の域に達するには、まだ時間がかかるということか。

佐伯涼太

教えてあげなよ。
師匠ヅラするチャンスじゃない?

天野勇二

やなこった。面倒くせぇ。

 

 前島はきょとんとした表情を浮かべた。

 

前島悠子

2人とも何言ってるんですか?
私、変なこと言いました?

佐伯涼太

ううん。そんなことないよ。
口下手な師匠に変わって、僕ちゃんが教えてあげるよ。

 

 涼太は心底楽しそうに言葉を続けた。

 

佐伯涼太

勇二はね、マンションなんか行ってないんだ。

前島悠子

……え?
管理人さんと話したり、監視カメラの映像を見たり、色々と調べたんじゃないんですか?

佐伯涼太

ぜーんぜん。
僕たちは管理人の顔はおろか、存在すらよく知らないよ。

前島悠子

はぁ?
だ、だって……。えぇ?

 

 前島は目を白黒させた。

 そんなはずがない。

 犯人である証拠を手に入れるには、マンションに出向き、管理人に接触し、監視カメラの映像を見せてもらうしかない。

 

 どうやって管理人の協力を得るのか、そこまではわからないが、口の達者な天野のことだ。きっとあの手この手で口説き落としたのだろう、と思っていたのだが――。

 

天野勇二

前島よ、俺様の好むやり方は 『ライ・チート・スティール』だ。
どんな事象が相手でも、俺様はズルして だまして盗み取ってやるのさ。

前島悠子

ズルして、騙して、盗み取る?

天野勇二

例えそれが、暴くことのできない真実だとしてもな。

 

 指をパチリと鳴らし、天野は気障ったらしいジェスチャーを振り回した。

 

天野勇二

そもそも常識的に考えろよ?
これだけセキュリティが徹底されたマンションのダストスペースが解放されているはずがない。
管理人だっているに決まってる。

前島悠子

まぁ、そうでしょうけど。

天野勇二

おまけに監視カメラの映像なんてマンションに残っちゃいないんだ。
絶対に警察が押収している。
普通に考えれば、俺様が監視カメラの映像を見ることなんて不可能なのさ。

前島悠子

じゃあ、『六重の密室』っていうのは……?

 

 天野は鼻で笑った。

 

天野勇二

ブラフだよ。
密室が『五重』だろうが『六重』だろうが知ったことじゃない。
山本をハメるためのハッタリだ。
全てが暴かれたと山本が錯覚し、勝手に自白してくれるなら、密室の謎なんかどうでもいいのさ。

 

 涼太が感心したように言った。

 

佐伯涼太

殺人未遂の現場が撮れれば御の字と思ってたのに、凶器を持ってたなんてラッキーだったね。
彼はもう逃げようがないね。

天野勇二

ああ、いちいち警察相手に密室を解く説明をしなくてすんだ。どうせバカな警察は何度も同じことを訊くんだ。
一番面倒でイヤな作業を省いてくれてロミオには感謝してるぜ。

 

 天野はヘラヘラと笑った。

 

天野勇二

やはりロミオは間抜け、と相場が決まってるんだ。
原作でも恋人が死んだと勘違いして死ぬバカだからな。
間抜けなブタロミオだったぜ。

 
 前島は呆然と天野を見つめた。
 
 『ダストスペースの監視カメラ』なんて、存在しなかったのだ。
 
 証拠なんて、初めから手に入れていなかった。
 探すつもりも、用意するつもりもなかった。
 それなのに、犯人を推理とブラフだけで追いこみ、あっさりと自白させた。
 何とも恐ろしいクソ野郎だ。
 

前島悠子

師匠って、ホントにとんでもないですね……。
絶対、敵に回したくないです。

 

 前島は呆れたように肩をすくめたが、すぐに純真無垢な笑みを浮かべた。

 

前島悠子

やり方は卑怯で野蛮ですけど、これって立派なことですよ。警察から感謝状とか出ないんですか?

天野勇二

そんなもん出ねぇよ。
貰ったのは小言だけだ。
前回もそうだったな。

前島悠子

前回?
以前にも殺人事件を解決したことがあるんですか?

天野勇二

まぁな。
バカな警察は俺様に「やり方が乱暴だ」と説教するのさ。俺様は無能警察の尻拭いをしてやってるのによ。
まったくタダ働きでイヤになるぜ。
善良な市民もラクじゃないな。

 

 善良な市民。

 天野には最も似合わない「あだ名」だなと、前島は思った。

 

前島悠子

確かに依頼人が犯人じゃ、お昼ごはんを奢ってもらえませんね。

天野勇二

そうだな。
次から前払い制にするかな。

前島悠子

もっと依頼人からふんだくればいいじゃないですか。
前から思ってたんですけど、お昼だけなんて報酬が安すぎます。
師匠はもっと貰うべきだと思いますけど。

 

 天野はギロリと前島を睨んだ。

 

天野勇二

お前は下品な女だな。
学生相手にたかるなんて俺様の美学に反する。

前島悠子

でも、これじゃ師匠が損してます。
アンフェアです。

天野勇二

損得の問題じゃないんだ。
別に俺様は金なんて欲しくない。
昼飯が少しゴージャスになれば、それでいいのさ。

前島悠子

はぁ……。
やっぱり師匠の価値観って、よくわかんないですね。

 

 

 前島は腕組みしながら天野の横顔を見つめた。

 

 どれだけ注視しても、この男が抱く感情が読めない。

 『学園の事件屋』としてのポリシーが存在するのかしないのか、それさえ定かでない。

 金持ちのボンボンなのだから、昼飯なんて好きなものを買えばいいのに。

 

 今の前島が理解できるのはひとつだけ。

 次のフレーズに天野が反応する、ということだ。

 

前島悠子

しかしあれですよね。
どんな事件でも『天才クソ野郎』にかかれば楽勝ですね。

 

 その言葉を聞くと、天野は気障ったらしい指先を振り回した。

 

天野勇二

そうだ。
密室殺人だろうが、不可能犯罪だろうが、この天才クソ野郎にかかれば……

 

 すかさず前島は立ち上がり、大声で叫んだ。

 

 

 

前島悠子

全てうまくいきみゃす!!!

 

 

 

 天野と涼太は呆然と『天才クソ野郎の決め台詞』を盗んだ前島を見つめた。

 

前島悠子

えへへ。師匠の決め台詞、ズルして盗み取りました!
大事なところで噛んじゃったけど……。

 

 前島は照れ臭そうに舌をぺろっと出し、無垢な笑顔を浮かべた。

 まるで笑顔のお手本のように微笑んでいる。

 涼太は思わず吹き出してしまった。

 

佐伯涼太

うぷぷっ! なにそれ!
勇二ってば一本取られたね!

天野勇二

ああ、なかなかやるじゃないか。
それでこそ俺様の弟子だ。
褒めてやろう。

前島悠子

やった!
ありがとうございます師匠!

 

 2人は仲睦まじくハイタッチを交わす。

 涼太はその光景を破顔しながら見つめる。

 平穏なテラスに、いつまでも3人の笑い声が響いていた。

 

 

 

 

(おしまい)

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つばこ

ご愛読いただきありがとうございました。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
さて、次回もガラッと趣向を変えて、ちょっと切ない初恋のエピソードを紹介したいと思います。
今回の事件で「かなりゲスい」ということがバレてしまったチャラ男こと、佐伯涼太くんの初恋を紹介いたします。
あのチャラ男が忘れられなかった、たったひとりの女の子。
小学生の天野くんたちも登場するのでお楽しみに!
 
それでは次回、
『彼女に上手にさよならを伝える方法』
にてお会いしましょう!
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 162件

  • ゆり

    昼飯が少しゴージャスになれば、それでいいのさ。

    かっこよすぎて、真似したいけど、
    言う機会はなかなか訪れなさそう。

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  • 螢★剣の王国★ゴ太郎先生

    懐に血のついた長い包丁…?(((( ;゚д゚)))

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  • 藤花詩空

    安定のクソ野郎で何よりw

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  • 太宰雅

    天野・・・確かにクソ野郎。

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  • 遙@ネト充ReLピアシ先生のお

    天野くんいつか誰かに殺されるんじゃないすか?心配ですよ。忍は(´・ω・`)

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