みくり/みくさ【莎屮】
室町時代の古辞書である饅頭屋本『節用集』二種に、
莎屮(ミクリ)。〔初版本・美部・草木門72ウ④〕
莎屮(ミクリ)。〔増刋本・美部・草木門72ウ④〕
とあって、標記語「莎屮」で訓みを「ミクリ」とし、語註記は未記載にする。
同じく室町時代の広本『節用集』には、
莎屮(ミクサ)
[平・上]サ/スゲ、
サウ。〔美部・草木門ウ④〕
とあって、同じく標記語「莎屮」で訓みを「ミクサ」とし、語註記は未記載にする。ここで、第三拍の訓を「サ」と「リ」と異なることに注目しておく必要がある。なぜ、このような異なる語訓がそれぞれ誕生したのかという疑問についてである。片仮名「リ」は横棒を去れば片仮名「リ」となる。逆に、片仮名「リ」は横棒を添えれば片仮名「サ」となるという点に着目しておきたい。どちらか先でどちらかが後と推測して見ていくとき、他の古辞書における年代ごとの書写状況にその体裁が関わってくる訣である。室町時代の古辞書中、東麓破衲編『下學集』そして、飛鳥井榮雅編増刋『下學集』、明應五年本『節用集』、天正十八年本『節用集』には此の語は未収載としている。
続く古写本類の『伊京集』には、
三陵子(ミクリ)サンリヨウ或作
二/莎屮
ト一。〔美部・草木門オ⑥〕
とあって、標記語「三陵子」で「ミクリ/サンリヨウ」とし、語註記に「或は莎屮と作る」と記載する。
刷版系の易林本『節用集』に、
三稜草(ミクリ)。〓〔艸+亻乃〕草(同)。〔下卷・美部草木門22ウ④〕
とあって、標記語「三稜草」「〓〔艸+亻乃〕草」で訓みを「ミクリ」とし語註記は未記載にする。
饅頭屋本『節用集』二種に最も近い印度本系の黒本本・弘治二年本・永禄二年本・堯空本・経亮本・『節用集』には、
莎草(ミクサ)。〔黒本本・美部屮木門オ①〕
莎草(ミクサ)。〔弘治二年本・美部草木門231⑥〕
莎屮(ミグリ)。〔永禄二年本・美部草木門192⑦〕
莎草(ミクリ)又〓〔艸+周〕。〔堯空本・美部草木門182③〕
莎草(ミクサ)又〓〔艸+周〕(同)/三稜屮(同)。〔経亮本・美部草木門 ウ⑦〕
とあって、印度本系古写本では、実に「みくさ」と「みくり」とで付訓が真っ二つに分かれているのである。そうしたなか、永禄二年本・堯空本に近く饅頭屋本『節用集』二種に近接する経亮本がここでは黒本本と弘治二年本と同じ「みくさ」の訓みを以て記載されていて、堯空本の語註記に見える「また、〓〔艸+周〕」の内容を有するにも関わらず「みくり」の付訓と異なる点に付訓のぶれ度合いが表記情報として錯綜していたことを如実に物語っているとみたい。さらに、『運歩色葉集』には、「みくさ」の語は未収載とする。
莎草(マクリ)。〔静嘉堂本・草名462⑦〕
莎草(マクサ)。〔元亀二年本・草名378⑩〕
とあって、標記語「莎草」は同じであるものの、付訓をみると静嘉堂本が「マクリ」、元亀二年本は「マクサ」としていて、両本がやはり揺れていることであって、このことが具に窺える。さらに、第一拍「ミ」の音が「マ」に移行している点も興味深い。
それ以前の平安時代の昌住編『新撰字鏡』、源順編『倭名類聚抄』、『本草和名』、鎌倉時代の観智院本『類聚名義抄』、経尊編『名語記』には付訓を「みくり」としているが、「みくさ」の語にこの「莎屮」という漢字標記語を用いた例を見ないことからして、やはり、「ミクリ」なる語を「ミクサ」と違えたところに同じ沼沢池の水辺に生える草名を両訓が事ある毎に荷う機縁となったことが明白となってきた。そうしたなかにあって、広本『節用集』の編者が此の「水草」の特徴ある草名の標記語「莎屮」に「ミクサ」としたことがそもそもの要因であって、『伊京集』をはじめとする他古写本、刷版類の饅頭屋本『節用集』二種・易林本『節用集』がこの付訓に追随していない見識力が大いに注目されることになった。
江戸時代の『書言字考節用集』に、
荊三稜(ミクリ)。―又/作
レ京。〔美部生殖門卷六57・493頁⑥〕
とあって、標記語を「野蜀葵」で「みくさ」の語を収載する。古辞書類では、いずれも語注記を未収載にする語である。
このように、『下學集』、増刋『下學集』、天正十八年本『節用集』の全く未収載の語であり、これとは異なって標記語を収載するなかで、「みくさ」訓で示す広本『節用集』と「みくり」訓で示す『伊京集』グループに二分している。
「みくさ」訓…広本『節用集』⇨弘治二年本、黒本本、経亮本→元亀二年本
「みくり」訓…『伊京集』⇨永禄二年本、堯空本、饅頭屋本、易林本→静嘉堂本
という系統性がこの語から確認できよう。
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版に、
み‐くさ【水草】〔名〕水中や水辺に生える草。みずくさ。 ▼みくさ生う《季・春》*万葉集〔八C後〕三・三七八「いにしへの古き堤は年深み池のなぎさに
水草(みくさ)生ひにけり〈山部赤人〉」*源氏物語〔一〇〇一(長保三)~一四頃〕夕顔「秋の野らにて池も
みくさにうづもれたれば」【
辞書】文明・黒本・日葡・書言・ヘボン・言海【
表記】【水草】書言・ヘボン・言海【莎草】文明・黒本
み‐くり【実栗・三稜草】〔名〕(1)ミクリ科の多年草。各地の池や溝などの浅い水中に生える。高さ六〇~九〇センチメートル。地下茎がある。葉は根ぎわから生え剣状で基部は茎を抱く。六~八月梢上に小枝を分け球状の白い花穂をつける。雄花穂は花軸の上部に群がってつき、雌花穂はその下部にまばらにつく。果実は卵球形で緑色に熟す。茎でむしろなどを編む。漢名、黒三稜。やがら。三稜。学名はSparganium erectum subsp. Stoloniferum*本草和名〔九一八(延喜一八)頃〕「
莎草 〈略〉一名三稜草〈略〉和名
美久利 一名佐久」*一条摂政集〔九六一(応和元)~九九二(正暦三)頃〕「つくまえのそこひも知らぬ
みくりをば浅きすぢにや思ひなすらん」*名語記〔一二七五(建治元)〕八「問 池におふる草の
みくり如何、答 三稜草とかける歟。水くり歟。くりとは涅也、黒き玉也 物をひたせは黒くそまる也。この草の根も黒色なり。さてくりとはなつけたる歟」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「ミクリ 黒三稜」(2)植物「うきやがら(浮矢幹)」の異名。*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「
ミクリ ウキヤガラ 荊三稜」【
発音】〈標ア〉[0]〈ア史〉平安・鎌倉●●○【
辞書】字鏡・和名・名義・伊京・饅頭・易林・書言・言海【
表記】【三稜草】和名・名義・易林・言海【莎屮】伊京・饅頭【覽】字鏡【莎草・覽仭】名義【三陵子】伊京【覽草】易林【荊三稜・京三稜】書言
三省堂『時代別国語大辞典』室町時代篇5
みくさ【水草】水中とか水辺とかに生える草、をいう歌語。→みくり。「莎草(ミクサ)」(広本『節用集』)「莎草(みくさ)すげ也」(和漢通用集)「‡
Micusa.(ミクサ)。…水に生える草」(『日葡辞書』)。「
み草 みくさおひなどいへり。又かたみの水はみ草ゐにけり共云。水草のおひたるていなり。又み草の花とも云り。しなのには薄をみくさと云り。これはただ水草の事也」(『藻塩草』草)「みたまへ爰もをのづから、けうとき秋ののらとなりて、池は
みくさに埋れて、ふりたる松の陰くらく」(光悦謡=夕顔)「
水草ゐるながれに秋のおち葉して、霜に鴫たつ暮のさびしさ」(三島千句二)
みくり【三稜草】ミクリ科の多年草。沼沢地に生ずる。「
莎屮(ミクリ)」(饅頭屋本『節用集』)「
三稜草(ミクリ)・〓〔艸+亻乃〕草(同)」(易林本『節用集』)「
三稜草(ミグリ)草也、
莎草(ミクリ)草也」(いろは字)「香附子 莎草根トモ云フ。…日本ニモアリ。和名
ミクリ、又カヤツリグサトモ云」(和名集上)「みなは、
みくり、水草也。まとゐといふよせ、みなはにもゆるといふなり」(宗長連歌自註)「君をこそ頼みま菅みま管の
みくり繩身をまかせてやえにひかるらん」(草根集三)〔247頁〕












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