第二章「防空壕」
僕はその足音から逃げ続けた。体育館に至る、曲がりくねっているコンクリートの道を無視して。
土の上を走り、三段程度の階段を飛び越えて巨大な体育館の扉を引く。
ギイー、と歪んだ音を立てて扉が開いた。想像以上に、力が必要だった。
「よかった……」
開いていた。
僕は体育館の中に入った。足音は、未だに聞こえ続ける。ここで、もし扉を閉めたらどうなる?
奴は再び、体育館の前で待ち伏せをするのだろうか?それとも――
「試してみるか」
僕は体育館の扉を閉めた。
体育館の中心で、僕は待った。
奴の足音が、おそらく体育館の前に来て止まった。
「さて」
心臓の鼓動が、少し加速する一分が過ぎた。
奴の気配は、それ以上近づいて来ていないようだ。扉をすり抜ける力は、おそらく無いのだろう。
心臓の鼓動が、少し加速して十分が過ぎた。
奴の気配は、変わらず、それ以上近づいて来ていないようだった。
「動かないな……」
いくら待てども、奴の気配は動かない。
こちらの方が空腹で参ることだろう、持久戦は得策じゃない。
「どうするか」
僕は思考する。おそらく、奴は待ち伏せを続けているだろう。扉を開けた瞬間に殺そうとするに違いない。
辺りを見渡してみる。球技用のコートラインが引かれた床、様々なボールが木組みの隙間に挟まった天井、行事の時に使用されるステージ、その手前両脇にある非常口の扉、
「非常口か……」
なるほど、待ち伏せを回避するのに別の出口を使うのは悪くない判断だ。
僕は非常口に近づき、扉を開けようとしたが開かなかった。
「くそ、何が非常口だ」
僕は悪態をつき、非常口の扉を蹴り飛ばした。
振り出しに戻されたが、思考を切り替えて頭を回転させる。他には何があっただろうか?
二つの体育倉庫、放送設備室、その他には――
「ここの地下にある、防空壕」
僕の記憶にある見取り図によれば、この体育館から向かうことが可能なはずだ。そして、旧校舎に繋がる出入り口もあるはずだった。だが、今現在でも正常に使える保証はない。
もう一つの選択肢もある。
待ち伏せを考慮して体育館の扉を開き、広い空間を利用しつつ全速力で逃げて撒くか。こちらも、決して不可能な選択肢ではない。
どちらを選ぶべきか、僕はじっくりと考えた。そして、防空壕に向かうことにした。
もし正体不明の敵が幽霊の類であるならば、敵の総本山に突っ込む危険な行為ではある。しかし、仮に僕が死んだとしても、得られる情報は間違いなく多い。本校舎に出口が見当たらない以上、旧校舎で出口を探すのも道理である。
防空壕の入り口は、確か、ステージ手前の真下にある扉だ。
僕は懐中電灯を脇に置き、その扉を開けた。扉の中から、異様な空気が漂い始める。扉の中は、
「梯子かぁ……」
酷く錆びた金属製の梯子が、闇の底へ向かって伸びていた。生きている人間が行く場所ではない、そんな気がするほどの不気味さがあった。
「……」
大丈夫だ。きっと、行ける。
僕は覚悟を決めた。左手で脇に置いた懐中電灯を掴み、右手で梯子の側面を掴む。
懐中電灯で器用に下を照らしながら、右手を下にスライドさせつつ、緩やかに降りていく。
外れた、
「ッ!?」
突如、足で踏んだ梯子の横木が外れた。連鎖するように僕の体勢が崩れ、手放した懐中電灯が闇の中へ沈む。僕は命綱となる梯子をも手放し、重力に従って真下へと転落した。
風を切り裂くように、僕の身体が落ちてゆく。超高層ビルを飛び降りるような恐怖。訪れる、必然の死を待つ瞬間。
硬いコンクリートが全身を叩き付ける激痛と、ハンマーで頭蓋骨を叩き割られたような鋭い痛みが、僕を連続的に襲った。既に壊れた喉で無理に絶叫し、意識を失い、直後に痛みで意識を取り戻す。元から闇の中にある視界が何度もブラックアウトした。やがて、感覚が麻痺した。全身の様々な場所から血が流れていた。左目が血で見えない。
辛うじて、僕は立ち上がった。立ち上がってしまった。
僕の脳内に、これまでの経過がフラッシュバックした。
(う……、あ……、嘘、だ……)
明らかに、死んだと思った。しかし、僕は生き残ったことを喜べない。
(喜べ……、る、はず、が……、ない……。……死、んだほうが、……よ、かった)
死よりも恐ろしい事態が発生した。ここから生還する未来が、見えない。
僕は絶望した。
何もする気になれず、暗闇と激痛の中で悶えて僕は死んだ。
1
硬いコンクリートが全身を叩き付ける激痛と、ハンマーで頭蓋骨を叩き割られたような鋭い痛みが、僕を連続的に襲った。既に壊れた喉で無理に絶叫し、意識を失い、直後に痛みで意識を取り戻す。元から闇の中にある視界が何度もブラックアウトした。やがて、感覚が麻痺した。全身の様々な場所から血が流れていた。左目が血で見えない。
辛うじて、僕は立ち上がった。立ち上がってしまった。
僕の脳内に、これまでの経過がフラッシュバックした。
あ、
嗚呼あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
2
硬いコンクリートが全身を叩き付ける激痛と、ハンマーで頭蓋骨を叩き割られたような鋭い痛みが、僕を連続的に襲った。既に壊れた喉で無理に絶叫し、意識を失い、直後に痛みで意識を取り戻す。元から闇の中にある視界が何度もブラックアウトした。やがて、感覚が麻痺した。全身の様々な場所から血が流れていた。左目が血で見えない。
辛うじて、僕は立ち上がった。立ち上がってしまった。
僕の脳内に、これまでの経過がフラッシュバックした。
あ、
嗚呼あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
3
硬いコンクリートが全身を叩き付ける激痛と、ハンマーで頭蓋骨を叩き割られたような鋭い痛みが、僕を連続的に襲った。既に壊れた喉で無理に絶叫し、意識を失い、直後に痛みで意識を取り戻す。元から闇の中にある視界が何度もブラックアウトした。やがて、感覚が麻痺した。全身の様々な場所から血が流れていた。左目が血で見えない。
辛うじて、僕は立ち上がった。立ち上がってしまった。
僕の脳内に、これまでの経過がフラッシュバックした。
あ、
嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
「いい加減にしなさいよ!」
突如、その声が僕の脳内に響いた。
そして、完全な闇の中。よく見えないはずの左目にもはっきりと彼女が映った。
しかし、彼女が居るはずがない。こんなのは、幻覚、幻聴に過ぎない……
僕の思考は、意外と冷静にその事を指摘した。
「落ち着いたわね。まずは足元の懐中電灯を拾いなさい」
彼女の幻により、気持ちが落ち着いたのは確かだった。冷静さの一方で、僕の精神が破壊されつつある事実も恐ろしいのだが……
しかし、懐中電灯か。拾ったところで事態が解決する可能性はゼロに近いが、僕は足元を探し回ることにした。
僕は暗闇の中、手探りで懐中電灯を探し回った。体中の感覚が麻痺しており、仮に懐中電灯に触れても気が付くのかは分からなかったが、とにかく必死で探し続けた。そして、僕は足元で何かに躓き、一切受け身を取ることができずに顔面から倒れた。
多分、これが懐中電灯だ……
4
硬いコンクリートが全身を叩き付ける激痛と、ハンマーで頭蓋骨を叩き割られたような鋭い痛みが、僕を連続的に襲った。既に壊れた喉で無理に絶叫し、意識を失い、直後に痛みで意識を取り戻す。元から闇の中にある視界が何度もブラックアウトした。やがて、感覚が麻痺した。全身の様々な場所から血が流れていた。左目が血で見えない。
辛うじて、僕は立ち上がった。立ち上がってしまった。
僕の脳内に、これまでの経過がフラッシュバックした。
彼女が、目の前に居た。
「ま、見つけただけ上出来ね」
本物の彼女がこういう褒め方をするのかは知らないが、僕にとって、彼女の言葉が唯一の支えとなっていた。
僕は先程躓いた場所に目星をつけ、屈みこんで懐中電灯を拾った。
ここに降りる時には点いていた明かりは消えており、何かの弾みでスイッチが切れただけだと信じるしかなかった。
僕は、懐中電灯のスイッチに親指をかけた……
カチ、と音を立てて懐中電灯の光が点いた。
光の中には、防空壕の硬い地面。光の奥には、固く閉じられたエレベーターの扉が有った。そして、その直上には一台の監視カメラが設置されているようだった。
エレベーター……防空壕内部が、学校関係者さえもが知らない内に改修されているのだろうか。
僕は右足を引き摺るようにして歩き、やっと辿り着いたエレベーターの横にある、金属製のボタンを押した。
直後にエレベーターの扉が開いた。
比較的新しい内装であるらしいエレベーターへと乗り込み、小刻みに震える指先で、「B2」と表示された、金属製のボタンを押した。
そして、僕は意識を失った。