七星と、七銘のルーデウス   作:マブダチ

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第十六話「トリス」

 酷いものだった。

 タントリスの身体の傷はナイフによってつけられたもののようで、深くはなかったが、いかんせん数が多すぎる。

 彼は帯剣して出ていたから、応戦しなかったというわけではないはず。

 多分、多数の敵を相手にしたんだ。

 動脈を傷つけられていたことによる出血多量で、あと数時間もしないうちに死んでしまっていただろう。

 俺がいたのは不幸中の幸いだった。

 治癒魔術をかけたあと、タントリスは気を失ってしまったので、二階にある部屋で寝かせている。

 イゾルテと起きてきたナナホシが看病していた。

 

 ……もう一人、タントリスが連れてきた少女を見る。

 こちらは一見して大きな外傷がなく、それほど危機的状況にあるとは思えなかった。

 それでも少し出血が見られたので、傷を治癒するために服を脱がしたのだが。

 

 言葉を失った。

 彼女の傷口は紫色に大きく腫れあがり、触ってみると異常なほどの熱を持っていることが分かった。

 毒だ。タントリスには使われなかった、毒が彼女に使われていた。

 初級、中級と解毒魔術を使用してみるが、患部の腫れが引かない。

 上級のうち、覚えていた何種類かを唱えると、ようやく効果が現れた。

 これは間違いなく、殺すための毒だろう。

 

 俺も何回か使われたことがあるから分かる。

 この知識が誰かのために役立つ時が来るとは思わなかったが。

 

「……」

 

 イゾルテは今、血で汚れた部屋着から着替え、旅の中でも使っていた剣を携えている。

 タントリスのそばに座り、静かに彼が目覚めるのを待っていた。

 だが、彼女は手が白くなるほど強く剣を握っており、下手人を見つけ次第殺してやるといった気迫を発していた。

 

 ナナホシは状況がつかみきれてないが、かつてあったように、また襲撃のようなものがあったのだろうと察しているようだ。

 昨日の酒が残っているのか、王都と呼ばれる街でもここまで治安が悪いことに複雑な思いを抱いているのか、ずっと沈鬱な表情を浮かべていた。

 

 外は騒然としている。

 長く続く血の跡がクルーエル家の屋敷に伸びていることで、騒ぎを聞きつけた兵士がやってきたりもした。

 イゾルテはすぐに下手人を見つけさせようとしていたが、俺はそれを制止して、サウロスから与えられた、ボレアス家ゆかりの者であることを示す紋章を見せ、兵士を引かせた。

 理由は、一つ。

 今も寝ている、この少女――トリスのことだ。

 

 トリス。

 かつて、俺から離れていったシルフィを追って、アスラ王国まで来たときに世話になった女盗賊だ。

 その時見た彼女より、今のトリスは一目でわかるほど小さい。

 それほど年を取っていたというわけではなかったのか。

 

 トリスがなぜこの王都アルスにいて、毒を盛られる事態になって、タントリスに支えられながらうちにまで来たのかはわからない。

 それでも、彼女はこの国について精通している。

 その知識を頼りたかったので、トリスが盗賊であることが明るみになり、兵士に連れていかれる、なんてことは防ぎたかったのだ。

 もちろん、この後の周りに対する言い訳も用意しておかなければならないが。

 サウロスには土下座でもするとしよう。

 

 


 

 

 一時間後、タントリスが目を覚ました。

 イゾルテが駆け寄って身体を起こすのを手伝ってやる。

 

「すみません、皆さん……ああ、生きてるんですね、どうにか」

「兄上、あまり無理はなさらないでください。傷はルードさんが治癒してくださいましたが、今は安静にするべきです」

「また迷惑をかけて、しまったわけですか。……申し訳ございません、ルードさん」

「……ふざけろ。生きていることだけ喜んでろ。謝るな」

「……」

 

 つい強い口調が出てしまった。

 俺自身、どこか落ち着きがなくなっている。

 タントリスはそんな俺を見て、少し呆気に取られていたが、すぐに何かを思い出したように辺りを見回し、

 

「あの子は」

 

 隣のベッドに横になっているトリスを見て、息を抜いた。

 遠目でわかるぐらいには呼吸が安定している。

 

「……よかった」

 

 そうして、目覚めた時以上の安堵の声を出した。

 そんな様子を見て、イゾルテが何か言いたげに口を開きかけたが、微笑むだけにとどめた。

 殺気立っていた時の彼女を押し隠すような笑みだ。

 

「兄上。ゆっくりでいいです、ゆっくりでいいので、何があったか、お話しいただけませんか?」

「そうです、ね。……そういえば、イゾルテ? 人目も気にせずボロボロのまま帰ってきてしまいましたが、兵士の方はまだ来られていないのですか?」

「来た、が……この問題はこちらが処理する、と言って引かせた」

「こちら?」

「……さるお方、だ」

 

 今は、それで納得してくれ。

 そう意思を込めてタントリスの目を見る。

 

「あの子は、知り合いですか?」

「……」

「わかりました。ですが、そうであるならば、辻褄が合うのかも、しれません」

 

 彼はそう言って、今朝の出来事を話し始めた。

 

 


 

 

 昨日のパーティーのあと、夜も遅くなってしまったので、俺とナナホシはこちらの屋敷に泊まることにした。

 一応、少しでも気配がすれば起きられるよう、警戒しつつ寝ていた。

 

 タントリスはそんな中、俺たちが起きる数時間前に、日課のトレーニングをするために家を出たという。

 まだ辺りは暗い中だ。

 彼が言うには、水神流の基礎として、視界に頼らない鍛錬方法があるのだとか。

 これもその一環だったらしい。

 

 本来であれば、鎧も着込んで、実際の装備の重さを実感しつつ、ランニングで身体にそれを馴染ませたかったのだが。

 鎧の音が近所迷惑になりかねないので、帯剣だけしていた。

 いつものルーティンでは、街を大きく回るようにランニングをし、その後素振り、筋トレなどで身体を作るトレーニングを行い、鍛錬の時間になれば技術を磨く。

 そんな感じで朝を過ごす。

 俺と出会い、イゾルテの練習への向き合い方が変わったことに触発されて、朝練をこなすようになっていったのだ。

 

 今日も特にいつもと変わらない朝になるはずだった。

 だけど今朝はいつもよりも空気が澄んでいて、少し遠回りをしたくなったんだそうだ。

 俺たちとパーティーをして、気分が高揚したままだったのかもしれないな。

 とにかく、そういうことでいつもは通らない場所にまで足を運ぶことになった。

 

 異変に気付いたのは、アルテイル川にやってきた時だ。

 王都アルスは下水道が整備されており、下水がアルテイル川の下流へと運ばれるように出来ている。

 タントリスはあまりそのことについて知らなかったようで、臭いもするし、すぐに立ち去ろうとしたのだが。

 なぜか明かりがついていた。

 ランタンのようなものの明かりだった。

 

 下水道の修繕でもしているのかと思ったタントリスだったが、何か様子がおかしいこと気付く。

 そこにいるのは十人にも満たないくらいの、おそらく男。

 その格好に違和感を覚えたのだ。

 夜の闇に溶け込むような黒い服。

 旅の途中、襲撃された際、相手がそういった服を着ていたことから、怪しく思ったタントリスはランニングを中断し、そいつらに近づいていった。

 

 微かに話し声が聞こえるぐらいにまで接近してから、様子をうかがうと、ランタンの明かりで何かがきらめくのが見えた。

 金色だったと、タントリスは言う。

 おそらく、金貨。

 明らかに普通の光景じゃない。

 目を凝らしていると、下水道のほうからまた何人か出てきた。

 二人ぐらいの大男と――縄につながれた女。

 

 ……アスラ王国には黒い噂が絶えない。

 なにせ貴族は変態ばかりだし、私利私欲に満ち満ちているような人間しかいない。

 それに、風の噂だが、貴族と、この辺りを根城にしている盗賊集団が密接に関わりあっていると聞いたことがある。

 人身売買なんかも横行しているのだろう。

 兵士を呼ぶ暇もなく、タントリスはその男たちに向かっていった。

 

 結論から言ってしまえば、タントリスは負けなかった。

 相手はまともな武装もしていないような者ばかりで、売られそうになっていた少女を助けることには成功した。

 だが、数の不利は大きく、無傷とはいかない。

 なにせタントリスは、しばらく剣の練習をおろそかにしていたからな。

 たとえ格下が相手だろうとも、隙を見せれば、奴らは見逃してくれなかった。

 

 しかも少女を助けようとした瞬間、最初に下水道から出てきて金を受け取ろうとしていた男が、小さな投げナイフを彼女に刺したのだ。

 そうしてその場を逃げ去ったという。

 タントリスが言っていた、辻褄が合う、というのは、彼女が地位の高い家の出でもあった場合、報復を恐れて情報を消すだろうと考えたから。

 貴族の誘拐。

 前に一度、そんな大事件が噂されていたことがあったという。

 

「――そうして彼らを退け、その子を支えながら、どうにかここまでやってきたということです。……まず近くの誰かに助けを求めればよかったのですが、あまり頭も回っておらず……とにかく帰ろうとして、死にかけました」

「……」

 

 今朝のことについて言い終えたタントリスが、のどの渇きを訴えたので水を出して飲ませた。

 ……死にかけた、ね。

 間違いなく、一歩間違えれば死ぬような戦いではあっただろう。

 毒がタントリスに向かっていれば、もっと人数が多ければ。

 あっけらかんとして見えるのは、治癒魔術により傷が完治しているからか。

 

「立派ですね、兄上は」

 

 しゃがみこんだイゾルテが、見上げるようにタントリスと目を合わせた。

 

「ですが、お師匠様にはきっちり説教していただきますから」

「……おや、今になって震えが……?」

 

 彼自身、俺たちに心配かけないように振舞っているのかもな。

 妹であるイゾルテがいるからか、不器用な気づかいをする。

 

「ふぅ」

 

 そんな彼らを見て、ナナホシが息を吐いた。

 今のところは大丈夫だとわかったのだろう。

 

 ……しかし、どういうことだ?

 タントリスが言ったように、確かにトリスは貴族の出なのかもしれない。

 じゃあ、盗賊になったのは、いつだ?

 もしかして、この人身売買を阻止しなかった先が、あのトリスだったのか?

 それともただ単に、身内でいざこざがあって、トリスがその標的になっただけ、とか?

 

 彼女の出自について聞くことはなかった。

 だけど、今のトリスを見て、あの粗暴な女盗賊が重なるかと言われれば、否だ。

 なら、本当に貴族、なのだろうか。

 

 考え込む俺と、隣のナナホシにクルーエル兄妹が顔を向けた。

 

「……二人とも、本当にありがとうございます」

 

 心配してくれたこと、傷を治してくれたこと。

 

「ああ、全くだ。お前たちはいつも、どちらか片方が怪我をしている」

「……ふふ、そうですね。最初はイゾルテが怪我をしていましたね」

 

 ナナホシの言葉に、イゾルテが苦笑いを浮かべた。

 少しの間、部屋の空気が弛緩する。

 

「……ぅ」

 

 その時、寝ていた少女、トリスが小さく声を上げ身じろいだ。

 全員が一瞬顔を見合わせて、タントリスを除いて、トリスの周りに移動する。

 彼女はうなされるように顔をしかめて、それから少ししてから、ゆっくりと目を開けた。

 

「ぁ、え……?」

 

 身体を起こそうとして、ベッドに手をつくが、うまく力が入らないようだった。

 見かねて、俺がそれを手伝おうと近づくと――

 

「ひッ」

 

 俺の顔を認識したトリスが、顔を腕で隠した。

 

「も、申し訳ございません、申し訳ございません! すぐ、すぐに夜伽の準備をいたしますから、痛いのだけは!」

「――――」

 

 トリスの言葉使いじゃない。

 やっぱり盗賊だと思ったのは俺の勘違いであるのか。

 いや、それとも怯えているだけだろうか。

 なぜ?

 

「ルードさん」

「ん、あ、ああ」

 

 イゾルテが入れ替わるようにトリスのすぐ近くにやってくる。

 それを見たトリスが、少しずつ落ち着きを取り戻し、それから数分して、俺たちを見回した。

 

「……え?」

 

 状況を飲み込んだトリスは、まるで意味が分からないとでも言いたげに首を傾げた。

 


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