待ち望まれた設置基準が制定 特別支援学校はどう変わる

 慢性的な教室不足が課題になっている特別支援学校で、必要な施設の最低基準を定めた設置基準が今年9月に制定され、今後新設される学校の教育環境が大きく改善されると期待されている。一方で、既存の校舎は設置基準への対応が努力義務にとどまり、長年、設置基準を求めてきた保護者や教員からは「今の子供たちに適用されなければ意味がないのではないか」と不満の声も上がっている。関係者が待ち望んだ設置基準で、特別支援学校はどう変わっていくのか。

カーテンで仕切られた教室

 「カーテンを境に黒板側で普通学級の1年生4人、後方で重複障害などのある3人が学んでいる」

カーテンで仕切られた教室(東京都板橋区の都立高島特別支援学校

 知的障害特別支援学校小・中学部としては都内有数規模の約320人が学ぶ東京都板橋区の都立高島特別支援学校。小学部1年のある教室では、カーテンを隔てて2クラスの児童が授業を受けている。

 「カーテンによる間仕切りは、私が初任者だった20年以上前から続いている。大きな支障がないように努めているが、授業中にお互いの先生の声が聞こえるといった影響はあり、環境として望ましいとは考えていない」と、教室を案内してくれた深谷純一校長が語った。

 全国的に特別支援学校の在籍者数は増え続け、昨年5月現在で14万4823人。教室の整備が追い付かず、文科省の調査では2019年5月時点で、全国で3162教室が不足し、カーテンなどで間仕切りをする教室は1594教室に上った。

特別支援学校の生徒数の推移

 こうした中、保護者や教員らの強い要望に加え、有識者会議の提言も受けて今年9月、小中学校などと同様の設置基準が制定された。1学級の人数を幼稚部は5人以下、小中学部は6人以下としたのをはじめ、▽視覚▽聴覚▽知的▽肢体不自由▽病弱――の5つの障害種ごとに、部や児童生徒数に応じて校舎面積の算定式が定められた。また、普通教室・特別教室以外に、自立活動室、図書室、保健室、職員室、体育館を備えることも明記された。ただし、「地域の実態その他により特別の事情があり、かつ、教育上支障がない場合はこの限りではない」といった記述も目立ち、既存の施設については努力義務と受け止められる内容となっている。22年度から段階的に施行される。

 高島特別支援学校でも児童生徒数はこの5年間で50人以上増え、学級数は11増えて66学級になった。校舎の増築などで対応してきたが、現在も間仕切りの教室が5教室、建築当初の状況から積算すると図工室などの特別教室を転用した教室が17教室ある。

 こうした状況は設置基準ができても直ちには改善されるわけではない。同校で試算したところ、運動場の面積は基準を満たさなかったが、校舎面積はクリアしていた。

 深谷校長は「現在、小学部低学年は特別教室を使えず、普通教室で図工をしている。図工や音楽などの特別教室が小学部、中学部に1つずつあるとありがたいのだが」と今後の改善に期待を寄せる。

 それでも設置基準ができたことを評価し、「苦労して教室をやりくりしている状況は、どの学校も似たり寄ったりだと思う。設置基準によって新設の学校では確実に基準を満たし、既存の学校も増改修で守るべきものとなる。直ちに環境は変わらなくても、前向きに捉えていいと考えている」と話す。

保護者や教員「今の施設にも適用を」

 「教室不足解消のための設置基準なのに、今の子供たちが通う既存の学校に適用されなければ意味がないのではないか」

 先月23日、特別支援学校に通う児童生徒の保護者や教職員らでつくる「障害児学校の設置基準策定を求め、豊かな障害児教育の実現をめざす会」(佐久美順子会長)の集会で、参加した教員が強い口調で発言した。

設置基準の改善を求める声が相次いだ保護者や教員らでつくる団体の集会

 同会は、10年間にわたって設置基準の策定を求めて署名活動などを続けてきた。設置基準ができたことについては「粘り強い活動が実った。大変意義がある」と評価するが、一方で「過密化の解消に向けて課題が多い」と訴える。具体的な問題点として、▽学校の児童生徒数の上限規定が設けられていない▽通学時間を1時間以内とする要望が盛り込まれなかった▽既存校の基準の適用が「努力義務」にとどまっている――などと指摘し、集会では今後も改善を求めて署名活動を続ける方針を確認した。

 佐久美会長は「設置基準ができたことで今後の活動の新しい足場になり、これを肉付けするのは私たちの意見だと思う。子供たちが安心できる学校をつくるためにも、まだまだ活動を続けないといけない」と強調する。

文科省は集中取り組み期間を設定し整備急ぐ

 こうした流れを受けて、文科省は先月、有識者による「特別支援教育の在り方を踏まえた学校施設部会」を設置。特別支援学校の整備指針の年度内改訂に向けて議論を始めた。それと平行して、改めて教室不足の現状について全国調査するとともに、都道府県に教育環境の改善に向けた計画の策定も求めている。今年6月時点で33都道府県が計画を策定し、文科省は24年度までを集中的取り組み期間として、既存施設の改修に対する国庫補助率を3分の1から2分の1に引き上げて支援している。

 同省特別支援教育課の宇野将至課長補佐は、既存施設で努力義務にとどまっていることへの批判などについて、「(既存施設について)義務とはいえなくても『可能な限り速やかに設置基準を満たすよう努めること』と都道府県に通知しており、真摯(しんし)に受け止めてもらっている。各自治体でどこまでの計画を策定して実施できるか、状況を見極めながら今後のサポートなどを考えたい」と話している。

 設置基準の制定を受けて、既存の施設が基準を満たしているかどうか独自に調査を始めた自治体もある。13校の特別支援学校を有する長崎県教委が各校の状況を調べたところ、校舎については約3割、運動場は約7割が基準を満たしていなかった。今後、敷地に余裕がある施設を中心に拡充を検討するが、増築スペースが全くない学校も多く頭を悩ませている。

 同教委の日高真吾環境整備課長は「改善に向けた計画作りには時間を要し、改修費の国庫補助率が引き上がっている24年度までには終わらない。国には対応を延長してほしい」と要望している。

「10年後の特別支援学校の景色は変わるはず」

 特別支援学校の環境改善は今後どう進むのか。東京都世田谷区にある特別支援学校、都立光明学園校長で、特別支援教育の在り方を検討する文科省の有識会議委員も務めた田村康二朗校長は、設置基準の制定について「『盲・聾・養護学校』から『特別支援学校』に移行して10年以上経過し、共生社会に向けて成熟した流れから生まれたもので、大変意味がある」と高く評価する。

 「例えばこれまでは校長が周囲の学校に頭を下げてグラウンドを借りるなど、施設不足の対応が現場任せの場合もあったと聞くが、今後は設置者である教委が学びの環境確保に一層主体的に取り組むことになる」と指摘する。また、「これまで黙認されていた図書室の兼用ができないことが示されるなど、確実に各校に確保されていく。財政面などの課題から、直ちに既存の施設に適用できない部分も想定し、弾力的な運用も一部可能とはしているが、着実に学びの環境が改善に向かう」と期待を寄せ、こう語った。

 「特別支援学校の底上げになる一歩が踏み出され、今後は計画段階の敷地選びから変わってくる。10年後の特別支援学校の景色は確実に変わっているはずだ」

(山田博史)

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