アメトピ効果か、それに派生してまた巨大掲示板で叩かれているのか分からないけど、ここ数日ブログのアクセス数が多い。
ランキングも上昇したが、
私はやっぱりこの華々しい場には向かないなとの思いが強い。
自分の辛さだけを打ち明けるブログ、他人に共感を求めないブログは、やはり下の方のランキングで静かな優しいフォロワーに囲まれてひっそりとしているのがよい。
前にネットの巨大掲示板に自分のことを書かれているのを見たことがあって、
こいつは承認欲求の塊。
不幸になって飯うま。
まぁもう忘れてしまったけど、
そんなことが書かれていたと思う。
ブスと書かれようが、デブと書かれようが、貧乏な専業主婦のくせにと書かれようがどうでもいいけど。
(いや書かれているかは知りません。こんなこと書かれていたら面白いなと思っただけ)
すごい言葉がひとつ書いてあって、
それに心がえぐられた。
私が昔に書いたブログ。
子どもがもてない夫婦や、子どもを亡くした夫婦には、障害児の子どもでも生きているんだから、そばにいてくれるのだからいいじゃないと。
私のブログを読んで思う人もいるかもしれない。
だからあまり息子が障害児だということが不満だと、当たり前のようにブログに書き連ねないようにしようと思う。
みたいな内容だったんだけど。
(いや、結局それからも愚痴をブログに書いてばかりいるじゃないか。
みたいなことは置いといて。)
そのブログに対しての、掲示板のレスポンスが
お前の子どものような障害児。
羨ましく思う人がいる訳がない。
そんなことが汚い言葉で書いてあった。
本当に息子が可哀想で、
その言葉を読んだときには身体が震えた。
どうして文章しか読まない相手に、息子のことなど知らない相手に、息子がそこまで存在を否定されないといけないのか。
障害児なんて欲しがる親はいない。
ましてやあんたの子どもみたいな障害児なんて、生きていることさえ羨ましがる親はいないんだよ。
あんたの息子なんて、そんな価値はないんだよ。
あんたの息子を必要とする人間なんて、世の中にはいないから。
そういう言葉をおそらく同じように子どもを持つだろう女に投げかけられて、
自分が否定されることよりも、
息子を否定された悲しみで、
大事にしている息子が土足で掲示板の大人たちに踏みにじられ潰され、
また息子の不幸をざまあみろと笑う人がいる。
掲示板では障害児親の非難をしても子どもは非難しないようにしようと不文律があるようだけど、
掲示板を読めば容易く子どもの非難もあることに気づく。
掲示板からの不特定多数の人の多くの負の感情が、私の現実の世界でも私を不幸に引きずり落とす力になるのかもしれない。
そんなスピリチュアルなことさえ思って怯えていたけれど。
考えたら、その後。
住んでいたマンションは購入金額より高く売れたし、夫の給料も上がったし、上の子の成績も難関校に入るための選抜クラスに誘われるほどに伸びたし。
掲示板の負の感情など、
何も私の現実の生活には関係がなかった。
そしてまた掲示板で叩かれていた時のように、
今アクセス数が伸びたけど、私にお金が入るわけでもないし、私はまたひっそり下の世界に戻ろうと思う。
深海魚のように息子と2人、
回遊魚のような上の子どもと夫もいるけれど、
私は息子と2人で海の底で漂っていたい。
やがて2人で朽ちていく日まで…
(おーい、最後死ぬんかーい。笑)