2021年10月22日金曜日

M行障害について その2ー実態編ー

前回はそもそもの組織論やベクトルの視点での話となったが、せっかくなのでもう少し実態に目を向けた見方をしてみよう。

(その1はこちら

ネット情報では、
・巨大な化け物のようで誰も全体を掌握できてない
・旧行の各ベンダーが据え置かれたので話がややこしくなってる
など言われており、前者はむしろ調査報告で指摘されて明るみになるポイントだと思うが、後者は確かに日本のIT界では多くの人が直接的または間接的にお世話になった企業が名を揃えるような形になっている。

もしも要点が前者である場合は、そもそも誰も全体掌握できてないのにシステム刷新をしてしまったということになるので、確かにこれでは「ベクトル」以前の話であって、むしろ分かりやすい結論であろう。
(敢えて言えば、これだけのシステム刷新をするには成熟した組織・チームと、それをまとめ上げる力量を持った正に人たらしたるPMかつ経営陣とも100%ベクトルが揃ったPMが必要だったが、それよりも先に必要に迫られ、組織と人材の確認をする間もなく動き出さざるをえなかった、と言ったところだろうか?)

前回、システム刷新については極論すると「設計書は無いものと思え」と書いたが、例え設計書がすべて完璧に揃っていたとしても、その事を忘れると痛い目を見るのである。(その教訓を学ぶのに4,000億円はあまりに高すぎるが。また「システム刷新は慎重に行うべき」とさらっと書いてしまうと、その重みもなかなか伝わらないが、こういう事例を目の当たりにしてこの言葉の意味が再認識されるのだろうな。)

また、プログラムソースコードの言語の切り替え(乗せ替え)も軽く考えられがちである。特にシステムに詳しく無い経営陣には「プログラムなのだから機械的に1対1で新しい言語に変換すれば良いだろう」とか考えられたり、逆に開発陣が安易にそういった説明をしたりして、プロジェクトが走ってしまい実際蓋を開けてみると一筋縄ではいかず、結局昔のソースを追って手動で新しいソースを書き起こす羽目になり、当初予定をはるかにオーバーしたりする。
しかもCOBOLなど古い言語だと、現在の言語では整備されたライブラリがあったり1行で書けたりする処理であっても、古い言語は昔ながらの書き方しかできないのでせっかく新しい言語にしても回りくどい書き方で書かざるをえず、無駄だらけのソースになったりする。
また、業務的にも古いやり方やデッドコードが残っていて、ちゃんと業務視線で見直せば削ったりスッキリ書き直せる箇所も、意味もなく1対1で新しいソースに整形しなければならない。
更に言うと、1対1変換の方針とは旧システムをブラックボックスとみなして、それをそっくりそのまま新しいブラックボックスに乗せ替えるようなものであり、いざある程度うまく1対1変換できたとしても、試験の段階で何かバグがあると結局旧システムのソースを当たらなければならなくなるのである。どれだけ1対1変換がうまくいったか次第ではあるが、例えば見直し箇所が全体の5割りとかになってしまうと、最初から全体を見直してた方が良かったと「悟る」だろう。(そしてその時点で悟ってもかなり手遅れということにも気づく。)
そこまで行くと「安易に1対1変換方針にせずに、肝を据えて要件定義からやってた方が良かった」と後悔することになる。先ほどの例で言うと試験時点で実質要件定義の見直しをする羽目になってるにも関わらず、1対1変換方針であるから「改善」も許されず意味の無い(とまで言わないまでもかなり無駄な)ソースを作り続けなければいけないのである。これほど後ろ向きな作業も無いわけで、1対1変換という機械的作業を人がやってるような作業になってしまう。

そして最後は必ず試験を実施するのだが、例え1対1変換で旧ブラックボックスから新ブラックボックスに乗せ替えられたとしても、結局は試験の段階で、そのブラックボックスの中身に関わる所を見ていかなければならないのである。
システムがものすごく単純であれば、INとOUTだけチェックすれば良いだろうが、複雑なシステムだと様々なパターンや、システム全体を通しての試験をする必要があり、そういった試験をこなす時に技術者は「ここはブラックボックスなので動きは分かりません」とは言えるわけが無いのである。
つまり試験段階で最上位レベルの要件やシステムの「意味」まで把握する作業は当然である訳で、それを当然知っているのであれば、どちらの方式で対応するか判断するときの重要な要素になるだろう。
試験段階でどっちみち現在把握しきれてないシステムのソースレベルの意味まで調べることになるので、それならば要件定義・基本設計から業務を洗いなおして、古臭いやり方をしてる箇所でまとめられる箇所はまとめ、デッドコードも削ってすっきりと作り直した方が良いと判断するか。
または、試験段階でどっちみち現在把握しきれてないシステムのソースレベルの意味まで調べることになるが、工数削減のためあくまで1対1変換でいくと判断するか、である。

この工数というのも、ベテランPMであれば分かると思うが、隠れパラメータとして「どれくらい幅があるか」というポイントがあり、ある種取り扱いが危険な数値だと知っているだろう。
先ほどの例だと、前者は要件定義・設計・製造と大きな見積もりとなるが、幅としては「それほどぶれないだろう」と分かる。
後者だと、確かに設計・製造は小さい見積もりが出てくるだろうが、幅としての不確実性はものすごく大きい。(と、少なくとも嗅ぎ分けられるPMや、経営者側の人間がいなければならない。)
これまで説明した通り、蓋を開けるとうまく行かず、見直し箇所の方が大きい割合を占めると、当初見積もりの何倍にもなって、下手すると素直に前者でやってた方が安上がりだったという、目も当てられない結果になる。(おまけに作業は「こっちの穴を塞げば、あっちから水が出る」とう、凄まじく後ろ向きな作業となる。「士気」とかに直接結びつける気は無いが、前回書いた「ベクトル」という意味でいくと、果たしてこんなことになったとしたら、現場の一人一人は果たしてこのシステム刷新に対する熱量やベクトルを保ったまま作業できていたのだろうか?と思う。また、そこまで行くと「負の逆伝搬」が発生する。つまり現場が燃え上がると、それこそ「見栄」とか「ばれたら怒られる」という、「何とか抑え込もう」という非健全な力が発生するのである。小さなプロジェクトならもちろん押さえこめるのだが、今回のような超大規模プロジェクト、超多段階層となると、上層に行けば行くほど「もう手遅れ」になって、さらなる「蓋に蓋をする」事態になってしまうのである。(さすがにこれも基本事項としてPM教科書に書いてそうだが。)特にこういう時に「言われた通りやっており、その点は言われてないので当然やってません」という言い訳を準備しがちである。)

2021年10月13日水曜日

M行障害について

システム刷新プロジェクトに携わったことがある人であれば分かると思うが、これだけ問題が起こる原因の要点をまとめると以下になるのでは無いか。

・ベクトルが本当に揃っていたか。

つまり
・M行とベンダーのベクトルが本当に揃っていたか。
・経営陣と開発陣のベクトルが本当に揃っていたか。
ということ。

2021年9月30日木曜日

ISPのIPv6オプション(IPoE)でVPN接続

最近はISP(Internet Service Provider)によって、IPv6オプション(IPoE)というものがある。

従来までのPPPoEは、ダイヤルアップ方式接続(PPP)をイーサネット(IPv4)上で実現しましょう、的なもので詳細は他ページに譲るが、要点としては、網終端装置を通るためそこがボトルネックになっている、ということ。

そこで出てきたIPv6オプション(IPoE)は、網終端装置を通らないためPPPoEと比較すると通信がスムーズになるというメリットがある。

私の契約してるISPもIPv6オプション(IPoE)対応なので、早速使ってみたがテレワーク用PCから会社へのVPNが接続できなくなってしまった。

ネットを見てみると同じような話がたくさんあるため、これについても原因等は他ページを参照いただきたい。
(要はIPv4 over IPv6のあたり)

ここでは、IPv6オプション(IPoE)を使いながらも、VPN接続する方法があったためそれを紹介する。

【環境】
VDSL方式(マンション)で、ブロードバンドルータ兼Wi-Fiルータでインターネット接続(一応メーカーはBuffalo)。
このルータはデフォルトでIPv6接続方法:「インターネット@スタートを行う」になっていて、そのままIPv6オプション(IPoE)接続になってくれる。
※IPv6オプション(IPoE)開通連絡を受け取った後にルータの再起動だけ実施。
※なお、この設定を「IPv6を使用しない」にすると、VPNも繋がった。つまりIPv6オプション(IPoE)を諦めてPPPoEに戻すやり方。

ISPで、IPv4接続かIPv6接続かの確認ページが用意されていたので、ページを開いてちゃんとIPv6接続になっている事を確認。

テレワーク用PC含めて家庭内の機器は、ブロードバンドルータ兼Wi-FiルータにWi-Fiで接続する形。

【VPNに接続できてなかった時の症状】
テレワーク用PCで会社へVPN接続しようとすると、VPN接続時のIKEパケットでタイムアウトになって接続できない、という状態だった。

ネットを見ると「IPoEにはこういう問題があって無理なのでPPPoEに戻した」と言うのが大半なので「残念だけどIPv6オプション(IPoE)は無理か」と諦めかけた。


【解決策】
試行錯誤した結果、テレワーク用PCでPPPoE接続することで会社にもVPN接続できた。

「別途LANケーブルを繋いだのか?」と思われるかもしれないが、そうではなく、Wi-Fi経由でである。

他のページでは別のルータを間に挟んだりする解決策もあったが、このページで紹介する対策は追加機器も追加配線もなく、すっきり解決できたと思う。

【詳細】
接続形態としては
インターネット - 回線 - BBR -(Wi-Fi)- テレワーク用PC
である。(BBR: ブロードバンドルータ兼Wi-Fiルータ)

テレワーク用PC(Windows 10)上で、ネットワーク設定から「ダイヤルアップ」に新しい接続を作成。
BBRに設定した、ISP接続情報と同じ情報で作成。
「アダプターのオプションを変更する」を開き、作成したダイヤルアップ接続のプロパティを開いて、「ネットワーク」タブのTCP/IPv6のチェックを外す。

2021年3月12日金曜日

言葉遊び 兼 鬼滅の刃 大正コソコソ面白話

言葉遊び
mario amarillo. 黄色いマリオ。
pertenezco a Nezuko. 私は禰豆子ねずこに属します。(私は禰豆子ねずこのものです。)

スペイン語の言葉遊びでした。

2020年12月18日金曜日

Androidヘルプ(Pixel ガイド)を再度表示する方法

 Pixelをアップデートした直後の最初だけ通知される
「Pixelガイド」を再度表示する方法。

【環境】
 Androidバージョン 11

【手順】
1. 「設定」アプリを起動
2. 「設定を検索」に「Pixelガイド」または単純に「ガイド」を入力
3. 候補にPixel ガイドが出てくるのでタップして起動。

なお、候補に出てくるPixel ガイドの下の注釈にも出てるが、
「ヒントとサポート」→「Pixelのヒントを見る」
でも起動可能。

【経緯】
OS(Android)をアップデートして、Pixelガイドが出てきたので
見ていたのだが、「なるほどこんな機能もあるのか」と思って、
Pixelガイドを抜けて実際操作してみた。
そしてPixelガイドに戻ろうとしたけれど、「アプリの切り替え」操作(下からスワイプしてホールドするやつ)で
出てくるアプリ一覧に「Pixelガイド」がない。

ホーム画面のGoogle検索で検索しても出てこない。
「Pixelガイド」というキーワードさえ忘れていたので
「Android 新機能」とかでもアプリ候補は出てこない。
「Android アップデート 新機能紹介 アプリ」とかキーワードを
いろいろ試すけど、実際に機能紹介する動画とかばっかり出てきて
(そりゃそうだけど、でも今は純正のヘルプが見たいんだ、と思いながら)、
肝心の「Pixelガイド」をもう一回起動するやり方は延々と見つからなかった。
(いろいろ検索して、昔はPixelガイドという独立したアプリだった
 らしいということは分かった。)

おそらく初心者であればあるほど、この状況に陥りやすいのではないだろうか。
つまりAndroidの操作とか新機能を知りたいと思う人ほど、Pixelガイドを
抜けて戻ってこれなくなってしまって、操作方法や新機能を知らないまま
使っている人が多く発生している、ということである。
せっかくこんな分かりやすいガイドを作ってくれているのに、一番知りたい
人に届いていないのでは本末転倒である。

そして、おそらくGoogle的には、PCアプリにあるような初回起動時は
ヘルプを表示して、「次回から表示しない」チェックを付ける、みたいな
動線が気に食わなかったので、シンプルに、直感的にしたかったのだろう。
(主観的なシンプルさ・直感さは気を付けないと、分かりづらさ・
 意味不明さになるという、UX法則第なんとか条ですね。^^おしい!)

せめて救済策として「Android アップデート 新機能紹介 アプリ」などの
キーワードでPixelガイドの再表示方法が検索トップに出てくるとか、
ホーム画面とかアプリ一覧にエイリアスを貼っておくとかくらいは
しておいてよかったのではないだろうか。(初心者用に)

実際なぜPixelガイドが出てこなくなってしまうかだが、「Pixelガイド」は
「設定」アプリの一部なので、一度「Pixelガイド」を抜けて、他の設定を
いじったりすると、それは「設定」アプリ内の画面遷移であるので、
いくら「アプリの切り替え」で探そうが見つからない訳である。

私も最初いろいろ探して、「こうゆうものはヘルプにあるはずだし、
あるべきだ」と思って、設定アプリの「ヒントとサポート」を
一回開いたのだが、ここだけWebページを開く感じだったので
ここから先は外部Webページだと思い込んでしまい、
「Pixelのヒントを見る」を試さずに戻ってしまった。
最終的にはそれを起動するか、または設定アプリ上で検索するのが
正解であったのだが、初心者がそこまでできるかどうかは
はなはだ疑問である。

当初は「Pixelガイド」も独立アプリで、バージョンアップで
設定アプリ中のヘルプ部門に統合されたようなので、その辺の経緯が
あるとは思うのだが。
さすがのGoogleさんでも何かを変化させたときの影響を
網羅的に見るのはやはり難しいのだな、ということが今回
分かりました。

(天下のGoogleさんなので、「Pixelガイド」の使用頻度とかも
統計を取って、ユーザの熟練度(使用年数)とかと相関を取って、
ある時点でAndroidバージョンアップしてからなぜかPixelガイドの
使用頻度がガタ落ちしたことに気づいて対応してほしかった^^
これは期待しすぎか^^)

2020年11月7日土曜日

鬼滅の刃 大正コソコソ面白話 ー禰豆子の竹・那田蜘蛛山の鬼・鬼舞辻無惨とキマイラ吼ー

鬼滅の刃で、軽微ながら気になった点

フィクションである以上、矛盾はつきものであるが、
熱狂的ファンは当然であるのかもしれないが、社会現象とかにまでなってくると
なおさらだが、誰とも言わずに勝手に考察が始まるものである。

またはファン人情として、なんとしても成り立たせたいために
矛盾を矛盾でないようにあれこれ(時として「どんだけ頭がいいんだ?」
といった想像・創造を駆使して)成り立たせようというベクトルが働くのである^^
(よく言われるフィクションの存在意義)

それを言外に共有した上でみんな楽しんでいるのであれば、
それはそれで良いのだろう。

※過去の投稿 富岡義勇が鱗滝左近次に宛てた手紙の疑問 についてはこちら

禰豆子の竹

禰豆子が鬼になりかけたので、人を襲わないように咥えさせた竹について。

実際に口と竹はどういった状態なのだろうか?

短絡的に考えれば、鬼の牙が危険なので牙で竹を噛んだ状態であろう。

そうするとどうしても唇は密封状態ではない。

医療関係者や介護関係者であれば分かるが、(実演するとすぐに分かるが)
口を閉じてないとどうしても唾液が外に出てきてしまうのである。
なので、漫画中には出てこないのだが、おそらく優しい
炭治郎が常に禰豆子のよだれを拭いてあげているのだろうな、
といった、何にもならない想像^^
(もしくは禰豆子には人としての恥ずかしさが残っているので、
常に一生懸命によだれが垂れないように吸い上げてる、とかになってくるが、
それもかわいそうなので、原点に戻ってこのことは「気にしない、考察しない」
のが一番いいのかもしれない。)
(または「鬼になり生存活動が止まったので、一般で言うところの
「食事や生存活動」に対する唾液の分泌は停止した、とか割り切るのも一手。
人の血を見た時だけ唾液の分泌が始まるとか。)

想像を逞しくすると、竹はただのカバーであって、あの中は
牙をしっかり抑えつつも口を閉じれるように、石膏などで
型を取って、口が痛くならないように歯医者さんで使うような
何か柔らかいジェル状のもので作られたもの(大正時代にも存在し得たもの)を、
実際は禰豆子が噛んでいるという案。
(案ってなんだ?)

更に言えば、炭治郎も富岡も鱗滝も、禰豆子は人を襲わないということは
分かったので、人前にさえ出なければ竹はいらないのでは?
とも一瞬思ったが、やはり竹は「保険」として必要だな、ということ。
何かの手違いで禰豆子が暴れた時に竹があるとないとでは、
(禰豆子が本気になれば竹は一瞬で粉々になろうとも、)
たとえ刹那の違いであったとしても保険としての竹の意味はあるのである。
それと対外的に人の目に鬼の牙を見せない意味。
基本的に日中は外に出ない、食事もしないという点を差し置いた前提であっても。
これも保険的な考え方。

現実の世界に立ち返ると、「鬼になりかけた人が竹を噛んでいる」という
「絵」は漫画的に捨てがたいし、独自性(ユニーク性)・マスコット性も
抜群なので捨てる意味がないだろう^^

那田蜘蛛山の鬼

那田蜘蛛山編の累の家族役の鬼で、父親役と兄役の鬼に
エピソードがなくてちょっとかわいそう。

また、なぜ父親役の鬼は顔を蜘蛛に、兄役の鬼は体ごと
蜘蛛にした・しようとしたのであろうか?
他の鬼も見てみると、どうやら自分の体は自分の思うように
できるようなので、それぞれの鬼が生存競争で勝ち残りやすい
自分に合った姿になっているのであろう。
(元は人間なので、そのまま人間の姿の鬼が多い。)

兄役の鬼は、武器を持って戦えなくなる代わりに蜘蛛の捕食能力に
特化することで生きて?いこうと思ったのだろうか。
父親役の鬼は人に恐怖を与えてひるませるために、また父親としての
威厳を出すため蜘蛛の顔にしたのだろうか?
大きなあごによる強力な咀嚼攻撃は前面に押し出してない。

また「自分の体のここをこうしたい、手を生やしたい、
触手を伸ばしたい」というのは、鬼本人の「意志」パワー
(ウィルパワー)だけでできるものなのだろうか?

腕一本にしても骨があり筋肉があり筋があり神経があり、
それらは意志でできてるわけではなくて、生物の自己完結性で
できているので、鬼としてはできたとしても、あくまで
「ここら辺に腕と同等の組成をしてくれないかな」的な
「きっかけ」を与えるくらいまでだろう。

ましてや完全に異種の蜘蛛の組成を形成するにはウィルパワーでは
できるわけがないので、おそらく蜘蛛の遺伝子なりをものすごい
理論跳躍して取り入れているはずである。
(ザ・フライ!?(ジェフ・ゴールドブラム)世代がばれる)

他種を融合できることをまじめにやって、遭遇したあらゆる
生物を融合して、それぞれの長所をいいとこどりしていけば
かなり強くなれると思う。
(と同時にかなりおぞましくなるだろう。この辺は美意識が
 優先されるのだろうか。)
また、下弦の壱 魘夢のように汽車とも融合できるのであるから、
例えば人の捕食はちょっと我慢して、がんばって山とかと融合して
しまえばかなり最強だろう。
融合後は入山してきた人をいただくと。慎重になるのであれば
事故ってしまった人だけいただいておけば怪しまれまい。
(他の鬼も見てみると捕食数は数十年~百何十年で数十~数百人レベル
であり、数百年前の統計が取れてはいないが過去の事故数は現代よりも
多かったと仮定すれば、まぁ安定的に補給が確保できてなかなか
賢いやり方であろう。)

山と融合しているので首の骨をはるか地中深くにしておけば
まず切られる心配はない。
後の心配というか問題は可動性であろう。
たいていの話だと大型化すると可動性が下がって、それこそ
鬼の腹に入ってとか、血管とか骨とかに入って「内側から倒す」
系の話になることがほとんどである。
山の大きさで可動性もあると本当に最強になってしまうので
むしろ条件設定でこの「枝」は切り落とされるわけである。
山鬼「無惨さま、山と融合しました!」
無惨「うむ、よくやった」
とかなるのだろうが、いったいこの鬼は何をしたいのだろうか、
ということにもなる。

もう一点、傷を瞬時に直したり、腕を再生させたりというのは、
細胞分裂の速度とかに行き着くのだろうか。
腕を生やすにしても、その元となる養分が必要なので、
それは一体どこにどうやって有しているのか、
(すべてはエネルギーに行き着くというのならばゴジラが参考になる)
とかなり脱線してしまい、これ以上行くと夢がなくなってくる
ので、(またはこれによって驚異的増殖スピードの細胞の
研究が進むことを期待して)、この辺までにしておきます^^


鬼舞辻きぶつじ無惨むざんとキマイラこう

鬼舞辻無惨の口(あぎと)を持った触手を見てキマイラ吼を思い浮かべた。
そしてまたキマイラ吼を読み返したくなった。
(主観を述べただけで、なんの考察もなくてすいません。
 ただ、同じ事を思ったSFファンはいるはず。。)

2020年9月11日金曜日

鬼滅の刃 富岡義勇が鱗滝左近次に宛てた手紙の疑問

鬼滅の刃について、ちょっと気になった箇所。 

単行本第一巻 P88 で、富岡とみおか義勇ぎゆう鱗滝うろこだき左近次さこんじに宛てた手紙に 
「鬼殺の剣士になりたいという少年をそちらに向かわせました」 とあるが、
「ん、炭治朗たんじろうは鬼殺の剣士になりたい?」と引っかかった。
そこまで言い切っていたかな?と。

読み返してみると、炭治朗が意思を表明したのは、
富岡が禰豆子ねずこを後ろ手に抑えながらやりとりする場面で、
「禰豆子を人間に戻す」「絶対に治します」
(鬼が人間に戻る方法を)「必ず方法を見つける」
「家族を殺した奴も見つけ出す」
と言ったところ。

しかし状況が状況なだけに、炭治朗は妹が殺されないように
必死であり、感情的な勢いも含まれている。

富岡もそれを分かった上で、つまり感情という「ゲタ」の分を
差し引いた上でも、炭治朗は鬼殺の剣士になりたいと
いう意思表明と受け止めた、ということだろうか。

(なお、上記のやりとりの後は、戦闘→炭治朗が気を失う→炭治朗が
起き、富岡は炭治朗に鱗滝を訪ねるように言って去る。
なので、「お前は本気で鬼殺の剣士になりたいか」という
意思を最終確認する場面はない。)

いや、この直接的なやりとりではなく、戦闘直前の炭治朗の懇願
→富岡の叱咤→富岡が禰豆子を切ろうとする→戦闘
の場面で、富岡は無言で炭治朗に覚悟を持たせたと取るべきか。

直接的な「鬼殺の剣士」になる覚悟ではないのだが、富岡は炭治朗の
「鬼の妹を守り、家族の仇を取る」という覚悟は強く受け止めており、
そのためには「鬼殺の剣士」になるしかないことを富岡は知っているので、
帰納的に「鬼殺の剣士」になる覚悟となる。

炭治朗もこの時点では、直接的に「鬼殺の剣士」になる覚悟までは
結びつけてないはずで、鱗滝と会い鱗滝から「妹が人を喰った時
お前はどうする」と聞かれて判断できなかったことなどを通して
鬼殺の剣士の覚悟を固めてくのであろう。

よって富岡の「鬼殺の剣士になりたいという少年をそちらに
向かわせました」 というのは、炭治朗が遭遇してしまった
あらがいようのない宿命への、厳しさといつくしみからの断言なのだろう。

ーーー
この後、炭治朗は亡くなった家族を埋葬し、鱗滝が居る狭霧山さぎりさやま
向かうわけだが、父親もいなくて実質的に一家の主である炭治朗と
しては、役所への届けとか、長期不在になることを少なくとも
三郎爺さんとか隣近所には伝えておかないと、とか(もしくは
狭霧山に行けば万事解決し、数日で帰ってこれると考えていた?)、
戸締りは万全だろうかとか、鬼に襲われたことが広まって報道各社が
取材にくるんじゃないだろうかとか、「いや待てよ。なんで自分だけ
無事だったんだと容疑をかけられるのでは?いや炭を売りに行った
町の人や、三郎爺さんがアリバイを証言してくれるから大丈夫だ。」
とか気になったであろう。
(役所とか言い出すと話が進みませんね^^)

最後は逸脱しすぎたが、普通(?)だったら鬼に詳しい人とか
医者に頼ってみようとなるのだが、それでは一般人の話であって、
物語にならない^^
また、そんな覚悟では守ることも仇を討つことも、
なんだかんだと理由をつけて何もしないまま
終わるだけなんだろうな、という戒め。

原文