21年、首位を走る若虎軍団にはポジティブムードを作り出す「仕掛け人」がいる。
本塁打を放った選手にお手製の「虎メダル」をかけ、移籍デビュー戦を迎える先輩への願いを短冊に込め、新人最多三振記録を更新した怪物ルーキーには表彰状を贈呈…。次々に繰り出されるアイデアの舞台裏に潜入し、その中心人物とされる坂本誠志郎捕手(27)に狙いと本音を聞いた。【取材・構成=佐井陽介】
きっかけは原口の何げない一言だったという。
「テルに三振記録があるみたい。表彰状で声出しとかしたらどうかな? 」
先輩のナイスアイデアに同意した坂本は早速、表彰状作製に取りかかった。
「テルはそんなに三振に悩んでいる訳じゃないと思うんですけどね。このチームはマイナスなことよりもプラスなこと、自分の長所で野球をしている。マイナスなことを引きずって長所がなくなるのだけは絶対に止めてほしいな、と。どんどん自分の持ち味を出して続けていってほしいという気持ちが1番でした」
ドラフト1位佐藤輝は8月13日広島戦でプロ野球新人最多を更新するシーズン122三振を記録。その2日後、坂本は同戦の試合前に声出し役を任され、即席表彰式を開催した。
「どんどん記録を伸ばして、断トツ1位になってください。ですが、フルスイングは止めないでください。三振を気にするより、チームの勝利に貢献するホームラン、たくさん打ってください! 」
手渡した表彰状には、先輩たちの切なる願いが込められていた。
「虎の仕掛け人」坂本は今季、精力的に活動を続けている。7月上旬から定番の人気儀式と化した「虎メダル贈呈式」でも“実行委員長”を務めた。
大リーグのパドレスが本塁打を打った選手に金メダルを贈呈するパフォーマンスに「格好良いな」と着目。矢野監督からも「うちも作ったらええやん」とGOサインをもらい、すぐさま材料集めに入った。
ナインから関西球団にちなんだ「たこ焼き風メダル」「お好み焼き風メダル」といった案も飛び出す中、ヘルメット用のタイガースロゴも利用したオリジナルメダルを選択。ホームセンター「コーナン」、インターネット通販「Amazon」で材料を吟味し、本家に忠実な代物を完成させた。
「全然ちゃんとしたモノではないんですよ(笑い)。チェーンが1番高いけど、それも全然良いモノではない。あとは金色のテープみたいなモノと、瓶詰めの金色のふたを利用して、トータル3000円ぐらい。2、3分で完成したと思います。でも、反響がすごくて…。正直、ハードルが上がっちゃって大変ですけどね(笑い)。ちょっとでも、みんなが同じ方向、良い方向を向くための力の足しになっているんだったら良いかなと思っています」
個人的には今季も難しいシーズンを送っている。東京五輪金メダリストでもある梅野が正捕手に君臨。なかなか出番は訪れず、出場試合数はここまで20にとどまっている。それでも毎日、一番乗りでスコアラー室に顔を出す。
「それは自分に必要なことだと感じてやっているだけ。でも、自分のためになることは絶対、チームのためにもなる。逆にチームを思ってやることが自分のためになることも、野球では多くある。それはベンチにいても試合に出ていても、絶対に通じること。野球をやっていく以上は大事にしていかないといけないし、していきたいんです」
1人の野球人としての向上心と、チームの一員としての向上心。この2つを共存させられる強さが、坂本の魅力でもある。
「エキシビションマッチでいろんなことを確認できて、やっぱり試合に出てナンボやなと思いました。試合に出たいのが1番。ただ、出たいと思って出られるならずっと思っておきますけど、それは僕が決めることじゃない。試合に出た時に1番良いパフォーマンスをするための準備をしながら、勝つ方向に向くためにちょっとでもプラスになることをできたらという気持ちです。これは自分のために使う時間、内容、練習。これはチームのためにやるべきこと。そこはちょっと切り離してやっています」
常に広い視野を保ち、大局を見渡せる。だからチームのために、仲間のためになる役割を見つけられるのだろう。
「虎メダル」に関しては、子供たちへの願いも作製を後押しした。
「やっている僕らもですけど、球場まで見に来てくれる人たちも『あれが虎メダルか』と喜んでくれたり、マルテがぶら下げてラパンパラを披露しているのを一緒にやってくれたら、すごく楽しいじゃないですか。僕も私もあれをやってみたい、野球をしてホームランを打ってあんなことをしてみたいという子供が1人でも増えたらうれしい。僕たちはそういうことができる仕事をさせていただいている。ちょっとした、そういう気持ちからですかね」
ただ、今後については少しばかりの心配もある。
「でも、どうしよう…。子供から『賞状の人』『メダルの人』とか言われるようになったらマズイな(笑い)。ちゃんと名前を覚えてもらえる選手にならないとダメだなと思います」
坂本は最後、自分自身に発破をかけることも忘れなかった。
◆「虎メダル」導入後の阪神 20試合で22本塁打が出ており、1試合平均1・1本。導入前73試合で71本の平均0・97本から微増した。22本の内訳はサンズ6、大山5、佐藤輝4、マルテ3、近本とロハスが各2。ただこの20試合のチーム成績は10勝10敗の5割。7月2日時点の43勝27敗3分け、6割1分4厘からは下がっている。これからは勝利に直結するメダル量産といきたい。
◆「メダル」の先駆けはパドレス 本塁打を打った選手らにメダルをかける祝福パフォーマンスは、大リーグのパドレスが今季から導入している。主力のマニー・マチャド内野手(29)が考案し「スワッグチェーン」と呼ばれる。スワッグは英語のスラングで「格好いい」という意味がある。重さは約3・5キロあり、チームの「SD」ロゴが回る仕掛けになっている。
◆東京五輪金メダルの製作費は…? 環境省発行の「メダルクイズ」によると、金メダル1個製作するのに最低かかる原材料は約5万4000円。ただ、大会組織委員会は「メダルに関する費用は非公表」としている。名古屋市の河村たかし市長(72)がソフトボール日本代表後藤希友(20=トヨタ自動車)の金メダルをかじって批判が殺到した問題から、新たにメダルを作り直すことになったため、製作費に関心が高まっていた。
<阪神坂本「お手製列伝」>
パティシエ 20年4月26日、福留(現中日)の43歳誕生日を祝うため、自宅で作ったバースデーケーキを甲子園に持参。21年には甲子園にコラボグルメ「パティシエ坂本のキャラメルチョコクレープ」が登場。
惜別バンダナ 中谷のソフトバンク移籍が発表された7月2日、「ありがとう中谷 頑張れ将大 ~みんなより~」と書き込んだバンダナを頭に巻いて練習。
虎メダル 大リーグのパドレスが本塁打を打った選手に金メダルをかける儀式に注目し、メダルを自主製作。7月3日の敵地広島戦でマルテがアーチを架けた直後に初披露され、人気儀式として定着。
二保短冊 ソフトバンクから移籍した二保のデビュー戦となった7月7月ヤクルト戦。「七夕の日」にかけて神宮ベンチに短冊を用意。「二保さんが勝てますように ~みんなより~」と願いを込めた。
三振表彰状 ドラフト1位佐藤輝がプロ野球新人シーズン最多三振を更新した2日後の15日、広島戦の試合前に声出し役の坂本が「表彰式」を開催。「フルスイングは止めないでください」とオリジナル表彰状を手渡した。
◆坂本誠志郎(さかもと・せいしろう)1993年(平5)11月10日、兵庫県生まれ。小1年から野球を始め、3年から捕手。履正社で2度甲子園に出場。明大では1年春からリーグ戦に出場。2年時に大学日本代表に選出されるなど活躍。15年ドラフト2位で阪神入団。プロ通算は通算163試合、打率2割1分6厘、5本塁打、27打点(23日現在)。176センチ、77キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸1700万円。