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2017/05/26 up

雇われ店長と独立どっちがいい? どん底から立ち上がったマッサージ師の結論

text by 斎藤充博

マッサージをする一色さん

個人が腕一本で稼いでいける職業の一つ「マッサージ師」。少ない資金で開業ができるために、養成学校を卒業してすぐに開業する人も少なくありません。しかし、繁華街やベッドタウンの駅前などには、企業経営のマッサージチェーン店が数多くあります。そうした状況下では、個人での経営は厳しそうな気も……。

今回お話を伺ったのは、新宿御苑前駅の近くで「肩こり治療専門店仙人掌(さぼてん)」を経営するマッサージ師の一色泰造さん。一色さんは以前、企業が経営するマッサージチェーン店の正社員として店長をしていました。「雇われ店長」と「独立」の2つの経験から、それぞれの働き方や収支状況の違いを聞きました。

雇われながらも自分の夢を形に

――一色さんが最初のマッサージチェーン店の会社に就職した経緯を教えてもらえますか。

マッサージの専門学校の学生だったときに、病院の整形外科でパートとして働いていました。そこでリハビリのアシスタントのようなことをしていたんです。学校を卒業してからも1年くらいはその仕事を続けていました。

そのときに都内にいくつもマッサージ店や整骨院を展開している会社から「マッサージ師の資格を持っているのなら、リラクゼーションサロンの店長をやらないか」という話が舞い込んだんです。当時の僕は独立志向が強かったのですが、「店長の経験を積める」ということで飛びつきました。それが僕の初めての就職ですね。

――最初から店長として入社したんですね。それは大変だったと思いますが。

入ってすぐに行ったのが、1カ月後にオープンを控えたマッサージ店の準備です。決まっていたのはお店の物件だけで、そのほかは全て社長から丸投げされていましたね(苦笑)。メニューの価格設定やマッサージスタッフの確保、研修、店内の動線設計、接客マニュアル……本当に全部です。

でも、専門学校のときからずっと「将来はお店を持つんだ」という想像をしていたので、それを形にするというやりがいはありました。

お店での研修が評価されて、会社全体の研修も担うことになりました。社長からは「一色を学長にしてリラクゼーションの学校を作りたい」なんて話も出たほどです。自分のことなので恐縮ですが、かなり物事が順調に進んでいました。「これは、おれの時代が来ちゃったかな?」なんて思っていたくらいです。

マッサージをする手元

――失礼ですが、社員時代のお給料は月いくらくらいだったのでしょうか。

手取りで月に30万円ほどです。

――マッサージ師1年目の給料としては、良い方ですよね!?

そうですね。ただ、その給料が出たのは1カ月だけでした。実は、お店がオープンして2カ月後、社長が急性大動脈解離(きゅうせいだいどうみゃくかいり)で急逝してしまったんです……。また、会社の経営状況もあまり良くなかったこともあり、倒産してしまいました。

雇われだから安定しているとは限らない

――その後はどうされたのでしょうか?

会社自体は倒産してしまったのですが、僕が店長をしていたお店は、入居しているテナントを所有している会社が新たなオーナーになって事業を継続することになりました。どうやらお店を作るときにそのテナントの会社も内装費をかなり出していたようですね。スケルトンに戻すにはもったいない、という判断が働いたんだと思います。

僕の契約形態はそれまでは正社員だったのですが、オーナーが変わって業務委託契約になりました。といっても、仕事自体は変わりません。むしろ、スタッフの数が半分になったので、それまで以上に労働時間が増えてハードになりました。

さらに困ったのは給料です。新しいオーナーも火の車だったらしく「今ちょっと大変だから給料満額支払うのは待って」って言われて給料は一部しか払ってもらえませんでした。記憶が曖昧なのですが、2カ月目は15万円くらいしか出なかったはずです。

一色さん

オーナーが変わり、給料は激減! 半年働いて50万円……

――かなりの収入ダウンですね。会社の経営は持ち直したのでしょうか?

いえ、それがその後にスタッフの給料も出なくなってしまったんです。スタッフは僕の専門学校の恩師から紹介してもらっていた人たちなので、会社から給料が出せないなんて言えなかった。なので、僕が消費者金融からお金を借りて「会社からちゃんと給料が出ているよ」と嘘をついて、スタッフに手渡ししていました。

――義理人情の世界ですが、それはちょっとどうだったんでしょう……。

僕も若くて勉強不足だったんですね。「ちゃんと働いているのにお金がもらえないなんてことあるはずない」って思っていたんです。このお金は、いつか必ず補てんされるだろうと。当時はそういう考えのもとに動いていました。

そこから半年くらい経ったころでしょうか。オーナーから「これ以上マッサージ店の事業を続けられない」という通告がスタッフに出たんです。新しいオーナーに代わってから、僕に支払われた報酬がトータルで50万円ほどでしょうか。計算したら300万円ほど未払いの報酬がある。なんとか支払ってもらおうと労働基準監督署や弁護士などに相談したのですが、これは無理でしたね。

当時の僕の経済状況では、300万円の未払いは本当にきつかった。このとき、僕は泣きましたね。心が完全に折れました。

骨の説明

仲間の言葉がきっかけとなり、一念発起して独立へ

――その後に今のお店への開店につながるのでしょうか? とてもそれどころではないような……。

実は専門学校から一緒で、病院のパートとマッサージ店でもずっと一緒に働いていた者がいまして。「これからどうする?」って話をしたときに「今さらどこかに雇われるのもなあ……。おれは開業しようと思う。一緒にやろう」って言うんです。衝撃を受けましたね。あんな事件があって、僕は心を折られているのに。

でも、その言葉に火をつけられたんです。閉店したマッサージ店の後始末をしながら、次のお店の構想を練っていました。事業計画書を作って、開業資金を借り入れる申し込みに行って……。お店がなくなってから2カ月ほどで、現在の店舗「肩こり治療専門店仙人掌(さぼてん)」を開業しています。

運転資金が尽きかけるころに売上が出るようになった

――新宿御苑前駅周辺はマッサージ激戦区ですよね。なぜここで開業したのでしょう?

まず地域選びで気にしたのは人口密度です。その点、新宿なら申し分ありません。マッサージ店が多いことは承知していたのですが、それはこの地域に需要があるからだと考えました。自分の技術には自信を持っていたので、お店の認知さえされれば、お客さまは来てくれるだろうと思っていたんです。

そこでお店のロケーションでこだわったのは「路面店であること」です。まず、道を歩いている人にお店の看板を見てもらおうと。そういう作戦で始めました。

――それでうまくいったのでしょうか?

開業して1カ月目、2カ月目はまるでお客さまが来ませんでした。「ひょっとしたらここもダメなのかな」って思い始めていたんですが、3カ月目に急にお客さまが来るようになりました。売上が前の月の倍以上になったかな。

きっと、新しいお店の看板を見てもそんなにすぐにはマッサージ店に入ろうと思わないんでしょうね。気になっていた人も1~2カ月くらいは様子見をしていたのだと思います。また、当初から来てくれたお客さまは3カ月目にはリピーターになってくれました。

――風向きが変わってきたんですね。

開業にあたって、運転資金を3カ月分用意していたのですが、実はそれがいよいよ尽きかけそうになったころだったんです。こちらとしては、「ギリギリ滑り込みセーフ!」という感じですね。それ以来はずっと売上は安定しています。お店も今6周年になります。

一色さん

――雇われている状態と独立した状態では、実際の業務に違いはありましたか?

雇われていたころは、マッサージ師が10人在籍していて、そのうち5人くらいが稼働しているお店で店長をしていました。そこでは施術よりも、人材のマネジメントが仕事の中心でした。独立後は2人のお店なのでマネジメントは必要ありません。おかげで施術に集中できていますね。

会計周りの事務作業も、雇われていたときの方が大変でした。これは店長として会社に報告する書類があったためです。独立後は自分たちが把握したいだけ記録すればいいので、ずっとコンパクトになりました。

もっとも、これはマッサージ店という業態の特殊な事情かもしれません。仕入は発生しませんし、経費もそれほどかからないので、会計的には管理する部分が少ないのだと思います。

――SNSも活用していますか?

自分自身のブランディングは、たしかに気にするようになりましたね。SNSで近況を細かくアップして「あやしい人間ではありませんよ」とPRしています(笑)。自分の仕事についてもどんどん公式サイトに出すようにしています。以前は自分を表に出すことがあまり好きではなかったのですが、ここは変わりましたね。

――売上は雇われのお店と比べてどうだったのでしょう。

先ほど申し上げた通り、雇われていたときのマッサージ店は5人で稼働していました。開店した月の売上が一番高くて、たしか90万円くらいだったと思います。

ところが独立したお店では、2人でその売上を超えることもあるんですよ。これはうれしかったですね。「前のお店を超えた!」って思いました。

――それでは独立は成功ですね!

今のお店が軌道に乗って、やっと人間らしい生活ができるようになりましたね。結婚して、子どもも生まれて、最近車も買いましたよ(笑)。

店の前に立つ一色さん

雇われと独立、どっちがいい?

――今回の取材で聞こうと思っていたのが「雇われていた方がいいのか、独立したほうがいいのか」ということでした。これまでの経緯があると当然「独立がいい」という気持ちになるかなと思うのですが。

いや。そんなことはないと思いますよ。雇われていても自分の技術力を磨いていく野心があって、経営母体がしっかりしていればいいわけです。最初の会社が順調に行っていたら、僕はいくつかのマッサージ店を統括する立場になっていたと思います。

――「雇われか、独立か」はこだわるところではないのですね。

そうですね。一番重要なのは、治療家としての技術がしっかりしていることです。なぜか僕は指圧の技術には自信があって(笑)。それがあるから雇われのときもほかのマッサージ師はついてきてくれたし、独立してもお客さまがついてくれました。マッサージ店ってたくさんあるように見えて、プロの目から見て技術がしっかりしていると思えるところは意外と限られているんです。

正直、技術さえあれば環境や社会がどんな風になっても「最悪食べてはいける」って思っていまして。そういう実感は手に職を持っている人間ならみんな思っているのではないでしょうか。

(斎藤充博+ノオト)

取材協力

一色さん

一色泰造さん

あんまマッサージ指圧師。新宿御苑前駅から徒歩五分の肩こり治療専門店仙人掌(さぼてん)を経営。ほかにも国士舘ウェイトリフティングコーチや、リラクゼーションサイト「美人のタネ」の執筆などでも活動中。
▼肩こり治療専門店仙人掌(さぼてん)
https://www.gyoen-saboten.com/

この記事の筆者

斎藤充博

斎藤充博

1982年栃木県生まれ。元大手ノンバンクの営業職。ライターとして体験取材記事を中心に多数制作している。
Twitter ID:@3216

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