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【Web版】怨獄の薔薇姫 政治の都合で殺されましたが最強のアンデッドとして蘇りました 作者:霧崎 雀@作家系バ美肉YouTuber

第四部B 赤薔薇の予告状編

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[4b-4] 金滅の巻物

 オペラは第二場に移っていた。

 “怨獄の薔薇姫”が王都テイラ=ルアーレにて敗北を喫し、その後ウェサラを陥落させるまでの空白の一ヶ月……

 歴史の記録が曖昧な部分に、豊かな想像力で独自解釈を捻じ込んでいくのは、どこの世界の作家も同じ事だった。


 ―― 憎め! 憎め! 憎めや憎め!

    爪を! 牙を! 我らの剣を!

    紅き涙が研ぎ澄ます! ――


 おどろおどろしく勇壮なオーケストラ演奏に乗せて、死人たちのコーラスが無縁墓地に木魂こだまする。

 墓の下(つまりセットの陰)から目覚めた者たちが次々と跪き、“怨獄の薔薇姫”は深紅の剣を彼らの肩に乗せて己が騎士とする。


 国が国である以上、そこには犠牲者が存在し、降り積もる恨みがある。

 無実の獄死者、政争の敗北者、貴族の気まぐれの犠牲者。

 そしてもちろん……僭主ヒルベルト二世に粛正された者。

 死人たちは各々の恨みを歌い上げ、もはや『一生の』どころではない、死後の忠義を“怨獄の薔薇姫”に誓っていく。


 そんな中、正面二階のボックス席では正真正銘の悪巧みの話がされていた。


「ナイトメアシンジケートは重要な取引において、為替での支払いを受け付けないのよね」

「ええ。

 ……もちろん、我らはまともな金融機関を使う手立てがいくらでも存在しますが」

「最終的にはそれを信用できない」


 ライオネルはホア(ルネ)の言葉に、得たりとばかり頷いた。


 まともな人族の国の銀行が、犯罪組織や魔物など、悪しき勢力に金を貸したり金を預かったりはしない。普通なら。

 もちろん、銀行が全ての偽装を見抜くことは不可能だから、騙くらかして使うことはできる。だが発覚すれば資金や資産など、預けてあるものは全て凍結されるだろう。


 シエル=テイラ亡国は、現在完全に占領下としているルガルット王国では好き勝手しているが、他国との為替取引は東部沿岸国家のダミー商会を使うなどして慎重を期している。

 共和国に根を張った世界最大の『寄生虫』、ナイトメアシンジケートと言えど、事情は同じ。

 闇の権力に屈しない心ある人々は必死の抵抗をしており、そのためにナイトメアシンジケートが不利益を被ることは、ままあるようだ。


「姫様もよくお分かりでしょう。

 ですから価値あるものは、手の届く場所に」

「その手前を狙うわ」


 テーブルに着いたホア(ルネ)の後ろで、だらしなくソファに寝そべって酒を飲んでいるエヴェリスが口を挟んだ。


「ナイトメアシンジケートへの支払いのためウィズダム商会は金貨を集める。私たちはそれを狙う」

「それほどの大口の客を痩せ細らされてしまうと、我らは困るのですがね」

「困る? そうでもないでしょう?

 遠く離れた東の果てにいた私が勘付いてるんだもん。流石に察してるよね。

 近いうちに()()()()よ、そこ」


 ライオネルは、無反応。

 だがそれは無言の肯定にも等しかった。


「始まりは、ウィズダム商会が未発見魔力溜まり(ホットスポット)の情報を偶然得たこと。

 地脈をどう押さえるかってのは、経済と国防の要だから、万一魔力溜まり(ホットスポット)が新たに見つかったりしたらどうするかは、各国の重大関心事よね」


 蕩々とエヴェリスは、劇か何かのナレーションの如く述べる。


 いかにして魔力資源を確保するか。

 それは人魔を問わず、あらゆる支配者の関心事だ。

 日々の生活にも、産業を興すにも、街や城を守るにも、魔力が要る。

 個々の生物が肉体と魂を器として集められる魔力などたかが知れている。都市を動かすレベルの魔力を捻出するには、この世を巡る魔力の大いなる流れ『地脈』から、魔力を汲み出さなければならない。


 地脈の魔力が集まり、溜まる場所こそが魔力溜まり(ホットスポット)

 都市とは魔力溜まり(ホットスポット)の上に作られるべきものだ。

 新たな魔力溜まり(ホットスポット)が発見されれば、その国には主要都市が一つ増える。それはまるで空から黄金が降ってくるかの如き大いなる恵みだ。


「ファライーヤ共和国でも『疑い』の時点で報告するよう国民の義務とし、もし本当に見つかればひとまず国が土地の権利を買い上げる決まりになってる……地脈そのものが公共物であることは大前提としてね。

 ところが、この法律は抜け穴があった。魔力溜まり(ホットスポット)が発見されるより前に、直上に何らかの設備があった場合は、その権利は土地ごとそのままにされる……ってね。

 だからウィズダム商会は、何も気が付かなかったことにして二束三文で原野を買い、何食わぬ顔で開発して利益を得ることにした……」


 つまり法律の悪用だ。

 本来これは原野の開発を行う者や、農地開拓に配慮した規定だったのだろうけれど。


 ウィズダム商会は建設業を柱として、様々な商売を手がけている商会だ。

 都市の利権を丸ごと手に入れて都市開発できたなら、彼らにとっては夢のような大儲けとなるだろう。

 そのために必要なのは、バレてもギリギリ言い訳が可能であろう誤魔化し一つ。

 誘惑に勝てるはずもなかった。


「でも、そのためには都市を造るための資材も、建設作業を担う奴隷も、全部! 政府に嗅ぎつけられないよう買わなくちゃならなかった」

「でしょうな。それだけの資源が動けば、確実に政府は訝しんで調査に乗り出す」


 他人事のように、ライオネルは言う。


「ナイトメアシンジケートが売ったのよねー。書類上合法である物資と人材を、秘密裏に」


 ライオネルは、無反応。

 だがそれは、やはり無言の肯定だった。


「ところが問題が起きた。

 ウィズダム商会が見つけた魔力溜まり(ホットスポット)って、『もどき』だったんじゃないの?」

「そう推測する根拠は?」

「状況と地理的条件。

 今時、人族がそこら中で魔力を吸い上げまくってるから、魔力溜まり(ホットスポット)もどきなんてほぼ存在しないんだけど、ピンと来たんで古い地図を持ち出して地脈の流れを調べてみたら、これがまたピタリよ。あそこなら『もどき』が発生しうるってね」


 魔力溜まり(ホットスポット)は地脈の流れの中で、特に大量の魔力が集まる大動脈に当たる。

 しかし、それとは別に、長い時間の中で少しずつ魔力が一箇所に溜まり、魔力溜まり(ホットスポット)にも匹敵するほどの魔力の深淵を形成することもある。

 それが魔力溜まり(ホットスポット)『もどき』。

 これは一見魔力が豊富なようでも、吸い上げれば枯れる、有限の溜め池だ。


「そして同時に、無断開発が政府にバレてしまった。

 ……ちなみにこの理由は内部告発で合ってる?」

「扱いの酷さに耐えかねた奴隷が集団脱走して、そこから話が漏れた方が先です」


 その場の全員が、嘲笑と言うには少し脱力した笑みを浮かべた。


 だが商会の内部告発者も、脱走した奴隷も、まだ魔力溜まり(ホットスポット)は本物だと信じていたのだから話は余計にややこしくなる。


「この時点でウィズダム商会は、投資がほぼ無駄になって大損だったんだけど、タダじゃ転ばなかった。

 政府はまだ魔力溜まり(ホットスポット)が『もどき』だって気付いてないことを利用して、法律通りに土地を売りつけたのよね。

 農園開発中に魔力溜まり(ホットスポット)を発見しましたーって、急遽、鑑定書を整えてさ」


 欺瞞である。

 だが政府側もこれを受け容れた。

 ウィズダム商会の欺瞞を追究するより、その辺りはなあなあにして、角を立てずに実を取った。

 ……はずだった。魔力溜まり(ホットスポット)が紛い物でなければ、政府としてはそれでいいはずだった。


 新たな魔力溜まり(ホットスポット)の発見という大事件に、共和国はお祭り騒ぎだ。

 『もどき』を見抜けなかった共和国政府にも落ち度はあろうが、そもそも現代の世界パンゲア魔力溜まり(ホットスポット)もどきは極めて珍しく、この場合、そうと知っていながら黙っていたウィズダム商会の罪が重いと言うべきだろう。


 そして、そんな、世間にはまだ知られていない大事件をエヴェリスは嗅ぎつけた。

 だから今、ホア(ルネ)はここに居るのだ。


「政府が気付くまで、あと何日だと思う?」

「その情報は料金を頂きましょう」

「連れないんだから……ま、いいわ。

 魔力溜まり(ホットスポット)が偽物だった以上、あんたらはもう支払い待たないでしょ? 払えるうちに払ってもらうでしょ?

 ウィズダム商会は都市開発資材のお代を支払うために金貨を集める。そして亡国わたしらがそれを貰う。

 後はまあ、政府が商会を解体して土地代を回収する前に、そっちはそっちで煮るなり焼くなりお好きなように」

「共和国がウィズダム商会の解体に乗り出した時には、取り返されるはずだった資産はすっかり無くなっているというわけですか」


 ライオネルは優雅な所作で杯を傾け、美しい深紫色のワインを最後の一滴まで啜った。


「協力してくれるかしら?」


 ホア(ルネ)が言うとライオネルは、胡散臭いほど爽やかな営業スマイルを浮かべる。


「全てを商うのがナイトメアシンジケートです。適切な支払いさえあるのでしたら、ね」

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