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たった27年で絶滅…体長11メートル重さ6トン「幻の海獣」を襲った悲劇

海獣学者、クジラを解剖する。
その他 2021年11月20日

日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』は、海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発売たちまち重版で好評の本書から、内容の一部を公開します。第21回は絶滅した海牛ステラーカイギュウについて。

 

海の哺乳類の中でも、ジュゴンやマナティは海牛類に分類される。現在、世界中で生存が確認されている海牛類はたった4種。マナティ科のアフリカマナティ、ニシインドマナティ、アマゾンマナティ、そしてジュゴン科のジュゴンだけである。

クジラや、アザラシ、オットセイなどの鰭脚類(きょうきゃくるい)にくらべると非常に少なく、絶滅が危ぶまれている。そんな海牛類には、かつて、「ステラーカイギュウ」と呼ばれる幻の海獣がいた。

1741年、ロシア帝国の探検家であるヴィトゥス・ベーリング氏が、カムチャツカ半島、アリューシャン列島、アラスカなどを探検する航海に出帆した。ちなみにアラスカとシベリアの間にあるベーリング海峡は、彼にちなんで名づけられたものである。

この航海には、ゲオルク・ヴィルヘルム・ステラー氏という人物も同行していた。ステラー氏はドイツ人だが、ロシア帝国の博物学者であり、探検家で医師でもあった。

航海の道中、コマンドル諸島の無人島(のちにベーリング島と名づけられる)で船が難破し、隊長のベーリング氏がまさかの病死。ステラー氏が代わりに隊長となり、無人島からの脱出を見事成功させた。

このときの体験を元に、ステラー氏は『ベーリング海の海獣調査』『カムチャツカ誌』などを著し、どちらも彼の死後刊行された。これらの著書には、無人島の沿岸海域で、ステラーカイギュウ、メガネウ、ステラーシーイーグルなどの新種の生物を発見したことも綴られていた。

ステラーカイギュウは海牛類の一種、メガネウはカワウやウミウなどの海鳥の一種、ステラーシーイーグルは猛禽類の一種である。しかし皮肉なことに、その著書がきっかけとなり、コマンドル諸島における珍しい動物の存在が人々に知れわたった。

その結果、ステラーカイギュウとメガネウは乱獲され、ステラーカイギュウは、発見からわずか27年で絶滅したのである。唯一、ステラーシーイーグル(和名:オオワシ)は現在も棲息し、北海道でも見ることができる、最大級の猛禽類である。

ステラーカイギュウは、体長11メートル、体重6トンにもなる大きな種で、亜熱帯にいるジュゴンやマナティとは違い、寒帯から亜北極圏に棲息していた。草食性で、海藻(ワカメやコンブなど)を餌としていた。

しかし、すでに絶滅してしまったため、ステラーカイギュウの生態や外貌の記録は、ステラー氏の死後に出版された彼の書籍の中にしか残っていない。

骨格などの標本は、大英自然史博物館、フランスの国立自然史博物館、アメリカの国立自然史博物館などに保管されており、別件の調査で訪れたときに見ることができた。その大きさに圧倒されたのを覚えている。

ステラーカイギュウが今も生存していたら、海牛類はもっと世界中で繁栄していたかもしれない。人間が脅威となって、その可能性は途絶えてしまった。

※本記事は『海獣学者、クジラを解剖する。』を一部掲載したものです。

 

『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』

日本一クジラを解剖してきた研究者が、七転八倒の毎日とともに綴る科学エッセイ


『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』
著: 田島 木綿子
発売日:2021年7月17日
価格:1870円(税込)

amazonで購入


【著者略歴】
田島 木綿子(たじま・ゆうこ)

国立科学博物館動物研究部研究員。 獣医。日本獣医畜産大学獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻にて博士課程修了。 大学院での特定研究員を経て2005年、テキサス大学および、カリフォルニアのMarine mammals centerにて病理学を学び、 2006年から国立科学博物館動物研究部に所属。 博物館業務に携わるかたわら、海の哺乳類のストランディングの実態調査、病理解剖で世界中を飛び回っている。 雑誌の寄稿や監修の他、率直で明るいキャラクターに「世界一受けたい授業」「NHKスペシャル」などのテレビ出演や 講演の依頼も多い。

書籍・書評
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