T. K.@TK65802767·2017年5月20日パースペクティヴを持つことは、永遠に変化する世界を相対的に安定し て、秩序立った、予測できるものとして人々が捉えることを可能にする。 Shibutuani 1955=2013、タモツ・シブタニ13
T. K.@TK65802767返信先: @TK65802767さんもう1点。今ここに100年前に生きたジャングルの未開の地で狩猟採集を手段として暮らしていた部族の一人が、いきなりタイムスリップして、この空間に現れたとしよう。彼にとってこの空間は、私たちに見えているような「整然とした」「秩序だった」領域として存在しうるであろうか?午前6:11 · 2017年5月21日·Twitter Web Client1 件の引用ツイート1 件のいいね
T. K.@TK65802767·2017年5月21日返信先: @TK65802767さん答えは否である。彼にとってこの空間は間違いなく「謎めいた、わけの分からない、恐怖と不安を駆り立てられる、予測不可能な場所」となろう。では逆の場合はどうか。私がいきなり人里離れたジャングルの奥深くに放り込まれたとしよう。私にとってその場所はどんな領域になりうるか?
T. K.@TK65802767·2017年5月21日返信先: @TK65802767さん少なくとも「恐怖と不安を駆り立てられる、予測不可能な場所」になることは間違いない。どこからどんな生き物が出てくるのか、昼間と夜の寒暖の差は、どこで食べるものを調達してくればよいのか、そもそもどの植物・動物が食べられるものでそうでないものなのか。私はひとときも「安定性」も
T. K.@TK65802767·2017年5月21日返信先: @TK65802767さん「予測可能性」も持つことは出来ない。とはいえ、先ほどの部族の一人の青年であれば、「どこに何があってどんなことが起きえてどこで何をすればよいか自明な見慣れた空間」である可能性が高い。つまりである。我々のパースペクティブとは、ある場所に居住するある集団のなかでの集団生活における
T. K.@TK65802767·2017年5月21日返信先: @TK65802767さん社会的相互作用を通じて獲得され、蓄積された「知識在庫」(Perspectives)なのであり、それぞれの場所に適したパースペクティブを持っていて、それを適用することで、初めてその空間は「秩序だったもの」となるのである。
T. K.@TK65802767·2017年5月21日返信先: @TK65802767さん「羊の群れを見ても、外部の者にはその大小やおおざっぱな色の違いしか分からないが〔=カオス・混沌〕、羊飼いは一頭一頭全部見分けられる」(リップマン/掛川トミ子訳[1987]『世論(上)』岩波書店、110-111頁)。1