真珠湾攻撃で零戦隊を率いた指揮官が語り遺した「日本人不信」の理由

「あれが犬死にだったというのか」
神立 尚紀 プロフィール

大分の佐伯湾を真珠湾に見立てて猛訓練

昭和16年10月には、戦闘機隊の訓練は仕上げの段階に入りつつあった。訓練項目に航法通信訓練が加えられ、無線でモールス信号を受信する訓練なども行なわれた。高高度飛行の訓練も実施され、耐寒グリスを塗った20ミリ機銃による、高度8000メートルでの射撃訓練も行われた。

11月に入ると、志布志湾に6隻の空母と飛行機が集められ、11月3日、南雲中将より各艦長にハワイ作戦実施が伝達された。その日の夜半、特別集合訓練が発動され、翌4日から3日間にわたって、全機全力をもって、佐伯湾を真珠湾に見立てた攻撃訓練が、作戦に定められた通りの手順で行なわれた。

〈十一月四日 「ハワイ」攻撃ヲ想定 第一次攻撃隊 〇七〇〇(注:午前7時)発進、第二次攻撃隊〇八三〇発進。十一月五日 第一次〇六〇〇、第二次〇七三〇。十一月六日 〇五〇〇ヨリ訓練開始〉

と、進藤さんはメモに書き残している。11月6日には、戦闘機隊が半数ずつ、攻撃隊と邀撃隊の二手にわかれ、攻撃隊はいかに敵戦闘機の邀撃を排除して攻撃を成功させるか、邀撃隊はいかに攻撃隊を撃退するか、という訓練も行なわれた。激しい訓練で、攻撃隊の九九艦爆のなかには不時着する機も出た。

特別集合訓練が終了すると、「赤城」「蒼龍」は横須賀、「加賀」「飛龍」は佐世保、「翔鶴」「瑞鶴」は呉と、それぞれの母港に入って準備を行い、飛行機隊はふたたび、陸上基地に戻って訓練を続けた。このとき、戦闘機が洋上で単機になってしまった場合に備えて、無線帰投方位測定機(クルシー)を使っての帰投訓練が実施されている。無線による帰投訓練は、熊本放送局の電波を利用して行なわれた。

11月中旬には、各母艦は飛行機隊を収容し、可燃物、私物の陸揚げや兵器弾薬、食糧の最後の積み込みを終え、佐伯湾に集結した。17日、「赤城」飛行甲板上で、南雲長官以下、機動部隊の幕僚、指揮官を集めた壮行会が行なわれ、列席した聯合(れんごう)艦隊司令長官山本五十六大将は祝杯をあげるとき、「征途を祝し、成功を祈る」と、沈痛な面持ちで一言だけ述べた。

「赤城」が佐伯湾を出たのは、11月18日のことである。行動を隠匿するため、出航と同時に、各艦は厳重な無線封止を実施した。

 

空母6隻を主力とする機動部隊は、ひとまず北へ向かい、千島列島の択捉(えとろふ)島単冠(ひとかっぷ)湾に集結した。6隻の空母の飛行機搭乗員には、この間の航海中に、ハワイ作戦のことが伝えられている。湾の西に見える単冠山は、裾まで雪に覆われていた。

11月24日、空母の全搭乗員が「赤城」に集められ、真珠湾の全景模型を前に、米軍の状況説明と最終打ち合わせが行われた。進藤さんが手元に残していたハワイ作戦関連の軍機書類の日付は、この日から始まっている。機動部隊の行動についてはもちろん、攻撃隊の編成や各機ごとの呼出し符号、各隊ごとの無線周波数など、詳細な作戦計画が、すでにでき上がっていた。

11月26日、機動部隊は単冠湾を抜錨、各艦、単冠山に向かって副砲、高角砲の試射を行った。凍てつく空気に、砲声が轟いた。艦隊はそのまま針路を東にとった。

12月1日、機動部隊は日付変更線を越えた。機動部隊は日本時間で行動するので、時差で時間感覚がずれてくる。この日の御前会議で、日本は英米との開戦を決定する。

12月2日、「新高山ノボレ 一二〇八」という暗号電報が、聯合艦隊司令部より届く。これは、「X日(開戦日)を12月8日とす」という意味である。開戦は、12月8日午前零時と決まった。

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