SNS上でコロナワクチンを打つと心筋炎になるといったデマが広がり、心筋炎というマイナーな病気がちょっとだけ有名になりました。
心筋炎はそのほとんどが心臓へのウイルス感染が原因となり急に発症する急性のウイルス性心筋炎のことをあらわします。急性心筋炎と呼ぶのが一般的です。
具体的にはエコー、コクサッキーなどの胃腸症状を呈するウイルス感染が原因となり、結構激しい胃腸カゼの2~3週間後に胸痛や息切れが出現し病院を受診します。そこで心電図変化やレントゲン上心拡大などがあると、これは何か変だなと、循環器内科にまわってきます。ほとんどの心臓の病気が高齢者になって発症するのに対し、急性心筋炎は若い人にも起こります。
心筋炎は循環器内科に行けばよいのですが、この病気が非常に診断しにくい病気であることは循環器専門医なら皆わかっています。
専門用語で恐縮ですが、急性心筋炎の診断として、胸痛・息切れなどの症状、心電図変化、心エコーでの壁運動異常、血液検査におけるトロポニンの上昇、心臓MRI(CMR)における急性期の浮腫、心臓カテーテルによる急性冠症候群との鑑別、ウイルス抗体価上昇、そして確定診断は心内膜心筋生検による組織診断です。
軽症の急性心筋炎は胸が痛い、何となくだるい、といった症状で終わります。ウイルスが心筋に感染し炎症を起こしますが、その後自然治癒するのです。医療機関を受診しないので急性心筋炎にかかっていたかどうかもわかりません。逆にちょっと胸が痛いだけで受診される方もいるのですが、心電図をはじめとした諸検査で軽症心筋炎であったためしがありません。
胸が痛い、軽い息切れがする方全員に上記の心筋生検まですれば軽症の心筋炎が多少見つかるかもしれませが、もちろん現実的ではありません。軽症の心筋炎は診断が困難なのです。
中等症の急性心筋炎は大体診断されます。若い人で胸が痛い・息苦しい、というので検査すると心拡大あり、心電図変化があり循環器内科に相談、あるいは病院に行ってもらうことがほとんどです。大抵の場合心臓カテーテル検査や心臓MRIをうけます。そして急性心筋炎と診断されるのですが、特別な治療法はありません。ウイルス性ですので抗菌薬は効きません。カゼと同じで勝手に治るのを待ちます。カゼなら喉、鼻水、咳に対して薬を用いますが、急性心筋炎においては不整脈がでたら抗不整脈薬、心不全になれば心不全治療といった具合に治療します。
恐ろしいのが重症の心筋炎です。昔病院で循環器内科医をしていたころ若い女性が胸痛・息切れで来られました。そのころ急性心筋炎疑いの患者さんは即MRIを撮るようにしていました。夜中に技師さんを起こしてMRIをおこなうと見事な全層性の浮腫が見られました。重症化するかもしれないので集中治療室で管理を始めたのですが、1日後に突然心停止が起こりました。必死で心臓マッサージ、ペーシングを行いながら特殊な管理ができる病床に搬送したことがあります。
重症心筋炎あるいは劇症型心筋炎は急速に心筋壊死が進行し心臓が動かない状況になります。PCPSといった体外循環装置を用いながら自分の心筋が回復し少しでも動くのを待ちながら治療を続けるのです。
急性心筋炎は胃腸症状を呈するエンテロウイルスだけではなく、インフルエンザウイルス、RSウイルスのほか様々なウイルスで起こるとされています。コロナウイルス感染においても急性心筋炎の報告があります。コロナウイルスにおける急性心筋炎の合併頻度は0.2%~30%と報告によりさまざまです。心筋内に明らかなコロナウイルスは認めなかったとの報告もあります。
今まで述べてきたように通常の状況下においても急性心筋炎の診断は難しいのですが、コロナ肺炎の患者さんの場合、感染に注意しながら肺炎治療が優先されるので多少心筋炎があっても確定診断されないことが多いのです。死亡したのち解剖が行われると心筋炎が併発してたかどうかはわかりますが多くの場合解剖されないので詳細はわかりません。現状ではコロナ感染と心筋炎の合併頻度ははっきりしていません。
ただし多くの急性心筋炎の場合、ウイルスが直接心筋細胞を破壊し、その後炎症細胞浸潤が起こりますが、コロナウイルスの場合はサイトカインストームによる心筋障害がメインでコロナウイルスの直接の心筋障害は少ないのでは、とされているようです。
急性心筋炎は注意しても防ぎようのない病気ですが、胃腸症状のあと胸痛や息切れが出てきた場合は、まずは医療機関を受診してください。