渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

ネット民に見る今の日本人

2021年11月16日 | open





家族を探しに来た人に対してこう。
てめえの米半分分けてやればいい
じゃないか。
「迷惑」だとか、頭おかしい。
ファミリーキャンプに勝手に来た
のと区別ついてない。
天海の中央への連絡のおかげで
救援漏れが発覚して自衛隊が来て
物資が届いたのに。
よくそんな人でなしな事言えるよ。

崖から人が落ちようとしていたら、
他人を蹴落として自分たちだけ助か
ろうとする連中だろうなぁ。
今の日本人、こんなのばっか。

さも、公共の見識があるかのような
認識で物言いしてるとこが、もろに
未曾有の危機の際のエゴを剥き出し
にしている。
これ、3.11東日本震災の時にもその
手の種族たちのエゴは色濃く現実世
で出ていた。
自分たちの遊興欲求や権益のみを
大切にして、
「誰が死のうと関係ない。
アフリカでは毎日死んでいる。
だから、サバイバルゲーム(玩具銃
び)をやって私らは楽しむ。
私らが普段通りに遊んでいる姿を
見せる事が被災者への元気づけに
なる」(ママ)と言うような連中。
そして、震災津波被害直後の日曜日
にゲームを開催していた。
やった事は義捐金寄付もせず、自分
らの玩具銃を仲間内で売買して、
その何割かを寄付するという行動
だった。それ、義捐金募金活動では
なくフリマ。
それでも、「素晴らしい行動、素晴
らしいチャリティー」と身内同士で
自画自賛していた。
遊興費に使う原資があればそのまま
義捐金寄付でもすればいいのに。
だが、「口だけで何もしない」など
とTwitter、匿名ネット掲示板等で
私への個人攻撃の非難キャンペーン
をその「震災発生前日の昨日まで
仲間」だと言っていた連中が張った。
後で知ったが、主宰者は私の陰口を
登場したばかりのTwitterで書きま
くっていたようだ。普段何気ない顔
で付き合っていながら。
その頃私は医薬品届けで義捐行動者
中継地までのピストンでのべ何千
キロか走っていた。
私はその者たちに、今、金員の利得
を得る行動ではなく義捐の行動をと
の説得を粘り強く続けてはみたが、
く無駄だった。
一方、別な地方のサバゲ団体は、
即日即座にゲーム開催予定を中止
し、今後の支援策を皆で話し合い、
順次具体的な行動に移った。
その人たちとは今でも深い付き合い
がある。

後年、三原市西部水没の時、首都圏
では別地区の被災状況ばかり報道さ
れて殆ど知られていなかった。
その時、個人的に惨状を知った全国
の方々から私の元へ支援物資が届け
られた。命を繋ぐ事ができた。感謝
にたえない。
届いた大量の物資は、家族だけで
なく、縁故者や近隣住民と分け合っ
た。多くの人たちが同じ国の人たち
の心によって助けられた。
また、国を超えて海外からも日本に
多くの支援の手が差し伸べられた。
その頃、被災地以外の住人だろうか、
ネットで私の事を散々誹謗中傷して
いる連中がいた。
「あんな奴の所に支援物資など
届くはずがない。自分で買った物
を並べて自慢してるだけだ」と。
どこで買うのか?(笑
一事が万事、この調子の的外れな
「事実と異なる事を根拠なく言って
個人攻撃の誹謗中傷」をする。
それは法的にも犯罪なのだ。
だが、そうした連中には倫理的
自制心などはない。

ま、世の中、いろんな人たちがいる。
この国は自由だから。
人を蹴落として自分だけ遊興しよう
が、差別心を持とうが、人を裏切っ
て陰でこきたない事してようが、そ
んなのは自由だ。
この上掲のドラマに対して、天海の
連絡のおかげで救援物資が届くよう
になったのに、ああいう事を第三者
が言う。
おまえ、その被災地にいたのか、と。
日本沈没の。
「皆はらからである。
分け合って食べよう」
という気はさらさらないようだ。
日本人なのか?

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