※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


 学生食堂の2階テラス席。


 そこは天野が根城としている場所だ。


 昼時になれば、白衣を着たクソ野郎を見かけることが出来る。



 その日もテラスには天野の姿しかない、はずだった。



天野勇二

どうした。
早く用件を言えよ。


 目の前に1人の女性が座っていた。


 経済学部に在籍している4年生、高木美穂たかぎみほだ。


 目鼻の整った美人でスレンダーな体格の持ち主。


 尖ったツリ目が高飛車な印象を与えるが、大学でも「美女」と呼称される1人だ。


高木美穂

ここって、禁煙なんじゃないかしら。

 

 高木は天野が吐き出すタバコの煙を迷惑気に睨んでいる。

 

天野勇二

俺はマナーを守る男なんでね。

ちゃんと携帯灰皿は用意してある。

高木美穂

マナーですって?
あなたの辞書にマナーなんて言葉があるとは驚きだわ。

天野勇二

失礼な。
俺様の辞書には全ての言語が記録されている。
ただし、守るマナーの内容を決めるのは俺だ。
お前如きに指図されたところで知ったことか。


 天野は偉そうな言動を振り回し、その全てで高木の神経を逆撫でしている。


 高木は煙を手で追い払いながら言った。


高木美穂

頼みがあるの。

天野勇二

ほう?


 天野は肘を机について両手を組み、その上に顎をのせた。


 高木の顔を楽しそうに覗きこむ。


天野勇二

この俺様に頼み、だと?
お前が?
正気なのか?
大学一の問題児である俺様に?
頼む相手を間違えてるんじゃないのか?


 憎たらしい笑顔を浮かべている。


 高木は汚物でも見たかのように顔を歪めた。


高木美穂

そうよ。
私も天野くんに依頼したくはないんだけど。

 

 高木は深く息を吐くと、両手を組んで天野を見上げた。

 

高木美穂

私、どうしても『女子アナ』になりたいの。

 

 天野は少し驚いたように目を開き、納得したように頷いた。

 

天野勇二

なるほどね。
それが依頼か。
お前の狙いは『ミスコン』か。

高木美穂

そう。
話が早くて助かるわ。


 来週はキャンパスにて『学園祭』が開催される。


 そこではお決まりのように「ミスキャンパスコンテスト」が行われる。


 在籍している美人をかき集めて、美の優劣を競う大会だ。


高木美穂

今年こそ、私はミスになりたい。
そのためにはどんな手段を使っても構わない。
クソ野郎にだって魂を売る覚悟は出来てるのよ。

 

 天野はため息を吐きながら言った。

 

天野勇二

無理だな。

高木美穂

どうしてよ!


 高木は机を叩いて叫んだ。


 天野は冷静に言った。


天野勇二

ミスコンのエントリー者はお前を入れて6人。
顔ぶれは見たが、お前に勝ち目はないよ。

高木美穂

そんなの、わからないわ……。

 

 高木は震える声で訴えた。

 

高木美穂

私は4年生、これが最後のチャンスになるのよ。
ミスコンは女子アナの登竜門。
うちの大学のミスになれば、女子アナになれる可能性が限りなく高まるわ。

天野勇二

別にミスじゃなくてもいいだろ?
ミスじゃない女子アナは腐るほどいるぜ。

高木美穂

悔しいけど、私は自分の才覚を理解してる。
それにうちの大学のミスコンは特別。
あなたも知っているはずよ。



 ミスコン自体に興味はないが、そのことは天野も理解していた。


 天野が通っているのは、都内にある一流の私大だ。


 この大学で開催されるミスコンは別格。


 マスコミや広告代理店と連携しており、世間の注目度は高い。


 ミスに選ばれれば『芸能人タレント』になることだって夢ではないのだ。



天野勇二

お前がミスの座を渇望するのも理解できるよ。
うちの大学は毎年のように優勝者をメディアが取り上げている。
副賞も豪華で、コマーシャルや雑誌への出演も多い。
まさに歩く広告塔だ。
去年は高級車と海外旅行が副賞だったな。

高木美穂

そうよ。
だけど欲しいのは、そんなものじゃない。

天野勇二

お前が欲しいのはそれほどのミスに選ばれた、という肩書かたがきか。
確かにそれがあれば強力な履歴書コネが手に入る。
女子アナへの道も近づくだろうな。

高木美穂

事実、うちのミスからキー局の女子アナになった先輩もいるわ。
でも、私は毎年エントリーされてはいるけど、ミスにも準ミスにも、選ばれたことがない……。

天野勇二

さすが自分の才覚を理解している女だ。
お前の魅力はその程度。
エントリーされるほどの美人だが、女王になるほどじゃない。
誰もお前のことを、大学の顔として紹介したくはない、ってことだよ。


 偉そうで嫌みったらしい言葉だ。


 高木は鳥肌が立つような不快感に襲われた。


高木美穂

……だけど、私だって、今年はミスに選ばれるチャンスがあったのよ。
過去にミスや準ミスに選ばれた娘は、次のミスコンにエントリーすることが出来ない。
今年こそ私が本命のはずだった。

天野勇二

さすが過去のミスコンにエントリーされただけの女。
ルールをよくご存知で。

高木美穂

でも、例外が発生した。

天野勇二

前島悠子まえしまゆうこのことだな。

高木美穂

そうよ!

 

 高木は両手を強く握り、もう一度机を叩いた。

 

高木美穂

あんな女、反則じゃない!



 反則だと、高木が怒りを表すのも無理はなかった。



 前島悠子という娘は、ただの女子大生ではない。


 幅広い世代から支持されている、大人気の現役アイドルなのだ。


 それも国民的アイドルグループのセンターに立つような娘。現在でも絶大な人気を誇っている。


 将来は大女優、歌手、モデル。


 その全てを達成出来そうな1000年に1人の逸材だ。




 今年度入学した前島は、当然ながらミスコンにエントリーされている。


 本来であればトップアイドルなんて、わざわざミスコンに出る必要がない。


 しかし圧倒的人気と、メディアの思惑もあって、前島悠子はミスコンの舞台に担ぎ出されることになった。


 おまけにミスコンのルールまで書き換えられたのだ。


高木美穂

なんで今年に限って、過去のミスも準ミスも、ミスコンにエントリーできるのよ!
こんなのコンテストとしておかしいじゃない!
これも全て前島悠子のせいよ!


 高木が怒り狂っているように、過去のミスコンで女王の座についた娘も、再びミスコンに参加できるようになったのだ。


 そのため過去にミス、もしくは準ミスに選ばれた娘たちが、今年は大勢エントリーしている。


 確かにコンテストとしてはアンフェアだ。


 前島悠子というアイドルの存在が影響している。


天野勇二

お前以外のエントリー者はミス、もしくは準ミスの経験者。
お前とは格が違う。
よくエントリーできたものだと感心したよ。

高木美穂

そうね。
ありとあらゆる手を使ったわ。

天野勇二

枕営業コンテストならお前が一番なのになぁ。
沢山の男の上で腰を振って努力したというのに、その努力が実らないとは残念な話だな。


 嫌みったらしい賞賛の声だ。


 高木は殺意を込めた視線を天野に飛ばしている。


高木美穂

……悔しいけど、その通り。
私が優勝するなんて、とても現実的じゃない……。

天野勇二

これだけ顔ぶれが豪華だからな。
本来であれば前島悠子がぶっちぎりで優勝するところだが、ルール改定のおかげで盛り上がりそうじゃないか。
『大学の歴代女王ミスvsトップアイドル』か……。
もしかしたら番狂わせがあるかもしれない。
演出としては悪くないね。

高木美穂

しかも、前島悠子には準ミスを取らせておいて、過去のミス経験者を再度受賞させれば、第2の前島悠子として売り出すことも可能なのよ。

天野勇二

それでも本命は前島悠子だろう。
優勝させればそれだけでニュースになっちまう。
世間的なインパクトでいえば、それがベストだよ。

 

 そう言うと、天野はニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべた。

 

天野勇二

つまり、前島がミスにも準ミスにも選ばれないシナリオは想像できない。
お前に望みがあるとすれば、『無冠の女王、前島悠子を破り悲願のミスを戴冠!』というシナリオだろう。
だが恐らくそんなシナリオ、誰も望んでいないはずだぜ。

 

 高木は悔しそうに呟いた。

 

高木美穂

そう、わかってるのよ……。
私は下馬評げばひょうでもぶっちぎりの最下位。
ここから優勝するなんて現実的じゃない。
そもそも過去に敗退した私が、今年に限ってミスに選ばれるはずがないのよ。

天野勇二

メディ研への枕営業は、そこまで上手くいかなかったのか?


 メディ研とは『メディア活動研究部』の略称だ。


 ミスコンを主催し運営しているサークルであり、ここから広告代理店への就職を狙う学生は果てしなく多い。


高木美穂

エントリーだけで精一杯。
それ以上は無理。

天野勇二

じゃあ、お手上げだ。
諦めるんだな。


 天野は大げさに両手を開き、降伏のジェスチャーを示した。


 高木は媚びるように天野を見つめる。


高木美穂

だけど天野くんなら、きっと名案を思いつくはずよ。
それに賭けるしかないの。
あなたはこの大学で一番の天才じゃない。

天野勇二

天才の後の『クソ野郎』が抜けてるぜ。
それに俺様は医学生なんだ。
人体の中身を知りすぎたためか、見てくれの美醜なんかに興味ねぇんだよ。
ましてや美醜を決めるコンテストなんて、さらに興味ないね。

高木美穂

なんとかならないかしら。
天野くんだけが頼りなのよ。


 高木は瞳を潤ませている。


 声も震えている。


 今にも泣き出しそうだ。



 天野は冷たい笑みを浮かべて吐き捨てた。


天野勇二

安い芝居だな。
俺様には色仕掛けも泣き落としも通用しないぜ。
目障りだから止めてくれ。

高木美穂

……チッ。
天野くんは本当にクソ野郎ね。

 

 高木は舌打ちして、鞄から細いタバコを取り出した。

 

天野勇二

おいおい、ここは禁煙じゃなかったのか?

高木美穂

私はマナーなんか守る気はないわ。


 涙なんか一瞬で蒸発したようだ。


 天野は苦笑しながら忠告してやった。


天野勇二

諦めてボイストレーニングでもして、どっかのマイナー局に拾ってもらえよ。

高木美穂

絶対にイヤよ。
この大学に入ったのはミスコンで優勝して、キー局の女子アナになるため。
いつかはスポーツ選手に近づいて、玉の輿に乗るわ。


 頑固な娘だ。


 竹槍を一本持って、戦闘機に戦いを挑んでいる。


 天野はため息を吐きながら言った。


天野勇二

手段がないワケじゃない。

高木美穂

えっ?
本当に?

天野勇二

だが、俺様の美学からは外れる行為だ。
実践する気にはなれないね。

高木美穂

どんな手段なのよ。

天野勇二

簡単なことだ。
他の候補者を蹴落とせばいい。

 

 高木は肩を落として表情を曇らせた。

 

高木美穂

なんだ、そんなこと……。
出来るはずがないじゃない。

天野勇二

そうだ。
非合法な手段を使わない限りは不可能。
おまけに俺は乗り気じゃない。
綺麗さっぱり諦めるんだな。

 

 高木はタバコを床に投げ捨てると、苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。

 

高木美穂

やっぱり、天野くんもそう言うのね。
あなたが最後の頼みの綱だったのに……。
天才クソ野郎なんて呼ばれていても、無理なものは無理なのね。

 

 

 天野の眉がぴくりと動いた。

 

 

天野勇二

……おい。
今、何と言った。

高木美穂

天才クソ野郎でも、不可能は可能にできないって言ったのよ。

天野勇二

はっ、笑わせてくれるぜ。

 

 天野は大げさなジェスチャーを振り回しながら自分を指さした。

 

天野勇二

俺様にかかれば全てうまくいくさ。
天才クソ野郎に不可能はないんだ。

 

 高木は天野の顔を、寒々しく見つめた。

 

高木美穂

無理だって、天野くんが自分で言ったのよ?
何も出来ないんでしょ?
天才クソ野郎も無力ってことじゃない。

天野勇二

なんだと?


 天野は立ち上がり、苛立ちをジェスチャーに変えて振り回した。


 両腕を勢い良く振り回し、高木の顔に人差し指を突きつける。


天野勇二

この俺様が無力だと!?
本当にそう思っているのか?
冗談じゃねぇ!
何度も言うが、俺様にかかれば全てがうまくいくんだよ!


 高木は訝しげに天野を見つめた。


 無理と言ったのは天野本人だ。


 何をそんなに興奮しているのか、まるで理解できない。


高木美穂

天野くんが無理だ、諦めろ、って言ったのに、何をムキになってるの?
天才クソ野郎だって困難な依頼が舞い込んできたら、尻尾を巻いて逃げ出すってことでしょ?
結局天野くんなんて 『凡人チキン野郎』じゃない。

天野勇二

こ、このクソアマが……。
天才クソ野郎としての俺様を侮辱しやがったな!

 

 まるで空気を切り裂くように両腕を振り回し、天野は偉そうに叫んだ。

 

天野勇二

上等だ!
その依頼、受けてやろう!
ミスコンでお前を優勝させて、玉の輿に乗せてやろうじゃないか!


 あっさりと承諾してしまった。


 高木は呆然としながら尋ねた。


高木美穂

え? マジ?
私の依頼、受けてくれるの?

天野勇二

ああ、考えてみれば燃えるような勝負だぜ……。
勝ち目のないミスコン。
しかもド本命の敵は国民的アイドル様ときやがった。
血が騒ぎまくる勝負になるじゃねぇか……!

 

 天野は虚空を指さして吼えた。

 

天野勇二

楽しみにしていろ!
来週のミスコンでは、お前の頭にティアラを載せてやるぞ!

 

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つばこ

どうも、つばこです。
ご愛読いただきありがとうございます。
 
今回の「ミスコン編」は全5話のエピソードになる予定です。
果たして天野くんは高木さんをどうやって勝たせるつもりなんでしょうか。
というか天野くん、君は意外とチョロいな! チョロすぎるよ!
 
また皆様、温かいコメントを頂き本当にありがとうございます!
ちゃんと全部見てます! 毎日見てます!
鋭いご指摘にドキリとすることが多く、自らの文才不足を嘆くばかりなのですが、いつか改善して、皆様に満足していただけるものをお届けできるよう頑張ります! 誤字も頑張って直します(´;ω;`)

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コメント 262件

  • ごいりょくのないおたく

    読み返すと天野くん煽りに弱いのもうここで出されてたんだ……。

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  • みぃ

    私は高木さんのキャラ嫌いじゃないなぁ

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  • rtkyusgt

    前回北野くんのこと挑発してると思ったら今回は高木さんに挑発させられてるww

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  • riku

    この回大好きだからコミカライズ残念。。

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  • Jキュリオ

    この回大好きだからコミカライズ期待

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