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2007-07-29 (Sun)  12:53

オススメではないけれど(7)<美智子の逆襲 続き>

バッシング報道が始まって4ヵ月後の、1993年10月。
59歳の誕生日に、皇后は、赤坂御所で倒れ、それをきっかけに、失語症になります。

そして、それから数日後、バッシング報道に対する皇后の反論が、宮内庁を通じて、マスコミ発表されます。
少し長く引用すると...

『どのような批判も、自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います。今までに私の配慮が充分でなかったり、どのようなことでも、私の言葉が人を傷つけておりましたら、許して頂きたいと思います。
しかし、事実でない報道には、大きな悲しみと戸惑いを覚えます。批判の許されない社会であってはなりませんが、事実に基づかない批判が繰り返し許される社会であって欲しくはありません。
幾つかの事例についてだけでも、関係者の説明がなされ、人々の納得を得られれば幸せに思います。』

このあと、マスコミの論調が、がらりと変わります。
皇后バッシングは、ピタリとおさまり、『お気の毒な美智子さま』 的論調一色に染まります。

皇后の逆襲 (①倒れたこと/②失語症になったこと/③反論声明を発表したこと) は、大成功だったのです。

さあ、ここまでなら、『みごとな逆襲ぶり』 ですむことです。
『やるじゃん』 です。

ところが...。
やはり、天皇家問題は、微妙で危険です。

皇后の声明文が発表されて、約1ヶ月以内に、3件の銃撃事件が起こるのです。
雑誌宝島社、雑誌宝島社社長宅、文藝春秋社社長宅、です。
(雑誌宝島と、週刊誌週刊文春は、皇后バッシングの中心的役割を果たしていました。)

いやがらせの域を出ない事件で、けが人もなかったのですが、それでも、ゆゆしき事件であることに違いはなく、
この本の共同執筆者たちは、皇后の逆襲のやり方、特に③の声明文に対して、怒りを表明します。

(次回に続きます)

最終更新日 : 2019-08-24

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