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「残り2ハロン!さっきのフォームを意識して!」 トレーニングコースの外から、トレーナーちゃんが大きな声が聞こえる。 さっきのフォーム……この走り込み前に教わった足の上げ方のことかな。 膝をもう少し高く上げてストライドを大きめに取る。しんどいけどリズムを大切に。 でも、たぶんマヤの場合だと足は教わった時ほど上げなくても良いはず。 リズムも一定じゃなくて、息の入り方に合わせて。 それを意識するとスピードが落ちないのがわかった。 やっぱり。わかっちゃった。 「そう!それでいいよ!」 トレーナーちゃんの喜ぶ声が聞こえた。 マヤはそのまま、ゴールラインまでスピードを落とさず走りきった。
「お疲れ様、マヤノ」 コースの外に出たマヤに、トレーナーちゃんがドリンクを差し出してくる。 マヤはそれを見ることなく受け取った。 差し出してくるのは右手で、高さはこれくらい。ほらね?わかってる。 「ありがとう、トレーナーちゃん」 ドリンクを口に含んで、体を休める。 「それにしてもマヤノはすごいな。教えたことにとどまらず、自分の感覚で一番いい形にすぐ修正できてる。一を聞いて十を知るっていうのはまさにこのことかな」 トレーナーちゃんが感心したようにマヤを褒めた。 「えへへ。でしょ~。」 マヤは素直にトレーナーちゃんの褒め言葉を受け入れた。 トレーニングは相変わらずそんなに楽しくないけれど……こうやって新しいことがわかる時があって。 そしてそれをトレーナーちゃんに褒めてもらえるのはすごく嬉しい。
「じゃあ、次は2000mで同じことを意識しながら走ってみようか」 「え~。マヤちんさっきの走り方はもうわかったのに~」 不満を言いながら、甘えるようにトレーナーちゃんに抱きついた。 「マヤ、もっと楽しいことしたいな~。大人っぽいこととか」 手をそっとお尻あたりに沿わせると、トレーナーちゃんがビクッと体を震わせた。 「こら。何度も言ってるけれどトレーニングっていうのは条件を変えて反復練習をして、体に染み付かせたり、新しい気付きを得ることが大切なんだ」 トレーナーちゃんは私を押し返した。 私はそれに逆らわず、彼から離れる。 「は~い。じゃあ、マヤ走ってくるね」 小走りして、コースのスタートに向かう。
今日もまた、新しいことがわかっちゃった。 トレーナーちゃん、あそこが弱いんだ。じゃあ、そこも弱いってことかな。 ということは、あれをああすれば……。 今日のトレーニングの時間で、一番大きな発見だったかもしれない。 この調子でトレーナーちゃんのことが全部わかっちゃえば……マヤ、どうしよっかな。 仕掛けても……いいのかな?
トレーニング後のミーティング中、真面目な顔をして色々説明するトレーナーちゃんの顔を見つめる。 担当契約を結んだ時には、彼は私よりもすごい立派なオトナだなって思ったけど。 数年一緒にいることで、いろいろトレーナーちゃんのことがわかっちゃって。 ある面では彼も私とそんなに変わらないってこともわかった。 今ではすごいとか尊敬するとかよりも、カワイイって思っちゃう。 頼りがいがあって一緒にいて楽しいのは変わらないけれど。 デートしてあげたくなるカワイさがある。
「マヤ?ちゃんと聞いてる?」 「聞いてるよ。マヤは体が小さいから集団内での位置取りが大切って話だよね?だから基本はここらへんまで我慢してジワジワ~って外に出て、ここからビューンって行く。あってるかな?」 プリントに書かれたコースを指差しながら答えた。 「う、うん……そのとおりだよ」 驚いた顔を見せるトレーナーちゃん。やっぱりカワイイ。 真向かいに座っていたところから移動して、彼の隣りに立った。 「でもマヤはもうちょっと早く外に出たいかな~。ここらへんから」 体を密着させて、顔も近づけて。 プリントを指差す。トレーナーちゃんは動じない。 「う~ん、そこからだと距離が長くなりすぎて最後まで脚が残るか心配だな……」 これは違ったかな。じゃあ、こうかな? プリントを指差していた腕を戻すついでに彼の太ももに触れる。 トレーナーちゃんが身じろぎした。また、わかっちゃった。 「そうだね、やっぱりキミの言うことが正しいかも。パワーつけて集団の中でも押し負けないようにしてみるね!」 彼の方を向いて、ニッコリと笑ってみせた。 「……ああ。それで頑張ろう」 トレーナーちゃんはほんの少し何か言いたげだったけど、頷いた。
このイタズラ、というかトレーナーちゃんを知る方法はトウカイテイオーちゃんから教わった。 「マヤノはさ、トレーナーにオトナに扱ってほしいんだよね?……なら、いい方法があるよ」 カフェテリアでニッシッシと笑いながら、彼女はマヤに教えてくれた。 「ちょっとずつ、トレーナーの体に触れるだけでいいんだよ。それだけで相手は意識してくれるよ」 トレーナーちゃんに触れる。 告白やチューなんて恥ずかしいことはマヤにはまだできそうにないけど。 触れるくらいなら、全然できそうだった。 「え~?それだけでトレーナーちゃんがマヤのことをオトナに見てくれるかな~?」 最初は信じてなかった。 「大丈夫だって。マヤのトレーナーだって普通の男の人なんだから。カワイイ子に体を触られたらドキッとしちゃうって」 続けて、テイオーちゃんが悪そうな顔をした。 「あと、触れた時の反応をちゃんと見ておくと良いよ。どこがヘーキで、どこが弱いとか。マヤノ頭いいから、そういうの探るの得意でしょ?」 マヤよりもオトナのトレーナーちゃんに弱いところなんてあるんだろうか。 そう思ってたけど。 偶然を装ったりして触れるようになってわかっちゃった。 トレーナーちゃんは弱点だらけだ。
どこをどう触れば、どんな行動と取ればドキッってしてくれるのか。 担当ウマ娘ってだけじゃなくて、ちゃんと女の子として見てくれるのか。 マヤはもうほとんどわかってる。
「マヤノ……ちょっと話があるんだけど、いいかな」 ミーティング後、トレーナーちゃんは真剣な顔をして話を切り出した。 もしかして……。マヤはウキウキしながら彼の前に居直った。 「その、最近スキンシップが多過ぎる気がするから、控えて欲しい」 彼は少し赤くなりながら、マヤと目を合わさずに言った。カワイイ。 「トレーナーちゃんは、マヤにタッチされるの嫌なの?」 手を伸ばしてトレーナーちゃんの手を握った。 離そうとするのをしっかり捕まえる。 「マヤはトレーナーちゃんともっとベタベタしたいな〜」 そのままグイって手を引いて抱きついた。 「マヤも、もう子供じゃないでしょ?」 少し顔が赤くなる気がしたけど、昔みたいに凄く興奮しちゃったりはしない。 これって、マヤが大人になったってことだよね?
「マヤノ」 トレーナーちゃんが低い声を出した。 彼の顔が近づいたと思ったら体を持ち上げられて。 近くにあった長椅子に押し倒された。 トレーナーちゃんの顔が怖い。今まで見たことのない表情。 「マヤノが本当に良いって言うなら……俺は我慢しないよ」 彼の手が、私の制服のリボンに伸びた。スッとほどかれる。 「ひっ……」 思わず声が出た。 こんなの、知らない。嘘だ、知ってる。 わかってる。わかってるけど、怖い。 全部わかってるつもりだったのに……。 冷たそうな顔をしているトレーナーちゃんの瞳は、不安そうに揺れてる。 心配されてる。トレーナーちゃんのことなら何でもわかる。 マヤがわかってないのは……マヤ自身だった。
「いやっ!いやだよぉ……」 そのまま彼を蹴って逃げる事もできたはずなのに。 マヤができたのは首を振りながら泣くことだけだった。 「あ、わわ……ごめんマヤノ!本当にごめん!ちょっと脅かしてわかってもらおうと思っただけなんだ!」 トレーナーちゃんが飛び退いて、慌てて謝ってくるのが歪んだ視界の中で見えた。 「わぁぁぁぁ!トレーナーちゃんのバカバカ!うぅ……ホントーに、うっ、怖かったんだからぁ!」 マヤは平気なはずなのに、涙が止まらない。 これが彼のお芝居だってことくらい薄っすらわかってたはずなのに、泣くのが止められない。 その後彼は土下座して謝り続けて。 マヤもずっと泣き続けた。
「今までイタズラしてごめんなさい」 「いや、俺もやりすぎたよ……ごめんなさい」 すっかり窓の外が暗くなった中、蛍光灯をつけて。 お互いひどい顔をしながら謝りあった。 「マヤノ。さっきみたいなことをした後で言うのも変だけど……今なら正直に言える気がするから、言うよ。俺はマヤノをちゃんと女の子として見てるし、大好きだ。その、エッチなこともしたいと思ってる」 トレーナーちゃんの大胆な告白に、マヤは反応できなかった。 「ホントーに?」 ついそんな事を言ってしまった。 彼のエッチな気持ちがマヤに向いていることくらい、十分わかっていたはずだったのに。 それがマヤに向けられている本当の意味を、マヤはわかってなかった。 「マヤを大切にしたいんだ。だから、今はまだ挑発するのとかは止めてほしい」 「うん……ごめんなさい」 女の子として見られて嬉しい。好きだって言ってもらえてすっごく嬉しい。 でも、それよりも。 マヤ自身が自分がまだ子供だったってことをわかってなかったことが悔しい。 「わかってたはず……だったのになぁ……」 マヤはつぶやいた。 その言葉を聞いて、トレーナーちゃんは不思議そうな顔を見せた。 目をこすって、最後の涙を振り払う。
「トレーナーちゃん。マヤ何にもわかってなかった。でも、これからいっぱいいろんなコト知って、素敵な大人になるからね!」 「うん。がんばろう」 彼の目は優しい。まだ子供を見る目なのがわかる。
もっと自分のことがわかったら……きっとその眼差しを変えられるはず。 明日の、明後日のマヤは違うってことを、毎日彼に見せてあげるんだ。 トレーナーちゃんに頭をゆっくり撫でられながら、マヤは心に誓った。