明日で此処ともお別れだ…
ディメンター、ああ、君等が恋しい、出来れば僕と一緒に来てくれないか? 何処に、うん、何処だろう? 僕の家? 新しい冒険の旅? 何処だろう? いや、いいよ、アンタ達だって僕を無視するじゃないか、僕の所には来てくれなかったじゃないか、囚人なら許せても、アンタ達にまで無視されたら、僕はどうすればいい? まるで立つ瀬がないじゃないか、ほら、囚人たちだって、アズカバンに入る様な、こんな掃き溜めのような場所に来ているようなクズ共だぞ、コイツラですら僕を相手になんてしないんだよ、僕は明日帰るんだよ……
どうして?
いや、そうだね、今に始まったことじゃない、昔からそうだった、僕を見てくれる人なんて誰もいなかった、僕の存在を知覚して、僕の存在を受け入れて、僕の、僕のこんな矮小な人間性までも受け入れてくれるような、そんな人は何処にもいなかった…
家族さえも…
誰も、だれも、ダレも、皆、みんな、誰も、父も、母も、姉も、誰も、僕のことを見てくれた人なんていなかった、魔法とか、見た目とか、表面だけを見てやってきて、誰も僕に関心を持ってくれたことなんてなかった、僕が何を考えて、何に悩んで、どうしてこんなに悩んでいるのか、そんなことに興味を持ってくれる人なんていなかった…
いや、一人、あの人だけは…
あの人、そう、あの人だけは、僕を… あれ? あれは誰だったかな? いや、忘れてしまった、多分きっとそれは幸福な記憶だったからディメンターが吸ってしまったんだろう間違いないきっとそうだそうに違いない、忘れた、忘れた、きっと僕の思い違い、ああ、そんな人なんて勿論いる筈が無い、無い、だからもうこんなことなんて忘れてしまえ…
忘れる…
忘れる? 忘れられる? どうして? そんなこと、そんなことは在り得ない、勿論、あれが幸福な記憶のハズがない、嫌な記憶だ、イやな、厭な、人生で最も厭な記憶だ、早く忘れたいと思う記憶だ、唯一にして最大の屈辱だ、イヤな記憶だ、だから、忘れるなんて、そんな事、ディメンターが許さない、うん、そうだ、だから、ああ、頼む、杖をくれ、一度でいいんだ、僕の口座の金をすべてそっくり明け渡してもいい、頼む、杖を渡すか、それか、ディメンターにも負けないくらいの忘却呪文を掛けてくれ、頼む、まあ、そんなことができるのなんて、例のあの人を除けばダンブルドアくらいなものだろう…
クソッ、また思い出した、あの日の事だね、全く、しつこい、しつこい、忘れない、ああ、いや、もういいや、アレは、うん、僕が持っていた唯一の幸せの記憶、擬物なんかじゃない、虚構じゃない、唯一の幸せな記憶、だから忘れない。
ダンブルドア
気付いたらそこに居た、うん、まるで夢から覚めた後みたいだった、ああ、憶えている、楽しかった、幸せな夢を見ていた気分だった、目の前にはヒーローが居て、不思議なことが辺りに溢れていた、鬱じゃないのに、あの時のように、目の前が輝いていて…
でも、うん、いつもと同じ、すぐに終わって、僕は知らない場所に立っていた…
いや、知っている場所だった、あれは校長室、そう、校長室だった、面接のときに行ったじゃないか、肖像画が沢山あって、ヘンテコな機械が溢れていた、それで、ダンブルドアが居る、そんな部屋、そこに集まっていたのは厭な人達ばかりだった、いや、僕を責めなかった、僕を憐れむように見てくれた、イイ人たちだったかも、どっちだろう? ミネルバ・マクゴナガル、アーサー・ウィーズリー、モリ―・ウィーズリー、あと誰だったかな、ハリー、ハリー、ハリー・ポッター、有名虫のハリー・ポッター、付添いのロナルド・ウィーズリー、そして間抜けなジニー、ウィーズリーの末娘、貧乏人のクセに、男物のお下がりのローブを着ていたクセに、あの一家、よくも子ども達の学用品を揃えたものだよ、よくも僕の本を揃えてくれたものだよ、五セット? 六セット? 幾らかかるんだ?
えーと…
うん、七十ガリオンだ、どうもありがとう、バカな奴ら、あんな本買う必要なんてない、買わなくてもいいのに、必要なら一揃いだけ買って、兄弟で回し合えばいいのに、いや、双子がいたか、でも二セット在れば足りただろうに、どうしてあんな本、ゴミみたいな本を新品で買うのだろう、それも子供たち全員分、子供ってそんなにカワイイのかな? どうだろう、分からない、うん、分からない、あの子達、みんな赤毛だった、ジニーと、ロナルド、双子、あと、もう一人か、ああ、ドーリッシュみたいな兄貴が居たな、監督生で、優秀で、うん、イイ奴だった、僕のことを無視しなかったし、先生って呼んでくれた、イイ奴だった、僕を尊敬してくれた、ドーリッシュとは違う、優秀なクセに、最後まで僕を無視しないでくれた、流石グリフィンドール生、フフッ、馬鹿なんだろうね、パーシーだ、名前すら忘れてたよ、影の薄いバカなアニキだ、うん、グリフィンドール生らしいね、まったく、レイブンクローとは大違い、レイブンクローみたいに賢くない、バカで、うん、バカだ。
でも、優しいね…
僕を見てくれてなかったけど…
開心術…
記憶を引っ張り出す、反対呪文、忘却術の対になる、いや、忘却術、うん、そう、僕の唯一の特技、それだけには自信があった、だから、僕の消した記憶を復元できる魔法使いなんて居る筈が無い、勿論、そんなことは在り得ない、落ち零れ、体制や競争に適応できずに、落ちて取り残された魔法使い、レイブンクローの脱落者、僕にそんな力が或る筈が無い、でも、自信があった、並大抵の奴にはできないだろう、そんな自信があった…
勿論、そんな自信なんて、いや、だって、所詮は僕だから、人並みに出来るくらい、全然足りない、いや、僕の魔法を解くなんて、ダンブルドアなら杖すら使わない、流石偉大な魔法使い、僕が成りたかった存在、うん、それで何もかも元通り、僕は全てを思い出して、弁明しようと口を開きかけて、目の前にはポッターが居た、それで、アズカバン、フフッ、笑えるよ、放っておけばいいのに、僕なんて、偉大なる大魔法使いが相手にするような、うん、覗き見るような価値なんて無いだろうに。
──誰も僕を相手にしないんだから
いや、違う、違う、僕の仕事、作家になる為にやった事を見たかったんだろう、うん、きっとそうに違いない、残念、いや、無駄な事だね、あれは完璧に合法だ、罪に問えない、ウィゼンガモットだって認めた、そう、僕の罪状なんて、精々が二ヶ月の禁錮なんだから、ウィーズリーの記憶を消そうとした以外に、罪に問われていないんだから、これは誇らせてくれ、僕はキチンと調べたんだ、忘却呪文の罪は本当に軽いんだよ、世の中バカばっかりだよ、記憶ほど大事な物なんてこの世にはないのに、未遂で二ヶ月、実行で一年、ああ、世の中は僕の味方だった、被害者が名乗り出なければ真実薬も使えない、だから僕の仕事は罪に問えない。
──僕の勝ちだ
うん、だから、だから、僕の禁錮は二ヶ月、明日で出所、ざまあみろ、ダンブルドア、いや、違うな、うん、そう、責任をとれ、ダンブルドア! 僕を覗き見た責任を取れ、僕の記憶を戻した責任を取れ、僕を可怪しくした責任を、僕から幸せを取り上げた責任を…
うん、どうして、どうしてこんなことをしたんだ、僕の記憶を戻すだなんて、僕はあの短い時間、何もかも忘れていたあの瞬間、幸せだった、どうして、放っておいてくれなかったんだ、どうして、僕の記憶を戻したんだ、どうして、そのまま僕を聖マンゴにでも送ってくれなかったんだ、どうして………
どうして?
貴方は僕を、本当に正しく見てくれたんだ