ご愛読いただきありがとうございました。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
さて、今回はコミカルな天野くんを紹介しましたが、次回もコミカルな天野くんを紹介したいと思います。
登場するのは天野くんのセンパイ。
通称『天才ブタ野郎』からの依頼が舞い込みます。
ブタ野郎はどんな依頼を天野くんに告げるのか……。
楽しんでいただければ幸いです!
それでは次週、
『彼を上手にご主人様にする方法』
にてお会いしましょう!
つばこでした!
高木美穂
今年度のミスキャンパスは……なんと!
圧倒的大差のため、準ミスキャンパスは今回、いらっしゃいません!
観衆が「ええっ?」と大きくざわめいた。
高木は一呼吸置くと、
高木美穂
つまり、今年度のミスキャンパスは……。
大声でその名を呼び上げた。
高木美穂
エントリーナンバー6番!
前島悠子ちゃんです!
本日一番の大歓声が上がり、沢山のフラッシュが前島に焚かれる。
前島はトップアイドルのスマイルを満面に浮かべてそれに応えた。
無事に全てのイベントが終わった。
学園祭はつつがなく終了しようとしている。
高木美穂
ハァ……ハァ……ハァ……
高木は肩で大きく息を吐きながら、その場に倒れこんだ。
高木美穂
もう、限界……。
喉、ガラガラ……。
お水、お水ちょうだい……。
天野が高木にジャケットをかける。
ペットボトルの水も手渡しながら声をかけた。
天野勇二
最後まで見事な司会だったぞ。
ただ声が途中かすれたな。
技術が未熟すぎる。
まだまだ、お前にはボイストレーニングが必要だよ。
高木美穂
ハァ……ハァ……。
アンタねぇ……。
最後ぐらい、素直に褒めなさいよ……。
ペットボトルの水を飲みながら毒づく。
もう少々文句を言ってやろうかと口を開いた時、1人の娘がやって来た。
前島悠子
高木先輩!
トップアイドル前島悠子だ。
高木は驚いて前島を見上げた。
高木美穂
あら、あなた、どうしたの……?
まだ取材があるんじゃないの?
前島は倒れている高木に近づき、その手を強く握る。
そして澄んだ瞳を潤わせながら言った。
前島悠子
高木先輩、
本当にありがとうございます!
高木美穂
……えっ?
私、あなたに何かしたかしら……?
前島は無垢な笑顔を浮かべながら袖口で瞳を拭った。
前島が泣いていることに、高木はその時気づいた。
前島悠子
本当に素晴らしい司会でした!
私とっても感動しちゃいました!
イベントが無事に成功して終われたのは、全て高木先輩のおかげです!
ありがとうございました!
高木は悔しそうに前島を見つめた。
このアイドル様には逆立ちしても勝てないと、痛感するしかなかった。
高木美穂
……そう。
お世辞でも嬉しいわ。
素直に前島の手を握り、賞賛の言葉を贈った。
高木美穂
前島さん、おめでとう。
あなたが、ミスに相応しいわ。
前島悠子
ありがとうございます!
あっ、呼ばれてしまいました。
テレビ局の人間が前島を呼んでいる。
まだインタビューの途中なのだ。
前島が勝手に抜けてしまったので、少々ご立腹の様子だ。
前島悠子
また学校で!
純真無垢な笑顔を浮かべて去って行く。
天野はその後ろ姿を眺めながら呟いた。
天野勇二
あいつ、お前に礼を言うために、わざわざ抜けて来たんじゃないのか?
高木美穂
だったらなんなのよ。
隣にいた涼太も呟く。
佐伯涼太
前島さん、よっぽど高木さんの司会姿に感動したんだろうね。
天野勇二
そうだろうな。
その気持ちはわかるよ。
高木は2人の声を聞き、
高木美穂
それが、なんだっていうのよ……。
じわりと涙がこみ上がってきた。
相手は大衆に愛されるトップアイドル。
こちらは水着姿で喉を枯らして叫んでいた脇役。
同じ女なのに。
同じ大学生なのに。
同じミスコン候補者だったのに。
先ほどまで同じステージに立っていたのに、生きる世界はまるで違うように感じた。
高木美穂
どうせ、あっちはトップアイドルで、ミスキャンパス……。
私は水着姿の司会者……。
あはは……。
とんだ、ピエロじゃない……。
ひっく……うっぐ……。
天野勇二
それは違う。
天野は高木に向かって怒鳴った。
天野勇二
今日のお前はピエロなんかじゃない!
立派なアナウンサーだ!
高木が驚いて天野を見上げる。
天野は指先を軽やかにひるがえし、自らの胸元を親指でさした。
天野勇二
本物の女子アナは、そのアナウンスで観衆の心を打つ。
まさしく今のお前がそうだ。
お前は様々な会場で女子アナとして全力を尽くし、最後はあの前島悠子まで感動させた。
お前の言葉が、お前の魂を込めた言葉だけが、トップアイドルの心を揺り動かしたんだ!
天野はどこか優しげに微笑んだ。
天野勇二
お前はピエロなんかじゃない。
アナウンサーという、欠かせない主役のひとりさ。
高木は大声で泣き出した。
陽が傾き、キャンパスに夕陽が差し込んでいる。
ミスコンのステージは撤去され、一般客もキャンパスを去った。
それでも高木の泣き声は止むことがなかった。
天野と涼太は高木が落ち着くまで、ただ黙って傍に立っていた。
高木美穂
……私、思い出したわ……。
鼻をすすりながら高木が呟く。
高木美穂
どうして、女子アナになりたかったのか……。
どうして、それが私の幼い頃からの夢だったのか……。
高木は静かに立ち上がった。
高木美穂
私は自分の声や、自分自身の存在で、沢山の人に色々なことを届けたかった……。
そのことを忘れてた、忘れてたの……。
天野くん……。
涙で顔を濡らしながら、天野を見上げた。
高木美穂
あなたは 『力を出し切らなければ夢は叶わない』って、言ったわよね。
天野勇二
ああ、そうだったな。
高木美穂
ふふっ……。
その通りよ……。
高木は小さく微笑んだ。
高木美穂
私には声量も、滑舌も、表現力も、何もかも足りなかった……。
本当はそのことをわかってた。
でも、それを改善する努力を怠って、ミスコンという肩書きに頼ろうとした……。
これじゃ立派なアナウンサーにはなれないわ……。
高木はタオルで涙と鼻水を拭い、どこか吹っ切れた笑顔を浮かべた。
はにかみながら天野に手を差し出す。
高木美穂
天野くん、ありがとう。
私、もっと努力する。
そして、いつか本当のアナウンサーになってみせるわ。
天野は力強く高木の手を握った。
天野勇二
そうだな。
俺はそのことを、お前に思い出して欲しかったんだ。
涼太が「本当かなぁ」と心の中で呟く。
3人をみかん色の夕焼けが包み、学園祭は終わりを告げた。
学園祭から幾日か過ぎた。
その日、涼太は天野と一緒に昼飯でも食べようかと思い、学生食堂の2階テラス席へ向かった。
佐伯涼太
(あれ? 変わったお客さんがいるじゃん)
天野の隣に1人の娘が座っている。
トップアイドルの前島悠子だ。
天野は涼太の姿を見つけると、嬉しそうに手を振った。
天野勇二
ああ、噂をすれば涼太が来たぞ。
前島悠子
涼太さーん!
前島悠子です!
2人とも楽しそうな笑みを浮かべている。
佐伯涼太
(やばい。お邪魔しちゃったかな)
そう思いながら、涼太は2人に近づいた。
佐伯涼太
前島さん、こんにちは。
ちゃんと話すのは初めてだよね。
前島悠子
はい。
入学式の時はありがとうございました。
涼太さんにも助けていただいたんですよね。
佐伯涼太
あれ?
なんでそれを……ああ、そっか。
勇二がバラしたんだね。
あの時は驚かせてゴメンネ。
涼太は苦笑しながら椅子に腰掛け、自らも昼食を取り出した。
佐伯涼太
前島さんがテラスでお昼を食べてるなんて知らなかったよ。
しかもクソ野郎とペアなんてさ。
前島は無垢な笑みを浮かべブイサインを作った。
前島悠子
今日はですね、
ゴチになってるんですよ。
佐伯涼太
ゴチ? 誰が奢ってくれたの?
前島悠子
師匠に決まってるじゃないですか。
前島は嬉しそうに天野を見つめた。
天野はどこか不敵な笑みを浮かべている。
佐伯涼太
……えぇっ?
まさか勇二が奢ったの!?
前島悠子
はい!
しかも『たぬきうどん』ですよ。
私これ大好きなんです。
涼太は驚いて天野を見つめた。
天野は貧乏という訳ではないが、好んで他人に奢るような性格ではない。恋というパワーはクソ野郎の性格まで変えてしまうのか、と愕然としていた。
天野勇二
なんだ涼太?
珍獣を見るような眼で俺を見るな。
佐伯涼太
いやぁ……。
勇二がお昼を奢るなんて、
珍しいからさぁ……。
天野勇二
前島には借りがあってな。
佐伯涼太
か、借り?
天野勇二
ああ、ミスコンが終わった後、高木に礼を言って欲しいと頼んだんだよ。
佐伯涼太
えぇ? お礼?
涼太はミスコン終了後の様子を思い出した。
前島はインタビューを抜け、わざわざ高木の前にやって来て、涙さえ浮かべながら頭を下げていた。
佐伯涼太
あれって、勇二の仕込みだったの?
前島悠子
そうなんですよ。
師匠に頼まれたんです。
前島は朗らかに頷き、『たぬきうどん(250円)』をすすっている。
天野勇二
さすが国民的アイドルだ。
希望通りの完璧な礼だった。
あれがダメ押しになったな。
前島悠子
あんなので良ければ、いつでも言ってください!
2人は仲良さげにハイタッチを交わしている。
前島悠子
でも、本当に水着姿の司会が好評だったみたいで、事務所の人がスカウトしてみようかな、って言ってましたよ。
天野勇二
ほう、女子アナの前にタレントになりそうだな。
前島悠子
私もばっちり推薦しておきました!
天野勇二
良くやった。
それでこそ俺様の弟子だ。
前島悠子
ありがとうございます!
そう言って2人は、またハイタッチを交わしている。
あまりに仲睦まじい光景に涼太は苦笑するしかなかった。
佐伯涼太
あはは……。
なんか、僕ちゃんお邪魔みたいだね……。
天野勇二
はぁ?
何を言ってんだ。
遠慮せずに食えよ。
涼太が気まずさという味のおにぎりを頬張っていると、前島が時計を見て言った。
前島悠子
あっ、もうこんな時間です。
それでは仕事があるので、お先に失礼します!
天野勇二
おう。行ってこい。
前島悠子
はい師匠!
行ってきます!
前島は元気良くテラスから走り去った。
その背中を見送りながら、おずおずと涼太が尋ねる。
佐伯涼太
ねぇ勇二、もしかして前島さんと交際することになったの?
天野勇二
はぁ?
なんで俺があいつと付き合わなくちゃいけないんだよ。
佐伯涼太
だって、かなり仲良しになったみたいだし、この間は惚れた、とか言ってたじゃん。
天野勇二
あいつはな、 弟子だ。
佐伯涼太
で、弟子?
天野勇二
そうだ。
天野はとんでもないことを言い出した。
天下のトップアイドルを「弟子」扱いなんて、ファンが聞いたら許すまい。
天野は困惑する涼太に、言って聞かせるように語り始めた。
天野勇二
あいつは俺と同じ 『クソ野郎』の素質がある。
俺は生まれて初めて同じタイプの人間と出会い動揺したんだ。
そのため、脳が恋と錯覚した。
天野はまたとんでもないことを言い出した。
天下のトップアイドルを「クソ野郎」扱いだ。
ファンが聞いたら殺すだろう。
天野勇二
あの小娘が持つ才能は素晴らしい。
平然と嘘を吐くことができ、その演技力はピカイチ。
腹黒のくせに純粋無垢な笑顔まで浮かべやがる。
あれほどの素質を持つ女には会ったことがない。
だから弟子にした。
涼太は「なに言ってんのこの人、頭大丈夫かな」と思いながら天野を見つめた。
天野勇二
あの才能は俺様に匹敵する。
磨けば俺を超えるかもしれん。
卒業したら『天才クソ野郎』の称号を譲っていいかもしれんな。
いらないと思うよ、そんな称号、と涼太は思ったが、口には出さなかった。
天野勇二
おっ、メールだ。
白衣のポケットからスマートフォンを取り出すと、楽しそうに言った。
天野勇二
噂をすれば、弟子からのメールだぜ。
佐伯涼太
メ、メアドなんて交換したの?
天下のアイドル様と?
天野勇二
ああ、見るか?
佐伯涼太
う、うん。
涼太は天野からスマートフォンを受け取った。
前島悠子
『師匠、いってきまーす』
短くシンプルなメールだ。
ただ、語尾にハートマークの絵文字が浮かんでいる。
しかも唇を尖らせて瞳を閉じ、キスをねだるような写真まで添付されていた。
佐伯涼太
付き合ってんじゃん!
天野勇二
はぁ?
だから交際していないと言っているだろう?
師弟関係だ。
佐伯涼太
これは師匠に送るメールじゃない!
どこの世界に師匠に 「ちゅーしてもいいよ♡ ウフフ♡」みたいな写メを送る弟子がいるのさ!
恋人に送るメールじゃんか!
天野勇二
ああ、実に腹黒い女だろう?
そこがいいんだよ。
クソ野郎の弟子に相応しいじゃないか。
佐伯涼太
なんだそりゃ!
涼太はスマートフォンを天野に投げつけて叫んだ。
佐伯涼太
もう!
なんなのよッ!
なんで師弟関係になってんの!?
せっかくクソ野郎にも春がやって来たと思ったのにさぁぁぁーーー!!!
涼太の悲しげな悲鳴がテラスにこだましていた。
(おしまい)
14,162
ご愛読いただきありがとうございました。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
さて、今回はコミカルな天野くんを紹介しましたが、次回もコミカルな天野くんを紹介したいと思います。
登場するのは天野くんのセンパイ。
通称『天才ブタ野郎』からの依頼が舞い込みます。
ブタ野郎はどんな依頼を天野くんに告げるのか……。
楽しんでいただければ幸いです!
それでは次週、
『彼を上手にご主人様にする方法』
にてお会いしましょう!
つばこでした!
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