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授業も終わり放課後になる頃、ほぼ同時に事務作業を終えた俺はいつものように担当ウマ娘であるアグネスタキオンのラボ(というより勝手に改造して使用している部屋)へと向かっていた。
ああ今日も身体を光らされた上に延々と走らされるんだろうか、など考えながら普段通りにラボの扉へ触れる。
そう、普段通りだった。いつもと何ら変わらない流れであり、これが何もおかしいとは思わない。
だからこのまま扉を引いて部屋へ入るのも至って普段通り。何も間違ったことなどしていない。
入口は二重構造になっており、遮光用のカーテンをくぐり抜け部屋へと侵入する。
「おっと」
「…………」
しばしの沈黙。
そこにタキオンが居ること自体は普段と変わらない。
だが、今日に限って彼女は身に纏っている衣服が少ない。
下着姿に勝負服の黒いシャツを軽く羽織った状態で、かなり肌色の面積が多い。
端的に言うと、タキオンは着替えの真っ最中だった。
「悪いね、見ての通り着替え中だよ」
俺達は普段からノックをする習慣など付けていない。勿論それは俺達2人の間のみだが、こいつだってトレーナー室にノックも無く入ってくる……というよりいつの間にか部屋に居るし、その上トレーナー寮にある俺の部屋にまで不法侵入する始末。 いくら女子高生と言えど、ここまで無遠慮にされてはこちらとて遠慮などする必要は無い。
さて、ここまでが言い訳。
こうは言ったものの、相手は担当ウマ娘且つ女子高生。 1歩間違えれば刑務所に放り込まれるのはこちらだ。
ここまで言っておいてなんだが、俺はもう少し女の園という場所を理解した方が良かったのかもしれない。
数多のウマ娘が通うトレセン学園にトレーナーとして在籍していながら、こういった事態には何も備えていなかった。というよりこんな展開は漫画の中でしかありえないものだと思っていたのだ。
できるだけ肌色に目を向けないよう意識しつつ、大きく息を吸う。
そして──
「───ごめんっっっ!!!」
捨てるように謝罪を1つ投げ飛ばし回れ右、ラボを後にしようと廊下へと踏み込んだ。
……と思った矢先に、衣服を捕まれ部屋に引きずり込まれる。
「うおっ!?」
瞬時に扉は締められ、廊下を向いていた身体は強引な力により180度回転。目の前にはあっという間に不敵な笑みでこちらを見つめるほぼ下着姿のタキオンで視界が埋まった。
「トレーナー君?謝罪をする時は『しっかりと相手の目を見て』、と教わらなかったのかい?」
「いだだだだ!!す、すみませんでした!!力強っ!?」
強引に顔を引き寄せられているせいで今にも首が変な方向に捻じ曲がりそうだ。あまりこういう時のウマ娘に力で抵抗しようとしない方が良いが、相手がウマ娘でなくてもこの事態に対して抵抗する素振りは見せない方が良いのかもしれない。
「ご、ごめん……本当ごめん、わざとじゃない……」
「なーに、それくらいは私も分かってる。大丈夫さ、痛いようには……」
「本っっっ当にごめん!!頼む、理事長に報告だけは勘弁してくれ!!俺はお前の担当を続けていたいんだ!!」
「っ……なかなかさらりと小っ恥ずかしい事を言うね君は……」
タキオンがそういうことをするとはあまり思えないが、流石にこの状況を誰かに知られるなんてしたらたまったもんじゃない。
「私がそんな簡単に君を手放すような真似をするわけないだろう……ほら汗でも拭って落ち着きたまえ」
「うん……うん?」
言われた通り一息つこうとするが、目の前には着替え途中の際どい格好をしたタキオンが居るせいで気が気じゃない。
「着替えを見られたくらいで私が君をどうこうするなんてまず有り得ないからねえ……そうだな、強いて言うなら試薬がほんの1本増えるくらいで……」
「やっぱ怒ってんじゃん!!」
「いや、この立場を上手く利用出来るのなら私としては利用しておきたくて……」
「悪魔め……」
とはいえいくら嘆いても俺の方に100%非があるわけだけど。
「ところで……何故君はずっと目を逸らしているのかな?」
「いや、そりゃ……見ちゃダメだろ」
「ん?どうしてだい?」
「いやだってお前年頃の学生の着替えなんて……ああもうそうやって首傾げるのやめろ!俺が間違ってるみたいだろ!!」
あとその仕草はお前がより幼い少女に見えて罪悪感が半端ない。
一生懸命視界に入らないようにするが、タキオンの随分と情熱的な拘束により身体は固定され、肌色面積の多いタキオンが視界に広がってしまう。
正直に言うと目の保養になる程度には色気のあるものだったが、この状態だと他人に見つかるのも時間の問題だ。
「……目が今すぐ離して欲しいと訴えているみたいだね」
「今すぐ離してください」
「はぁ……仕方ないな」
「何でため息?」
強引に引き寄せられていたせいで1歩間違えれば鋭い音を立ててねじ曲がってしまいそうな首が解放され、ようやく身体に自由が戻る。
「……君が私に信頼を置いていないということが分かったよ、これくらいの事を私はそこまで大袈裟に捉えないさ」
「え……?」
「一応3年間を共に過ごした関係だ、こんなのが君を手放す理由になってはならないし、何より私は全く気にしていないよ」
「そ、そうか……」
確かに少し神経質になりすぎていたのかもしれない。 3年間同じ道を歩いてきて、お互いの存在が生活の一部となりつつある俺達がそう簡単に引き離されることなんてあってはならないし、何よりこいつも俺の事を被検体として手放したくはないだろう。
「ごめんタキオン、俺間違ってた……」
「分かれば良いんだよ、全く……」
そう言って何故かタキオンはブラのホックを外し始める。
「待て待て待て待て!!」
「ん?」
「ん?じゃない!!何で外してんだよ!!」
「何でって……私は元々着替え途中だったんだぞ」
「着替えるなら俺が外に出てからにしろ!!」
「……ふーん、なるほど……なるほどねぇ」
「な、なんだよ……」
何故か先程のように不敵な笑みを浮かべ、こちらを覗き込んでくる。 胸元がゆるゆるになって今にもプライベートが開示されてしまいそうになっている事に本人は気付いているのだろうか。
「君、もしかして気付いていないだろう」
「……え?」
「顔が赤いぞ、さっきから」
冷静になってみると、首にはじわじわと汗が滲んでおり、ラボの空気がかなりひんやりと感じるほど身体は蒸気していた。
「……焦ったせいなのか、それとも……」
「あーうるせぇ!!この話は終わりだ終わり!!」
急いで廊下に出ようとするが、それを察知したのかタキオンが正面から俺の服を引っ張ってくる。
「おや、まだ退出許可は出していないはずなんだがねぇ」
「……な、何なんだよ……何するつもりなんだよ……」
「どうもしないさ、ただ……」
そのまま顔を近付け、指先で軽く頬を撫でられる。
「君が物欲しそうな顔をしていたから……ねえ」
「……は?」
「私は構わないよ、君が相手なら今更抵抗なんてないさ」
「いや、何の話……」
端正な顔を極限まで近付けられ、さらに顔に熱が集まってしまうのがわかる。
「見たいんだろう?着替え」
「…………」
見たい。
「……っていやいや!お前は俺を何だと思ってるんだよ!!」
「今まで君は私を担当する上でそういった素振りは見せてこなかったからねぇ……部屋を探しても男性が嗜むような特別な物も見つからなかったし」
「おまっ……俺の部屋で何してんだよ!?」
女子高生との日常での距離が近くなるからという理由で、自分の中の邪な感情を追い払うために処分しておいてよかったと心の底から思う。
「とはいえそういう事に興味が無いという訳では無いのが分かった安心したよ!やはり可能性は捨てたものじゃあないね……」
「な、何の事……?」
「君を……いや、こっちの話さ……それより」
身体を離し、1歩引いた状態で俺の方に向き直る。
「君が私のこの姿に興味を持っているのはその視線で分かるよ」
「…………」
正直、女性としての魅力には十分溢れていた。 こいつに邪な視線を向けた事がないと言えば嘘になるし、何よりそれを今の自分が証明している。
「…………タキオンはいいのか?」
「ほう?素直になったね」
「こうでもしないとお前は引き下がらないだろ!!」
半分は嘘だ。正直こいつの着替え姿は見たい。 というか下着姿に黒シャツのみという際どいにも程がある格好を見せつけられて、男として興味を持たないはずがない。
「っ…………」
思わず固唾を呑む。 あまり気にしたことはなかったが、細身ではありつつも出るとこはそれなりに出ているというロマン溢れた……という言い方は合っているのだろうか、とにかくそれがこいつの身体。
「そもそも何で下着姿見られてそんなに平然としてるんだよ」
「トレーナー君、私が平然としているように見えるかい?」
「見えるわ!!」
「……あぁ、そういえば上のホックは外す必要は無かったな……」
「お前からかってるだろ……!」
まずい、完全にこいつのペースに飲まれている。 何とかこの状況を上手く打破していく方法は無いものか。
と考えたものの、正直頭の中はタキオンのことがこびりついてそれどころではない。 着替えを見たいか、なんて言われたら男なら誰だって見たいに決まってる。
だが1番怖いのは、何かの間違いによりこのトレーナーという立場が剥奪されてしまったり、何よりタキオンとの関係が崩れる事だ。
「トレーナー君、念の為言っておくが……私は嘘が嫌いだよ」
「……あ、ああ」
「それに、長い間一緒に過ごしてきた君の嘘なんて私には簡単に見破れる」
「…………」
「もし君が嘘をついたなら……私は君のことを……」
「……ごめんなさい、見たいです」
ああ、やってしまった。もしかすると財布にしまってあるトレーナー免許とは今日でお別れかもしれない。
まあ男としての後悔は無かったかな。そんなことを考えているなんてまるで知ったこっちゃないと言わんばかりに、俺の返事を聞いて何故か良い笑顔を見せたタキオンはそのままタイツを取り出しヒラヒラと見せつけてくる。
穿くのか、あれを……
何故勝負服の時は下を履いていないのか、タイツで大方隠れるから良いという考えなのだろうか、そんな事をこいつの勝負服姿を見る度に考えていた。
改めて考えると……今俺は物凄くいけないことをしているのでは?
あの程よく肉のついた太ももや脹脛を今から黒いタイツがぴったりと包み込むと考えると、どうしても……
いけない。これ以上は駄目だ。これ以上邪な考え方をしては……
雑念を振り払おうとするも、目の前の愛バがタイツに脚を通し始めた辺りで全てを諦めた。
「……俺、このまま死んでも良いかもしれない」
「どうしたんだい急に、そんなに目に毒だったかい」
逆だ。この光景を最後に向かうあの世はさぞ素晴らしいものだろうなと思う。
徐々に生脚を薄い布で包み込んでいき、ゴム部分が太ももを圧迫したあたり。
おそらく俺も引くほど血走った目で見ていたからか、周りの変化に気が付くことが出来なかったのだろう。
それはおそらくタキオンも同じであって、こいつに至っては俺のその視線を面白がっていたせいで周りに気を遣うなんてそもそも頭に無かったのだと思う。
そのせいで、背後で開く扉の音と気配に気付くことが出来たのは腑抜けた声が耳に入ってきた頃だった。
「タキオンさん、お疲れ様です!この前頂いたサプリのお礼…………え…………?」
ツインテールに括った栗毛が特徴のダイワスカーレットがその場に立ち尽くしていた。
「……こんにちは、スカーレットちゃん」
「ああスカーレット君か、悪いが今は少し取り込んでいてね……廊下で待っていてくれるかな」
「そ、それは……良いですけど……」
着替え中のタキオンに身体を向けていた俺にスカーレットちゃんの視線が突き刺さる。
「な、何……してるの……?」
「……トレーニングの一環でございます」
「とととと、トレーニングっ!?た、タキオンとっ……ななな、何て、ことっ……!!」
「あ、いや、な!?変なことしようとしてたわけじゃなくて!!俺はただこういう状況での発汗だとか体温の変化だとかを……」
「はははは、発汗!?体温!?や、やっぱりそういう事……!!」
「いや違っ……おいタキオン!!お前からも説明しろ!!」
「それで間違いないよスカーレット君」
「…………」
ああ、終わった。さようなら俺のトレーナー免許。そしてモルモット生活。
その日、アグネスタキオンのラボからはひたすら泣きそうな声で謝る男の声が聞こえたという噂が広がった。
必死になって説明したのと、スカーレットちゃんの優しさにより俺がトレーナーとしての資格を失うことは無かったが、代わりに何か大切な物を失ってしまった気がする。
その後、何故か俺の体に引っ付いていた心拍計を引き剥がしてニヤついていたタキオンの顔は一生忘れることは無いだろう。