宍道湖のワカサギ減少はネオニコチノイド系農薬が原因?

TBSの報道特集の「最も使われている殺虫剤 ネオニコ系農薬 人への影響は」という動画を見ました。



以下を読んでもらえばわかると思いますが根拠薄弱もよいところです。

この番組は、2019年のScienceに載った東京大学の山室真澄教授の論文がベースになっています。
Neonicotinoids disrupt aquatic food webs and decrease fishery yields(ネオニコチノイドは水域の食物網を破壊し、漁獲高を減少させる)」 ・・①

有料でAbstractしか見られないのでScienceに載った後の山室教授の記事をベースに見ていきます。
農薬による湖沼生態系の撹乱 -島根県・宍道湖の例-」  ・・②

ネオニコチノイド系農薬は、水溶性の殺虫剤で人への影響が少ないものです。
人と同様、魚にも影響は少ないということを最初に理解しておいてください。

山室教授の主張

1.ワカサギは、動物性プランクトンを餌とする
2.宍道湖の動物性プランクトンの9割がキスイヒゲナガミジンコ
3.1993年以降キスイヒゲナガミジンコが激減したので、それをエサとするワカサギも激減した
4.1992年にネオニコチノイド系農薬のイミダクロプリドの使用許可が下りた
5.1993年に使われ始めた
6.「水温や塩分,護岸工事や漁獲努力など,考えられるあらゆる要因が 1993 年以前と以後とで有意な差はない」
7.「動物だけに依存するワカサギとウナギが減って植物も食べるシラウオは減っていない」

上記のことから、ネオニコチノイド(イミダクロプリド)が原因で、ワカサギが激減したと主張しています。
では、おかしなところを見ていきましょう。


キスイヒゲナガミジンコは1993年より前から減少傾向にあった

ワカサギのエサであるキスイヒゲナガミジンコは1993年より前から減少傾向にあることが以下からわかりますね。
道湖湖心におけるキスイヒゲナガミジンコの現存量
※②より引用 Scienceでは、「Zooplankton biomas」あり、全動物プランクトンの量では?と思うのだが、都合が良いように改竄していない?
 シラウオは動物プランクトンをエサにしているが(後述)、これが事実だとすると都合が悪いと思うが。
 そもそも、Scienceでは、「動物プランクトン」と呼んだり「The biomass of the pelagic copepod Sinocalanus tenellus」(Sinocalanus tenellusはキスイヒゲナガミジンコ/キスイヒゲナガケンミジンコ)と呼んだりして、どっちのことだかわからない。

上記のグラフの1992年以前だけ取り出して近似曲線を引いてみました。こうするとわかり易いですよね。
1981-1992のキスイヒゲナガミジンコ現存量
イミダクロプリドがとどめを刺した可能性はあるが、イミダクロプリドが原因とするのは無理がありませんか?

では、その減少とワカサギの漁獲量に相関がありそうかというと、あるように見られませんね(1993年より前参照)。
道湖におけるワカサギ,シラウオ,ウナギの年間漁獲量
※②より引用

他の汽水域のワカサギは?

北海道の網走湖に良い例があったのでそれを紹介します。

涛沸湖のワカサギ資源に関する調査研究」によると「網走湖はセントロパジェス科のキスイヒゲナガケンミジンコが9割以上を占める」とあり、エサが宍道湖に似ています。
涛沸湖と網走湖における橈脚類の出現率

そして「網走湖産ワカサギ仔魚の餌生物と生き残り」には次のようにあります。
キスイヒゲナガケンミジンコの出現量が少なかった1993年と1996年には、ワカサギ仔魚の生き残り指数は低く、その年の漁獲量は他の年よりも少なかった(表1)(生き残り指数と漁獲量の資料は、網走水産試験場から提供)。
仔魚の生き残り指数と漁獲量

上記から、網走湖ではキスイヒゲナガケンミジンコとワカサギの量に相関がありそうです。
網走湖のワカサギはほとんどいないのでしょうか?
魚種別漁獲量の推移(網走湖)
※網走市の「網走湖の漁業の推移」より引用

網走湖ではワカサギ減っていませんね。
イミダクロプリドを北海道では使っていないのでしょうか?

化学物質データベース」で1993年の島根県(宍道湖がある)と2008年の北海道(網走湖がある)のイミダクロプリド出荷量と単位耕地あたりの使用量を比較してみましょう。
場所・年出荷量単位耕地当たり使用量耕地面積
島根県・1993年0.118トン3.24kg/kha36.40kha
北海道・2008年10.703トン9.36kg/kha1,143.00kha
※耕地面積は「令和2年耕地及び作付面積統計」のデータを使う

あれれ?おかしいな~
今の北海道の方が多くイミダクロプリド使っているはずなのに、ワカサギが減ってない。
山室教授、どういうことでしょう?説明してください。

1993年当時の宍道湖でのイミダクロプリドの濃度はどうだったか?

①の補足資料から以下2つ引用します。

■2018年の観測点
2018年の観測点

■イミダクロプリドなどネオニコチノイドの宍道湖での観測2018年
イミダクロプリドなどネオニコチノイドの宍道湖での観測2018年

イミダクロプリド(Imidacloprid)を見てみましょう。
厚生労働省の資料ではイミダクロプリドの定量限界は「0.005~0.2 ppm」となっているが、その倍以上の精度があるようですね。凄いな~。

数値が書かれていないので実際はわからないが目で見た感じから、最大 0.014ug/L と仮定しましょう。
先に出てきた化学物質データベースから2018年の島根県への出荷量を見ると1.168トンで、1993年の0.118トンでほぼ10倍です。
ということは、1993年当時のイミダクロプリドの濃度は、0.0014ug/L と推定できるでしょう。

水産動植物の被害防止に係る農薬登録保留基準として 環境大臣が定める基準の設定に関する資料  イミダクロプリド」によると、
ミジンコ類急性遊泳阻害試験の結果は「48hEC50 = 85,000 μg/L」とのこと。
48hEC50とは、48時間で半分の個体に影響が出る濃度のことです。
慢性のデータがないのですが、別のミジンコの例では、急性が56,600 μg/L で、慢性(21日NOEC)が1,250 ug/L であるとのと。
※NOECは、No Observed Effect Concentration の略で、無影響濃度のこと。

1993年当時のイミダクロプリドの濃度は:0.0014ug/L <<< ミジンコのイミダクロプリド無影響濃度:1,250 ug/L

ぷぷっ。これで、キスイヒゲナガケンミジンコが激減した原因がイミダクロプリドと言えるそうですよ。

ちなみに、山室教授が2017年に関わった「宍道湖水におけるネオニコチノイド濃度の予備的報告」では、ポンプ場近く以外ではネオニコチノイド系農薬を検出できなかったそうです。
※この時の検出限界は0.002 μg/L とのこと。

2018年の観測と何が違うのでしょうね?
この予備的報告には次のように書かれています。
国土交通省出雲河川事務所が宍道湖湖心部で毎月行っている動物プランクトン調査(未公表資料)でも,1993 年4 月に突如激減して以降,減少状態が継続していた。
そして②には次のようにあります。
宍道湖の動物プランクトンの 9 割以上を占めるキスイヒゲナガケンミジンコが,1993 年の 5 月に激減していました(第 2 図).宍道湖周辺ではゴールデンウィークに田植えが行われ,大量の殺虫剤と除草剤が水田に撒かれます.そして水田用のイミダクロプリドというネオニコチノイドが 1992 年 11 月に農薬として登録され,初めて使用されたのが 1993 年 5 月でした。
あれ?
ネオニコチノイドが初めて使われたのが1993 年 5 月なのに、1993 年4 月に突如激減したって超矛盾していますが・・・

ちなみに、山室教授は、0.014ug/L なり0.0014ug/L の濃度でキスイヒゲナガケンミジンコが激減する実験をすれば、この論文の確度が大分高くなるはずなのに、それをやった形跡はありません。
なぜでしょうね?

シラウオって何を食べる?

シラウオの幼魚は植物プランクトン,成魚は動物プランクトンを食べます . ワカサギの場合,幼魚は動物プランクトン,成魚は動物プランクトンに加えて羽化したユスリカも食べます.ウナギは甲殻類や多毛類などの底生動物を食べるとされています.動物だけに依存するワカサギとウナギが減って植物も食べるシラウオは減っていないということは,光合成を行う一次生産者ではなく,それを食べる二次生産者が何らかの原因で減ったことで,その二次生産者だけを食べるウナギとワカサギが減った可能性を示しています.
シラウオの幼魚は植物プランクトンを食べると書いてあったので、ふ~んそうなのね、と問題を見過ごしていました。

キスイヒゲナガケンミジンコについて調べていたら「小川原湖資源対策調査事業(対象魚種:シラウオ)」というのを見つけた。以下は、これからの引用です。
餌料プランクトン組成と摂餌選択性について
三浦(1992) の報告では、キスイヒゲナガケンミジンコ及びカワリゾウミジンコの密度の季節変化と胃内容物からキスイヒゲナガケンミジンコが豊富に存在する時は、これを優先して捕食していると推定している。
今年のシラウオの餌料個体数比とキスイヒゲナガケンミジンコ・カワリゾウミジンコ及びゾウミジンコの月別出現個体数からもキスイヒゲナガケンミジンコが比較的多く出現している時は、これを選択して捕食し、逆に減少したときはカワリゾウミジンコ或いはゾウミジンコを捕食している傾向にあり、三浦の結果とほぼ一致していた。
シラウオは普通にキスイヒゲナガケンミジンコ食うじゃん。

これが、幼魚・成魚どちらのことか書いていなかったので、別のを探しました。

宍道湖におけるワカサギ及びシラウオ資源の変動
ワカサギ及びシラウオはどちらも宍道湖に生息する魚類の最優占種であり,また春季に産卵して大部分が一年の寿命であること,主食が動物プランクトンであること等,生態上の共通点も多い。

いばらき魚顔帳 (執筆:荒山和則. 2011年) シラウオシラウオシラウオシラウオ(シラウオ科)
主な餌生物はケンミジンコやミジンコなどの動物プランクトンで,まれにイサザアミや仔魚も消化管からみつかる。ただし本種は餌の選択性は乏しいとされ,基本的には環境中に多い動物プランクトンを食べると考えられている。なお,涸沼における生態も霞ケ浦のそれとほぼ同じ。

島根県【水産技術センター】シラウオ
幼魚の時には主に動物プランクトンを食べますが、成長するとイサザアミなどを餌にするようになります。

山室教授の言う「シラウオの幼魚は植物プランクトン」は大間違いで、シラウオとワカサギの食性はほぼ同じであるとのこと。
それなのに、ワカサギは減って、シラウオが減らないのは不可解ですね~。

その他

海外に山室教授の論文を非難している人がいました。
What’s missing from claims that neonicotinoids are killing bees, birds and fish?(ネオニコチノイドがミツバチ、鳥、魚を殺しているという主張に欠けているものは何ですか?)
色々あるのですが、面白いところを2箇所引用します。
Something is obviously very fishy here, which makes one wonder not only about the competence of the investigators but also whether, in overlooking these points and those discussed below, the peer reviewers and editors of Science, the journal in which this study was published, were comatose.
明らかに何かが怪しい。研究者の能力だけでなく、これらの点や後述する点を見落としていたのは、この研究が掲載された学術誌「Science」の査読者や編集者が昏睡状態にあったからではないかと疑ってしまう。
So much for the Yamamuro et al. study, perhaps the worst, most irresponsible article I have encountered during more than 40 years of reading Science.
山室らの研究は、私が40年以上Science誌を読んできた中で、おそらく最も悪く、最も無責任な論文であった。


ところで、国立研究開発法人産業技術総合研究所がこの件について「ウナギやワカサギの減少の一因として殺虫剤が浮上」と発表しているが恥ずかしくないかな。
単相関があるってだけでこんなの出して。
まあScience も地に落ちたって感じですね。

TBSがダメなのは知っていたから、何とも思わないが、発達障害とネオニコチノイドに単相関があるから原因だとか言っている木村―黒田純子氏も紹介していましたね。
もう「報道特集」という名前は止めて「捏造特集」としたら?

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