「能力差別はいけないこと」
また小室氏を「能力が低い」とか「収入が低い」「頭が悪い」などと嘲笑する向きもそうだ。
小室氏はアメリカのロースクールに通い、そこで英語の論文を執筆している。私はその論文を実際に読んだが、内容的に拙劣であるとは感じなかった(そもそも専門誌の誌面に論文が掲載されること自体、並大抵のことではないのだが)。
現在の小室氏をどう過小に評価しても「無能」でもなんでもないだろう。そもそも論として、かりに「無能」だったとして、それがなんだというのか。
たしかに最初の報道がなされた当時には、某メガバンクを早期退職したばかりで、まだ社会人としての経験が浅かったことは否めない。そのため、過去に皇族の女性を妻として迎えてきた人々に比べれば多少は「見劣り」する部分があったかもしれない。だが人間は成長するものだ。この期に及んでなお小室氏の能力を云々することには、さすがに正当性を感じない。
つい先日、メンタリストDaiGoの「ホームレス者・生活保護受給者差別」に、「能力主義的な差別」だとか「優生思想」だとか声を挙げてあれほど糾弾しておきながら 、小室氏に対しては能力主義丸出しのコメントを向ける人びとが大量にいる。小室氏に向けられるこうした能力差別をもとにした侮蔑的な論調には、世間一般の人びとだけでなく一部の知識人や文化人もカジュアルに便乗していた。
これを批判してこなかったような人びとに、メンタリストDaiGo氏や彼の言説に対する「正義の怒り」を向ける資格など本来はないだろう。