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二人きりのトレーナー室。 トレーナーは真剣な目つきで、でも優しい手つきで肩に触れて。ボクをソファーに押し倒した。 服の上から肩を触られたことは何度もあった。でもこんな風に素肌同士で触れ合うのは初めてかもしれない。 思ったよりも冷たいトレーナーの手にびっくりする。こんなに、冷たかったっけ? トレーナーがボクの上から覆いかぶさるように、ソファーに乗り込んでくる。 二人分の体重を受けて、ソファーがギシッと音を立てた。 ……怖い。涙が出ちゃいそう。それを奥歯を噛んでぐっと堪える。 耳が伏せて、震えてしまう。そんな情けないところは見せたくない。でも、止められない。 もちろんボクが全力を出せば、こんなのへっちゃらで抜け出せる。 そのはずなのに。 肩をソファーに押し付ける手が万力みたいだ。動かせる気がしない。 トレーナーの顔が近づいてくる。ダメだ、泣くなボク。泣いたら台無しだ。 ボクは無敵のテイオー様なんだから。ボクだって……大人なんだから! ボクは涙が溢れないように、ギュッと目をつぶった。
先週のトレーニング後。その時のアプローチも失敗だった。 ミーティングを終えてから、事務机に戻ってボクのタイムが印刷された資料を見るトレーナー。 彼の右の背中に、椅子の背もたれを避けるように抱きついて、肩口から顔を出す。 「何見てるの?」 そんなボクの動きに、トレーナーは全く動じない。 「テイオーの坂でのタイムだよ。この条件のときだけ早いんだけど……何で早いのかよくわからないんだよな……。テイオーは何かわかるか?」 彼の二の腕に、胸を押し当てる。それにトレーナーは気づいていないようだった。 そりゃあさ、ボクの体は同年代に比べたら小柄で、おっぱいも小さいけどさ。 そんな反応はないんじゃないかな。思わず頬が膨らんでしまう。 「知らないよ!」 「そうか……。う~ん、何でだろう。今度動画を撮って比較してみるか」 トレーナーは真剣そうな顔で、顎に手を当てた。彼の、この顔にドキッとする。 ボクを三冠ウマ娘にしてくれた眼差し。憧れの会長に、並び立てるように支えてくれた人。 トレーナーが、好きだ。これは間違いなく恋だと思う。 気付かれないように口を尖らせて、彼の頬に近づける。 あと、少し……。 何気ない素振りで、トレーナーの手でブロックされた。ボクの唇は彼の手の甲と接触する。 「こら。そういうことを気軽にやっちゃダメだぞ」 彼はボクを子供を見る、たしなめる目を向けた。この視線は、顔は好きじゃない。 完全に子供扱いされてる。 「気軽じゃないよ!ボクはトレーナーのことが好きなんだから!ほっぺにキスくらいしたっていいじゃん!」 トレーナーに好きって伝えるのは、何度目だろうか。 もう何度も言ってる。でも、彼は真剣に取り合ってくれなかった。 「ダメ。もっと大人になってからね。あと、もう少し離れようね」 トレーナーは腕を動かしてボクを遠ざけた。本気で抱きつけばそんな力には負けないけれど。 一度やって嫌がられたので力づくはやめた。好きな人の嫌がる顔なんて見たくない。 「ふーんだ!絶対好きって言わせて、トレーナーからボクにチューしたくなるような大人に、すぐなってやるから!」 ボクはトレーナー室を飛び出した。 こんな捨て台詞も、何度目だっけ……?
「っていうわけでさー。相変わらずトレーナーが全然なびいてくれないんだよねー。なんでかなー」 カフェテリアでメジロマックイーン相手に愚痴をこぼす。これも何度目だろう。 「テイオー。あなた、アプローチが子供過ぎません?」 マックイーンの左手の薬指には、目立たない指輪が入っている。 半年前に、担当トレーナーと婚約したのだ。 羨ましい。ボクよりもおっぱい小さそうなのに。 彼女は婚約指輪にすごくキラキラした豪華なものを買ってもらってたけれど、普段は着けていない。 ただ、一度だけ見せてもらったことがある。 「これはメジロに相応しい逸品ですわ。トレーナーさんには給料半年分というご負担をおかけしましたけれど……」と語るマックイーンが見せてくれたその指輪より。 彼女のうっとりとした顔が印象的だった。綺麗で、大人の女性の顔だった。 ボクも、そんな顔ができるようになりたかった。 この学園で誰よりも強くて早いテイオー様なのに。同年代に次々と先を越されるのは、そう、屈辱的だった。 「やっぱりもっとセクシーさで攻めるべきかな?このボクの魅力的な体を使って」 「あなた、正気ですの?」 マックイーンに上から下まで見つめられて、微笑される。 むぅー。テイオー様を笑うな!キミだって大差ないだろ! ……でも、それでも、マックイーンは担当トレーナーをゲットしたのだ。 「マックイーンは、トレーナーを家に連れて行ったんだよね。それでOKしてもらったって」 「えぇ。事前にお祖母様に話をしておいて、トレーナーさんをメジロ本家にご招待したんです。そこで将来を誓いあった仲だと、紹介させてもらいましたわ。トレーナーさんももちろん返事をくださいました」 まあ、少し強引に事を運んだのも事実ですが……なんてマックイーンは小声で付け足した。 強引でもなんでも良い。トレーナーに、大人の女性として見てほしかった。 優秀で無敵な担当ウマ娘から、彼の唯一無二のパートナーになりたかった。 他の人に、視線を向けて欲しくなかった。
「ともかく、セクシー路線で攻めることは決めたんだけど。この水着とかどう思う?今度の夏合宿用に買おうかなって」 ボクは持ってきていたファッション雑誌を取り出した。付箋を挟んでおいたページをマックイーンに見せる。 「なっ、なんですのこれは……ほとんど紐ですわ!こんな破廉恥なものを公衆の面前で着るつもりですの?」 「トレーナーの前だけで、だよ。ほら、マックイーンはこれとか似合いそうじゃない?キミのトレーナーも喜ぶかもよ?」 「ひっ……これ、大事なところが透けていません?こんなの絶対無理ですわ!」 結局カフェテリアでの時間はマックイーンの反応を見てからかうだけで終わっちゃった。
友達からいろいろ言われちゃったけど、水着は買った。 流石に紐のやつは買えなかったけれど……レースがついてて、ギリギリまで透けてて、大人っぽいやつ。 座学が終わってお昼を食べてすぐ、寮に帰って水着を着た。その上からジャージの上着を羽織る。完璧! トレーナーびっくりするかな?もしかして、そのまま……ニシシ。
「トレーナー!ちょっと見てほしいものがあるんだけど!」 トレーナー室に飛び込むと、彼はまだお昼ご飯を食べてた。学園で売られてる惣菜パン。 「ん?どうしたテイオー?」 ……明らかにボクのセクシーさをアピールするタイミングじゃなかったけど。 我慢できなかった。バッと、ジャージの上着を脱いだ。 「じゃーん!どう?この水着。大人っぽいでしょ!」 トレーナーが、パンを机に落とした。顔が赤くなっていく。おっ、効いてる?効いてる? 「どう?どう?すごく似合ってるでしょ!ボクが強くてカワイイだけじゃなくって、綺麗で素敵だって見直した?」 彼の目の前に立って、ステップを踏んで回ってみせる。フフン。どうだ? 「……上着を、着なさい」 トレーナーの顔はいつの間にか白さを取り戻して。真剣な目つきに戻っていた。 ボクの好きな……でも、ちょっと、いつもより……怖い……かな? 「あ、トレーナー、ボクのオンナの魅力に気づいちゃった?こんな魅力的なウマ娘が担当で良かったでしょー。担当だけじゃなくって、このまま彼女にしてくれたって、良いんだよ?」 ボクは余裕のポーズを見せる。さすがのトレーナーもボクのセクシーさにメロメロだろう。 「……」 トレーナーは無言でボクの体を引っ張った。 「え?」 隣りにあったソファーに、ボクの体は倒れて。 え、これ。もしかして。まさか……。 彼の手が、ボクの剥き出しの肩に伸びた。
目をつぶった後、最初に感じたのは耳を触られていることだった。 みっともないくらい伏せて、ブルブル震えているボクのウマ耳。 それが壊れ物を扱うように、撫でられる。そのまま頭全体を撫でられて。 おでこに、湿った何かを感じた。キス、かな。 トレーナーの体がボクから離れるのがわかって、目を開けた。
「無理しなくていいから。急がなくて良いんだよ」 さっきの冷たい顔とは全然違って、すごく優しい顔をしたトレーナーがしゃがんでボクに目線を合わせていた。 もう一度、頭を撫でられる。 「テイオーはすごいウマ娘だよ。みんなの憧れの、立派で無敵なウマ娘だ。だから、無敵の余裕さで自分の成長をどっしり構えて待っていればいい」 トレーナーはジャージの上着を持ってきて、ボクの肩に掛けた。 さらにもう一回、頭を撫でられる。撫ですぎだよ!髪型が崩れちゃう。 でも……悪くないかな。 「魅力的な大人のテイオーじゃなくて、君が魅力的な女性に成長するところを、俺に見せてほしい。ちゃんと待っててあげるから」 「うん……」 ボクは頷いた。
「っていうことがあったんだよねー。つまり、トレーナーはボクが予約済みって考えてもいいかな?」 生徒会室に遊びに来て先日の話をすると、カイチョー苦笑して。エアグルーヴは眉をひそめた。 「テイオー。そういうのは二人だけの秘密にしておくものだ。そうおおっぴらに話すものじゃない」 でも、無敵なボクの最高のトレーナーの良いところは、みんなに知ってほしいし。 「際どい水着を着て男性トレーナーに見せるなど……学園の風紀について一から学び直してもらおうか」 それはごめんなさい。 「結局水着は合宿に持っていっちゃダメ、って言われちゃった。せっかく買ったのに……。まあ、トレーナーがボクに期待してるなら、我慢してあげてもいいかな」 ボクはもう読み終わっていらなくなった雑誌を、カイチョーの机の上で広げた。 「カイチョーなら、どれを選ぶ?ボクはこれとか似合うんじゃないかなと思うんだけど」 「ほ、ほぅ……。随分と攻めたものだな……。これを着た姿はトレーナー君には見せられそうにないな……まだ」 カイチョーの頬が赤い。珍しい! 「エアグルーヴはこれなんかどう?」 「なっ!たわけが!こんな紐着れるか!」 その後しばらく、三人で水着を見て楽しんだ。 こんなに大人っぽいカイチョーも、クールなエアグルーヴもマックイーンとあんまり変わらない反応で。 ボクも焦る必要なんてないかなって、思ったりした。
待っててね、トレーナー。 魅力的なウマ娘に成長するボクの姿。これからたっぷり見せてあげるから!