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2021.11.30

『正業とは』

豊田道倫

 煙草を買いに深夜、家を出て、歩いて2、3分のコンビニへ行く。
 今週はずっと家にこもって仕事をしていた。大きな声では言えないが、おれはゴーストライターの仕事をやっている。アイドルグループの作詞作曲をやるということだ。世間に少しは知られている作詞家、作曲家は物凄い多作であるが、結構ゴーストに仕事を任せていて、おれみたいなちょっと使えそうなシンガーソングライターなんかにこっそりと発注が来る。実につまらない仕事でどうしようもないが、今まで納品してダメ出しをもらったことはないしギャラは悪くはない。
 アイドルを聴くのは中高年男性が主だから、中高年のソングライターならおっさんが求めるポイントがわかるからか、仕事は途切れない。さすがにあまりのくだらなさと報酬は良いとは言え本物の先生が持ってゆくギャラの分配に比べると微々たるものだから、そろそろ潮時かなと思っている。今回は急に4曲もオーダーが来て、作詞作曲し簡単なカラオケを作り、仮歌を入れてファイルを送った。もうこれで最後の仕事にするつもりで。
 
 煙草と100円ライターを買った。前まではジッポーを使っていたが、壊れてそのままにしている。石を替えたらまた使えそうだが、面倒くさい。
 ジャンパーに煙草と100円ライターを突っ込んで、ふと、夜空を見上げた。冬だが、あまり寒くはない。このまま家に帰るのが惜しくなり、散歩したくなった。
 こんな夜中にやっている店などなく、元々行きたい店なんてないのだが、赤線地帯である飛田新地に行ってみたくなった。もちろん、夜中に営業していないのはわかっている。しんと静まり返った新地はどんな感じだろうと思っただけで、歩くのがしんどくなったらUberでタクシーを呼んで帰ればいい。
 イヤフォンもなく、ただ、無音の街を歩く。車もこんな時間は殆ど走っていない。おれの家がある阿倍野区は古く、大人しくて上品な街ではある。大阪でも屈指の高級住宅地の帝塚山があるのが阿倍野区で、西成区と隣接していることは実感が薄い。この街の人は西成には滅多に行かないようだ。前に通っていた床屋で西成の話をしても無視された。
 西成区と言っても広いし一概に言えないのだが、やはり釜ヶ崎のドヤ街、そして現在でも売春行為が公然と行われている飛田新地があることはみんな知ってはいるのだが、知らないふりをしているようだ。いや、あたかもそんな場所は存在していないかのように。
 
 10分も歩いていると西成区へ入った。この辺りは高級住宅地であるが、そこを4、5分歩くとあっという間に釜ヶ崎、飛田が近づく。近づけば近づくほどより静けさが濃厚になるようだ。この感覚は何なんだろう。
 前に住んでいた東京では味わったことがなかった。五反田という風俗街もある場所は住いからも近くこんな時間もたまに歩いたが、深夜でも明け方でも何かしらやっている店や、闇の風俗店などもあり、一晩中何かが蠢いているようだった。
 いつの間にか飛田新地に入り込んでいた。営業していない新地は本当に静かで、灯りを完全に消した小さな料亭の店が立ち並ぶ様は、悪所の沼の底で巨大な深海魚が息を潜めているような不気味さで身体を撫でられているようだ。辺りには暴力団事務所もたくさん点在しているが、同様に死んだかのように息を潜めているのか眠っているのか、その存在を感じさせない空気が、逆に何か危険なものに触れている感覚を覚える。この街は深夜でも街灯がずっと明るい。治安のためだろうか。これで真っ暗になったらとんでもないことが起こるからだろうか。
 全体で200軒ほどある新地もコロナ以降は閉めている店も多いらしい。ここは警察が仕切っているとか、組合の力が強いとか聞くが、それゆえに緊急事態宣言下では時短や休業は寸分違わず足並みが揃っていた。少しでも取り決めを破ると営業停止などの厳しい罰則があるからだろう。
 さっきまで作っていたアイドルの曲の仕事のギャラが入ったら久しぶりに遊びに来ようか。しばらく女体には触れていないので、たまには遊ばないと身体が持たない。若い頃のようにハシゴなんて出来ないけれど。
 野良猫1匹も通らず、何らかの腐臭もなく、ただただ静かで整理された一角の新地は何も面白みはなかった。

 営業はやっていないが、商店街の中を抜けて歩く。政党のポスターを貼っている店を時々見つける。この間衆議院選挙があったからだろうか。選挙なんて最もアホらしいものと思っているのでいつも通り投票入場券は破り捨てた。
 ネットの世界では選挙前は「投票へ行こう」なんて呼びかけていた連中も結構いたが、彼らは公平に新聞を読んでいるのだろうか。どうせ最初からあっち側は悪、こっち側は善と思考停止していそうだ。そして、決まって選挙の結果を嘆くのも連中の仕事だ。生活の本質的なことが何にもわかっていないから、彼らの理想は世間と大きくズレる。おれは選挙には行かないが新聞は喫茶店で読んでいる。
 そんなことを考えながら、足は釜ヶ崎に向かっている。明け方までまだ1、2時間はある。ドヤ街は日雇い労働者の街と知られてはいるが、今では実際は福祉の街となっていて、生活保護受給者が殆どらしい。もう殆ど老人しか見ない。
 時々昼間でもバンが止まっていて、「兄ちゃん、仕事あんで」とやたら人当たりのよいおっちゃんが声を掛けてくるが、騙されてはいけない。遠方へ行き厳しい肉体労働をさせられタコ部屋に入れられ、たっぷりピンハネされた日当を幾らか貰えるくらいの酷い仕事しかないだろう。今、この街に仕事を求めに来る人はいるのだろうか。
 西成警察署のすぐ近くにコンビニが出来たのは去年だった。こんな場所にコンビニが出来るなんてなあと思ったけど、もうかつての暴動を起こすようなエネルギーは全くこの街に孕んでいないという判断があったからこそだろうと思う。そして、その判断は悲しいけど正し過ぎた。

 朝が早い街で、喫茶店や飲み屋も早くから開くはずだが、まだ暗い街ではどこもやっていない。それでも少し歩いて、開いている小さな喫茶店を見つけた。入り口や店内は薄暗いが、開店しているようだ。
 何年か前に一度入った店だった。店主は小柄だが綺麗な女性で、歳の頃は60代後半だろうか。昭和の女優のような趣があるが、芯は恐ろしいほど強そうだ。店の2階が住居になっていて、かつては旦那がいて一緒に店をやっていたと誰かに聞いた。旦那が先に亡くなり、今はひとりで店をやっている。若い頃は毎晩旦那に精を打ち込まれていたんだろうなと、ほのかにスタイルが良く、抱き心地は甘ったるそうな身体を視界に入れた。
 入り口の一番近い席に座り、350円のモーニングを注文する。新聞は一般紙とスポーツ紙がそれぞれ一紙だけ届いていた。お客はおれだけだ。店主は「はい」とだけ言って、水を置いてゆく。奥からはラジオの音が小さく流れている。前来た時もそうだった。ここでようやく煙草に火を付けた。
 ふと、思う。こんな時間にひとりで喫茶店に来てるなんてどれだけ遊び人かと。まったくのひとり者で、自由でないと出来ない。妻や子供がいたりしたら、こんなことは許されないだろう。いや、これくらい良いか。でも、真夜中の売春街を意味もなく悠然と歩くという行為は、何かやってはいけないことをやっている感覚に囚われた。
 おれは来年50歳になる。そろそろ正業に就かなければと思う。自分ひとりで生きてゆく分だけ稼げばいいのだから何とかなるだろう。もう毒にも薬にもならない曲を書いて腹を満たすのはやめて、一銭の稼ぎにもならなくても、自分がこの世に残したい本当に良いと思える曲を書こう。そんなもの書けるかどうかわからないけど、今から死に物狂いでやれば1曲くらいは書けるかもしれない。金は西成に来て何らかの仕事にありついたら何とかなる。酷い仕事でも殺されることなんてないはずだ。最悪、福祉のドヤにでも入れたら生きてゆくことに不自由はない。まだその年齢ではないので、難しいかもしれないが。
 金にならない自分が残したい曲を書くことを正業として生きるなんて、誰にも理解されないだろうなと思うと笑いがこみあげてくる。
 黒いセーター、黒いパンツの店主がコーヒーとトーストを持って来た。コーヒーはぬるくて薄く、トーストはマーガリンだけが塗られた愛想もないものだが、ゆで卵は付いている。最低限のことしかしないこの女性店主の所作をおれは気に入った。
 ああ、正業とやらにうつつを抜かしてどんなに食い詰めても、この不味くもどこか慈愛のこめられた病院食のようなモーニングセットは毎日食べに来たい。ここからは見えないが、店の奥にあるはずの2階へ続く階段はきっと暗くて狭くきしむだろうが、女性店主の寝床は清潔で温かく、男と寝る準備は出来ているはずだ。毎日通えば誘ってくれるだろうか。本当に良い曲を書くために、どんな手を使ってでもあの階段を上らなければならない。
 2本目の煙草に火を付けた。

豊田道倫

とよたみちのり

1970年生まれ。1995年にTIME BOMBからパラダイス・ガラージ名義でCDデビュー。以後、ソロ名義含めて多くのアルバムを発表。単行本は2冊発表。

今年はCDとトートバッグ『春のレコード』、雑文と日記と未発表曲歌詞を集めたZINE『キッチンにて2』を自身のレーベル【25時】、アルバム『たくさん、ゆっくり、話したい』をデジタルとフィジカルでリリース。

ライブは、12月3日京都ネガポジ、12月10日名古屋KDハポン、12月29日大阪CONPASS、12月30日東京outbreakにて。

photo by 倉科直弘