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「しまったな……」 トレーナー室にて、マスターがノートパソコンを見ながらつぶやきました。 ステータス『困惑』であることがわかります。 「どうされたのですか、マスター?」 私、ミホノブルボンは2mほど距離をあけて、パソコンの画面を見ました。 何度かマスターのノートパソコンに触れて動作不良を招いたことがあるので、私は極力彼のパソコンや電子機器には触れないようにしています。 画面に表示されている内容には見覚えがありました。 『トレセン学園トレーニングコース予約システム』 学園にあるトレーニングコースを事前予約するための仕組みです。 このシステムを通して申請をしておくことで、コースを使用可能になると入学時に教わりました。 私が学園の共通端末からアクセスするとなぜかシステムエラーと表示されることが多いので、マスターとの契約前は寮で同室のニシノフラワーさんや友人のサクラバクシンオーさんに頼んでいました。
画面には、ずらりと赤いバツマークが並んでいます。 「コースの半分が整備で使用不可、その影響で予約が全部埋まっちゃったみたいだ。今日はタイム計測したかったのにな……」 たしかにその予定だったと、私のデータベースには記録されていました。 先月から取り組み始めた新しいトレーニングメニューの効果を確認するためです。 しかし、実行不可であるならば、仕方がありません。 「マスター。提案があります。ジムでの筋力トレーニングはどうでしょうか?」 マスターは苦笑しながら、私を見ました。 「ブルボンはジムトレーニングが好きだな。というか、限界まで追い込むのが好きなのか……個人的には、今は筋力をつけるより走るバランスを重視したいところだけれど……まあ、やる気があるならそうしようか」 でもちょっと待って、筋トレメニューを見直すから。マスターはそう言って別のファイルを開いて、思案顔になりました。 このように、自分の提案が受け入れられることに……そう、満足を覚えます。 マスターは私の意見を否定することなく、上手く受け入れて私を導いてくれます。 手を取り合って目標に進んでいるという充足感とともに、彼の優しさに……心のどこか別の所が熱を帯びるのがわかります。 私は胸に手を当てました。 昔の私であればこれはノイズであり、エラーである、と判断していたかもしれません。でも、今は違います。 これは、とても大切なものです。決して失いたくありません。 「よし、これでいこう」 室内のプリンターが音を立てて、紙を吐き出します。 印刷されたメニューをマスターから受け取りました。 「確認してほしい」 まだ暖かい紙が、彼の私への気持ちのように感じるのは……誤認識です。 でも、これくらい、誤認エラーでも構わないと思います。
「はい、その体勢を5秒キープ。3、2、1。はい、ゆっくり下ろして」 マスターの声に従い、マシンを動かします。マシンを使った筋力トレーニングは嫌いではありません。 子供っぽいと言われるかもしれませんが、マシンと繋がることで自分が強大な力を得られる、そんな錯覚をしてしまうのです。 「いつ見てもブルボンの筋トレフォームは完璧だな。特に指摘するところがないよ」 おそらく、昔から父の指導を受けて鍛えてきたからでしょう。私は胸を張りました。 「ありがとうございます。次のメニューに移ります」 少し暑いので、ジャージの上着を脱いで半袖になりました。 「……改めて見ると、前腕までしっかりと無駄なく筋肉がついてるな」 マスターは私の腕を見て言います。 「筋肉はバランスよくつけろと、父から教わりました。腕の筋肉も走るためには欠かせないと」 「その通りだな。俺が教えることがないくらいだよ」 彼が熱のこもった視線で私の体を見ます。ステータス……『高揚』です。 つられて私も高揚するのがわかりました。自分の体が誇らしく、少し、恥ずかしいです。 体が、さらに熱を帯びるのがわかりました。
「ラスト3回!」 マスターの声を聞き、力を振り絞ります。あと、2……1……。 「はい、お疲れ様。120秒挟んでもう1セットやるよ」 「わかり、ました」 高負荷のトレーニングは、さすがに息が切れます。次のセットまで呼吸を整えないと。 それにしても熱いです。私は半袖のジャージを脱ぎました。 「ブ、ブルボン!?」 マスターがステータス『驚愕』になるのがわかります。 「ご安心ください、マスター。タンクトップを着てます。準備は万全です」 「そ、そうか……びっくりしたよ」 そう言いつつも、彼の声色には未だステータス『驚愕』の影響が抜けきっていないのがわかりました。 落ち着かずこちらを直視しないように、目をそらしているようです。
……もっと、マスターに見てほしいです。 先ほどのように、私の肉体をよく見て、褒めてほしいです。 二頭筋、三頭筋、腹筋、背筋、側筋……どれも他者と比べても発達しているという認識があります。 「いかがでしょうか、マスター。私の筋肉の付き方に、アンバランスなところはあるでしょうか?」 私はマスターの目の前に移動しました。 彼の目が焦点が合わずに泳ぎます。なぜでしょうか? 私の体に、どこかマスターの満足できない部位がある、ということでしょうか? 「あ、ああ、素晴らしいと思うよ。……と、時間だ。次のセット開始で」 「……?はい」 あまり良い反応が得られませんでした。 そのことについて原因を考えたいですが、時間がありません。
「っ!……ブルボン、ストップ」 次のセットを開始して直後、急にマスターが声をかけました。緊急停止します。 「どうされましたか?」 マスターの顔が赤いです。彼は顔を背けて、どこか遠いところを見ていました。 「……こういうことを言うのは、アレだけど……その、タンクトップの隙間から、下着が、見えてる」 私は脇を上げて確認しました。……異常を検知。 グレーのタンクトップの脇から、今日身に付けている白いブラジャーが覗いているのがわかります。 体内の、特に顔面の温度が急上昇。心拍音が極大化。エラー閾値に近いです。 「か……構いません。周囲5m以内に人はいません。このままトレーニングを続けましょう」 マスターに見られるのは、恥ずかしいですが……問題ない、です。 「私の体の動きをしっかり見ていただいた上で指導を行ったほうが効率的だと判断します」 不自然な早口になっているのが自分でもわかりました。制御困難。
「……やっぱり、半袖は着よう。その……ブルボンの体は……」 何でしょうか?先ほどからあったマスターの違和感に対する答えを得られそうでした。 「ブルボンの体は魅力的で、俺には刺激が強いから。服を着てくれると、助かる」 マスターの視線が一瞬、私の胸部に向くのがわかりました。 同年代と比較して、大きく発育した私の胸。 顔面の血液量、熱量ともにさらに増大。オーバーヒート寸前です。 私は思わず脇を締めて、自分の体を抱きしめました。 マスターが半袖シャツを手渡してくるのを、慌てて着込みます。 「……ごめん」 「いえ、マスターの問題ではありません。……トレーニングを、再開しましょう」 お互い目を合わせないまま、言葉を交わしました。
しかし……マスターが私の体を魅力的だと言ってくれた。 そのことが私の心をくすぐって、温めてきます。 この気持ちが何なのか、ずっと前にデータベースに照らし合わせて、答えは得ています。 でも、言葉として形にするのは、もっと後にするつもりです。
「……ということがありました。報告は以上です」 数日後。私はサクラバクシンオーさんとカフェに行くついでに、買い物に出かけていました。 「なるほど!そのために新しいタンクトップを買いに行くのだと!このサクラバクシンオー、納得しました!」 彼女はいつもパラメータ『元気』が100%を超えているような反応を示します。 私の低めの社交能力でも全力で応じてくれるので、大変助かります。
「目的は、もう一つあります」 私は何とか探し当てたランジェリーショップの前で足を止めました。 いつもスポーツ向けの安いものを購入していたので、足を踏み入れたことのない店です。 「……万が一、今後マスターに下着を見られた場合を考慮して、恥ずかしくないものを身に着けておきたいと思います。バクシンオーさん、アドバイスをお願いします」 何事にも万全を期すのが担当ウマ娘の努めでしょう。 「ちょわっ!?男性に見せられる、下着!?」 彼女が目を白黒とさせるのを見て、私は首を傾げました。