Search
  • Aki Tonami

與那覇 潤 様

はじめまして、礪波亜希といいます。

この度はご質問ありがとうございます。


まず、少し長くなりますが、このお返事の前提について共有させて下さい。


第一に、インターネット上で行われる(日本語による)コミュニケーションについての私の理解です。筒井(2020)は、理屈と議論について、


理屈による否定・非難は、続けようと思えばいくらでも続けることができます。決着がつかないはずの議論になんとなくの終わりがあるとすれば、特定の意見が多数派になった場合、権力・権威を持っている人が特定の意見を支持した場合、そして特定の理屈を並べ立てる人に時間的な余裕があって、ずっと反論し続けることができる場合でしょう。ネット上での議論にはこのような状況がたくさんあります。たとえば、ずっとネット端末にかじりついていられる「暇な人」や、口調が強くて権威的に話す人が勝つことが多いのです。

また、理屈による否定・非難(罵り合い)とそうでない議論の違いとして、


先程の罵り合いは、「理屈の緩さから引き出した論点を使って相手を否定してかかる」ものでした。相手をやり込めるために、理屈の緩さを乱用しているのです。…(礪波注:生産的な議論は)「理屈の緩さを活用して、議論に必要な論点を増やしていく」やり方です。理屈の緩さは、ある種の想像力の源です。思いつかなかった、あるいは議論の相手が考慮していなさそうな論点を追加できるのは、この緩さがあるからこそです。

と述べています。


私は、理屈による否定・非難はしたくありませんし、仮にそのような形で議論に決着をつけようと試みても、多くの人が納得するに必要と思われる権力・権威、または時間的余裕がありません。もしこのお返事を読み進める上で、私の意図が理屈による否定・非難であると感じられたとすれば、そうではないということを思い出していただければ幸いです。


第二に、ネット炎上の収束メカニズムについての私の理解です。この度、『日本におけるオンライン・ハラスメントの現状と対策:Twitterでの女性記者のツイート「炎上」を例に』という論文を発表したのですが、こちらで参照している田代・折田 (2012)は、ネット炎上を「不具合」に対して決着をつけようとすること、と見なし、炎上が収束するためには「決着」が必要であり、決着に至るまではいくつかのパターンがあるとしています。


すなわち、ネット炎上が収束するためには攻撃側が納得することが必要で、

  • 法的に問題があれば法的に処理されることで収束に向かう

  • 謝罪を行ったとしても、単に謝罪しただけでは収束せず、謝罪が受け入れられて収束する

  • 炎上が議論へ繋がって収束する

  • コメント欄やブログそのものの削除 (Twitter の場合はリプライ機能の制限や Twitter アカウントの削除)

  • 炎上を無視し、忘れ去られることで収束を迎えることもある

とのこと。


第三に、私の所属先のソーシャルメディア利用ガイドラインは、(基本原則)4(7)情報の発信の心得 キにおいて、 「発信した情報に関して批判的又は攻撃的な反応があった場合であっても、冷静に対応するとともに、無用な議論となることを避けること。」としています。


以上の前提に基づき、私は與那覇さんの記事を拝読して、自分に非があるとは考えていませんが、議論を試みる価値はあると考え、冷静に、有用な議論ができるようお返事しようと考えました。こちらのお返事を公開することが、よい議論につながることを真摯に願っています。與那覇さんのご返答の必要は全くありませんが、私の理屈に緩さがあり、それを指摘し私に伝えたいと思われた場合、その緩さを活用してよりよい議論になるようご協力いただければ、大変幸甚に存じます。


本題に入ります。


オープンレターに参加した経緯と、オープンレターから名前を削除してもらった理由

(以下、私自身の記憶と記録に基づくので、オープンレターの他の差出人の方々はそうではないと仰るかもしれません。関係者の方々でこのお返事を読まれ、そう思われた方は個別にご連絡下さい。)


2021年3月頃、鍵付きツイッターアカウントで、著名な歴史学者の方が、女性蔑視発言や誹謗中傷を繰り返していたことが明らかになりました。この中傷投稿問題については、様々な記事が出ていますが、被害者のうちのお一人の経験についてはインタビュー記事が出ているとおりかと思います。


ちょうど様々な誹謗中傷が明らかになっていた頃、私が執筆した書評論文が、当該歴史学者の方が所属する研究所が発行する学術雑誌に掲載される予定でした。私が通常、研究のため参照・投稿する、英語が主な使用言語で、主として欧米諸国に本拠地を置く学術出版社から出版される学術ジャーナルでは、内容は新規的かもしれないが、アカデミック・インテグリティの基準から大きく外れたと見なされる論文が掲載された場合、ジャーナル自体の評判、またそのジャーナルに掲載された論文や著者も「そのようなジャーナルに論文が掲載されるような研究者」ということで評価が下がることがあります。


例えば拙論文が掲載されたこともあるThird World Quarterlyというジャーナルでは、植民地主義を擁護する論文が、査読プロセスでリジェクトされたにもかかわらず掲載されたことが明らかになり、ジャーナル自体をボイコットする運動が起きました。その後、抗議の意味で、ジャーナルの編集委員のうち15名が辞任したそうです。この出来事の是非はともかく、このような連帯の表明、抗議のアプローチが存在するということをご理解いただければと思います。


こうした文脈で、私自身の研究者としての評判を守るためと、SNS上で差別的発言を繰り返していた所属員を放置もしくは容認していると思われた当該研究所への抗議の意味を込め、論文の取り下げと、研究所のポリシーに関する質問を行うことを検討しておりました。(なおこれらは、研究所から声明が出されたこと、また取り下げを願い出ることでご迷惑がかかる関係者の方々がおられることが分かったため、実行しませんでした。当該歴史学者の方が書評論文の編集を担当されていたことは、つい最近(2021年12月8日)まで知りませんでした。)


そのような中、同じように何らかの形で抗議を考えていた他の研究者の方々と繋がりができ、「オープンレター 女性差別的な文化を脱するために」というレターの差出人のひとりとなることとなりました。こちらのレターが出たのは2021年4月6日頃だったと思います。どなたのイニシアチブで始まったのかは存じないのですが、私が議論に入れていただいたのは4月3日です。


メールを介してさまざまな議論が行われる中、私からは、4月4日に「賛同者リストが第三者に悪用される可能性があるので、賛同者の数を発表するにとどめ、名前と所属先の公開は検討するべきでは」、ほかにも、名誉毀損と見なされる可能性があるので、本文中に中傷投稿を行った人物、および被害者の方の実名を入れるのは避けたほうがよろしいのでは、と申し上げました。(後者については避けた方がよいと思っていたが言えなかったか、実際にお伝えしたか記憶が定かではないのですが、懸念を感じていたことは確かです。)これらの意見は取り入れられず、公開される形となりました。


3月23日 一連の事件を受けて、当該歴史学者の方が大河ドラマの時代考証を降板

3月末 当該歴史学者の方の所属先から謝罪文が発表される

4月初旬 オープンレターの議論、公開


その後、オープンレターの管理・運営については特に関わっておりませんでしたが、2021年10月末頃、ツイッター上で差出人と賛同者の方々を貶めるような発言が認められましたので、どうしたことかと思い調べたところ、


9月13日 歴史学者の方の所属先から歴史学者に対する処分

10月15日 上記について所属先から発表

10月29日 歴史学者の方が所属先を提訴した旨の報道


があったことを知りました。

そこで、


10月30日 オープンレター差出人の方々にメールをし、炎上する可能性が認められるので、オープンレターの本文から実名を削除し、賛同者の方々のお名前を非公開にすべきではと提案


10月31日 メールでの議論の後、差出人のうちのお一方から、当方の懸念はごもっともだが、それなら礪波が名前を外せばよいし、声をかけた差出人・賛同者の方へ個別に連絡するのでよいのでは、オープンレターの今後をどうすべきかを今すぐ決めろというのは強引であり、勝手なトーンポリシングのようで、イラっとした、との旨を伝えられました。


このご発言について、他の差出人の皆様から特に意見もありませんでしたので、オープンレターの今後の運用方針について差出人の皆様と私自身の考えが相容れないと判断し(agree to disagree)、差出人として辞退したい旨をお伝えしました。


なおこれまでの説明は私個人の見解であり、また詳細も省略されたものですので、これを理由、証拠としてオープンレターの差出人の方々、賛同者の方々、オープンレターの内容を批判することは厳にお控え下さればと思います。


その後、当方からお誘いしたと思われる方々については、個別に経緯を説明し、むろん賛同された方の自由ではありますが、万が一賛同者リストから名前を削除したい等ご希望の場合は、ご連絡下さいとお伝えしました。


以降は、


11月1日 当該歴史学者の方が、オープンレターのせいで実質上解雇になった旨のブログを公開

11月3日 與那覇さんによるオープンレターを批判する記事が公開される

11月3日 礪波の名前がオープンレターから削除される

11月4日 歴史学者の方が先のブログ記事を削除

11月5日 歴史学者の方の新刊お知らせがアナウンスされる

11月17日 歴史学者の方の新刊発売

11月27日 與那覇さんの記事⑧が公開され、当方の名前がなくなったことについて批判。実名による誹謗中傷ツイートが増えはじめる。全部は確認していませんが、特に悪質(一見そうではないように見える「からかい」の手法を使っています)と感じられるものが https://twitter.com/mari_no_channel など。

12月4日 與那覇さんの記事⑨が公開され、⑧に引き続き当方を批判された。

12月9日 こちらのお返事を公開


のとおりです。


以上が、ご質問に対するお答えです。


その他のオープンレターに対する批判は、私個人に宛てられたものでないこと、また今現在は差出人ではないことから、意見を述べることは控えます。他方で、差出人から名前を削除していただいた理由は、実名表記の是非を含む今後の運用方針について意見の違いがあるからであり、オープンレターの主旨、すなわち女性差別的な文化を脱する必要性があることについては、現在でも賛同していますし、差出人のひとりとなったことを後悔してはおりません。ただし、当初予想をしなかった方向にオープンレターが影響力を持ってしまったことは、今後の自分の(特にインターネット空間における)言動と責任に照らし合わせ、引き受けて考えたいと思っています。


最後に、ご覧になっているか分かりませんが、與那覇さんの記事で当方の所属先・職名・実名が「晒されている」ことから、先述のような悪質なツイートが増え、精神的苦痛を感じ、身体的な影響も出ております(詳細はご連絡いただければご説明します。)與那覇さんの批評が、アカデミック・インテグリティをもって行われたものであることを願いますし、またオンラインハラスメントを扇動する意図を持って発表されたものではないと想像いたします。他方で、オンラインハラスメントの発生メカニズムや、その被害は甚大なものであることは拙論文にも記述したとおりです(オープンレターに実名を記すべきではないと考える理由もこちらに関係しています)。こうしたインターネット空間の特質がございますところ、もし今後さらにご意見、ご質問があり、またそれに私がお答えすることが有意義な議論につながるとお考えになるようでしたら、本ホームページのContactページから当方までご連絡いただき、その後メールもしくはお電話、ビデオ会議などでお話しできればと思います。その際には、必要であれば、信頼できる第三者の方に同席をお願いすることも有用であるように考えます。


以上、長くなりましたが、どうぞよろしくお願いいたします。


礪波亜希

2021年12月9日



0 views0 comments