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その建物は、白く、巨大だった。
城塞の堀みたいにぐるりと、照明噴水付きの池に囲まれた巨大建造物は、真っ白な壁を黄金色の光によって照らし出され、夜陰を払い煌々とそびえ立っていた。
「ジャスミン・レイ様。
トゥーダ・ロイヤルホテルへようこそいらっしゃいました! 当ホテルの栄えある歴史の第一ページとして、貴女様をお迎えできること、一同感動に打ち震えております。
私は支配人のイーサン・スミスと申します」
ロビー担当の従業員が左右に列を作って一斉に礼をし、上品な黒スーツの男がジャスミン、もといエヴェリスを正面で出迎える。
開業初日の高級ホテルは、ただ単に『新品だから』という域を超えて美しく、カットされて磨かれた宝石のように煌びやかに輝いていた。
建物内どころか周囲さえも真昼のように明るい。
白と金を基調とした内装は、まるでどこかの神殿のようだが……神殿はここまで豪華ではなく、賑やかでもない。そしてこの場で崇められるのは、神ではなくて金だ。
そんなホテルに似つかわしい、洗練された挨拶に、架空の大富豪の愛人に扮したエヴェリスは悠然と応じた。
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。でもどうせ全員に同じ事を言うんでしょ」
「これはこれは手厳しい。
……おや、お連れ様はいらっしゃらないので?」
「娘はちょっと北の方を観光に行きたいって言うから、別行動してるの。後日、合流するわ」
「かしこまりました」
事前に告げられていなかった予定変更にも、支配人は唯々諾々と応じる。
上客のワガママを全て捌くのが従業員の矜恃。そこに糸目を付けず金を払うのが客の矜恃だ。ここはつまり、そういう場所だった。
「ロイヤルスイートは最上階となります。そちらの侍従室は最大五名分。
他のご同行者の皆様は、八階のお部屋をご用意しております。
それではご案内致します」
荷物を持って付き従う使用人たち……もとい、使用人に扮した亡国の隠密たちから、ホテルの従業員が荷物を預かる。
そして客一行と従業員たちは、ぞろぞろと一列になってホテルの中を歩き出した。
ロビーの一面は上から下までガラス作りで、夜闇に浮かぶ幻想的な噴水ショーが見える。
そこはもはやホテルのロビーと言うよりも高級サロンのような趣で、茶だの、ちょっとした酒だのを飲みながら歓談する人々の姿があった。
シャンデリアが吊られた大きな吹き抜けを覗き込むと、巨大な地下カジノを見下ろすことができる。
壮麗な白と金で統一された地上階と異なり、地下カジノは上品さの中にも妖しさ漂う黒と赤の内装だ。大金を賭けた勝負の緊張感を盛り上げてくれることだろう。
『キラキラしすぎて目が潰れそう……
『農地開発』って申請してこんなの作ってたんだから、ホント、すっごい度胸』
侍女に扮したトレイシーが、念話でエヴェリスに囁いた。
『後から土地の利用目的を修正する方法があるのよ。法的には一応抜け道があるからセーフっちゃセーフ。
この場合、問題があるのは法律の方よ。最初から欺くつもりだったんだから倫理的にはウィズダム商会も責められるでしょうけどね』
『倫理がどうこうなんて、魔女さんが言えた義理なの?』
『そりゃそうだわ』
ここはウィズダム商会が買い上げ、開発していた土地。
その中心部にある巨大高級ホテルだ。
『ウィズダム商会が目指したのは、全ての利権を独占した総合遊興都市だったらしいのよ。
トウカグラの街は、いよいよ歯車が動き始めた、まさにその瞬間だった。
街の軸となるであろうホテルがオープンし、劇場や巨大商店街、いかがわしい夜のお店まで。街中の竈に火が点いた。
アッパーミドル以上の……つまり、少なくとも国内へ観光に行ける程度には財力がある者らの消費を当て込んで、街丸ごと最高の遊び場にしてしまおうという設計思想で作られた街なのだ。
街が『できること』の総量は、どうしても街に紐付いた
列強五大国の王都・首都ともなれば、巨大な
では最初から街丸ごと娯楽産業に特化してしまえばどうなるか。他のどんな街にも真似できないような大きさの遊び場を作ることができる。
そしてウィズダム商会は、その利権を全て独占するはずだったのだ。それは巨万の富を約束する、金のなる木か。はたまた宝石の湧く泉か。
『でも未完成で未稼働だったから、目玉のホテルも土地と一緒に国に買い上げられて、競争入札で他所の商会の手に渡った』
『そりゃーウィズダム商会はもう買い戻さないよねー。貧乏くじを押しつけたわけだ』
ウィズダム商会の秘め事は白日の下に晒され、政府に買い上げられた街には飢えた狼たちが群がった。
『総合遊興都市』という構想は、それを独占できなかったとしても非常に魅力的な儲け話だったからだ。
建設中のホテルも、
ここでウィズダム商会が大人しく、街の
『『もどき』がバレたらウィズダム商会は、建物を買った商会から袋叩きにされるんじゃないの?』
『とは言え、今のオーナーは国から土地を借りて建物買ったのよ。
そして国は『もどき』と分かって売りつけたウィズダム商会を叩くことになる』
『うひゃー、責任のドミノ倒しだ』
何食わぬ顔でしずしずと歩きながら、トレイシーは器用にも、思考の中だけで溜息をつく。
洗練された動作で行き交う従業員たちは、支配人自ら案内する最高の客に対して、皆、控えめで上品な礼をしていく。
『凄いね、みんなキラキラして希望に満ちてる。
……姫様が来たら食
きっと、このホテルの経営者は一流の賃金で一流の人材を集めたのだろう。と、なれば客が気持ちよく利用できるよう、一流の営業スマイルを作る技術も心得ているはず。
だがそれには留まらぬ、大いなる希望と活力がこの場所には満ちているように思われた。
これから、この街には人と金が集まる……その流れに乗って、輝きの中を走って行けるのだという喜びが、この場で働く者たちからは感じられた。
そう、端的に言って『景気が良い』のだ。
それが幻想に過ぎないとしても。
『姫様の知る異世界には『砂上の楼閣』という言葉があるんだってさ』
『砂の上のお城? それってどういう意味?』
『一見立派なのに儚く崩れ去ってしまうものだそうだ』
『なるほど』
燦然たる輝きも、その行く末を思えば虚しい。
夜が明ければ
『この街はまさに、砂上の楼閣だね』
編み籠みたいなカラクリ仕掛けの扉が開き、エヴェリスは
* * *
このホテルで最も高額な宿泊料を誇るロイヤルスイートは、最上階を丸ごと占有していた。ドレッシングルームだけでも寝泊まりできそうなくらい広い。
ロビーと同じ、白と金を基調とした内装は、豪奢でありながら金満の下品さを感じさせない。家具まで統一された雰囲気なので、おそらくこの部屋のためだけにデザインされたものなのだろう。
側仕えの使用人が寝泊まりするための部屋も用意されているのだが、それさえも、このホテルで最下級の客室(庶民がちょっと贅沢して泊まるような部屋だ)より豪華だった。
どこかパーティーホールのような雰囲気もある広いリビングには、幾何学的なフォルムの魔力灯シャンデリアが吊り下げられて、壁のスイッチで光量や照明色を切り替えることができた。
一段低くなった場所に並んでいるソファの一つに、エヴェリスは身を投げ出してだらしなく寝そべる。そして傍らのテーブルに積まれたフルーツを手にした。おそらくこれはなくなる度に補充されるのだろう。
「ふぅーっ! こんな贅沢は久々よ。
五百年くらい前は私も自分のお城を持ってて、数え切れないほどの実験用美少年を侍らしてたもんだけどさ」
雲と天使が描かれた、広く高い天井を見てエヴェリスは溜息をついた。
語るほど唇を寒くするような昔話はいくらでもある。それこそ、自分自身でも忘れかけるほどに。
今は邪神の徒にとって冬の時代だ。このホテルの宿泊費も……必要だと思ったから払ったが、結構悩んだ。いくら高いとは言え、たかがホテルの宿泊費で悩んだのだ。無限に贅沢できた時代を思い返せば、なんと侘しいことか。
魔物たちが追い込まれるほどに強力な加護が邪神から与えられるのだから、どこかで踏みとどまるだろうとはエヴェリスも思っていた。
だが規模を縮小しながら腐っていく魔王軍の惨状に、よもやこのまま決着が付いてしまうのではないかと、エヴェリスは頭の片隅で考えてもいた。
四百年前の大戦では、これが最終的勝利の好機と見定め、魔王軍も全てを注ぎ込んだ。結果、多くを失った。勢力として立て直しの要になるべき傑物を。
組織としての強さをどう高めるか、本質的に理解しない者が魔王軍幹部に増え、エヴェリスの話が通じなくなった。
幸いにも、今、希望は見えていた。
それが風に揺れる灯火の如き、容易く消え去りそうな希望だとしても……
「できたよー、魔女さん」
「はいご苦労」
バルコニーで作業をしていたトレイシーに呼ばれ、エヴェリスは立ち上がった。
トウカグラのカラフルな夜景を一望できるバルコニーに設えられ、夜空に向けられたささやかな大砲。
それは天体望遠鏡だ。
星を見ることは娯楽としても嗜まれるが、星占術のためや、何かの儀式の日取りを決めるために重要で、その必要性から天体観測技術は発達した。
早速エヴェリスは望遠鏡を覗き込んで、苦笑する。
「あはは、街が明るいから天体観測には向かないね。暗い星はよく見えないや」
夜のトウカグラは、極大光量の魔力灯照明で街中の建物が照らし出されている。
そんなだから夜空さえもぼうっと明るく、小さく弱い輝きの星などは潰されてしまっている。
だが、エヴェリスが手元のダイヤルを絞ると、違う景色が見えた。
「……星よりキラキラ綺麗な物は……よく見えたよ」
天体望遠鏡は特殊な改造がされており、上に向けたままで斜め下へと観測視点を切り替えることができた。
エヴェリスが覗き込んだレンズの中では、夜陰に乗じて街へ入る、紋も看板も掲げていない馬車の姿があった。
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