※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。



 とある大学の学生食堂2階テラス席。
 ここは学園一の問題児、 天野勇二あまのゆうじが根城にしている場所だ。

 このテラスに近づく学生は少ない。
 もし天野の関係者だと疑われれば、評判は悪くなり、友人は減り、教授には要注意人物として目をつけられてしまう。青春のキャンパスライフに暗黒がたち込めるのだ。

 そのため新入生はまず、


「テラスに行ってはいけないぞ」



 と先輩に教わるのが、毎年の恒例行事だった。


 だが、この日は違った。
 天野の前に1人の男が座っている。

 かなり太った男だ。
 余分な脂肪を蓄え過ぎている。
 工学部に在籍している 山本直道やまもとなおみちという男だ。


山本直道

天野さん、どうにかお願いします。
是非とも『学園の事件屋』のお力が借りたいんです。

 
 天野にはいくつかの「あだ名」がある。
 そのひとつが『学園の事件屋』だ。
 
 天野は「昼飯を奢る」という条件で、学生から様々な頼みごとを引き受けている。
 そのほとんどが警察では対処できないものばかり。
 特に男女問題のトラブルは天野の得意分野だった。
 

天野勇二

この写真に映っているのが小阪春香こさかはるか……。お前の女か。

山本直道

はい。僕の恋人です。

 

 小阪はかなりのブサイクだ。

 おまけに太っている。

 男ならば横綱を目指せそうなほど太っている。

 

 天野は写真を見つめ、呆れたように言った。

 

天野勇二

こんなことを言うと不快に感じるだろうが、お前と小阪、実にお似合いのカップルじゃないか。

 

 天野は気障キザったらしい笑みを浮かべた。

 

天野勇二

お前の家にも鏡はあるだろう?
そして、自分の姿を見たことがあるだろう?
お前たちの姿はそっくりだ。
運命によって定められた2人だ。
まるで 『ロミオとジュリエット』
このまま結婚でもしたらどうだ?

 

 山本は全力で首を横に振った。

 

山本直道

と、とんでもないです。
彼女とは別れて、一生関わりを持ちたくないんです。
何としてでも逃げたいんです。
とにかく酷すぎるんです。

 
 山本も小阪に負けないくらいのブサイクな男だ。
 天野は「本当にお似合いなのになぁ」と思いながらタバコに火をつけ、のんびり尋ねた。
 

天野勇二

ほう、何が酷すぎるんだ?

 

 山本は脂肪を震わせながら口を開く。

 

山本直道

例えば、
1週間お風呂に入らなかったり。

 

 天野は嫌そうにタバコの煙を眺めた。

 

山本直道

例えば、
切った自分の爪をビンに入れて集めていたり。

 

 天野は不快感に顔をしかめた。

 

山本直道

例えば、
手首を切ったカミソリの刃を、額縁に入れて飾っていたり。

 

 天野は吐き気がしてきた。

 

山本直道

この世界は 虚構きょこうな上に虚無きょむで現実じゃない、本当の理想郷りそうきょうは別にある、とか意味のわからないことを言い出して、妄想世界の住人と話し始めるんです。
しかも彼女の中には 『6人の人格』がいるみたいで、人格たちが会話したり喧嘩したりもするんです。もう見てるだけで怖いんです。

 

 天野は紫煙しえんを眺めながら言った。

 

天野勇二

完全に病気じゃないか。
お前、恋人なんだから責任持って病院に連れて行けよ。
処方箋しょほうせんを出してもらえ。
診断書も書かせるべきだな。

 

 山本は額の汗を拭いながら首を振った。

 

山本直道

そんなのもう、無理です……。
僕は限界です……。
最初は普通の娘だったのに、だんだん本性が現れ始めて、もう僕は逃げ出したいんです……。

 

 天野は煙を吐き出し、静かに頷いた。

 

天野勇二

無理もないな。
誰だってそう思うぜ。

 

 山本は机に額をこすりつけ、天野に懇願した。

 

山本直道

天野さん! どうか彼女を僕から追い払ってください!
もう本当に限界なんです!
この手の相談なら、天野さんがお得意だと聞いたんです!
お願いします! この通りです!

 

 天野は心底同情しながら山本を見つめた。

 

天野勇二

彼女は処女だったか?

山本直道

は、はい……。

天野勇二

そいつは難しいな。
この手の女は処女を奪った男、つまりお前に執着する。
例え一時、 目眩めくらましさせても、必ずお前のところに戻ってくる。
長期治療が必要だよ。

 

 山本はがっくりと肩を落とした。

 希望を失い、情けない表情を浮かべている。

 小阪に一生つきまとわれることが、恐怖でたまらないのだろう。

 

天野勇二

(ブタみたいなロミオが落ち込んでやがる。実に愉快な光景だな)


 天野はニタリと嫌な笑みを浮かべた。
 山本の情けない顔を見るのが、楽しくてたまらない。
 なぜなら、この男は 生粋きっすいの『クソ野郎』だからだ。

 天野は医学部に在籍している。
 成績は優秀。
 顔は彫りの深い男前。
 180cmを越える長身。
 程よく筋肉がついておりスタイルも良い。
 父親は病院を経営しており家柄抜群。
 肩書きと見た目だけは完璧だ。


 それなのに、性格は最低のクソ野郎。


 様々な要素が入り混じっているためか、周囲からは 『天才クソ野郎』という「あだ名」で呼ばれている。
 天野自身はこの「あだ名」をえらく気に入っていて、呼称されることをむしろ快感としていた。

天野勇二

いいか、ブサイクなロミオよ。
処女ってのは貴重なものなんだ。
俺様は初めて抱いた女のことなんて遠い昔に忘れたが、女は最初に自分の身体を貫いた男を、一生忘れないんだとよ。

 

 別に言う必要もないのに、天野は男の不快感をあおるためだけに語りかけた。

 

天野勇二

つまり、小阪の中で、お前は永遠に生き続けるんだ。
例え上手く別れたとしても無駄さ。
小阪が道に悩んだ時、心が弱った時、多重人格が暴れた時、初めて抱きしめて愛してくれたお前のことを思い出す。

 

 山本の顔が見る見るうちに青くなる。

 

天野勇二

小阪が次の男に出会う確率は果てしなく低い。
いや、きっとゼロだな。
お前は遊び程度のつもりだったかもしれないが、人生を破綻はたんさせるほどの火種を抱いたんだ。
ドカンと爆発するぞ。
哀れな人生だな。あっはっは。

 

 山本の全身が震えている。

 指で突けば、嗚咽おえつをあげて泣きわめきそうだ。

 

山本直道

そ、そそそそんなの嫌です!
天野さん! お願いします!
なんとかしてください!
天才クソ野郎の知恵をお貸しください!

 

 天野はため息を吐きながら、写真の中の小阪を見つめた。

 

天野勇二

……まぁ、ブサイクでも女だ。
需要はあるだろうな。

 

 世の中にはマニアックな趣味を持つ男が存在する。

 このタイプの女子が好物な男。

 もしくは女であれば何でもいい男。

 きっと『あの男』ならば、何人か紹介してくれるだろう。

 

天野勇二

とにかく、まだ交際を続けているんだよな?

山本直道

はい……。そうです。

天野勇二

ならば俺様が小阪に『新しいロミオ』をあてがってやろう。
この手の女を好む男を見つけて、そいつとくっつける。
そして、彼女から別れ話を切り出してもらうほうが無難だろう。お前から別れ話を切り出したら、とんでもないことになりそうだ。

 

 哀れなロミオは即座に頷いた。

 

山本直道

はい、そのほうが助かります。
ちょっとでも別れ話の気配を感じると、自殺しようとしたり、色々な人格が僕を責めるんです。
このままじゃ、いつか彼女に……。

 

 山本は青ざめて涙目だ。

 

 限界、という言葉も嘘ではないのだろう。

 一切の余裕が感じられない。

 小阪との刺激的すぎる日々によって、かなり精神的に追い詰められているのかもしれない、と天野は感じた。

 

天野勇二

善は急げだ。
本日から作戦を実行する。
小阪に尾行のプロをつけよう。

山本直道

び、尾行ですか?

天野勇二

ああ、小阪という名のジュリエットに素敵な出会いをプレゼントする必要がある。
偶然を装った、漫画やドラマのような出会いさ。
そのためには下準備が必要だ。
行動パターンを把握しよう。

山本直道

それ、天野さんが……?

 

 山本は驚いて天野を見つめる。

 天野は悪い笑みを浮かべながら言った。

 

天野勇二

俺様じゃない。
それを好む『変態』の知り合いがいるんだ。
尾行だけではない。
今日から明日の朝まで、張り込みさせてやるぞ。

山本直道

は、張り込みまで!
しかも朝まで!?

天野勇二

それぐらいの下準備がなければドラマは生まれない。
シェイクスピアも満足しないね。
小阪の生活時間を丸裸にしてやる。
ジュリエットに訪れる新たなロマンスを楽しみにしているがいい。

 

 携帯灰皿にタバコを押し込み、天野は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 山本をテラスから追い出すと、天野は1人の男を呼び出した。

 天野の幼馴染であり、天才クソ野郎の相棒。

 佐伯涼太さえきりょうたのお出ましだ。

 

佐伯涼太

やっほー!
勇二ってば久しぶりじゃん!
また僕ちゃんを事件屋で使うの?

 

 涼太は軽薄な笑顔を浮かべながらやってきた。

 

天野勇二

涼太、依頼がきたぞ。
お前の好物だ。

 

 天野が写真を見せると、涼太は苦笑しながら言った。

 

佐伯涼太

僕ちゃんの好物?
なになに?
随分とブサイクなカップルだね。

天野勇二

男は工学部の山本。
女は同じ学科の小阪だ。
お似合いの2人だろう?

佐伯涼太

うんうん。
ベストカップルだね。
まるでロミオとジュリエットだ。

 

 天野はニヤニヤ笑いながら涼太を見つめた。

 

天野勇二

ところがロミオはジュリエットから手を引きたがっている。
2人の運命を切り裂きたい。
ジュリエットに新しいロミオを紹介したいんだ。

佐伯涼太

うぷぷ、なにそれ。
僕ちゃんの好物じゃん。

 

 涼太は下品な笑みを浮かべた。

 懐からスマートフォンとメモを取り出す。

 

佐伯涼太

このジュリエットちゃんはなかなかストライクゾーンが狭いね。
この球を打つのは至難の業だよ。

天野勇二

そこを何とかホームランにしたいんだよ。

佐伯涼太

勇二も難しいサインを出すね。
そうだなぁ……。

 

 涼太はスマートフォンを眺めながらメモを取り出した。

 何百件もの連絡先を表示させる。

 画面をスクロールさせつつ、メモに男の名前を記入していく。

 

 とりあえず3人の名前が出てきた。

 

佐伯涼太

この3人は趣味が変わっていて、なかなかの強打者だよ。
ジュリエットもパクリンチョしちゃうね。

 

 涼太は「イッヒッヒ」と下品な笑みを浮かべた。

 ドブスのジュリエットに新しい男をあてがう作業が、楽しくてしょうがないのだ。

 クソ野郎の相棒である涼太も、それなりのクソ野郎ということだ。

 

佐伯涼太

新しいロミオとは、どうやって出会わせよっか?

天野勇二

その下準備も頼みたい。
ジュリエットの行動パターンを調べてくれ。お前の得意分野だろう?

佐伯涼太

なるほどね。
僕ちゃんに「尾行」と「張り込み」をさせたいのね。


 涼太は女好きのチャラ男だ。
 三度の飯よりナンパとコンパが大好き。
 だが、それとは別に、


『他人のゴシップを追いかけ回すことも大好き』


 という顔を持っている。
 女性の尻を追いかけ回すという趣味が、いつしか「他人のプライバシーを暴く」という趣味にまで 昇華しょうかしてしまったのだ。

 尾行や素行調査ぐらいはお手の物。
 張り込みだって長時間実行できる。
 将来はプロの探偵か、ゴシップ雑誌の記者か、どちらも涼太にはお似合いだ。


 涼太は舌なめずりしながら写真を見つめた。

佐伯涼太

いいねぇ。
僕の下半身じゃ勝てそうにない。
ああ、ジュリエットよ。
僕ちゃんが素敵な出会いを演出してさしあげましょう。

 

 ひとり悦に浸り、気持ち悪い笑みを浮かべている。

 天野は苦笑しながら小阪の住所とスケジュールを差し出した。

 

天野勇二

これが女の住居とスケジュールだ。
今はバイトもしていない。
だが注意しろ。
相手は多重人格と妄想癖の持ち主のようだ。
惚れられたら厄介だぜ。

佐伯涼太

えぇ? またそのパターン?
もう妄想癖の娘はイヤだなぁ。

 

 涼太は身震いしながら肩をすくめた。

 

 しかし瞳は笑っている。

 好奇心に満ちている。

 所詮しょせんはゴシップ好きのチャラ男だ。

 

天野勇二

早速で悪いんだが、今日から明日の朝まで頼めるか?

 

 天野は少し真剣な表情を浮かべた。

 

天野勇二

ロミオはギブアップ寸前でな。
少しだけ嫌な予感がする。
なるべく急ぎたい。

佐伯涼太

ふーん。
勇二がそんなこと言うなんて珍しいね。

 

 涼太は軽く手を叩き、その依頼を快諾かいだくした。

 

佐伯涼太

オッケー!
早速、尾行を始めるよ。
さぁ、楽しみだ。
どんな出会いがジュリエットちゃんを待つのかな?

 

 涼太はうっとりと小阪の写真を見つめ、天野は静かにタバコの煙を吐き出した。

 

 まさかこの時、この依頼が大きな事件に発展するとは、夢にも思っていなかった。

 

 

 

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つばこ

どうも、つばこです。
ご愛読いただきありがとうございます。
 
今回の「密室編」も全5話のエピソードになる予定です。
前回までのハイスピード&コミカルなエピソードとは趣向を変えまして、落ち着いたパズラー仕立てのミステリーを楽しんで頂きたい、と考えています。
トリック自体はシンプルで簡単です。
comico読者様の推理力はハンパねぇな、と思ってるので、是非ともつばこのトリックも丸裸にしていただけると嬉しいです(*ノェノ)キャー
 
それからいつもオススメやコメント、本当にありがとうございます!ひとつひとつの応援がめっちゃ励みになってます!!!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 147件

  • 越後屋みつえもん

    サブタイ通りの展開だったら、クソ野郎が原因では?σ( ̄∇ ̄;)

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  • まこと

    サブ主人公に不細工が多いね
    天野くんの容赦ないこき下ろしが刺さる

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  • イオ

    割と頻繁に大きな事件に巻き込まれるのな

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  • 太宰雅

    殺人かな?

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  • モッチーナ

    天野くんは煽るために言ってるだけなんだろうけど、女は初めての人を忘れられないとか、本気にする人がいるんで本当やめてほしい。
    そういう人もいるだろうけど、みんながそうなわけではない。
    それが分からずに「オレのこと忘れられないんだろう?」とか言って、別れて何年も経つのにいきなりプロポーズしてくるバカがいるんだ。もう結婚しとるっちゅうに。
    っつか、電番変えたのに何故知ってる?
    別の意味で忘れられなくなるわ!
    なんであんなバカと付き合ったんだろう…

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