「投資を始めよう」と意志を固めたら、次にとる行動は情報収集でしょう。しかし、50歳まで資産運用を行ってこなかった焦りから、聞こえのいい情報に飛びついてしまう危険性があります。そうしたリスクを低減し、長期的な資産運用を目指すための心構えとは?
今やインターネットを駆使して、誰もが容易に情報を取得できるようになりました。資産運用の情報源としても、インターネットは活用されています。金融庁の最新の調査(2021年6月30日「投資信託等の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果について」) では、資産運用の情報ソースとしてインターネット上の記事を利用している層がどの年代においても突出しています。そして、若年層(20~30代)はSNSや動画サイトを情報源として利用している人が多いことも示されています。
しかし、情報収集がしやすくなることによる功罪はさまざまです。経験豊富な投資家に導かれて、投資を成功させることもできるでしょう。しかし、同時に真偽が定かでない情報が氾濫し、誤情報やあおり情報に溺れる人も少なくありません。投資に関する誤った情報を基に投資を行った場合、ともすれば資産を失うことになりかねません。
投資情報のやりとりの際に、手数料が絡む場合は、「金融商品取引法」や「金融商品販売法」といった法規制の範囲となることから、ある程度の公平性が担保されるでしょう。
一方で、手数料が生じない投資情報や規制が未整備であるため規制の範囲外となっている情報には、担保されるべき公平性が一切存在しない場合もあります。そのため、受け手が接する情報に対して特に敏感になる必要があるでしょう。情報の取捨選択が受け手に委ねられていることから、これまで以上に「投資の軸」を持つことが必要とされる時代になっているのです。
特に、50歳まで資産運用に踏み出せなかった読者であれば、細心の注意が必要と考えます。「遅れを取り戻したい」との強い思いから、聞こえのいい情報に飛びついてしまい、情報の取捨選択が徒労に終わってしまったり、不必要に資産を減らしてしまったりすることもあり得ます。50歳からの資産運用であっても焦る必要は一切ありませんが、資産を失ってしまうような大きな失敗は許されないのです。
厳しい表現ではありますが、投資の初心者は、自らを資産運用における「情報弱者」であると自認し、危険な情報や不要な情報からいかに自分の資産を守るかを学ぶ必要があります。そこで、今回の記事ではインターネットにあふれる情報をどう処理すべきか、機関投資家としての経験知をお伝えします。
再現性がない戦略に耳を貸すべきではない
「XX億円稼いだ」「資産をXX倍にした」と喧伝(けんでん)し、自らの投資手法をセミナーや書籍、はたまたサロンなどの情報商材として販売している投資家は多くいます。近年では、注目を集めるために「初心者」や「女性」などの「属性」を強調し、あたかも同じ属性に帰属している人であれば、投資で勝てるかのごとく吹聴しています。全て嘘や誇張であると断言したいわけではありません。しかし、多くの「(自称)スゴイ投資家」が発信する情報を完全に信じてはいけないのです。
機関投資家には、毎日のようにファンド運用者からの売り込みがあります。「我々の運用するファンドのパフォーマンスは素晴らしいから投資しろ」と分厚い資料とともに専門用語を連発し、身ぶり手ぶりを使ってさもすごいファンド運用者であるかのように振る舞います。当然、売り込みに来るファンドは、素晴らしい運用成績を収めているものばかりです。
しかし、これらの要素は全く重要ではありません。優れたファンド運用者を見分ける要素としては「成功した投資戦略に再現性があるか」という点なのです。要は、「成功した投資戦略が他のタイミングや他の銘柄に適用できて、同じように高いパフォーマンスを期待できるか」ということです。当然、将来のパフォーマンスを過去のそれから予測することなど不可能です。しかし、戦略の論理性や思考プロセス、運用組織体制などを含め、再現性があると信じるに足る情報を引き出すことができるかが重要なのです。
これは、過去にどういった戦略で投資すれば勝っていたか、という「仮定」を示すものではありません。過去の情報から成功する要素を抽出する作業は、得てして情報同士を過剰に適合させることで、見せかけの関係性をつくり出してしまう「オーバーフィッティング(過学習)」を招きやすく、意味のある戦略にはならない懸念があります。
現在では、スマートフォンなどで誰でも手軽に投資ができるからこそ、手軽にリスクを取り、手軽に利益を得ることができる一方で、あっという間に損失を被ることもあります。個人で資産運用をするのであれば、それが熟慮に基づいた投資戦略であろうが、「何となく」で取った戦略であろうが、関係ありません。重要なのは、手元に残った結果だけです。適当に行っていても運良く連続して勝ち続けられる人もいれば、熟慮を重ねた行動にもかかわらず運悪く負け続ける人もいます。
しかし、その戦略を他人に伝達する場合はそうもいきません。実際は運によってもたらされた結果にもかかわらず、その勝ち負けに「理由や法則性」を求める人もいるでしょう。そうした考察により見いだされた法則が本当に有効かどうかは、情報の受け手には判別できません。過去のデータを利用して検証することもできるでしょうが、個人投資家はそうした労力を割いて積極的に検証しようとは思わないでしょう。仮に過去には当てはまったいい戦略だったとしても、上述の通り、オーバーフィッティングのリスクもあります。こうした「分からなさ」が、運による結果と実力の結果とを混同させ、情報の受け手は運を実力と誤認してしまうのでしょう。
「資産を短期間で何倍にも増やす投資」は決して不可能ではありません。実際にそうした投資戦略を成功させた投資家が存在しても全く不思議だとは思いません。成功した投資戦略であれば傾聴に値するかもしれません。ただし、その投資戦略が宝くじに当たったかのようなラッキーではなく、「再現性がある場合に限って」ではありますが。
成功した投資家は情報を売らない
では、成功した投資家が進むべき経路はどのようなものなのでしょうか? 素晴らしい運用成績を携えて、外部資金を調達すべく自身の投資ファンドを立ち上げることもあるでしょう。または、確立した投資戦略を用いて専業投資家として自らの資産を増やす活動に従事するのもよいでしょう。どちらのパスも、再現性のある投資戦略を有しているのであれば、成功する確率は非常に高いと言えます。
しかし、不思議なことに日本の多くの「(自称)スゴイ投資家」は、こうした「成功するパス」ではなく、「情報を売る」という選択肢に走ります。書籍化やセミナーの開催、有料サロンの開設などによって、自らの投資戦略を広めようと画策する事例は少なくありません。
投資の基本は、他の投資家が知り得ない情報や分析、方法を用いて投資をする「裁定取引」です。自らの手の内を世間に明かすことは、裁定機会を逸することにつながり、ひいては運用成績を悪化させる可能性すらあります。成功する投資戦略があるにもかかわらず、なぜ情報を販売することで小金を稼ごうとするのでしょうか?
本当に資産を大きく増やすことができるのであれば、その戦略を使って投資に注力すれば事足ります。そうしない理由は、「結果の誇張」か「再現性のない投資戦略」であることを自認している証拠と言えるでしょう。他の理由を考えてみても、やはり納得感のある答えは出てきません。結局は、自分を売り込むための「誇張」としか思えないのです。ある程度、投資の経験を有していれば、こうした疑問を持つことは難しくありません。しかし、経験の浅い個人投資家はどうやってこうした「(自称)スゴイ投資家」から身を守ればよいのでしょうか?
計算ルールが明示された運用成績以外、信じてはいけない
金融庁から認可を受けた金融機関からSNS上の個人投資家まで、多くの投資家が自身の運用成績を開示しています。運用成績の優劣が投資家としての質の優劣に直結してしまうことから、おのおのの投資家はより高い運用成績を残したいという動機があります。個人投資家であれば、非常に優れた運用成績を残すことで、世間からの注目度が高まり、書籍の執筆依頼や講演依頼が殺到するでしょう。金融機関であれば、当該ファンドへの資金流入が急増することになるでしょう。しかし、驚くべきことに、大手の金融機関であっても、運用成績の計測ルールが分かりにくい場合が非常に多いのです。
「運用成績」と一言で言っても、計測方法は数多く存在します。信託報酬や取引手数料などのコストを差し引いた後なのか、それとも控除前なのか。計測期間はいつからいつまでなのか。売値を参照するのか、買値を参照するのか。資産価格の情報ソースの選択によっても、運用成績は大きく異なってきます。
こうした計測方法の選択を少し変えるだけで、さまざまな解釈が可能になります。つまり、誤解を恐れず表現すると、いかようにも「操作」できてしまうのです。そのため、確固とした計測ルールにのっとって計算された運用成績でない限り、それは情報発信者の都合のよいように加工されたものである可能性を考えるべきでしょう。
誇張や嘘の「被害者」となりがちな投資成績。特に、SNSやブログなどの個人によって発せられたものならば、なおさらです。なぜなら、これらの開示は自己申告に依存しているからです。誰でも自分の投資成績を簡単に誇張することができます。根拠を開示せずとも、単にそう申告すれば一定数の人間は信用してくれるでしょう。
投資戦略も、さも実際に投資したかのように、後からでっち上げることも可能です。市場を後追いすれば、誰だって「(自称)スゴイ投資家」になれるのです。確かに、計測ルールが明示されていたとしても、運用成績そのものをでっち上げることも不可能ではありません。しかし、少なくともルールにのっとり開示されたパフォーマンス以外、信じる理由はないでしょう。
タダより高いものはなし
過去の格言から学べることは多くあります。格言は、生活の知恵や人生の学びが時代を問わず共感を得るからこそ、現在にまで生き残ることができているのです。前回の記事でも紹介しましたが、投資の世界では「フリーランチはない」という格言が存在します。リスクを取らなければリターンは得られない。裏を返すと、無料で得られるリターンはないということです。日本では、同じ意味を持つ「タダより高いものはない」という格言が広く知られています。
情報収集の観点からは、「無料」を強調したセミナーや講演会、資産運用相談会などが存在します。参加者からするとお金を払わずとも情報を得られることから「お得」であると錯覚し、参加への敷居が自然と下がります。
しかし、無料であることは金銭としての対価を支払っていないだけであることを忘れてはいけません。個人情報を引き渡すことによるコストや、見込み顧客として営業攻勢を受けることのコストなど、無料の対価として支払うコストは決して安くありません。
また、提供される情報の質にも疑問符がつきます。こうした無料サービスは多くの場合顧客獲得を目的にしているため、提供される情報はより強いバイアスがかかっている恐れがあるからです。つまり、得られる情報の中立性が低いのです。バイアスがかかった情報を基に投資商品やサービスを購入した結果、損を被ったり多額の費用がかかったりすることもあり得るでしょう。負担する金銭以外のコストが高く、得られる情報の質が低いとなれば、無料サービスを利用する価値を再考すべきかもしれません。結局は、タダより高いものはないのです。
この記事はシリーズ「50歳からの資産運用」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
10件のコメント
ぱい
この記事が必要な人はこの記事を読まないんじゃないだろうか。
匿名
ある程度の年齢になれば必要なのは、仕事だけの人脈ではなく、これからの人生に必要な人脈かもしれないですね。
利害関係のない自分と同じ立場で相談に乗ってもらえる専門家などが
いれば心強いと思います、個人的に気軽に相談できる専門家が居れば安心か
もしれないですね。
...続きを読む投資もそうですが、いずれ相続や終活をしないといけないので、相談できる相手も見つけておくのも大事かも
G.gene
有料でも怪しい記事が増えましたね。
投資関連の記事はネットにたくさんありますが、これで有料?って記事がゴロゴロ。自称インフルエンサーのnoteとか誰が買ってるのかなぁ?
最も以前は無料の情報が出すぎていたのかもしれません。
情報の見極めがで
きる人は投資でも仕事でもうまくやれるのでしょうけど・・・...続きを読むFirst Penguin
取引や投資、金儲けは基本的に当事者の価値観の違いや情報の非対称性から生まれるものだと思います。弱気と強気が交錯するから売り手と買い手が現れて売買が成立する。
だから投資するに当たっては先ずは自分のポジションを明確にすることが不可欠。短期か長
期か、値上がりか配当か、リスク許容範囲はどの程度かなどを固めないと情報に翻弄されるだけでしょう。...続きを読むしのぶ
>「運用成績」と一言で言っても、計測方法は数多く存在します。
なぜ「年利(年じゃなくてもいいですが)」以外に計測方法があるのか不思議です。1万円を振り込んだら、平均して1年後に1万〇〇円引き出せます。これで足りる気がします。商品を比較でき
なくするためのConfusopolyでしょうか?w
...続きを読む>結局は、自分を売り込むための「誇張」としか思えないのです。
投資は額ではなく、%を稼ぐものだからという説明はできます。年利20%の投資戦略があっても、元本が100万なら20万しか稼げないけれど、1億あれば2000万です。ならば情報を売って元本を増やした方が良さそうです。ほとんどは詐欺でしょうけれどねw
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