岸野町子が住んでいたマンションの屋上には、高さ3メートルほどのフェンスが設置されている。

 

 男はそのフェンスの前に立ち、ひとつの花を置いた。 

 ちょうど岸野町子が飛び降りた辺りだ。 

 男はしゃがみこみ、しばしの間手を合わせた。

 

天野勇二

ほう。献花か。
殺人者相手にごくろうなことだ。

 

 驚いて振り返ると、天野が屋上の入り口に立っていた。

 男は天野に一礼して「一応、同じ科でしたから」と言った。

 

天野勇二

ドブスにはもったいないほど綺麗な花だな。

 

 男は天野を睨みつけた。

 

???

やめてください。自殺した人にそんなこと言うのは。

天野勇二

自殺だと? 岸野は自殺じゃない。

 

 天野はゆっくり男を指さした。

 

天野勇二

お前に、そこから突き落とされて、殺されたんじゃないか。

 

 男は無表情で天野を見つめた。

 

???

岸野さんは自殺ですよ。何を言っているんですか。

天野勇二

違うね。お前こそ何を言っているんだ。他殺だよ。

 

 天野は大げさなジェスチャーを振り回し始めた。

 気障キザったらしいお得意の仕草。

 他人の不快感を逆撫でするようなジェスチャーだ。

 

天野勇二

長谷川を殺した夜、お前は上手いこと岸野をフェンスの外に連れ出した。
俺ならこう言うかな?
『長谷川の気を惹くため自殺すると言おう。それほど愛していることを理解してもらおう』とな。

 

 天野はヘラヘラ笑いながら言葉を続けた。

 

天野勇二

そして、お前は岸野をフェンスの外に連れ出し、どーーーんと突き落とした。
これが自殺? 違うな殺人だ!
お前は地面に叩きつけられ、脳髄がはみ出た岸野を満足気に見下し、フェンスの内側に戻り、偽装した遺書を置いた。

 

 天野は献花が置かれた場所を指さした。

 

天野勇二

あそこに遺書を置いたのか?
『長谷川と来世で寄り添う』とは上手い表現だ。笑っちまうよ。

 

 天野は「あはは」と膝を叩いて笑い、男に指を突きつけて叫んだ。

 

天野勇二

お前が長谷川も殺したのにな!
お前が殺した長谷川と岸野、確かに来世でめぐり逢えるかもしれない。同じ人物に殺されたのだから。そう思わないか?

 

 男は黙って天野を見つめていたが、ため息を吐いて言った。

 

???

やめてください。
人を殺人者扱いなんて。

 

 天野は男の声が聞こえないとばかりに声のボリュームを上げる。

 

天野勇二

お前はあの日、長谷川の部屋で帰宅を待っていた。合鍵を隠してある場所でも知っていたのだろう。同じ科だ。親しくてもおかしくはない。帰宅した長谷川を出迎えたお前は、隙を見て長谷川の頭を殴りつけた!

???

僕がギターで長谷川くんを殺したって言うんですか。

天野勇二

違うね。
凶器はお前自身が用意していた。
俺だったら撲殺するのであれば特殊警棒を用意する。ギターは岸野との関連性を強調するための『小道具』に過ぎなかった。

 

 天野は高らかに笑いながら男を指さす。

 

天野勇二

お前は凶器を取り出し、長谷川の頭を殴りつけた!
1発! 2発! 3発! 4発!
そして5発叩き込んだお前は満足した。その後、ギターケースからギターを取り出し、長谷川の頭に叩きつけて破壊した。まるでギターが凶器に見えるかのようにな。

 

 天野は狂ったかのように声を張り上げる。

 

天野勇二

凶器をギターに偽装することが目的じゃない。お前は岸野の遺書に『確実に岸野が犯人である』という状況証拠を残す必要があった。予め作成していた遺書のために、わざわざギターで殴ったんだ。

 

 天野はケタケタ笑いながら指を突きつけた。

 

天野勇二

そしてお前は血塗れた衣服を着替え、岸野を呼び出し、自殺に見せかけて殺した!


 男は天野の迫力にあてられて距離をとった。天野は鬼の形相を浮かべ、全身から狂気を放っている。


天野勇二

岸野が落ちていく光景なんて、美しくも何ともなかっただろうよ! 俺が天才クソ野郎ならば、あいつは最強ドブス女だ!
吐き気のする醜い顔、鼻をつまみたくなるほどの体臭、清潔感の欠片もなかった。女としての最底辺だった。

 

 男は顔を真っ赤にして拳を握った。

 天野はその様子を眺めると、満足気にジェスチャーを振り回した。

 

天野勇二

昨晩あいつの実家に行ったが、あいつと同じ不快な臭いが漂っていたよ。ドブスを生み出すに相応しい汚物のような家だった。
ああ、ダーウィンは正しい。
進化論は正しい。
ドブスの家庭はドブスだらけだ。

???

やめろ、やめてください。

天野勇二

しゃくれた顎、そばかすだらけの肌! 汚い化粧に頬骨が浮き出ている! 今思い出しても気持ち悪い。あいつから依頼を受けて同じテーブルについたなんて、全身を消毒して欲しい気分になるな。

???

やめろ……。
やめろって言ってるんだ!

 

 男は叫び、天野に飛びかかった。

 

???

それ以上、彼女の悪口を言うな!

 

 拳を天野に向かって突き出す。

 天野はそれをひょいと避けて、男と距離を離した。

 

天野勇二

そう、それだ。お前だけが、そんな反応をするんだ。

 

 天野は不敵な笑みを浮かべると、男が置いた献花を手に取った。

 

天野勇二

初めてお前に会った時、俺様はあえて岸野の悪口を言い放った。みな冷ややかな反応だったが、お前だけは違った。怒りに全身を震わせ、明らかな敵意を向けた。そして……。

 

 天野は左手を高く掲げ、献花を放り投げた。

 

天野勇二

お前の左手の指先は固かった。まるでいつもギターを弾いているかのように。

 

 男は自分の左手を見つめた。

 指先にタコができている。

 ギターの練習によって出来たものだ。

 

天野勇二

決定的なのがアリバイだ。犯行時間と岸野の飛び降りた時間。その両方にアリバイがなかったのはお前だけ。遺書を偽装する時間も十分にあった。わかるか? 俺は最初からお前を疑っていたんだよ。

 

 天野は男の名前を叫んだ。

 

天野勇二

北野!

 

 英文科の2年生、北野は大きく息を吐きながら天野を睨んでいる。

 

天野勇二

それだけじゃない。


 天野は懐から一枚のコピーを取り出した。

 何かの写真だ。

 ヒラヒラと北野に見せ付ける。

 北野は呆然とそれを見つめ、青ざめ、苦しげに呻いた。

北野啓介

どうして……。どうして、それを持っているんですか!?

天野勇二

俺の親父は産婦人科を手広く経営していてね。岸野が中絶したのは、うちの系列のクリニックだった。

 

 天野は写真を見ながらニタニタ嫌らしく笑う。

 まだ3ヶ月に満たない胎児のエコー写真だ。

 

天野勇二

お前、本当に岸野を愛していたんだろう?

 

 北野の動きが止まった。

 

天野勇二

お前は岸野町子を愛していた。
妄想と虚言の中に、ただひとつだけ真実があったんだ。お前との妄想は真実だった。
なぁ、そうだろう? なぜそれに気づいたか教えてやろうか?

 

 北野は何も答えず、ぐっと拳を握った。

 

天野勇二

俺は親父の商売柄のためか、女が『処女』か『非処女』かを見分けるセンサーを持っていてな。初めて岸野に会った際、こいつは『非処女』だと確信していた。


 自らのこめかみ辺りをトントンと叩いている。自慢のセンサーを見せつけたいのだろう。

天野勇二

だからこそ『子供を堕ろした』という言葉もすんなり信じた。そのため、長谷川との関係が真実だと思ったのさ。
嘘の中にまぎれた真実。
それがずっと感じていた違和感の正体だった。

 

 天野は硬直している北野になおも語りかかける。

 

天野勇二

お前たちの間に何があったのか。そんなことには興味ない。最終的に岸野はお前との子供を堕ろし、あっさりと長谷川に鞍替えした。お前は岸野の心を取り戻せなかった。そして、狂ったお前の愛情は憎悪に変わり、2人を襲った! そうだろう!?

 

 北野は何も答えない。

 ただ拳を握り締めてエコー写真を睨んでいる。

 

 天野は写真に目をやり、まだ人になる前の姿を眺めた。

 

天野勇二

クリニックに訊いてみたら、当然ながら立会い人はお前の名だった。
さぁ、どちらに似るんだろうな?
お前か?
それともドブスか?
……ああ、そうだった。

 

 天野は写真をビリビリと破り捨て、空へ放り投げた。

 

 

天野勇二

もう死んじまったんだったな! アーーーーッハッハッハッハ!!!

北野啓介

て、てめぇ!

 

 北野は懐から刃物を取り出した。

 迷うことなく天野に向ける。

 

北野啓介

それ以上、俺たちを侮辱するなら、ただじゃおかない!

 

 北野は両手で刃物を構えた。

 突進すれば奥深くまで突き刺さるだろう。

 天野はその様子を見て、更に可笑しそうに笑った。

 

天野勇二

おいおい、お前、人を刺したことがあるのか? 人を刺したことのないヤツの刃物なんて怖くもなんともないね。

北野啓介

あまり俺をなめるな。お前ごとき殺すなんて簡単だ!

天野勇二

そうだな。
お前はすでに2人も殺している。
3人目なんて、ちょっと数が増えた程度か。

 

 北野はゆっくりと天野との間合いを詰めていく。

 刃渡り15cmほどのナイフが天野を狙っている。

 天野はおどけたように両手を広げた。

 

天野勇二

これ以上罪を重ねるのか? やめておけよ。俺様はお前と岸野を結ぶ線を見つけた。お前には動機がある。俺様が警察に証言すれば、優秀な警察はお前をドブス殺しの真犯人として逮捕してくれるぜ。

 

 北野はそれに応えず、ゆっくりと天野との間合いを詰めていく。

 

天野勇二

もうお前は詰んでいる。
逃げ道なんてない。
諦めて自首しろよ。
それがお前に出来る最低限の償いだ。

 

 『償い』という言葉を聞き、北野は一瞬迷ったように顔を伏せた。

 

北野啓介

……お前の指図は受けない。

 

 刃物を強く握り直す。

 

北野啓介

お前は町子を侮辱した。お前を殺せば、俺と町子の繋がりに気づく奴はいない。お前が死んじまえばいいんだ。

天野勇二

……そうか、それならばしょうがないな。


 ケラケラと笑うと、天野はまた大げさなジェスチャーを振り回した。

天野勇二

北野よ。お前は中絶手術の内容を知っているか?
せっかくだ。この医学部首席の天野様が講義してやろうじゃないか。お前と岸野の子供が、どんな風に殺されたのか。

 

 北野は辛そうに顔を歪めた。

 

北野啓介

やめろ。

天野勇二

お前だって愛する子供の最期を知りたいだろう? 中絶手術がどれだけ凄惨な行為なのか。一度でも目の当たりにすれば、避妊を怠る癖はなくなるぜ。まずクスコという器具を使うんだ。テコの力を使ってな、ドブスの股を限界までこじ開けるのさ。

北野啓介

やめろ! やめてくれよ!

天野勇二

お前が愛したドブスの股を開き、医者は幾つもの器具を手にする。お前たちの愛の結晶を殺すために! 温もりのある生命から冷たい肉塊に変えるまで、医者はドブスの股を覗きこむのさ! 想像してみろよ北野! 俺様のような医者によってお前たちの子供は殺されたんだ!

北野啓介

やめろおおおぉぉ!

 

 北野は天野に突進し、刃物を突き刺した。

 天野が少し体を逸らしたため、右胸に刃物が突き刺さった。

 

天野勇二

ぐふっ。

 

 天野は苦しそうに右胸を抑え、仰向けに倒れた。

 まだ刃物は北野の手の中にある。

 北野は倒れた天野に圧し掛かり、喉元を狙って振りかぶった。

 

天野勇二

ふん。


 喉に突き刺さる直前、天野が北野の手首を掴み、右横に捻った。

 手首を支点にして体勢を入れ替える。

 手首から肩まで無理やり捻じ曲げられ、北野は痛みのあまり刃物から手を離した。

天野勇二

だから言ったろう? 刺したことのないヤツの刃物なんて、怖くないとな。

北野啓介

なぜだ。突き刺したはずだ。

天野勇二

俺様は防刃シャツを着ている。もっとも衝撃は吸収できないがな。結構痛かったぜ。肋骨の1本は折れたな。

 

 天野は北野を組み敷きながら涼太を呼んだ。

 

天野勇二

涼太! ちゃんと撮れたか!

 

 物陰から涼太が顔を出した。手にはビデオカメラを持っている。

 

佐伯涼太

バッチリ!
白熱のシーンだったよ!

天野勇二

これでお前は殺人未遂罪だ。
もう諦めろ。終わりだよ。

 

 その言葉を聞き、北野の全身から力が抜けていく。

 北野は涙を流しながら「ちくしょう」と呟いた。

 

天野勇二

涼太、警察に連絡してくれ。

佐伯涼太

うん、わかった。

 

 涼太はスマートフォンを取り出して電話をかける。

 天野は組み敷いたまま北野に語りかけた。

 

天野勇二

お前、岸野の後を追って、死ぬつもりだったろう。

 

 北野は何も応えない。

 ただ涙を流して「ちくしょう」と呟くだけだ。

 

天野勇二

遺書にあった『来世で寄り添う』という言葉。あれは、お前自身の望みだったんじゃないのか?

北野啓介

……黙れ。お前に何がわかる。

天野勇二

お前の考えなんか理解したくもない。ただ俺が言えるのは、人を殺した罪を償わず、自殺という逃げ道に走るヤツは最低のクズだってことさ。


 通報を終えた涼太が戻って来た。
 どこか悲しげに北野を見下ろしている。
 天野は軽く息を吐くと、顔をしかめながら涼太を見上げた。

天野勇二

替わってくれ。
アバラが一本イカれたようだ。

佐伯涼太

あらら、無理しないでよ。


 涼太は天野と入れ替わり、北野の体を地面に押し付けた。
 北野は抵抗することを諦めたのか、もしくは抵抗する気力もないのか、涙を流したままうつ伏せにされている。

 天野は北野を見下しながらタバコに火をつけた。胸の痛みを堪えながら煙を吐き出す。

北野啓介

……お前みたいな、クソ野郎に、何が、わかる……。

 

 北野が唸った。

 必死に顔を上げ、天野を睨みつける。

 

北野啓介

彼女を……町子を侮辱しやがって……。俺はお前みたいな奴が一番キライなんだ……。

天野勇二

侮辱だと? ドブスを殺したのはお前じゃないか。

北野啓介

ドブスって言うな! てめぇ何様のつもりだよ!

 

 再び手足をばたつかせているが、涼太がしっかりと押さえつけている。拘束から逃げることは出来ない。

 

 北野は顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 

北野啓介

町子の顔が、身体が、存在が、何かお前に迷惑かけたのかよ!? 町子の何が悪いんだ!? 町子の顔がブスだって言うなら、そのことの何が悪いんだよ!!!

 

 天野は冷たい瞳で北野を見つめた。

 涼太が慌てて口を開く。

 

佐伯涼太

北野くん。それは誤解だ。
勇二は……

天野勇二

やめろ。

 

 天野は厳しい声で涼太の言葉を遮った。

 胸を押さえながら北野に近づき、悪魔の声で囁いた。

 

 

 

天野勇二

うるせぇんだよ。
ドブス殺しのクズ野郎が。

 

 

 

 北野の顔が怒りに染まる。頭に血が上りすぎてしまい、もう声すら出ていない。

 

天野勇二

俺様は別に、お前が死んでくれても良いんだ。貴様みたいなクズが死んだところで知ったことか。
だがな、お前はドブスに『殺人者』という最も醜い死装束を着せやがった。

 

 天野の表情も怒りに染まっていく。

 

天野勇二

ふざけやがって。
お前は死んだ人間のことも、残されていく人間のことも、何ひとつ理解しようとしていない。
誰よりも醜いのはお前だよ。
例え神が許しても、俺はお前を絶対に許さない。死ぬことだって許しはしねぇんだよ。

 

 北野の顔にタバコの煙を吹きかけ、天野は顔を歪めながら背を向けた。もう北野のことなんか忘れてしまったかのようだ。ゆっくり屋上のフェンスへと歩いて行った。

 

北野啓介

ちくしょう……。あのクソ野郎……!


 北野は涙を流しながら天野の背中を睨んでいる。涼太はその姿を切なげに見つめた。

佐伯涼太

北野くん。勇二はね、君が思ってるような男じゃない。

 

 涼太は天野のために言葉を続けた。

 

佐伯涼太

勇二は、岸野さんを信じたよ。
岸野さんの言葉を信じていた。
だから、君に辿り着いたんだよ。

 

 遠くからサイレンの音が聴こえる。

 事件に幕を下ろす鐘の音のようだった。


 事件から幾日か過ぎた日。
 学生食堂の2階テラス席には天野と涼太の姿があった。

佐伯涼太

本当に勇二は鬼だよね。よくもまぁ、こんなこと言えるよ。

 

 ビデオカメラの映像を眺めている。

 天野が北野を追い詰め、自らを襲うように挑発している場面だ。

 

天野勇二

仕方ないさ。再捜査させるほどの決定的証拠は見つからなかったからな。

佐伯涼太

北野くんと岸野さんの関係や動機、それは証明出来るけど、実際の犯行に関してはお手上げだったもんね。

天野勇二

警察の腰は重いからな。北野が黙秘すれば捜査もせず、立件を見送ったよ。

佐伯涼太

北野くんは素直に自供するかな。してくれるといいんだけど。

天野勇二

どうだろうな。

 

 テラスを沈黙が包んだ。

 

 警察関係者にコネのない2人には、警察がどのように北野を扱うのか、知ることが出来ない。起訴するように働きかけることも出来ない。下手すれば警察は北野を殺人犯として扱うことすら止めてしまっただろう。

 

 だからこそ天野は殺人未遂の場面を用意した。

 これからは「善意の第三者」として、物的証拠を山ほど送りつけるつもりだ。

 北野が逃げ切ることは困難だった。

 

佐伯涼太

北野くんも、色々悩んだ末の犯行だったのかな。

天野勇二

あんなクズの悩みなんて、興味ないね。

佐伯涼太

でもさ、カノジョが子供を堕ろしちゃったんだよ。これは堪えたんじゃないかな。

 

 天野は呆れたように肩をすくめた。

 

天野勇二

それなら岸野が悪かった、と言うのか? 冗談じゃない。岸野だって女だ。心変わりもするだろうよ。世の中の男ってのは、女が心変わりする度に女を殺すのか? それともお前は、ドブスには心変わりする権利なんか不要だ、とでも言いたいのか?

佐伯涼太

そ、そこまでは言わないけどさ……。

天野勇二

当たり前だ。
そんなことで殺されてたまるか。
大体、とばっちりで殺された長谷川の不幸を思えば、北野に同情する気持ちなんかまるでないね。

 

 涼太はその言葉を聞き、辛そうにため息を吐いた。

 確かにそうだ。

 長谷川が殺されるべき理由はなかった。

 

佐伯涼太

長谷川くんは可哀想だったね……。
きっと最後の言葉はギターじゃなくて、北野、って言おうとしたんだろうね。

天野勇二

恐らくな。まぁ、俺様はそんなことだろうと思ってたけどよ。

 

 涼太は恨めしそうに天野を見つめた。

 もしかしてこのクソ野郎、初めて北野の名を聞いた瞬間から疑っていたのではないか、と感じた。

 

佐伯涼太

いや、それだけじゃない……。
まさか勇二、最初から英文科の生徒が怪しいって、ヤマ張ってたんじゃないの?

 

 天野はニヤリと悪い笑みを浮かべた。

 

天野勇二

まぁな。

佐伯涼太

うげぇ、それじゃ自分から率先して危険な聞き込みを選んだんだ。

天野勇二

そうかもな。

佐伯涼太

むぅ……。

  

 涼太は唸りながら天野を見つめた。

 考えてみれば危険な聞き込み調査だけでなく、犯人に刺される、というオトリの役目も引き受けている。

 

 クソ野郎な横顔からは想像も出来ないが、もしかしたら自分に気を使っていたのかもしれない。もしくは、自分ではどちらも任せられない、と考えたのかもしれない。どちらもあり得そうだなと、涼太は天野の奥深さを感じた。

 

佐伯涼太

まったく……。
勇二のそういうとこ、僕ちゃん嫌いじゃないよ。

天野勇二

いきなりなんだよ。気持ち悪いな。

佐伯涼太

うぷぷ、天才クソ野郎も体張って大変だな、と思ったのよ。

 

 天野は訝しげに涼太を見つめたが、即座に気障ったらしい指先を振り回し、偉そうなお決まりのフレーズを吐いた。

 

天野勇二

まぁ、どんな状況に陥っても、この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくのさ。

 

 涼太は苦笑しながら天野の仕草を眺めた。

 テラスにこぼれた木漏れ日が、まるで天野を祝福しているかのように見えた。

 

 

 

 

(おしまい)

 

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つばこ

どうも、つばこです。
 
ご愛読いただきありがとうございました。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
 
 
さて、本エピソードではちょっと凄惨な事件を紹介しましたが、次回はぐっと平和的でコミカルなエピソードを紹介いたします。
最初のエピソードで登場したメインヒロインが本格参戦します。
アイドルの前島悠子ちゃんです。
涼太くんや前島ちゃんのイラストもいつか登場しますので、ご期待いただければ幸いです。
 
それでは次週『彼女を上手にミスコンで優勝させる方法』でお会いしましょう。
 
 
つばこでした!

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コメント 244件

  • ぬかづけ

    読み返してみても
    最初からキッチリ面白かったなぁ
    天クソ、さすが

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  • rtkyusgt

    長谷川くんに逆恨みはないよなー。
    しかもその罪を岸野さんに被せてさ。

    本当に愛していたならこんなことしない。
    愛が歪んで恨みつらみになったのかしら。

    通報

  • ゆんこ

    北野くん自分勝手すぐるよなー。

    北野くんこそ岸野さんがまた自分に振り向くように
    努力するべきだったよね。

    クソ野郎言い過ぎだけど、
    最後まで北野くんが自分のこと棚に上げて
    天野くんを「許さん」みたいにゆーてるのが
    めっさ腹立つ!ヽ(`Д´)ノプンプン

    通報

  • ひなた

    ↓実際にひとりで、親の協力も、他からの援護も一切無い状態での出産は無理ですよ。
    産んだ後に、殺すことになる。よく考えて出産なさってください。子供はお人形さんでもペットでもなく、あなたの理解を超えた個の性格を持って生まれますし。「可愛い」?「純粋」?言葉が話せない乳児のみ、こちらの妄想でそう押し付けることができますね。

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    マンガで読み始めて
    飛ばされてる回だから気になって読んだら
    めちゃめちゃ内容濃くてびっくりしました

    香水は普通に読んで分かるし
    非処女センサーは持ってるやつは持ってるし(100%とは言ってない)
    防刃服も予め予定してたら手に入れる手段いくらでもあるし。

    気になったのは、北野の犯行に至った経緯だね
    クズのことはどうでもいいっちゃいいが。
    長谷川君がただただ可哀想て部分にも触れてるのが素晴らしかった

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