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この作品「来世で会いたい(1)」は「ささろ」「簓盧」等のタグがつけられた作品です。
来世で会いたい(1)/yuvvの小説

来世で会いたい(1)

14,889 文字(読了目安: 30分)

白膠木簓(24)が戦争孤児の躑躅森盧笙(10)を拾う話です。

 
性懲りもなくパラレルワールド。なんでも許せる方向け。

舞台設定は、平成初期だけど戦争はある、マイクはない、みたいなめちゃくちゃな感じです。白膠木簓が一直線にヤクザになっています。
 
 
Twitterに投げているものと同じです。
こちらの方が読みやすいかなと思ってまとめました。

2021年9月30日 13:36
1
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 人を殺したことがある。
 その日も雨が降っていて、なにかを傷つけるのは決まって雨なのかとみぞおちの辺りが痛んだ。グローブをつけた手で握った鉄パイプを心なく振り下ろす。すると人は簡単に動かなくなるのだった。やりようなら他にいくらでもあったろうに、こんな殺し方を選んだのは、感触を覚えておこうと思ったからだった。この手で、人を殺した感触を。
 殺すべき人間だったから殺した。死んでいい人間なんて世の中にはいないと言うが、そんなドラマチックな話はない。この街は腐敗臭が酷すぎる。だのに、鼻がもげそうな最低な匂いにも順応してしまった。ここで本当に死んでいい人間がいないというのなら、死んでいい畜生がいるだけだろう。
 白膠木簓が殺したのは、その畜生の一匹だった。
 売上をちょろまかしていたのだ。あれだけやるなと言っていた薬もやっていたし、自分の女に売りをやらせていた。上手くやれば見逃したものを、碧棺左馬刻にバレるような下手を打った。だから殺した。殺すしかなかった。
 部下のおいたには制裁を加える必要があった。大体簓だって「知らなかった」では済まされないのだ。ここはそういうクソみたいな場所だった。折れたあばらが痛むのを我慢して鉄パイプを振り下ろし、骨を砕いた。脳に沈む感覚が伝わって思わず指を離しそうになったが、それも我慢した。
 気分のいいものではなかった。人を殺す行為についてではない。頭をかち割る感触の話だ。滑るからとグローブをつけていたのは正解だった。外した時に手のひらの皮が剥けていることに気がついた。絵面も悪ければ後処理も悪く、労力に見合わないと簓は思った。
 人を殺す動作より、自分の体に負荷がかかることの方が不快だ。指の付け根にマメのようなものができていて心底面白くなかった。簓は後処理を他の部下に任せて自宅マンションへ帰る。





 件の男と付き合っていた女が西の方へと逃げたらしい。
 簓がそれを聞かされたのは、あれから一週間後のことだった。
 利用されていただけなら追わずに済んだのに、共犯だったとわかってしまった。おかげで簓は女の回収のために西へと向かわされた。
 どいつもこいつも立ち回りが下手で嫌になる。客や他の嬢たちに薬をばら撒いていたと、そんなことが知れたら、あの左馬刻が黙っているはずがない。簓が知っていて見逃していたことにも気づかないほど愚かだったとは。哀れむ価値もない。
 本当にキレているのは左馬刻なのだから、左馬刻の奴を寄越せばいいものを、と簓はスモークの貼られた窓の中から思った。親父に口答えすると髪を掴まれ引き摺り回されるだけなので言わなかったが。思い出すとむかついたので、「酔うやろ。もっと静かに走らんかい」「すいません!」「アァ? すまんで済むなら俺らはいらんやろが!」言いがかりをつけて部下を殴っておいた。
 古巣だろうよ、と下卑た笑みを浮かべた親父に、どうして自分が選ばれたのかを理解した。簓は寝ずに走らせた部下を車内に置いて、懐かしいような気がするだけの土地を踏む。靴底で、なんとはなしに、落ちていた炭を引き伸ばした。
 戦火で焼けた地は、故郷の形をなしていない。だからああして東へいるのだ。ここにはもう居場所などない。燃えた。燃え尽きた。なにもかも。戦争で奪われた。例えば夢、だとか。
 感傷に浸るような心も一緒にここへ捨ててきた。今日はそんなゴミを拾いに来たわけじゃない。女を見つけて殺してくださいと懇願させに来たのだ。簓はまだ残っているそれらしき建物をしらみ潰しに訪ねることにする。
 女はあっさり見つかった。簓は東より西の方が顔が利く。ここいらでまだ水商売をやっているようなイカれた女共とはみんなトモダチだった。
 簓は女を見るなり平手で叩いた。いくら細身であっても男の力で殴れば軽く吹き飛ぶ。頬は赤く腫れ、唇を切ったのか赤いリップの端が汚れていた。簓は地に伏した女を黙ったままもう一度殴る。もう一度。もう一度。泣き叫ぶ女の左側だけが腫れ上がる。
 結局簓は最後までなにも言わなかった。それが女の目には余計、狂気に映る。いくら抵抗しても、女とさほど変わらないように見える簓の薄い体は動かなかった。
 長い髪に鋏を入れて、適当に切った毛束を女に投げる。華奢な肩の上で不揃いの切り口が揺れた。女がなにを言ったのか、聞き取れないまま背を向けた。
 そして、簓は部屋から出て行く。後のことは知らない。簓がやったのはそれだけだ。指の付け根がまた固くなってしまうと嫌になり、飽きて部下に任せた。
 大方ろくな目には合わないだろう。こんな世界にいるのだから、生きることはおろか、死ぬことだって自分では選べない。ここはそういう底辺だった。
 簓は瓦礫を踏みつけて歩く。偶然にも昔住んでいた場所と近かった。近いと言っても歩けば二時間はかかる。この整備されていないめちゃくちゃな道ならもっとかもしれない。でも他にすることなどなかったので歩くことにした。
 焼け焦げた匂いがするのは記憶だ。火が放たれた時にはとっくに東へ逃げ出していた。落とされた爆薬など実際には目にしたこともない。後から映像としてブラウン管で見ただけだ。それなのに、街に放たれた火が簓の目には鮮明に見えるのだった。足場の悪い瓦礫と煤の道を踏みつける。
 その道中だった。
 簓はそれを見つけた。
 ゴミみたいな、いや、本当にゴミかもしれない。原型のわからないものばかりが積みあがった汚い場所に紫色が見えた。目を凝らすとその塊から土に汚れた足が伸びていて、それで生き物なのだとわかった。
 簓は好奇心から近づく。塊は子どもだった。痩せすぎて怖いぐらいだった。なにも食べず、飲むことにすら怯え、吐き戻している女がたしかこんな肌をしていた。
 皮に覆われただけの骨だ。筋肉だって衰えてしまっているだろうに、その脆い腕でなにか大事そうに抱えている。それを見て、簓はいやに冷たく暗い気持ちになった。子どもは目を閉じていた。

「死ぬん?」

 動かないのではなく、動けないでいるのは明らかだった。命はここで尽きようとしている。二の腕が手首と同じぐらい細い。それでも、これがゴミ捨て場に投げられた死体ではなく、死にかけなのだと、そう判断したのは、子どもの胸が小さく上下していたからだった。
 簓は息絶えるその瞬間を見下ろしている。
 子どもだからといって特別悲しんだりすることはなかった。命はみな等しく弱いものから尽きていく。身に染みて知っていることだ。助からない。

「なんて?」

 返事など期待していなかったのに、水分を失いひび割れた唇がわずかに動いたのを見逃さなかった。簓はポケットに手を入れたまま腰を折り、子どもに顔を少し寄せる。
 耳を疑う言葉に、簓はのけぞった。死ぬ間際まで大事にできるものを持つ子どもを、本当は妬ましく思い傷つけようとしたのだ。奪い取って踏みつけにするつもりだった。ゴミは惨めに死ぬべきだ。似た境遇にあって、上等な死に方をするのは許せなかった。簓には大事なものなどなにひとつないのだから。

「あぁ……」

 簓は呻くように声を漏らし、膝をつく。今にも折れそうな腕を掴み、抱き起こした。体は羽根のように軽かった。抱えると、生きているから、あたたかった。





 四人しか乗れませんと拒否しようとする部下に対して「ほんだらお前が歩いて帰ればええんちゃうの?」と一言笑ったら大人しくなった。簓は車内にあった毛布で子どもを包み、膝に乗せて帰った。子どもの意識は朦朧としていて、現実と夢の区別などついていないようだった。簓の自宅マンションに着いてもほとんど眠ったままだった。

「簓、おかえり」
「ただいまぁ!」

 不慣れながらに甲斐甲斐しく世話をしていたら、子どもはある日を境にみるみる元気になっていった。最初は戸惑っていたようだが、簓との生活にも次第に適応していった。助けられた恩義からか、家の中で子どもはよく働いた。

「盧笙、こっちおいで」
「なに? プリン買うてきてくれたん?」
「そうやなくて。や、プリンもあるけどぉ」

 帰ってきたばかりの青いスーツのままソファに沈んで簓が子どもを呼ぶ。子どもは盧笙と名乗った。嘘ではないだろう。身分を示すようなものは存在しなかったが、咄嗟に嘘をつける判断力がこの子どもにあるとは思えなかった。それに、二人で暮らすうちにそれは確信に変わった。盧笙は珍しいほど真っ直ぐな子どもで、嘘をつくのが下手だった。

「わ! やめぇやあ」
「あはは」

 近づいてきた盧笙を引っ張りあげて抱き締める。声変わりのしていない高い声が楽しげに響き、やめろと言いながら笑う盧笙の脇腹をくすぐれば、より一層高い声で笑った。
 クソみたいな人生の中で唯一今が幸福だと思えた。
 大事なものなどなに一つとしてない、今までだってこれからだって。そう思っていた中で、ようやく簓も覚えることができた。後生大事に抱える仕草。
 まだ平均体重には足りていないが、出会った頃より遥かに肉がついた。だから抱き締めると、あたたかくてやわらかかった。そして、子どもだからなのか、どこか甘い香りがした。

「ひっ、もうむり、ひっ、あははははっ」
「盧笙はくすぐったがりさんやなぁ」

 最後にぎゅっと抱き締めてから解放する。だが、盧笙は簓の膝の上から動かない。苦しげな息を整えるためにじっとしていた。

「うー……なんで簓は効かへんのや!」
「なんでやろなあ。簓さんは感覚死んどるんかも」
「え……だ、大丈夫なん? 病院行かなあかんのちゃうん?」
「あはは、冗談やて」

 息を整えると、仕返しとばかりに盧笙が簓の脇腹をくすぐる。首や、お腹、耳の後ろ、脇、腰。行ったり来たりする指は、自分の弱点を曝け出しているに過ぎない。やっぱりその辺がくすぐったいんやなあと、わかっていることを反芻しながら簓は微笑む。くすぐったいという感覚はあっても遠く、身をよじるほどではなかった。
 盧笙が真っ直ぐに言葉を受け取るので、簓はその頭を撫でた。そして膝から降りる前に、抱っこの状態で立ち上がる。

「簓ぁ、プリンは?」
「お風呂上がったらな」
「お風呂嫌やー」
「はいはい」

 戦争によりすべてを失った盧笙は風呂に入る習慣が身についていない。親も家も焼けてしまったのだ。食べるものに困り、土を食べたこともあったという。安全な場所などそこにはなかった。餓死に怯えながら今日を生き延びるだけで必死だった。水に濡れるのを嫌がるのは、恐らく雨で体の冷えた過去が蘇るからだろう。盧笙ははっきりと言葉にしなかったが、断片を繋げていくとそう読み取ることができた。

「水にさぁ、十秒顔つけられたらもっと美味いプリン買うてきたるよ」
「ほんま? いつ? 今日?」
「今日はお店閉まっとるから明日かなぁ」
「…………」
「どぉ? できそう?」
「………………頑張る」
「えらいなぁ、盧笙。頑張ろうな」

 腕の中で盧笙が渋々ながら頷く。褒めると照れたようにはにかんだ。小さな頭が照れ隠しにぐりぐりと肩口に押しつけられる。その際に湧き上がる感情を、幸福と呼ばずになんと例えられよう。
 簓は小さな体を抱えたまま脱衣所へと向かう。

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コメント

  • 10月3日
  • サイナ
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