天才クソ野郎はテラスにいる。

　彼の名前は天野勇二（あまのゆうじ）。

　その日も1人の「依頼人」が、彼のもとを訪ねていた。

　天野は偉そうに尋ねた。

　テーブルを隔てた目の前に、1人の男が座っている。

　男は深々と頭を下げた。

　天野はタバコの煙を吐き出し、嫌そうに口を開いた。

　中尾は天野の顔を恐る恐る見上げた。




　噂の天才クソ野郎、 天野勇二あまのゆうじ。




　眼光鋭い切れ長の瞳。

　かなり悪そうな顔にも見えるが、彫りの深い端正な顔立ちだ。

　髪型はミディアムのウルフスタイル。

　綺麗にセットされた黒髪は清潔感があり、不潔な印象を一切与えていない。

　背丈は180センチオーバー。

　ほどよく筋肉がついておりスタイルもいい。

　女子に一番好まれる「細マッチョ」の体型。

　その上に羽織っている白衣もよく似合っており、知性的な雰囲気を醸しだすことに一役買っている。

　外見だけならば完璧だ。




　……だが、この男は中身に問題がある。



　言動が偉そうで、仕草が気障（キザ）で嫌みったらしく、相手に不快感を与える 癖くせがあり、その場の空気をすぐに悪くしてしまう。

　それが天野勇二という男だった。

　中尾は仰天して叫んだ。

　興奮して叫ぶ中尾の顔をじっと見つめ、天野は静かに首を捻った。

　中尾は口をパクパクさせて天野を凝視した。

　唾を吐き出しながら叫んでいる。

　天野は思わず顔をしかめた。

　瞳に苛立ちと殺気が満ちていく。

　そんな天野の変化に気づかず、中尾は叫び続けた。

　ドカン、と大きな音がして、天野と中尾を隔（へだ）てていたテラスのテーブルが浮き上がった。

　一呼吸置き、中尾は「天野が座ったままテーブルを蹴り上げたのだ」ということを理解した。

　そして、「天野の顔面が怒りで満ちている」ということも理解した。

　中尾は青ざめ、金魚のように口をパクパクさせた。
　とてつもなく怖い。
　この男の脅しは本職の極道にも負けていなかった。

　天野はタバコの煙を吐き出すと、すっかり怯えて縮み上がった中尾に尋ねた。

　
　中尾はしばし涙目で怯えていたが、なけなしの勇気を振り絞って口を開いた。
　

　天野は心底呆れていた。

　独善的で、短絡的で、偏見に満ちた思考だ。

　なぜ 「女子大生はみんなビッチ」と決めつけて敵視しているのか、天野にはさっぱり理解できない。

　中尾はそんな天野の困惑には気づかず、唾を撒き散らしながら言葉を続けた。

　天野はうんざりしながら中尾の話を止めた。

　中尾は真っ青な顔をして 俯（うつむ）いた。

　しばらくの間、中尾は青ざめたまま黙りこんだ。

　気持ち悪い独り言をブツブツと呟いている。

　天野はその姿をのんびり眺めた。



　やがて、中尾はぽつりと呟いた。

　その瞳には狂信的な感情が宿っていた。

　天野は指先をパチリと鳴らした。

　壮大なオーケストラを率いる指揮者のように、指先を気障キザったらしく振り回す。

　そして自らの左胸を親指で示した。

　どこまでも偉そうな発言だったが、それは中尾にとって希望の光だった。

　神にでもすがるように天野を見つめた。

　天野は悪い笑みを浮かべていた。

　それでも内心「芸能人ってのも楽な商売じゃないんだなぁ」と、まだ見ぬアイドルに同情していた。