変わったことといえば、働きはじめた。いや、うそだ。今年じゃなかった。去年就職した。
私は人に言うとちょっと引かれるくらい長いあいだ大学院に在籍しながらふらふらと非常勤講師をしていた人間なのだが、去年から無事に(?)フルタイムで労働するはこびとなったのだった。
フルタイム労働は怖い。
当時私がどれくらいフルタイム労働を恐れていたのかというと、ちょうど初出社の前日に江戸川橋公園で大学の友人たちと恒例の花見をしていて私が「明日からフルタイム労働だから帰るわ…」とふるえながら言ったら、「ここにいる全員そうだよ!」と笑い飛ばされた記憶がある。そのくらい怯えていた。今までコマ給で週3日しか労働していなかった人間にとって、1日8時間も働くということは完全にまともな人間のやることではないと思っていた。
で、一年以上労働に身を捧げた今、確信をもって言える。
フルタイム労働は、まごうことなき苦痛。
正真正銘、文明の負の遺産であり過ちである。フルタイム労働はすべての人類にとってあまりにも早すぎる。無理です。半年ほどは帰宅して料理したり運動したりする余力もなかったし、何より読書や映画にかける時間がまったく取れないことが驚異的なまでに苦痛だった。
しかし、良い面もあった。
金だ。他に何もない。あたりまえのことだが、人並みに働くということは人並みに給料がもらえることだと知って驚いた。こんなにもらって使いきれない…とすら思った。家賃補助も出る。実家のかなり近くに住んでいるにもかかわらず、私は迷うことなく不動産屋に走りバストイレ別独立洗面台付き1DKの物件を借りた。
今の部屋が好きだ。早稲田(ルームシェア)→要町と一人暮らしをしてきて、いちばん自分の使える空間が広い家である。いや、広いというより「人間の住む部屋」だと感じたのが大きかった。窓にシャッターがある。玄関に靴箱がある。浴室乾燥機がある。コンロが2口ある。ウォシュレットがあり、床下収納があり、何より部屋と玄関をつなぐ廊下がある!
今までケチケチとユニットバスのワンルームで「ここにあれがあればいいのに…」「なんでこの部屋はこんな仕様になってんだ!」と思うことのあった人間にとって、「人が心地よく住めるように、という細やかな配慮の上に設計されている」という部屋は驚くぐらい住み心地がよかった。
住居だけではない。急に金回りのよくなった私は、まず底値を気にせず日用品を買い、好きなだけ外食をして好きな本を片っ端から買い、友人たちに気前よくプレゼントやメシを奢り、スイカに1万円チャージし、コンタクトを半年分買い、両親に学費を返済し、コンビニで目に留まった新商品を買うようになった。そして、そこでようやく気づいたのだ。
これが普通の人間の暮らしだったんだ、と。
目から鱗だった。今までの生活もとりわけ不満だらけだったわけではない。それなりに楽しく余裕をもって暮らしていた。非常勤だけど時間はたっぷりあるし、ちょっと働いて切り詰めればなんとか食べていける自分はラッキーなたぐいだとも思っていた。
おそらく、みんなそうだろう。誰もが多かれ少なかれ、自分の生活に満足している。満ち足りていると思う。でもその外側に出て初めて、それが豊かとは言えない生活だったとわかることもあるのだと思うのだ。今振り返ると、楽しかったとはいえカードを少し使えばいくらも手元に残らない生活だった。自分に対する経済的DVとでも言えそうなギリギリ具合だ。
つまり何が言いたいのかというと、安定した雇用で人並みの賃金で働く…というのはある意味「自分へのケア」だということである。セルフケアでありヘルスケア。それはステータスでも高望みでもないし、人間が生きていくうえで当然の権利だ。それは個人の人生の選択にかかわらず、政治や制度によって保障されなければらない。賃金上げろ。年収が500万円くらいで贅沢だ金持ちだと足を引っ張りあっている場合ではない、私たちは。
みんなで気楽に働いて500万円もらおうよ。あなたが日々この社会で働いて、いやたとえ働かなかったとしても、この社会で息をして好きなものを食べて楽しんで健やかに笑って生きていくうえで、それはきわめて妥当な報酬だと思うのだ。
さて、そういうわけでようやくNCTと中国茶の話だ。というよりここから先は単なる長い補遺。いったん終わった死後の世界。お風呂に入る人は入って、お茶を淹れる人は淹れて、興味のない人はここで閉じてくださいね。
NCTのことはたぶん忘れられない。理由は、上記のような経緯で私が人生で初めて自分の趣味のために思うぞんぶんお金をつかったアイドルだからである。
楽しい。
一言で言うなら、むちゃくちゃ楽しい。自分で稼いだ金を自分のためにバンバン使うってこんなに楽しかったのか!と思った。ドルペン一年生なのでCD買ってトレカ引くのも楽しいし、チケットを買って遠征するのも本当に楽しかった。
国内旅行なんて久しく行ってなかったけど、NEOCITY(NCTのツアー)で福岡と新潟に初めて足を踏み入れた。いや新潟は行ったことあるな。どちらの街もきれいで道路がひろくて海が見えて、何を食べても美味しかった。いい思い出しかない。仕事さえ忙しくなければ、サンクトペテルブルク公演だって行きたかった。
ところでNCTというグループをみなさんは知っているのだろうか。
NCTとはSMエンターテインメント(韓国の大手芸能事務所)の最も若い23人構成の多国籍ボーイズグループである。ひらたくいうとKPOPアイドルである。SMが腕によりをかけてピックアップしてきたその美しさに最初はただ圧倒された。でも個人的にその美しさは、「鉄が格好いい」「船が美しい」と言うときの感覚に似ている気がする。それがまず好きだ。
そしてこの〈開放・拡張〉を掲げたKPOPグループは、全体を説明することがとても難しい。彼らの活動ユニットにはNCT127、NCT U、NCT DREAM、WayVなどがあり、国籍も韓国・日本・タイ・中国・香港・カナダ・アメリカと多岐にわたって人数や活動に無限の組み合わせがあるからだ。
とりあえず彼らのデビュー曲The 7th SenseのMVを見ると、ちょっとした衝撃を受けるだろう。私は受けた。そこには硬質で不気味ですらある退廃と洗練があった。あるいはSimon Says、Regularなど近年の代表曲も同じだ。こんなに顔が美しかったら、私だったらウケのいいあたりさわりのない曲ばかり歌わせてしまうかもしれない。しかしNCTの曲はどれも彼らの冒険的で実験的なカラーが前面に出ていて驚く。そこに惹かれる。
でもなんといっても、私が愛している彼らの最も美しい点は、彼らがマチズモをやすやすと超えていくところである。
まず、話が面白くない。びっくりするほど面白くない。一番印象に残っているのはラジオ(エンナナ)で、初めて聞いたときには本当に驚いた…人前に出てしゃべる人間というのがここまで面白くないのを見たことがなかった。圧倒的なつまらなさ。好きなパンや家具についてただ延々と話しているのを聞いたときには、「うそでしょ!?」と呆然とした。しかし、アーカイブを漁って何回か聞いているうちにハッとした瞬間があった。
もしかしたら彼らは最初から面白さなんか目指していないのかもしれない。
それが妙に、ふっと腑に落ちた。同時に、彼らが笑いを取るために特定の集団を蔑視したり傷つけたり、外国籍のメンバーの間違いをからかったり(言葉や発音の間違いを笑ったり)ということをほとんどしないことにも気づいた。もちろん最初からそうだったわけでもなく、彼らなりの価値観の折り合いを追求した結果ではあるだろう。
「笑いの世界」とはある種のマチズモ(マッチョイズム)である。強者の世界に対して弱者の世界ではあるかもしれないが、それでも「面白いこと」「ウケること」にはある種のマチズモがある。
NCTはマチズモから降りることができる。
たとえば私の推しであるジョンウやテヨンは可愛らしくあることを恐れない。それはかなりの衝撃だった。テヨンは23人のリーダーであるにもかかわらずぐいぐいと求心的にメンバーを引っ張っていくタイプではないし、事実彼は「かっこいいより可愛いと言われたい」とはっきり言っていた。一方ジョンウのロールモデルはBoAであり、文明特急という番組で「儒教ガール」という家父長制批判のパロディソングをうきうきと歌ったのも記憶に新しい。
また、彼らはお互いをケアする姿を見せることにためらいがない。互いの身体に触れあい、「可愛い、すごく可愛いよ」「かっこいいね」「似合ってる」と言葉にして褒めあうことができる。彼らは気軽に料理をつくりご馳走し、顔にパックを貼ってあげて、髪の毛をスタイリングしてやる。それをごくごく自然なことのようにやってしまう。
といっても、彼らは突然変異なのではない。同じような特徴は大なり小なり他のグループにもあるし、彼らはKPOPをつくりあげてきた先人たちのカルチャーを受け継いで「現在」にいる人間たちだということだ。
しかしこうやって湿度の高いアジアの家父長制下で「男らしさ」や「マッチョさ」から簡単に降りることができるメンバーがいることが、NCT全体の雰囲気をニュートラルでフラットなものにしているのだと思う。それは本当にすばらしく、祝福すべきことだ。
ところが、そうやってNCTに金を注ぎ込んでいるうちに、現実空間ではまたたくまに新型感染症がひろがっていった。危険信号が出ていたにもかかわらずかなり強引に開催された東京国際フォーラムのドリームのステージが最後の現場だったと思う。
いつのまにか春が過ぎ、初夏になった。私の職場も例に漏れずリモートワークとなり、家にいる時間が多くなった。寝ても寝ても眠くて、時間があっというまに通り過ぎていったり、逆に無限に溜まっていくようにも感じられた。どのみち長時間いるとなると、人はそこを快適な環境にしようと掃除を始めたり花を飾ったりするものである。
そんなときにふとネットで「琅茶(ウルフティー)に日本公式サイトができた。日本からも買えるらしい」という情報を目にした。とにかくひまで金を使う機会もないので、「台湾茶!おいしそうだ」と30秒くらいで注文を終えた。それが私と台湾茶の出会いである。
1週間ほどで届いた3種の茶葉は…びっくりするくらい美味しかった。私が頼んだのは高山茶だったが、特に「杉林渓」と呼ばれる烏龍茶がすばらしかった。今までに味わったことのない、鼻孔からすっと抜けていくような豊かな原生林の香気がふわっと頭蓋骨に充ちて脳と骨がしびれた。使っていなかった体の器官が内側からおしひろげられるような感覚だった。
私はさっそく東京中の台湾茶や中国茶を出す店をリサーチし、せっせと足を運んだ。店の主人に質問し、茶器を買い集め、さまざまなサロンやレッスンに申し込むまでにさほど時間はかからなかった。
茶器は重要だ。私が最初に訪ねた中国茶の喫茶はすばらしくセンスのいい茶器を使っていて、見た瞬間にため息が出た。中国茶に型はあるけれども、厳格な作法はない。たとえば「茶船」という茶壺(急須のこと)を置く器が必要だけれども、それは陶器の皿でも金属のプレートでも木皿でもいい。茶海がないなら気に入った片口を使うのもいい。でも、ばらばらなそれらを一つの世界観に縫いあわせる美意識が必要だと痛烈に感じた。茶席は宇宙だ。
レッスンを受けて何人かの先生の茶器を見せていただいたが、どれもその力強い美意識に感動してしまった。選ばれた茶器のひとつひとつが磨き抜かれた銃弾のように美しかったし、それを組み合わせて一つの雰囲気をつくりだすのが魔法にも似ていた。
茶器と同じく、茶の淹れ方も人によって違う。茶壺の上からじゃぶじゃぶとお湯をたっぷりかけるのが主流かと思っていたら、最近は七分目までお湯を入れて止めるやり方が多いそうだ。昔と違って外気と茶壺の中の温度がさほど変わらないからだそう。
抽出を待つ時間も違う。だいたい1分から90秒程度が多いように思うが、自分の呼吸で2回分と判断する先生もいるし、それよりもずっと短かったり、あるいは生徒の私たちとおしゃべりに興じたあとようやく茶壺を持ち上げる先生もいる。
どうやって淹れるかは自分しだい。
つまり、お茶とは自分自身と対話することだということだ。
どんな茶が飲みたいのか、どんな茶を淹れたいのか、自分はどんなふうに茶を淹れる人間なのか。何が好みで、何が嫌いなのか。どういうやり方は私らしくないのか。自分の生き方、美意識、哲学と向き合うことが、おそらく…茶の道だ。
それは自分のことを考える時間、自分自身をケアする時間でもある。
無理やりまとめると、総じて働きはじめた私は「自分をちゃんとケアできるようになった」ということなのかもしれない。趣味や生活にお金をかけて自分自身を楽しませ、自分自身のことを考え、大丈夫?と確認しつづける。
そういえば最近はジョギングも再開し、1日おきに4キロちょっとを走るようになった。休日は川べりを7キロ走る。これもケアだ。労働にかまけて、私はあまりにも身体を手酷くネグレクトしてきた気がした。その償いの気持ちがある。
「ケア」とは何だろうか。最近ふと考える。ただおそらく、「セルフケア」とはひたすら自分を楽にさせることではない。辛抱強く自分自身を点検し、メンテナンスしつづけること。逃げ出したくなるような、途方に暮れて無視してしまいたくなるような、うち棄てておきたくなるような自分自身を見放さずに声を聞くこと。そしてそれは子供のころにはできなかったことだ。私には。
ああそうだ。そこで私は書く手をとめて、遅まきながら気づいた。そうか、自分はこれでようやく大人になったのかもしれないと。